第35話 a party
「おかえり」
翻訳機越しに聞こえる声は、何故か母親のようだった。
「どっどうもっ!」
秘書さんがヤコフと握手をする。
「どうも」
ヤコフが笑って返した。
「捕虜ナンバー……」
「000001であります隊長」
「捕虜ナンバー000001っ!」
聞きなれた会話が下から聞こえる。
「ラ…ラック…!」
ラックは生きていた。助かったんだ。腹部には包帯が巻いてある。ちゃんと”地上製”のものだ。
「私は今、心底君に感謝しておる。命の恩人だからな。そこで、今日ここで君を昇格させようと思う」
そういえば、まだ捕虜のままだったような。
「今日から君は新人だっ!」
「え…」
まだ隊員階級にすらなれないのか。
「新人ナンバー0000…1だ!」
「000001であります隊長」
相方レックのいつもの補足が入る。
「ふぅ…了解しました隊長っ」
二人に敬礼すると、二人も敬礼し返してくれた。視線をヤコフに移すと、ヤコフが秘書さんから質問責めされていた。
「…さて。なんで帰ってきたのかな」
ヤコフが見られていることに気づき、反応した。
「なにも恋しくなって帰ってきたわけじゃないんだろう?」
どうやらわかっていたようだ。
「……」
「これは三人だけで話した方が良さそうだな」
そう言うと、ヤコフは子ども達に遠くでドッチボールをしてくるよう促した。
「んで?地上で何があったんだ?」
三十分に及ぶ説明の末、なんとか理解してくれた。脚本のことは話していないので、不自然な部分はあるが、宮田もこれで理解してくれたのでまあ大丈夫だろう。
「地上じゃ大騒ぎってわけだな。でもよぉ、国連軍を止めるなんてできるのか?」
「…私一人ではできません。だから貴方に協力してほしいんです」
「ふぅー。こりゃあ難しい依頼だなぁ」
「そこをどうにか…」
「協力は当然するし、チームにも喜んで加わる。でも、成功するかはわからないぜ?」
「成功は、します。必ず。ただ、その他がどうなるかはわからないです」
「…なんで成功するってわかるんだ?」
「運命…自信があるからです」
「珍しいな。自信があるなんて」
「はい。あなたがいますから」
「フフッ。ありがとな」
突然の誉め言葉にヤコフは少し照れている。
「なら、まずはその”オペレーションFE”ってやつの詳細を聞き出さないとな」
「どうやって聞き出すんです?」
「そんなの、その中佐とやらに聞くしかないだろ?そういうのは国家機密だ。そこら辺のやつしか知らない」
「……ってことは…」
嫌な予感がする。
「アメリカに殴り込みに行くしかないな!」
わかっていた。こうなるなんて。この世界は物語だ。そういうパンチのある方向へ行ってしまうんだ。やたらヤコフが上機嫌なのは、冷戦時代の心残りだろうか。
「ぐっ具体的にはどうするんですか?」
「ホワイトハウスに行く。知ってる誰かからどうにかして聞き出す。これだけだ」
一番確実で、一番危険なミッション。聞き出すにはおそらく”脅す”必要があるだろう。そう簡単に話してくれるはずがない。
「アメリカ政府のお膝元で幹部を脅す……」
考えるだけでも恐ろしい。捕まるのは当然、最悪殺されるかもしれない。
「俺はやる。一人だってな。仲間の命がかかってるんだ。当然だよ」
「わ、私は加藤さんについていくだけですっ!」
震えながらも勇気を出して声を出す秘書さん。
「さあ、やるか、見捨てるか、どうすんだ?」
頼んだ私が言うのもなんだが、”現実”なら私は絶対に引き受けない。
「やる」
私はこの世界の主人公。この地底を救う“最強パーティー”を率いるものだ。私にノーと言う権利はない。
「気合い十分だな」
「はい。あたりまえです」
「そりゃあいい。なんだ、使命感でも感じてるのか?別に無理しなくてもいいんだぞ?」
ヤコフが冗談交じりに行った。
「無理するのが私の使命です」
「地上で何があったか知らねえけど、加藤、お前相当男前になったな」
「ありがとうございます!」
「連絡が取れなくてどうなったかと思えば、本当に連れてきやがった…」
宮田の前にはヤコフが立っている。身長差は20cm。ヤコフはいつものように笑いかけているが、怖いようだ。
「通信機のことなんですけど、地上に戻ったら治ったんですよ」
「えぇ…」
宮田が困惑して呟いた。通信機が地底でだけ使えなくなるなんて、脚本の仕業だろう。
「ヤコフに診てもらったんですけど、特に異常はないそうで」
「えぇ…」
通信機を使えなくするなんて、いったい何の意味があるのだろうか。
「うぉーーーっ!帰ってきたぞぉーーーっ!」
突然ヤコフが夕日の沈む空に向かって叫んだ。彼にとってはおよそ三十年ぶりだ。応援のまなざしだった研究者たちも今度は目を丸くして見ている。
「なんだ、三十年後にはこんな技術があるのか」
ヤコフが宮田の持つスマホを指差して言った。
「さっ三十年後じゃなくて、今ですよ」
宮田が小声で言った。あまりの小ささにスマホの翻訳機能も反応していない。
「そうか…今は2019年なのか…」
「はい…」
「本当に、世界は変わったんだな…」
今度は海の向こうに見える沼津市を眺めて言った。
「いやはや、夢の21世紀とはこんなものだったのか。科学が独り歩きしているとは」
「……」
一瞬の沈黙が流れる。
「さあて、作戦開始と行こうじゃないか!」
宮田に決定事項を伝え、この地底防衛作戦なるものは始まった。
何とも、物語チックな展開だ。脚本の通りに動いているというのもあるだろうが、主人公の力…というか、一種の運命的なものでもあるのだろう。
「はぁ……」
「どうした?浮かない顔して。」
「いや…なんでも…」
……受動的になるな。能動的になれ。お前は、この世界の主人公なんだ。国連軍ごときに怖じ気づくな。
空港行きのタクシーの中で、私は一人そう心に言い聞かせていた。
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