第34話 再会と再開
「着いたよ。お代は…って、いない?ここまで走らせて無賃乗車か?…あ、お金」
座席の上には五万円が置いてあった。おつりはいらないってか。まるで物語の主人公だぜ。
……久しぶりの沼津市。気持ちの良い潮風と大企業のトラック。そして相変わらずの反対運動。
「いっ行くんですか……?ほんとに…?」
施設まで歩きながら、二人は話す。
「秘書さんはここに残っててもいいよ」
「そっそうですか……」
秘書さんが俯いて言う。もうちょっと言葉を選べばよかった。
「…地底の方々って、優しいんですよね?」
「うん」
「私のこと、受け入れてくれますかね」
「そりゃあ。当り前」
「…なら、私も行きますっ!」
「あっ…ありがとう。心強いよ」
「秘書ですからっ」
なんとなくだが、脚本に”秘書さんと地底へ”なんて感じのことを書いてあったのではないだろうか。いかにもな展開である。
施設の前まで来た。門の前には警備員が何人もいる。
「えっ?加藤議員!?何してるんですかこんなところで!?」
「地底に用事があるんだ。ゲートを使わせてくれ」
「むっ無理ですよ。ここに入るには政府の許可が必要ですから」
……まずい。すっかり忘れていた。通行証認証なんて持っているかわからない。
ポケットに手を突っ込み、奇跡を信じて探す。
……?
あっ…
「ほら、これ」
「あ!」
加藤の手には、“通行許可証 利用目的:視察”と書かれたカードがある。
前回地底に行ったときのスーツを着たのは奇跡としか言いようがない。いや、よくよく考えるとこれも脚本の仕業か。
「きっ期限は…?」
「期限は…」
カードを裏返した。裏に記載されている期限の部分には首相直筆で”落ちるまで”と書いてある。雑用で何度も行かせる予定だったのだろう。
「はぁ……わかったよ。ほら」
門が開かれた。
施設に入り、宮田を探した。三人目のメンバーは宮田。いわゆる技術担当だ。
「宮田さんなら、あそこの部屋に」
宮田は、指令ルームにいた。
「かかかっ加藤議員!?」
「急ですみません。スーツを二着用意できますか?」
宮田を仲間に引き入れる方法はすでに分かっている。簡単なつりだ。
「あぁ…まあできるけど、何する気?」
早速訪れた。ここだ。宮田を仲間に引き入れるチャンスだ。
「地底防衛作戦」
かっこよくて、分かりやすい作戦名。
「ふーーん」
宮田の表情が変わった。少しにやけている。案の定かかってくれたようだ。
「いいでしょう。ただし、その地底防衛作戦が何か教えてくれ」
メガネの位置をかっこよく直している。興味津々のようだ。作戦内容を聞けば賛同してくれるに違いない。これで晴れて彼はメンバーの一人である。
「……ってわけで、それを阻止するんだ」
「…クックック……」
完全にスイッチが入ったようだ。
「それ、本当かい?」
「ああ。百パーセント」
「何に誓って?」
「この世界の真理」
間違ったことは言っていない。”勝つ”ことだけは決まっている。
「…フンっならいい。私も参加しよう。地底に住む哀れな人々のためにっ」
天然さが全開に出てしまっているが、これでいい。早速仲間を加えることができた。あとは一人だけだ。
話し合いの結果、宮田は地底には行かず指令室で連絡をする係になった。地底には、私と秘書さんだけで行く。
ボートに乗り、あっという間に人工島についた。橋完成まであと一か月。貴重な体験だ。
「最後にっこれと…これを持っていってくれ」
そう言うと、宮田は私たちに中型の通信アンテナと何かのカギを渡してきた。
「このアンテナがあれば地底人たちのところへ行っても通信できるだろう」
「ありがとう。それで、この鍵は?」
「うーん。なんていうんだろうなぁ…ローバー?」
「ローバー?」
SF映画か何かで聞いたことがあるような気がする。でも何だったかは覚えていない。
「地底探査車…兼物資運搬車……?」
「ええ?いいんですか?」
「うん。いいよ。どうせあれもベルトコンベアが開通するまでの一時的なものだし。それに実は僕結構昇格したし」
「ありがとうございます!」
「ふふん。お安い御用だよ。世界の軋轢に耐え、真実を唱え続けた君への恩返しだ」
いい。いいぞ。いい感じに話が進んでいる。
「ほら、なに突っ立ってんだ。早く行きなよ」
「行ってきます!」
研究所職員が全員こっちを見ている。しかし、今までの視線とは全然違っていた。地底人がいると分かった今、私はまさに“勇者”だ。前までのように狂人ではない。向けられるのは応援のまなざしだ。
……やっぱり、自分はこの物語の“主人公”なんだ。四人でパーティーを組んで、紆余曲折を経て敵を倒す物語なんだ。そうでなきゃ、こんなに都合よく上手く話が進むわけない。
前に乗った時よりもさらに改良されたエレベーターに乗り、人生二度目の地底だ。
地底側の施設で探査用スーツに着替え、早速外に出る。途中何度か声をかけられたが、秘書さんがなんとかごまかしてくれた。
……なぜだろうか。たった一か月しかいなかったはずなのに、とてもなじみ深い。
政府からの圧力がかかったのか、民間の人間は必要最低限しか入れていないようだ。やはり、地底人と会うのはいろんな意味で危険ということだろう。
研究所の近くに、「駐車場」と書かれた看板とそこに並ぶ二十台近いローバーが停めてあった。岩盤が大きくくりぬかれ、大量の鉄骨で支えてある。
鍵についていたボタンを押すと、一台のローバーが光った。
「あれですねっ」
「あぁ……」
近くで見ると、思っていたよりも小さい。ごつごつした岩の上でも走れるようサスペンションやタイヤが大幅に強化されている。
「それじゃあ、行くか」
「はいっ!」
エンジンをかけ、駐車場を出た。悪路への耐性がついているとはいえ、乗り心地はあまりよくなく、操作もかなり癖がある。
「免許、持ってるんですかっ?」
「一応ね…」
そういえば、このローバーを運転するのには専用の免許はいるのだろうか。もし要るのなら法律違反である。
「まっまあ、大丈夫だよ」
やっぱり最悪の主人公だったかもしれない。
「はいっ!じゃあどんどん行きましょうっ!」
しばらくすると、無線で宮田が連絡をよこしてきた。
「今どこらへんだ?」
「今は……」
とっくに舗装されているところは越えた。よく見ると、前方に旗が括りつけられた赤いポールが刺さっている。旗には「加藤の二の舞になるな」という添え書きがある。
「赤いポールが前の方にあるけど」
「よし。そこで止まれ。それ以上先は電波が届く保証がない」
「オーケー」
車を止め、宮田からの指示を待つ。すでに無線機からくる音にはノイズが混じっていた。
「そこに俺が渡した通信アンテナを置け。中継器だ。これがあればそこそこ遠くまで電波が届くだろう」
中継器を設置し、宮田の指示通りに簡単な設定をした。中継機が作動すると、ノイズはなくなった。
「よし。設定完了だ。ただし、三時間で帰ってこい。それ以上は中継器のバッテリーが持たない」
「了解」
「絶対破るなよ?また迷子になっちゃ困る」
「次は守るよ」
脚本によって起こる衝動的な好奇心がなければの話だが。
コンパスを見ながら、“オアシス”へと向かう。方向はおよそ北北西。車ならあと四十分ぐらいで着くだろう。ごつごつした岩に何度も車を擦って、車の側面側はもう塗装はほとんどはがれている。弁償代はいくらになることやら。
思った通り、四十分ぐらいたった辺りで霧が出てきた。
「おぉーっ!」
秘書さんは初めての光景に驚きを隠せない。
「もう少し進んだら、到着だ」
「はっ…」
…?
「おーい」
……
返答がこない。助手席に座る秘書さんの肩をポンと叩くと、秘書さんの口が動いた。しかし、声は届いていない。多分無線が切れた。私と秘書さんはBluetoothで繋いでいるので、置いてきたアンテナの故障ではない。とすれば、このスーツが壊れたということだ。
「あれ、おかしいな」
スーツに異常はない。それに、何故か秘書さんとは「通話中」ということになっている。
かけ直すが、繋がらない。というより、声が届かない。内部の機器がやられたのか…?
宮田にもかけてみるが、こちらもなぜか声は聞こえない。私は車を止め、車内にある紙に「声は聞こえる?」と書いて秘書さんに見せた。秘書さんは手でバツを作り首を横に振った。今度は「宮田さんに連絡できる?」と書いた。秘書さんはしばらく試した後、またバツを作って首を横に振った。
やはりおかしい。同時に通信機が二つも使えなくなるなんて。
とはいえ今さら帰るわけにもいかないので、故障はヤコフに診てもらうとして霧の中を進んだ。
鉱石から出る光が水蒸気に反射して、霧がキラキラと光っている。もうすぐ湖だ。
そして…
「 」
秘書さんの口が動いた。目をキラキラさせ、目の前に写る光景に興奮している。まさにヒロインの姿だ。
透き通った青い湖と、輝きを放つ鉱石。まるで異世界にいるかのような光景。
「 」
秘書さんがまた何か言ったが、聞こえない。そういえば、ここは壁の内側である。スーツを脱いでも大丈夫だ。早速スーツを脱ぎ、車を走らせた。色の濃い、深いところをどうにかよけつつ高い車高を利用して進んだ。
「ここ、なんていうか…もう…」
秘書さんの感極まった声が横から聞こえる。
「最高の場所…だろ?これが”オアシス”だ」
ちょっとカッコつけて言った。
「“オアシス”…言葉や文字では知ってるけど、実際見てみるとやっぱり違いますねっ」
「ここが私の…一番好きな場所かもしれないな……」
「秘書もそう思いますっ」
それから一時間半ほど走り、とうとう地底人たちの住む島が見えてきた。
「……」
何か緊張感が漂う中、島にはどんどんと近づいていく。やがて人影が見え、何人かがこちらに気づいて誰かを呼びに走って行った。
私は思わず窓を開け
「おーーーい!」
と言って大きく手を振った。すると秘書さんもすかさず
「おーーーいっ!」
と大声で叫んだ。
二人はスーツについているヘルメットをかぶり、翻訳機能を付けた。設定はロシア語だ。
「ただいま」
窓を開けたまま、私は一人そうつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます