第33話 in the story
……ううっ…うっとおしいんだよ……わかってる。わかってるから……
……はっ…
昼だ。
8月29日。木曜日。スマホにはそう書いてある。
飛行機の音、小鳥の鳴き声。世界は今日も日常を演出している。つけっぱなしにしたエアコンのせいか、肌寒い。
何もせず、リモコンを取って無意識にニュースをつけた。
「昨日の国連総会にて、アメリカ政府が地底人が存在するという決定的な証拠を……」
…………
「世界中で大混乱が……」
…………
「存在しないと、確実視されていた矢先ですからね。世界へのショックは相当なものでしょう……」
…………
ベッドわきに手を伸ばした。
……ベッドわきにはもう本はなかった。
私が捨てた。そう、私が捨てたんだ。
体が勝手に動いた。心も勝手に動かされた。あの本は、自らの力で自らを滅ぼした。きっと、今頃焼却場にいる。やがて燃やされて、灰になるだろう。
無力感が私を襲う。もう地底人は救えない。“主人公が勝ち、軍隊が負ける”。そう、脚本には“地底人が救われる”とは書いていなかった。軍隊に勝っても地底人が救えないようじゃ意味がない。あと五日後には国連軍の侵攻が始まる。
どこにでもある、いや、あってほしい日常を私は守れなかった。
主人公失格だな……もとからか。
頭を抱え、目をつぶって力む。脚本がないと世界を救えない主人公なんて、いったい誰が求めるのだろうか。
秘書さんが買った弁当が机の上に置いてある。結局、役割分担表もあんまり意味がなかったのかもしれない。
……私に一体何ができるんだ…
半袖半ズボン、マスクなしのまま私は外に出た。じりじりと照り付ける正午の太陽。近くのベンチに座り、行きかう人々を眺める。みんな汗をかいている。それだけ。
「加藤さんっ」
突然横から声がした。
「こんな時に外で一人なんて熱中症になって危ないですよっ」
そう言って秘書さんは私にぬれタオルを渡してくれた。でも、ほとんど乾いている。
「ありがとう」
「秘書ですからっ」
…………
「…なんで秘書さんはこんな人間にやさしいんですか…?」
「…それは…秘書だからっていうのもあるけれど……やっぱり……」
…
「加藤さんってなんかこう、“さえない勇者”って感じがして、いつもみんなの先を見ているような気がして…」
さえない勇者。今の私だ。秘書さんは私が主人公であることに気づいていたのか…?
「ついつい、助けたくなるというか、RPGで例えると、私はサポーターなような気がして」
秘書さんがくすっと笑った。
「…いいサポーターだよ。秘書さんは」
「フフンッ」
秘書さんは立ち上がって胸を張った。
「…でも、世界が救えるようなパーティーとは思わないな」
「そんなことないですっ!」
秘書さんは即座に答えた。
「だって、このパーティー、まだまだ未完成ですもん。末広がりですよっ」
「え?」
「ほら、何というか、RPGだと普通パーティーって四人いるじゃないですかっ」
「うん…」
「ってことは、あと二人いれば最強パーティーってことじゃないですかねっ」
めちゃくちゃな理論だ。でも何だか、秘書さんらしいというか、今の私にかけられる数少ない言葉というか。
「あと二人、ね……」
「誰がいいですかね……」
二人……確かに思いあたる人がいる。
「もし、これが物語だったら、その二人が入ったら余裕で勝てちゃいますねっ!」
“人とのかかわりが薄れてしまうことに気づき、自律の決意を持って捨てる”
……
「まあ、この世界に主人公なんていませんけどねっ…」
……
「…それじゃあ、私は昼食を買いに行きますっと」
「待って」
何かが見えた気がする。
「え……?」
「タクシー呼んで」
「きっ急にどうしたんですか?」
「わかったんだよ」
「何がです?」
「打開策が…いや、一筋の希望が……見えた気がするんだ」
「え…えぇ……?」
「いいから、呼んでくれ」
「はっはいっ!」
私は立ち上がり、透き通った空を見上げた。
……そうか。私は一人でやり切ろうとしたから無理なんだ。周りにこんなにいい仲間がいたのに。
国連軍を倒し、地底を救う。現実ではどうやっても不可能なこと。
しかし、ここは物語の世界。誰かの空想、妄想で作られた世界。何もかもを脚本にめちゃくちゃにされたが、それを逆手に取る時が来た。
ははは……前に自分で言ったじゃないか。この世界は何が起こるかわからないと。
やってやろうじゃないか。あくまで仮説だけど、成功する可能性は十二分にある。
今、私がやらないといけないことは“主人公”になることだったんだ。
私の中で湧き上がる熱意と決意。まさに物語。
「まずは、あと二人を引き入れるとしよう」
「…えっ?いや…あの…あれは単なる例え…というか…そんなに真に受けなくてもいいというか…」
「ありがとう!本当にありがとう!」
「はっはいっ!」
私は議員会館に戻って急いでスーツを着た。
しばらくしてタクシーが来た。
「おぉ。時の人加藤議員じゃないか」
「大至急でお願いします」
「どこに行きたいんだい」
「静岡県、沼津市です」
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