第28話 矛盾
……うっ…
なんだここ……?
これは…動物…?
シマウマにサル、ヒョウ、クジラ…人間もいる。
そういえば前にもこんな感じのことが……
「うっ…」
突然何かに起こされた気がした。夜だった。周りを見渡すが、誰もいない。あれは夢の中の出来事だ。そういえば、こんなことが前にもあったような気がする。
これは一体何なんだ……?
誰かに強引に肩を押されるような、そんな感覚。
もしかして……脚本のせい……?
まあいい。恐らく今は28話だ。早速ベッドわきの本を手に取った。28話は……これだ。
“国連総会前日。支度をしてアメリカへ行く。行くときは秘書さんも同行する。午後7時に起きて、午後11時に日本を発つ”
国連総会前日…?
違和感を感じる。
……まだあと何日かあるはずだ。
…!?
なぜだ……?
昨日国会答弁をしたはずなのに、その後の数日分の記憶がある。私は脚本の力によって国連総会に行く前日まで早送りされたということだろうか?それとも、この空白の数日間は実際には存在せず、脚本の力によって記憶だけの存在にされてしまったのだろうか?
……
背筋が凍るのを感じた。怖い。この本が…怖い。
そういえば…今までにも何度かそんな感覚に陥ったことがあった。ほんの少し違和感を感じただけで無視していたが、こう理由がわかると怖い。気味が悪い。
……この本は、どんなに常識離れしたことでも実行することができるんだ…世界を完全に支配しているんだ……
何だかいろいろと考えすぎている気がするが、巨大な何かが目の前にあるとどうしてもこうなってしまう。
……そういえば、この脚本を変えることはできるのだろうか……?例えば某漫画のように本に書き込めば実際にそれが実行されるとか。…試してみよう。
テーブルの上に置いてあったペンで、
“夜、”
時計を見た。7時6分だ。
“7時7分に秘書さんが「差し入れですっ!」と言ってコーヒーを持ってくる”
と28話の部分に書き足した。
時計を見て、7分になるのを待つ。あと五秒だ。
……なった。
扉の方を向き、秘書さんが来ることを願った。もし来れば、にわかに信じがたいが某漫画同様「私は新世界の神」的なものになる。多分。某漫画の方は人を殺めることしかできなかったが、これは未来をすべて思いのままに変えることができる。それも、タイムマシーンのように世界線のずれが起こることなく。
……来なかった。
気づけばもう9分だ。どうやら未来の改変はできないらしい。となれば、私たちはただこの脚本に一方的に従うことしかできない。
まあそれでも、私は未来のことが書かれた本を実際に持っている。誰から授かったかはわからないが、「ビジョン」を持っているんだ。「預言者」ぐらいなら名乗れるかもしれない。だからどうしたという話だが。
まだ時間がありそうだし、次の29話の文章でも読んで……
「加藤さんっ!」
急にドアから声がした。秘書さんだ。
「入っていいよ」
今の時間は7時12分。私が書いたこととは関係ないだろう。
「アメリカに行く準備はできましたかっ?」
秘書さんがドアを開けて入ってきた。今まで気づかなかったが、ベッドの隣にバッグがある。そういえば今朝準備した記憶がある。
「準備ばっちりですねっ!最後の夕食食べて行きますよっ!」
秘書さんがいつもより上機嫌なのはきっとアメリカに行くからだろう。昨日「アメリカに行ったらどうせだし少しぐらい観光でもするか」と自分が言った記憶がある。
「楽しみですよっ!ニューヨーク…」
国連本部はニューヨークだ。ここからニューヨークまでは12時間半かかる。早めに夕食を食べて、早速成田に……
……?
まてよ……
私の好奇心がまたおかしなことを思いついた。
「夕食、買ってくるね」
「加藤さんっ!その心配はありませんっ!私が買ってきますっ!」
「いや…ごめん…買ってくれるのは本当にうれしいんだけど…なんか最近行きつけの店で新メニューが出たとか言っててさ。アメリカに行ったら食べられないし…」
「…わかりましたっ!私も加藤さんの意見に賛成ですっ!アメリカでは食べられないようなものを食べてきますっ!」
そう言うと秘書さんはどこかへ行った。
……ふう。言ってしまった。
私はスーツに着替え、渡米用のバッグの中身をすべて出し、そこに普段着を入れて議員会館を逃げるように飛び出した。向かう先は行きつけのカフェだ。
議員会館を出ると、近くの公衆トイレで普段着に着替え、なるべく加藤議員であることがばれないようマスクも付けた。夜なので、ここまですればほとんどバレることなく移動できるだろう。
店までは、あえて歩いて行った。それも人通りの少ない、細道や回り道だ。
三十分ぐらい歩くと、秘書さんからラインが来た。
“夕食食べたらそのまま成田空港に行ってください。午後9時半には着くようにお願いします”
一緒に美味しそうな寿司の写真が送られてきた。私はスマホを機内モードにし、ポケットに入れた。
さらに三十分ほど歩き、店についた。
店内は木を基調としたモダンな作りで、オシャレで落ち着いている。大人の雰囲気漂う夜のご褒美だ。
いつも座る席に座った。窓際のカウンター席。周りには誰もいない。私だけの空間、時間。コーヒーを頼み、窓のそとに広がる夜景を眺めた。
しばらくしてコーヒーが来ると、目を閉じて香りを味わい、砂糖を入れてアツアツのまま飲んだ。
「ふぅーーーっ」
やっぱりこの味だ。至高の一品。一か月以上来なかったからか今までよりもおいしく感じる。
その後もサンドイッチや追加のコーヒー、アイスミルクなんかも頼み、あっという間に時間は過ぎていった。
ふとスマホを見ると、もうすぐ10時である。
……ふう。
これで、私は確実に予約していた飛行機に乗ることはできない。
そう、脚本に書かれていることが実現不可になったのである。
私は脚本と現実の間に圧倒的な矛盾を作った。どうやっても私は“午後11時に日本を発つ”なんてことはできない。
……さあ…どうする?
時間がどんどん流れていく。コーヒーもこれで六杯目だ。長い長い夕食である。今頃秘書さんはどうしてるだろうか。私のスマホに電話をかけているだろうか。かわいそうだが、どんなことをしたって私を見つけ出さない限り何か伝えることはできない。たとえ伝えたとしても、私はこの実験を行う。世界の矛盾を証明するために。この世界が物語であることを証明するために。
午後11時。恐らく秘書さんはもう飛行機に乗り、日本を発っただろう。居眠り議員の身の上だ。きっとどこかで寝落ちでもしたのだろうと思われているに違いない。きっと私は数時間後に発つ予定の首相の乗る飛行機に乗せられる。
「さあて、どうなるのか、見せてもらおうじゃないか」
そうかっこつけて呟き、コーヒーをすすった。
…その時だった。
「あっああっ!」
とんでもない頭痛がする。私は床に倒れこんだ。
「なっ…なんっ…!」
めまいがして、視界がぼやける。
「うっ…あああっ…」
店内にいる人たちは私に気づいていないのか、何もしない。
「うぅ……」
体が軽くなっていくのを感じた。全身に激痛が走る。周りが虹色に見える。もしかしたら、私はここで……
「あっ……」
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