第26話 シナリオ

この本によると、第26話は、秘書さんと山本議員と一緒に居酒屋に行って生ビールを飲んで励まされる。秘書さんは飲みすぎて爆睡してしまう。山本議員が代金をすべて払って終了だ。その他ちぎれちぎれのシーンや一コマがある。

…本当にこうなるのだろうか……まあ、ありそうな話ではあるけれど。

「加藤君」

ドアを誰かがノックした。呼び声から察するに、これは……

「加藤君、私だよ。山本だよ。辛いのはわかるけど、部屋に引きこもてるだけじゃ、何も解決しないよ?」

やっぱりだ。

「なあ、加藤君が当選した日に私と行った居酒屋、覚えてるかい?」

だんだんと“仮説”が現実味を帯びていく。

「一緒に行こうよ。私は君を、与党の恥さらしだなんて思っていないし、地底人の話も信じてるよ」

山本議員なりに必死に説得されて、私は居酒屋に行くことにした。


夜の赤坂の小路を二人で進む。右も左も居酒屋だらけ。何人かが私たちに気づいて何か言っている。私だけじゃなく、山本議員にも何か言っている。

「気にするなよっ政治家って、そんなもんだ」

そう言うと、山本議員は腕を私の肩にかける。私も山本議員の肩に腕をかけた。

「ほら、笑って」

耳元でそう言われ、苦笑いして見せる。

「ぎこちないなあ。もっと自然に、微笑んで」

思いつく限りで一番微笑みに近い顔をして見せた。

「心の底からやるんだよ、微笑みってのはさ」

山本議員は笑いながら肩を叩いた。

「私の次の公約は、君を心の底から笑わせることだな」

そう言う山本議員は微笑んでいた。この言葉は本には載っていなかった。


居酒屋につくと、早速個室に連れられた。個室では、秘書さんが律儀に座っている。

「加藤さんっ!待っていましたよっ!」

テーブルの上には既にコップが三つあった。

「さあて加藤君、何が飲みたい?」

そう言うと山本議員はメニュー表を渡してきた。

「じゃあ…生で」

「おー。いいじゃないか。じゃあ私も生で」

「私も生でいきますっ!」

三人そろって生ビール。二人とも楽しそうだ。

「源さんっ、生ビール三つ。いっちゃん高いので」

山本議員が店長に言った。一番高いのだと、なかなかな値段である。

「はいよー」

店長が答え、あっという間におつまみと一緒に持ってきてくれた。

「おつまみ代はただでいいぜ」

「い…いいんですか?」

唐揚げに塩キャベツ、和え物まで。これがただとは思えない。

「答弁見たぜ。地底人なんて、夢しかないよ」

そういえば宮田もこんなことを言って賛同していた。

「俺も昔はそういう架空生物だとかなんだとかが見たくて見たくてね。ネッシーに会いにネス湖まで行ったこともあるんだ。若いころだけどな」

懐かしむように店長が言う。今のところ地底人は未確認生物、たまに見るそういう雑誌とかに載るようなものだ。

「俺は、信じてるぜ」

そう言うと、店長は調理場に戻った。

「加藤君、なにもすべての国民が君を疑ってるわけがないんだ。必ず賛同者はいる」

……賛同してくれるのはうれしいけど、違う。これは夢物語だとか迷信でもなく、事実だ。

「さて、飲もうか!」

三人はグラスを持ち、

「カンパーイ!」「カンパーイっ!」「カ、カンパーイ」

二人がグイっと飲むのを見て、私も飲む。怖いので一気飲みはやめた。

「ぷはぁーっ!うまいなあ!」

山本議員がジョッキ片手に言った。おいしい生ビールだ。疲れが自然となくなっていく。

「さあ食べよう」

ジョッキを置くなり、唐揚げを口に放り込んだ。おいしい。きっといいやつを使ってる。次は梅肉の和え物。さっぱりしていておいしい。

「遠慮なく食べてくれ」

……


……そんなこんなでビールを飲んではおつまみを食べて、三人と世間話や色々な本音を言い合って、気づけば夜の11時だ。本に書かれていた通り、秘書さんはもう寝ている。まあまあな量を飲んだので私も眠い。

「ちょっと、トイレ行ってくる……」

山本議員はそう言うと、おなかを抱えてトイレへ行った。

静まり返る個室。ランプ型の照明が、空になった皿を照らしている。

「……何であんな確証もないことを公開したんですか?」

壁の向こうから誰かの声が聞こえる。女性の声だ。

「確証はある。ただ、証拠が決定的でないだけだ」

一方は首相の声だ。もう一人の女性は……

「あの写真、編集でないと言い切れますか」

この声は誰だ……?何か日本語のイントネーションに若干だが違和感を感じる。もしかして外国人だろうか。しかし誰かは全くわからない。

「加藤が帰ってきたときに写真が編集によってできたものかすぐ調べた。専門家からAIまでいろいろ使ったが、結局あれは本当にその時に撮られたものだと分かった。あの写真が偽物ということこそありえないんだ」

「もう調べていたんですか」

「ええ、加藤が噓をついているかどうかも、すべて調べ上げましたよ」

「それで?」

「彼は本当のことしか言っていません」

「なるほど。で、私たちの要求は」

要求……?

「例の要求ですか。一応受け入れますよ。でも、なんでそんなことを?」

「それは言えない」

「……またなにか裏でやってるんですか」

「あなた方にそれを知る権利はない。F-35の無償提供の引き換えです。とにかく、これは重大な問題です。全ての指示は我々が行います」


かなりまずいことを聞いてしまった気がする。はからずもまるでスパイだ。後半のことは聞かなかったことにしておこう…

そんなことを考えていると、山本議員が帰ってきた。

「いやぁ、おなかが痛くなってしまった。食べ過ぎたかなあ」

山本議員は苦笑いしながらこっちを見た。今はまだ“記憶消去中”だ。

「米浦さんも寝ちゃったし、そろそろお開きにしようか」

二人で寝ている秘書さんの肩を持ち、レジへ向かった。

「大丈夫。私が払うよ」

おごってくれた。脚本通りだ。

三人は酔っぱらいながら真夜中の赤坂を歩く。何故だか、「乗り越えられるな」と思えるようになっていた。

「人生、楽あれば苦あり!人生ゲームとおんなじさ!」

山本議員が声高々に夜空に向かって言った。

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