第25話 「加藤深」

国会答弁が終わり、議員たちが足早に去っていく。誰とも目を会わせることができない。

「今なら嘘を認めて、辞任すれば実家で隠居ぐらいはできますよ」

斉藤議員が嘲笑うように言い、野党の議員たちが二ヤッと笑う。

結局、議場には私と首相だけになった。部屋の電気が消え、明かりは窓から差し込む夕日だけだ。

「加藤」

首相の声は重々しかった。このままでは政権交代もあり得る。

「地底人はいるのか?」

「...います...きっと...多分」

弱々しい声。私も本当はわからない。

「そうか」

首相はため息をつくと、夕日のさす窓を向いた。

「本当は?」

「……わからないです」

首相は窓を見つめたままだ。

「世の中、不思議なことが起こるもんだな」

「…はい」

「現実は小説よりも奇なり。小説なんかよりも、現実の方がよっぽどフィクションじみてるよ」

ただただ頷くことしかできない。首相はずっと苦笑いをしている。

「どうしようもないな。加藤、でも私はあくまで君を信じるよ」

そう言うと、首相は私の肩を押し、一人議場を出て行った。議場は私一人になった。


…なんで、こうなったんだ。なんで真実を公言するのにおびえないといけないんだ。

自室に帰り、ベッドに寝転がった。

……そうか。全部、自分のせいだ。

地底に行くのは私が寝てばかりだから。

迷子になったのは自分の好奇心を抑えられなかったから。ラックがけがしたのは私が安全面について考えていなかったから。大勢の国民、議員の前で委員長に注意されたのはすぐカッとなってしまうから。

そして与党の恥さらしになったのは……

もういやだ。いっそのこと消えてしまいたい。身体も、存在も、全て消えて、何もかも元通りにしたい。

気づいたら、涙が出ていた。


……部屋の鍵を閉めていたので、誰も入ってくることはなかった。ただ暗い部屋で、自分と、この世界に泣いていた。

布団に抱き着いていると、足に何かが当たった。例の本だった。どうせネットを見たところでどんなニュースが流れているかなんて知れている。このままでは本当におかしくなりそうなので、気晴らしに読むことにした。

しおりをつけ忘れたので、どこまで読んだかわからない。適当にページをめくる。

……?なんだ?これ。

ページに何かしおりのようなものが挟んである。私が入れたものではない。長方形で、黄色だ。赤色何かの文字が書いているようだが、日本語じゃないので全く読めない。どこかで見覚えのあるような文字だが、思い出せないのでとりあえず抜いておいた。

……せっかくだ。どうせどこまで読んだのかもわからないし、ここから読むか。

“こうして、主人公は四人の仲間達と共に神からの支配を解き、世界は真の自由を手に入れたのである。”

ほとんどの過程を飛ばしてしまったようだ。もうすぐ終わりだ。

しかし、まだページがかなり残っている。後書きの比ではない。私は次のページを開いた。


“主人公の名前は加藤深。31歳の国会議員。地底人と会い、人生が変わっていく。”


「あぁっ!」

え……え……?

なんで……私の名前が……?

驚いた拍子に本を投げそうになったが、なんとか押さえた。

どうなってんだ……?なんで誰かも知らない人の書いた本に私の名前が載っているんだ……?

私は恐る恐る閉じかけた本を開いて読んだ。

“第25話。物語でいう谷のシーンとなる。泣きべそをかくが、お気に入りの「明日の扉」という小説を読んで開き直る。”

……は……?

“第14話。起承転結の物語でいう転に近い部分である。ここではラックが大けがをし、地上に戻らなくてはいけなくなる。”

……なんで……?

“第18話。多くの不確定要素が存在。この話で「明日の扉」と出会うことが多い。ただし、山本議員と秘書さんがお見舞いに来ることは確実である。”

……いくつにもわたって説明文のような文章が書かれている。そして何より、どれもこれも私の直近一か月の出来事だ。これからのことも書かれているようだ。とりあえず、一番最後の回を読んでみよう。


"第45話。軍隊は負け、主人公が勝つ。ハッピーエンド。"


……そう…なんだ…へ、へぇー……軍…隊……ね……

基本的に大まかなことしか書いていないが、主要人物や重要シーンは補足のようにして書かれている。

……これは予言書なのか……?

この本を書いたのは一体何者なんだ……?

恐怖で手が震え、頭が空っぽになる。

この本に書かれている“説明文”は、この世界の脚本《シナリオ》なのだろうか……

もしそうなら、私はこの世界の主人公で、唯一無二の将来を知ることができる存在ということになる。“神”というやつ以外で唯一この世界の脚本を知ることができるのである。そして、この世界はこの脚本をもとに作られた物語……

「……はっ…はは……」

そんなこと……

……まるでこの本に前述してあった物語の主人公じゃないか……

知らないうちに自暴自棄から脱した。というか、それどころではなくなった。何故だか自信がわいてきたが、同時にどうでもよくなってきた。


最後の部分を見る限りでは、本当にこの物語の通りになるなら、私は最終的に

“勝つ”

のである。


それもハッピーエンドだ。きっと色々な苦難だとか絶望を乗り越えて、勝つのだろう。“都合の良いこと”がいくつも起きていくんだろう。

……でも、そんなことは常識ではありえない。きっとたまたまだ。そうに決まっている。

そう思う私の体は数分前から震え続けている。


……試してみようじゃないか。本当に書かれている通りになるのかどうか。

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