第23話 追われる日々

目覚まし時計が鳴り、寝返りを打った。地上の朝だ。

しかし、寝室を一歩出るといつもの朝ではなくなる。

昨日からというもの、自分の周りの電話は常にパンク状態で、議員会館前には報道陣と警察のせめぎあいが起きている。会見後に政府にかかった電話の本数は世界を合わせると数万件を超えるらしい。私と関係のない議員も次から次へと報道陣からの質問を受けた。

これからの予定は、今日と明日は記者会見、明後日は国会答弁、一週間後には緊急の国連総会が開かれる。当然すべてに私は参加する。

記者会見は午前十時から休憩をはさんで午後五時まで。記者だけでなく、ネットからの質問にも答えるそうだ。終わりが見えない。

せめて体を休めておきたいので、ベッドに寝っ転がった。スマホを開き、ネットの反応を見てみる。

……相変わらず盛り上がっているようだ。十人十色というわけではないが、かなり意見が人によって違う。


朝食を挟み、今度は例の本を読むことにした。主人公の今後の物語が気になる。

“まずは、村の人々に気持ちを伝えることから始めた。”

……こういった所謂“主人公”というものも、周りからの支持があって初めて全力を出せるものである。

“でも、中々進まない。そこで、幼馴染で親友の“アイ”にその気持ちを二人だけで打ち明けた。”

ここに来て早速ヒロインの登場か。これは仲間になるパターンだ。

“「私、神様についてはよくわからないけど、君のこと、信じるよ!」”

ほら。やっぱり。当然だ。これだから“ご都合主義”ってやつは。

「加藤さんっ!」

「え!?」

急な大声に私は飛び上がり、本を床に落とした。まだしおりをつけていない。

「だ…大丈夫ですか?」

今度は小声になった。ドアの方を振り向くと、秘書さんが立っている。

「大丈夫だよ」

「もうすぐ記者会見のお時間ですっ!」

「オーケーっ」

立ち上がって伸びをし、ベッドの横に畳んであるスーツに着替えた。

「では、行きましょうっ」

秘書さんに手をつかまれた。

……?

秘書さんの目の下にクマがある。それに、今更だがいつもより元気がない。もしかしたら、私にかかってくる大量の電話対応をしていたのではないだろうか。別にやらなくていいと言っておいたのに。

「秘書さんこそ、大丈夫?ちゃんと休んでる?」

「だ、大丈夫に決まってるじゃないですかっ」

やはりいつものような気合十分の声ではない。私がいない間も頑張ってくれたんだ。これ以上私のせいで大変な思いをしてほしくない。

「命令」

「!?なんでしょうかっ?」

私はベッドのシーツと枕、布団を予備に取り換えて、テーブルの上にあった消臭スプレーをかけた。最後にテーブルに二千円札を置いて終了だ。

「ここは会見が終わるまで誰も使わないし、誰も入ってこない。テーブルの上のお金は昼食代でも何でも自由に使って」

「はっ…!」

「ベッドに横になって、私が帰ってくるまで休むこと」

「秘書として、そんなことは……」

「秘書さんも人間なんだからさ。これは命令。しっかり休んだ方が気持ちよく仕事ができますよ」

秘書さんは恐る恐るベッドに横になり、天井を見上げている。

「頑張ってくれたからさ、これくらいはしないとね」

私は布団を優しく被せ、部屋の電気を消した。

「それじゃ。ごゆっくり」


これからはもう少し、自分でできることを増やさないとな……

負担はかけまいと思っていても、つい自分は休んでしまう。どうしたら治るだろうか……

そうだ。この日は何をして、何をしてもらうのか決めよう。あらかじめこうやって決めておけば、秘書さんの仕事内容も把握できるし、負担も減るだろう。

そんなことを考えていると、気づけばもう記者会見だ。


「えー、これより二度目の記者会見を開きます」

相変わらずほとんどの人が手を挙げる。

「では、貴方」

「BSSテレビの川越です。ネット上では、彼らは“地底人”、“魚”、“トカゲ”などと呼称されていますが、正式名称はあるのでしょうか」

「正式名称はありません。ただ、私は“彼ら”や“彼女”のような人間と同じ呼称を使います」

「……では、“魚”や“トカゲ”といった表現でも間違ってはいないということでしょうか?」

「彼らはトカゲではありません」

「でも、ほとんど魚ですよね?」

「いえ。違います」

「決して、彼らを差別する意図はありません。専門家の意見では、彼らは生物学上完全ではないものの魚類に分類されるそうです」

「…彼らは…地底人です」

「ですが、生物学上地底人に該当する項目はありませんし、見たところ立つ魚です」

「実際に会ってもいないのに決めつけるんですか?」

「いえいえ。差別や偏見はよくありません。ですが、やはり…その…科学的に分類する必要があるかと」

「なぜ?」

「質問はそこまでに。次の人」

首相が止めた。気づいたら、つい熱くなってしまっていた。

……


社会の目は出来事そのものには熱かったが地底人には冷たかった。初の知的生命体にしては強烈すぎる。なにかこう、かっこいいわけでもかわいいわけでもなく、ただただ魚のような見た目だからだろうか。

ベンチに座り俯いてスマホを眺める。

「日経平均株価が戦後最高を更新」スマホの画面の上の方に出てきた。これで投資家はウハウハだな……

「行方不明だった加藤議員、地底で一か月のバカンス」別に常に休んでいたわけじゃない。あっちの方が楽しいけど。はぁ…落選確定かぁ……

「政府への電話やまず、パンク状態」どうせ、電話したところでその場では回答されないのに。

はぁ……疲れた。地底に戻りたい。サークに毎日完敗したって良い。戻りたい……


……さて、仕事の割り当て表を作るとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る