第22話 変りゆく世界

「うそでしょっ!?」

「なにこれ……」

日本中がそうつぶやいた。多くの人がスマホを落とし、友達や家族に伝えた。生放送されていた渋谷のスクランブル交差点では、ほとんどの人が立ち止まり巨大スクリーンを眺めた。赤信号に変わっても交差点の人は立ち尽くしたままだ。考察合戦に盛り上がっていたネット民たちも、画面の前で凍り付いた。






「……一通り写真はお見せいたしましたので、さっそく質問に参ろうと思います」

そう言ったとたん、記者全員が手を挙げた。

「貴方が指名して」

耳元でささやかれた。

「ええっと…」

誰を当てようか。全員が手を挙げている。

「では、あなたから」

とりあえず最前列の人を当てた。真面目そうな女性記者である。

「文簡新聞の山崎です。まず、お伺いします。この魚人のようなものはいったい何者なんでしょうか?」

周りの記者たちが一斉に頷く。

「ここに写っている方々は、私が遭難し、死にそうになったところを助けてくれた地底に住む人々です」

記者は物足りないという表情をした。これだけじゃまだ全然足りない。

「彼らは、いわゆる原始共産制に近い暮らしを地底で営んでいて、言語も使いますし、仕事もしています。地底にはオアシスと呼ばれる空間があって、その場所ではこのように生物が暮らすことができるのです。彼らの中には私の友達もたくさんいますし、人間と何ら変わりません」

再びざわめきが起こった。記者も情報量の多さに頭がパンクしている。メモ用紙には何かを書こうとしてペンが止まった跡がある。




とまあ、そんな感じで二十人近い人を当て、回答した。おおざっぱで、似たようなものが多かったものの、まだ記者たちは基礎すらまともに理解できていないようだ。かろうじて理解した人も、イメージだけのようである。

「そろそろ、時間ですので。会見を終了いたします。続きの質問はまた後日行います」

首相が落ち着いて言った。まだ三分の一の人にしか回答できていない。しかし、記者たちは不満というよりも混沌に近い表情だった。

首相と並んで会場を後にし、報道陣に囲まれる前に素早く車に乗った。

「これから二週間、いや、一か月近くは報道陣や記者が貴方のもとへ押しかけるだろうが、どうか耐えてくれ。こちらの方でも支援できることは支援する」

首相が車の窓越しに言った。私が何か言う前に車は発進し、地下駐車場を出た。外は早速報道陣で埋め尽くせれ、警備員が必死に止めるので精いっぱいだ。車が通れるぎりぎりを確保しながらゆっくり進んでいく。カメラのフラッシュがそこら中で鳴り響く。リポーターの声が聞こえる。私はカーテンを閉めていたが、音だけでも外の様子が分かった。

ようやく抜け出すと、今度は後ろから何台もの車が追って来た。しかし、護衛用の車が私を取り囲み近づけないようにしたため、何とか撒くことができた。議員会館に帰ると、一直線に部屋に戻り、スーツを脱ぎ捨ててベッドに寝転がった。会見は予定の三時間オーバー。もう外は暗くなっている。

…さすがに寝るか。



この日は、人類史に名を残す重大な日となった。瞬く間に世界中に情報が届き、政府関連の電話はそのほとんどの回線がパンクした。私の秘書さんも、山本議員も。私の実家の電話までパンクした。未だにスマホに慣れていない祖母はかなり困っているらしい。

何はともあれ、世界中がこのニュースに夢中になった。知的生命体がいるということは誰が見ても世紀の大発見である。ネット上では「探査機を送るべきだ」といったコメントから、「知的生命体なんて存在するわけない。あれは確実にフェイクだ」といったもの、「知的生命体を捕獲すべきだ」というものまで様々だ。中には「魚人キモイ」や「頭悪そう」といったものもあった。






「……大統領。我が国は…」

「調査団を派遣するんだ。今すぐに。あと、日本政府にSDカードに入っている全ての写真の提供を要請してくれ」

「了解致しました」

アメリカ合衆国、ホワイトハウス。大統領執務室。

「三日後には地底人とテレビ通話できるようにな」

「わかっております」






「総理、先ほど、アメリカ、中国、フランス、ドイツ、イギリス、台湾、韓国、オーストラリア、ベトナム、インドネシアから『そちらのゲートを使いたい』との要請が来ています」

「……うぅ……後にしてくれ。今は朝の三時だぞ…?いちいち報告しなくたってわかってる。すまないが寝させてくれ」

「総理、最後に」

「なんだ?」

「アメリカのホークス大統領が、写真を全て提供してほしいと」

「ああ。いいよ別に」

「“例の写真”も送っちゃって大丈夫ですかね…?」

「いいよべつに。あの国のことだ。逆にビビッて人に押し付けるさ。いいから寝させてくれ」

「失礼しました……」






「大統領っ!」

「おお。届いたのかね?」

「はい!つい先ほど」

「よおうし見よう」

大統領執務室にはアメリカの各大臣、専門家などが集結している。補佐官がノートパソコンの画面をモニターに転送した。

「おぉ」

記者会見では公開されなかった写真の数々が次から次へとモニターに映し出されていく。そして、一枚の写真が映し出された。

「んんっ!?」

一同が立ち上がり、自分の目を疑った。

そこには、廃墟と化した巨大な何かの建物がある。

「おいおい、相手は原始人じゃなかったのか?」

「嘘だろ?日本政府はこんなことを隠したままにしてるのか?」

「どうなってんだ」

「What’s...that?」

混乱する一同。これにはさすがの大統領も困惑している。

「今から30年ぐらい前に…テレビキャスターが言ってたのを思い出すね。『人類は、地球とは何か、自然とは何か、全然わかっていなかったのです。人類未踏の地は月でもエベレストでもなく、この大地の下にあるのです。この星を、私たちはまだ知らなかったのです』というやつ」

大統領がどこか懐かしむように、嘆くように言った。

「ええ…まるであの頃みたいですね……」

「どうします?大統領」

「ここは、専門家の意見を聞こう」


世界は、確実に変わり始めていた。


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