第21話 記者会見

朝起きて、朝食。だんだん地上に慣れてきた。

さっさと会見の支度を済ませ、ベッドでスマホをいじっていた。記者会見は午後二時からだ。少しぐらい緊張をほぐそう。

会見の内容について、首相は昨日「非常に重大で、世界的なことを報じる」とだけ伝えていた。ネットでは、首相の緊急記者会見についてあまりの唐突さに様々な考察が飛び交っている。ネットニュースにも大々的に報じられている。しかし、考察や憶測はどれも似たり寄ったりで、正解しているものはない。まさか、私が帰ってくるなんて誰も思いやしない。

たまっていた動画もニュースも見たので、洋館から持ってきていた例の本の続きを読むことにした。

“主人公は家のドアを開け、真の自由を手に入れるという大志を胸に、冒険を始めたのである。”

……ここからが本格的に物語が始まるようだ。ビジョンを使ってどんな冒険を始めるのだろうか。

……そういえば、神なんてものをどうやって倒すのだろうか。普通に考えて、“世界を創造した神”なんていうものは倒すものじゃないし倒せるものでもない。まあ、物語の中の話だからそういうところはどうとでもなるのだろうけど。

“早速村で仲間を集ったが、神を殺すという行為に多くの村人が反対した。”

当たり前だ。そんなことがふつう許されるはずがない。

“彼は決心した。どんな困難や逆境でも打ち勝って、必ずや世界を救うと。”

……かっこいいじゃないか。何だかポエムを聞いている気分になる。


……そんなことを考えていると、あっという間に午後だ。なんだかんだ言って緊張はほぐれた。二時間後にはもう会見場にいるんだ。

昼食は車で済ませ、私は会見場へと向かった。






「えーっ、間もなく緊急記者会見が始まります。会見には私たち以外にも多くのテレビ局や記者が詰めかけています」

現場リポーターがカメラに向かって淡々と言った。

「ネット上では、今月4日から始まった地底での資源採掘に大きな問題が生じたなどの考察が飛び交っています。……おっと、始まるようです」


首相が端から現れ、中央に向かってつかつかと歩いて行く。途端にカメラのシャッター音が鳴り響き、首相はフラッシュの閃光に包まれた。

「……えー、お集りの皆さん。今回の緊急記者会見では、二つの大きな発表がございます」

あー、緊張するっ。思わず身震いしてしまった。テレビでしか見たことのないあの場所に私が行くなんて。もうすぐ私の番だ。

「えー、では、一つ目の発表をいたします」

首相が私の方を見た。合図だ。私は中央に向かって歩き始めた。

そして、端から私は会見場に出てきた。

途端に記者やリポーターからざわめきが起こる。しばらく沈黙した後、前が見えなくなるほどのフラッシュを浴びた。なおもざわめきは止まらない。私は首相の横に立つと、ひきつった笑顔を見せた。

「こここっ、こんにちは…ええっと、かっ加藤深です……」

こんな数の記者に囲まれたことはない。第一、私がまともに取材を受けるのも初めてかもしれない。

「とまあ、このように、一つ目の発表は加藤議員が帰ってきたことです。詳細は後程質問の際にお話しいたします」

記者たちは質問したい気持ちを必死に抑えている。上げようとする手を必死に抑える人までいる。そうなるのも無理はない。

「えー、もう一つ、これは加藤議員が無事に地上に帰ってこれた理由とも深くかかわっていることですが、こちらをご覧ください」

そう言うと、後ろの巨大スクリーンに私がカメラで撮った地底での風景写真が写された。写真には地底人がばっちり写っている。漁業をする風景、調理場の風景、ドッチボールで遊ぶ子供たちの風景。次から次へと写される。

「ああっ……」

思わず誰かが口にした。ざわめきが今度は恐怖に変わった。みんなが思わず脱力していく。

「おいおい、フェイクじゃないのか?」

記者の一人が突っ込んだ。

「いいえ。これは加藤議員が撮った正真正銘の地底写真です」

「じゃあなんですかこれは!」

「……地底には、我々の知らない新たな知的生命体がいることがわかりました」

フラッシュはもはやほとんどなくなった。あまりの非現実さに誰もシャッターを押す指が動かない。カメラを落とし、ただ口を開けて漠然とした。瞬き一つだってしない。テレビリポーターも、テレビのことを忘れて何も言わずにスクリーンを凝視している。テレビカメラマンも震える手でスクリーンを放送している。

「あれは……魚?」

テレビリポーターが呟いた。


まさに、人類が新しい何かと巡り合った瞬間だった。

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