第17話 めんどくさい帰還者
「さぁて、どういうことかな?」
部屋の蛍光灯がまぶしい。クーラーも効いている。
「行方不明の、加藤さん」
一部始終を話すともなると、莫大な時間がかかる。それに、信じられないような内容ばかりだ。
「ならまず、私の言うことを絶対に信じてください。噓は言いませんから」
「ほぅ。何かそんな、面白いことでもあったのかね?」
「……地底世界には、知的生命体がいます」
作業員の間からざわめきと笑い声が聞こえた。監督もあきれ顔だ。
「へぇ?知的生命体がいるのか?こんな場所に?」
「はい」
監督は周りの作業員を見渡した。
「わかった。君は重傷だ。あのロシア人に洗脳でもされたんだろう。病院行きの車を用意するから、君は言われた通りに動くんだ。いいな?」
「私は洗脳なんかされていません!」
つい熱くなってしまった。監督も戸惑っている。
「まあまあ落ち着け。君は助かったんだ。きっとまた国会議員に戻れるさ」
その後も色々と話したが、一つとして信じてもらえなかった。私が作業員側でも、きっと信じなかっただろう。
休憩室のベンチに座り、これからどうしようか考えた。恐らく、私はもう逃げることはできない。必ず地上に戻される。そうなれば、”不自由な生活”がしばらくは続くだろう。質問攻めされたり、マスコミに囲まれたり、SNSでアンチコメントを書かれたり。地底で一か月もの間過ごしたともなれば、世界的な一大ニュースだ。
監督はというと、本部(ゲートの前にある研究所)と電話で連絡を取っているようだ。相手も相当驚いているようで、「噓だろ!?」という声が時折聞こえてくる。
「はぁ……」
これで、私の地底生活は終わりだ。現実世界に戻ってみれば、まるで夢の世界にいるかのような一か月だった。あっという間だ。
「加藤さん」
宮田が話しかけてきた。
「さっきの話、本当ですか?」
「本当ですよ」
「……前にも会ったからわかります。あなたは……何というか……その……洗脳されるタイプの人ではありません」
前回会ったときは、宮田の話を聞き流すことばかりしていたので、”そういう人”だととらえられたのだろう。
「…信じていいですか?」
「えっ?」
「なんだか、そっちのほうが、ロマンあるなって。面白いじゃないですか。地底人だなんて」
理由が理由だが、私を信じてくれる人もいるようだ。宮田はしばらく私の隣に座った後、何かを思い出したように去っていった。
「よし。加藤さん」
今度は監督がしゃがんで話しかけてきた。
「帰ってくることに越したことはない。でもねぇ……ちょっとこれは面倒なことになる。慎重に行くぞ」
「あ…はい」
「当然だが、マスコミにはまだばらさないことになってる。知られないように動くんだぞ?いいな?」
「はいっ…要はあなたたちについて行けば、いいんでしょう?」
「ああそうだ。大混乱を起こさないためだ。従ってもらうぞ」
まもなく、監督と私と作業員数名は休憩所を後にした。
本部まではかなり近く、歩いて十分ほどだ。道は一か月前とは比べ物にならないほど整備され、道端の看板には様々な大企業のロゴマークが描いてあった。恐らくこれから数兆、数十兆円規模の大プロジェクトが始まるのだろう。政府もようやく民間への規制を撤廃したようだ。日本の地底市場の幕開けだ。
「久しぶりに地上に帰れるな」
「あっ…はい」
「どうしたんださっきから。回答があたふたしてるぞ」
「いえ。すみません。考え事していたもんで」
「まあ、それならしょうがないな」
本部は、一か月前に来た時とほとんど変わっていなかった。職員が少し増え、ウォーターサーバーの位置が変わったぐらいだ。
監督と作業員は、私の身柄を引き渡すとすぐに帰っていった。職員たちはというと、死んだはずの私の姿にやはり驚いている。職員の一人が写真を撮ろうとして、止められた。私の存在はまだ秘密というわけだ。着ていたスーツや所持品、弱くなったヘッドライト代わりのカメラは全て没収され、普通の服に着替えさせられた。
「少々お待ちを」
職員に言われ、私は再び椅子に座った。一か月前に座った席と同じだ。前回は隣に秘書、反対側に宮田がいたが、今回は誰もいない。職員たちはひっきりなしに動き、私の処理をどうするのか慌てている。私は今放置状態だ。
机の上には、おにぎりと水がある。
「あのー、このおにぎりって…」
近くを通りかかった職員に尋ねた。
「っあ、いいですよ。どうぞ食べてください」
そう言うとまたどこかへ走っていった。とても早口だった。
「いただきます」
久しぶりの地上飯だ。味わって食べよう。
「はむっ」
一か月ぶりの米の味。品種改良された、ブランド米。なんておいしいんだろうか。紙コップの水をグイっと飲んだ。これもおいしい。海水を蒸発させて作ったのではない。清潔で、品質管理のされた、”商品”。
味わって食べたつもりだが、あっという間になくなった。
疲れたので寝ようとすると、
「送迎車の準備も、連絡船の準備もできました!」
職員が誰かに言った。いや、全員に言ったんだろう。
私は再び連れられ、とうとうエレベーターまで着いた。
「さて、行きますよー」
私がシートベルトを着けたのを確認すると、職員が軽々しく言った。私はまだ一度しかこのエレベーターに乗ったことはない。それに、上るのは初めてだ。
ブザーが鳴り、重いドアが閉まる。地底とはおさらばだ。
「よし。OK」
職員が言うと、エレベーターは動き出した。
少しづつ重くなっていく体重。どんどん上昇するエレベーター。
……あれ?
なぜか、あまり気持ち悪くない。
「あのー職員さん。このエレベーター、何か変わりました?」
「この間工事をして、速度とか何とか色々と調節しましたよ」
一か月の間に、様々なことが変わったようだ。
しばらく待つと、体重が元に戻っていき、エレベーターは止まった。
「ふーっ、何があったか知りませんけど、お帰りなさい、加藤議員」
職員がこっちを向いて小声で言った。
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