第15話 決断

ラックが倒れ込んだ。

静まり返るコート。サークは口を開けてその場に立ち尽くしている。

「大丈夫か!」

一瞬の沈黙ののち、みんなが駆け寄った。

「おいっ、おなか大丈夫か?」

「っう……だい…じ……」

喋るのがやっとなようだ。けいれんを起こしている。

「わかった。しゃべらなくていい」

私はこれでも看護師だ。判断する必要がある。

ラックが受けたのはサークの本気のシュート。それも、ラックは裸だし、素材の関係でサッカーボールは地上のよりも固くなっている。

…万が一があるかもしれない。


私はラックを抱えて、診療所まで走った。後ろから子供たちもついてくる。

「おいラック、しっかりしろよ!」

相方のレックがそう呼びかける。他の子供も、それに続いて励ます。サークは何も言わずに私の背中を押した。こけそうになったが、いつもの二倍ぐらい早く診療所に行くことができた。


「ヤコフ!」

診察中だったヤコフが飛び上がった。

「…!?なんだそりゃ!?」

「ラックが…お腹を……とにかく、やばいかもしれないんです!」

ヤコフは、ラックをベッドに寝かせるよう指示し、来ていた患者に言葉を残した。


「さーて?どうなってんだ?」

ラックの腹部を見ながらヤコフが言う。

「……」

ヤコフはラックの腹部を触った。固い。

「ラック……」

お腹が青紫になっていく。

「くそ……」

ヤコフの顔が一気に険しくなった。

ヤコフは少し考え込み、言った。

「……加藤……船の準備だ。とにかく、速い奴だ」

「え…?」

「ここはいいから、早く船の準備をするんだ!もう時間がないぞ!」

「はいっ!」


……

船の準備……?いったい何をする気だ……?

走りながら考える。船ということは、魚や湖と関係があるのだろうか。いや、そんなことが治療につながるとは思えない。ならなんだ……?


しばらくして湖につき、近くにいた漁師の人に速い船と、それを操縦する操船の達人のありかを聞いた。がしかし、そんなに都合よく聞き出せるものではない。

第一、ここの船はどれもこれも同じような形の丸太船だ。

私の思う速い船はカーボンでできている、エンジン付きのものだ。そんなものがここにあるはずがない。

丸太船の速さなんて変わるのか……?

……いや……?

ボート……?

テレビで何かそんなものを見た気がする。オリンピックだったか?

確か……何て言う名前だったかは覚えていないが……細長いボートに何人もの人が乗って、一緒に漕いで競争するという競技だ。

あれなら、ここら辺のボートにも似たような形のものがあるかもしれない。

探そう。


細長いボート……細長いボート……

近くの漁師たちにも手伝ってもらい、細長いボートを探す。

ある程度あのボートに似た形であればいい。時間がないんだ。


必死の捜索の末、ようやくそれっぽいものを見つけた。

「あったぞー!ここだー!」

漁師たちがオールを持ってやってくる。

「いつでも船出できるようにしておいてくれ!」

漁師たちが船出の準備をするのをしり目に、私はヤコフのいる診療所へ走った。


「ヤコフ!準備できたぞ!」

「よし!でかした加藤!」

ヤコフは何やら硬い重そうなスーツを着ている。

「こっちです!」

私はそう言うと、時々後ろを確認しながら船まで走った。ヤコフがラックを抱きかかえてついてくる。

何の騒ぎだと一行を眺める住民たち。

「すぐに出航できるな?」

「はいっ!おそらく!」

あまり時間がなかったとはいえ、丸太船だ。きっと彼らなら準備できているだろう。

「これは命にかかわることだ!急ぐぞ!」


……着いた…

湖には細い丸太船が出港準備を整え浮かんでいる。

ヤコフはラックを船に寝かせ、様々な医療品も一緒に積み込んだ。医療品は子供たちが持ってきていた。

私はというと、漁師たちにボート競技特有の漕ぎ方や乗り込み方を伝えていた。

「加藤!乗れ!行くぞ!」

船上からヤコフが叫んだ。

まず私が乗り込み、次に漁師たちが乗る。これで前方に医療班を固めることができる。

「よぉーーし行くぞ!行先はカラセール島だ!」

ヤコフが言うと、私は漁師たちに合図をして

「せーーのっ!」

と言った。その声に合わせ、漁師たちはオールを力いっぱい引く。初めてとはいえ、さすがは漁師だ。船はぐいぐい進んでいく。

疲れて声もか細くなってきたが、まだヤコフに聞けていないことがまだまだある。

「カラセール島ってなんです……?どうして船に…乗るんです……?」

ヤコフはラックのお腹を見ている。

「……加藤……すまない……いつかはこうなるとわかっていたんだ」

「どういうことです?」

「ラックは恐らく、内臓破裂している。彼を救うには、手術が必要だ」

……

そんな……内臓破裂だなんて……どうして……

「彼は血尿もしている。これは事実だ」

ヤコフは包帯をラックのおなかに巻いている。

「私のスーツには、多少なら応急措置ができるものが入っていた。何か重症のときはそれを少しずつ使っていた」

そう言うと、ヤコフはスーツの胸辺りを指さした。そこには薄れた字で”USSR”と書いてある。

わかってはいたが、これは地底探索用のスーツだ。

「でも、その医療品も底をついた今、内蔵手術を行えるものなんて地底ここにはもうない」

……まさか。


「地上へ戻るぞ。加藤」

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