第14話 「転」

次の日、また少年たちと遊んだ。鬼ごっこに近い遊びだ。私ばかり鬼役をやらされているような気がしたが、どちらにしろ久しぶりに遊んだので新鮮だった。

ちゃんと仕事もやる。おばあちゃんの健康状態は逐一記録した。容体はよくなっていっていた。


また次の日。今日も少年二人と遊ぶことになった。今日は二人が他の友達も呼んだのでかなりにぎやかだ。かくれんぼからかけっこ、石けりみたいな遊びもした。ほとんどの種目で最下位だが、楽しかった。


さらに次の日。今日も少年とその友達で遊びつくした。もはや看護師というより世話係に近いような気もするが、楽しいので考えないことにした。

内容はまたかくれんぼやかけっこで、昨日と同様最下位だ。ここまで負けると悔しくなってきた。負け続けるわけにはいかない。

明日は得意な“あの遊び”で、全員を打ち負かしてやろう。私はヤコフに材料をもらい、サッカーボールより少し小さいぐらいのボールを徹夜で作った。


その次の日。今日は自分から子供たちを集めた。私が小学生のころ、毎日のように放課後の公園で遊んだ、ドッチボールをするために。この種目では負けない。絶対に。人生で千回は友達とやっただろう。逃げ、外野、投げ、すべてに自信がある。看護師の逆襲だ。

とは言っても、彼らはドッチボールを知らないので、教えることから始まった。彼らにとってボールというのは全く新しい遊び道具だったので、いろいろと教えるのに時間がかかった。線引きやチーム分けまでやるころには、もう帰る時間だ。今日できなかったのは悔しいが、明日がある。明日勝てばいいんだ。


今日という日が待ち遠しくて、興奮してあまりぐっすりとは寝られなかった。こんなことは久しぶりだ。朝早くから起きて、仕事場に行った。

「おはようございます!」

おばあちゃんが起きていることを確認すると、はきはきとした声で言った。

「あら。おはよう。今日は一段と元気ね」

おばあちゃんがゆっくりと優しい声で返した。

「“ドッチボール”しますから」

「“ドッチボール”?」

「ええ。ボールを投げあって相手に当てるゲームです。楽しいですよ」

記録用紙に色々とチェックをつけながら言った。

「……そういえば…この本にもそんなことが書かれてたねぇ」

「ん?」

おばあちゃんは、枕元から一冊の本を取り出した。

「これ。この本」

「なんですか、これ」

本の表紙には一冊の本と、それを抱きかかえる男の絵が描かれている。知らない文字で書かれた文章もある。きっとヤコフの言っていた魚人語で書かれているのだろう。

「この本はね、神話が書かれているのよ、神話」

「神話……?」

「“天からの使者と創造者の物語”“使者を神にし、世界を創造する”……いい物語よ」

「へぇー…」

神話って感じの神話だ。

「あら。聞きたいの?」

何だか長くなりそうだ。

「いっいや……いいです……」

「この本、私が子供だった頃に変わった形の岩の中で見つけてね。中に書いてあることが言い伝えそっくりで驚いちゃって。それ以来ずっと読んでいるの」

「あぁ…そうですか……」

そろそろ切り上げよう。

「あっありがとうございました。それではまた」

私は足早に看護室を去っていった。


走った甲斐あり、決戦地コートに一番乗りで着いた。しばらくするとサークが一人でやってくる。サークはほとんどの種目で一位を取っている最強少年だ。今日も自信に満ち溢れた恐れ知らずの顔。自分のクラスにもあんな奴がいたな。

しばらくして他の子供たちも集まってくる。

まずはチーム分け。当然サークと私は違うチームだ。

地上のルールに乗っ取り、先攻後攻はじゃんけんだ。彼らの世界にも、多少地上と違うところがあるもののじゃんけんはあるので、“じゃんけん”について教える必要はなかった。

じゃんけんはサークの勝ち。彼が投げた瞬間に試合開始だ。

流石は最強なだけあり、昨日の練習でボールを使いこなせるようになっている。きっとそういうものを使うのが…

「うおっ!」

突然サークのボールが飛んできた。何とかキャッチしたものの、とてつもない威力だ。足元に投げられていたらアウトだったろう。とはいえ、ボールはこっちのものだ。

珍しく今回は戦略的に動くことにしている。ドッチボールでは当たり前の戦略だが、内野と外野でパスを回してすきを見て一人ずつアウトにしていくという戦法だ。

試合が始まる前に外野にもそのことを伝えてある。準備は万端だ。あとはやるだけ。

相手側のプレイヤーは全員コートの反対側に逃げている。今がチャンスだ。

私はボールを思いっきり外野のプレイヤーに向かって投げた。反対側にいた人たちが一目散に走ってくる。

懐かしいな……

外野がキャッチし、逃げ遅れたプレイヤーに向かって投げる。

……夕方、いつもの奴らと、いつもの公園で。

ボールが当たり、一人アウト。跳ね返った球をまた外野が拾う。

……あいつ、いっつも変な避け方してたよな。

外野がコートの側面に回り、反対側の側面に投げる。

……たまに遊びすぎちゃって、門限を破ってお母さんに怒られたっけ。

逃げ惑う相手を、背後からまた一撃。

……その公園も、あいつらも、今ではもう…

「うっ!」

私は、晴れて外野行きになった。


結局、私の思い通りに試合が行くことはなかった。この戦法を見た相手チームが、サークを中心として同じことをし、味方を瞬く間に倒していった。

負けた。今までドッチボールで負けたことなんてほとんどないのに。油断した自分のせいだ。

気づけば、もう戻る時間だ。

私は看護室に駆け込み、診察と記録を済ませた。ヤコフに「よくやった。これで新人卒業だな」と言われた時にはうれしかった。

コートに戻ると、みんながドッチボールをしている。相変わらずサークが無双しているが、悲しくなっている人なんていない。みんな笑っている。全力で楽しんでいる。

何故だか、コーヒーが飲みたくなってきた。

試合が終わると、また入れてもらって、遊んだ。






っと、そんな毎日を一か月。かなり短く感じたし実感は湧かないが、思い出に残る楽しい毎日だった。

きっと、私は地上では死んだことになってるだろう。国会議員が訪問中に行方不明なんて、前代未聞の大事件だ。でも、もう私には関係ない。

子供たちとはサッカー、野球、バレーなど、得意不得意構わずいろんなことを教えて遊んだ。遊んでばっかりだったけれど、ちゃんと仕事もした。ヤコフにばんそうこうの作り方や簡易的な治療の仕方を教えてもらい、ある程度なら一人で切り盛りできるようになった。もうすっかり地底ここの人だ。

今日も、いつものように診療所の準備をヤコフとする。身体的に疲れる代わりに精神的に疲れないここでは、まるで時間が止まっているような気がする。こんなに代り映えない日常を幸せだと思ったことはない。

診療所が開くと、早速何人かが来る。一日を通して十人も診ないが、その方がいい。

休憩時間になると、自然といつもの奴らがやってくる。今日はサッカーの日だ。

私は今日もゴールキーパー。走るのが遅いからだ。

まずはチーム決めだ。

相手チームのキャプテンはお馴染みサークだ。こっちのチームには“あの二人”がいるが、運動神経は周りと比べても普通ぐらいだ。二人とも「サークに勝ちたいよぉ~」とこの間必死にせがんできたので、前に同僚がやっていた“一週間で十キロ瘦せる運動”を思い出せる限り思い出して教えた。練習の成果は出るだろうか。

さあ、キックオフだ。

開始と同時にサークがボールを奪いに来る。

「パスを回して、とられないように!」

サッカーは全くできないが、アドバイスならまだできる。的確かどうかはわからないが。

味方は言われた通りパスを回して、ボールをサークから離す。サークも疲れたからか走るのが遅くなってきた。

しかし、これは敵の罠だった。

サークばかりに気を取られ、ほかの選手にボールを取られたのである。こうなれば、あとは目に見えた展開だ。

サークが今までの疲れは噓だったかのように(本当に噓だったのだろう)ものすごいスピードで走り出し、ゴール前に敵が集まってきた。

どうしよう……決められる……

サークが見事なドリブルで味方を次々と突破していく。

最後の砦は、私だ……

「そうはさせるかあああああ!」

どこからともなくラックがやってくる。本気で止める気だ。

ラックはサークの進行方向に全速力で走っていった。

サークは思いっきりゴールをめがけてボールを蹴り飛ばした。

弾丸のように進むボール。


その時だった。

「うっ!」

鈍い音がした。

そのボールは、ラックの腹部に直撃していた。

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