第13話 とっておきのばしょ

少年二人に連れられて、あっちへこっちへ走っていく。少年たちは道行く友達に

「よお!」

とまず言って、走りながら友達に状況を説明する。

「なーんで来客引っ張ってんの~?」

「今から“とっておきのばしょ”に連れてってあげるんだー!」

「え~!?俺の時は連れて行ってくれるまでに二か月かかったのに~!」


……そのうち村から外れ、人もいなくなった。ずっと走ったままだ。今にも倒れそうだ。そもそもなんでこんな遠くにあるんだ?遠くにしかないようなものなのか?

……いや、走っているときに考えたらだめだ。

聞かなければよかったと、ふらふらになりながら後悔した。


やがて、変な形の岩の前で少年二人は止まった。

「ここがとっておきのところだよ」

二人も息は上がっているが、まだまだ元気だ。私はというと、深呼吸をして座り込んでしまった。俯いて目も開けられない。

「これぐらいで倒れちゃうのー?」

…当たり前だろっ……現代人だぞっ……?

地上じゃこの距離はタクシーか自転車だ。

しばらく座ったまま息を整えた。今日は走ってばっかりだ。

……二分ぐらい経ち、息も落ち着いたので、目を開けて立ち上がった。


え……?


私は言葉を失った。

そこには、岩壁に埋まる何かでかい建物の残骸のようなものがあった。

立ち眩みのせいだと思い目をこする。何度も瞬きして、落ち着いてもう一度見てみた。

……明らかに、建物だ。


「なに……これ……」

「僕たちの秘密基地だよ」

そんなわけがない。

背筋が凍り、頭が真っ青になった。

これは明らかに巨大な建物の廃墟だ。岩に飲み込まれほとんど朽ち果てている。何かの遺跡だろうか?何百年も前に建てられたに違いない。でもなぜ?なんでこんなところに建物がある?人間が何百年も前にここに来たとでもいうのか?いや、違う。

「この廃墟はもとからあったのかい?」

「廃墟…?これは大きな洞窟だよ?」

巨大な建物を見たことがないこの子たちにはビルディングというものが分からないのか。

「中、入ってもいい?」

「うーん……」

少年二人は顔を見合わせ、

「特別だからね?」

私はその声を聴くや否や、廃墟へと入った。何かがおかしい。あるはずのないものだ。


建物の入り口部分は開いたままになっており、簡単に入ることができた。

中には大量の石や岩が散乱しているが、面影はちゃんと残っている。天井の高さは三メートルぐらいだ。崩れ落ちた天井の間から二階、三階が見える。間違いなくビルだ。

床には見たこともない模様の絵が描かれている。しかし、いずれにしろ朽ち果てていて詳しくはわからない。家具のようなものは無く、あるのは二人が持ち込んだであろう“秘密基地セット”だけだ。

……どうなってる……?

声が出ず、立ち尽くす。無表情だ。

手に何か当たった。カメラだ。完全に忘れていた。

カシャッ

震えながらシャッターを切った。写真には薄暗い“とっておきのばしょ”が写っている。


「それ、なに?」

気づいたら足元で少年たちがカメラを見上げている。

「……」

今はそんな気分ではない。

「それなーに?なんかカチャッって言ったけど」

カメラを手から離し、ただ漠然と周りを見渡す。

「おーーい!」

はっとした。

「ごめんごめん。で、なんだっけ?」

「さっき持ってたやつなに?」

「……絵を描くやつ」

「へー、ちょっと貸してよ」

「それはちょっと無理だなあ」

「なんで?」

「えーと…すごく重いんだ…あの岩の三倍ぐらい」

近くの大きな岩を指さして言った。

「えー?ほんとにそんなに重いのー?」

「いいから、今はそこでじっとしていてくれ」

流石にうっとおしくなった。今はそれどころじゃないのに。

「はーい」

二人は近くの岩に腰掛け、じっと下のほうを見つめている。

……建物の奥に行ってみよう。


少し歩くと、明かりが完全になくなって、あたりがよく見えなくなった。

足元に気を付けながら前に進む。


しばらく歩くと、前に突き出していた手に何かが触れた。手探りでそれが何なのかを探る。

……岩だ……すごくでかい……

前に進めるかどうか、岩に沿って進む。

今度は横の壁に突き当たった。

反対側も試してみる…また壁だ。ここは行き止まりだ。通路が巨大な岩にせき止められている。

……!

今更ながらいいことを思いついた。カメラのフラッシュだ。これを使えば前がどうなっているのかわかる。

少し後ずさりし、フラッシュをオンにしてシャッターを切った。

カシャッ

どれどれ……

やはり岩でせき止められている。小さな隙間はあるが、とても人が入れるような大きさではない。

……しょうがない。探索はあきらめよう。

ゆっくりと、足元に気を付けて来た道を戻った。


一体ここは何なんだ?誰がこんなものを建てたんだ?なんでこんなところにあるんだ?

考えれば考えるほど疑問が浮かんでくる。結局何もわからずじまいだ。

まあ、気にはなるが、私にもそのほかの人にも関係のないことだろう。深くは考えちゃだめだ。そもそも地底に“オアシス”なんていうところがあるくらいだ。このことは忘れよう。


入口に戻ると、二人は“秘密基地ごっこ”をしていた。

「これから、第……」

「127」

「第127回超極極秘作戦会議を始める」

「はいっ!隊長!」

「まずは報告から」

「はいっ!先ほど、非常に興味深いものを持った男を連れてきました!」

二人の視線が私に向いた。これは“強制参加パターン”だ。

「ほう。彼か。確かに首に何やら奇妙なものをぶら下げておるな」

「右上のボタンを押すと、カチャッと音が出る品物であります」

「それだけなのか?」

「いえ、ボタンを押す前に何やら顔をあの品物に近づけていました。。何かを覗いてるようです」

「これは興味深いですなあ」

「ええ、興味深いですなあ」

「うんうん」「うんうん」

なかなか私の番が回ってこない。私はただ立っている役なのか?

「彼によると、“絵を描く道具”だそうですが、彼には前科があります。噓に決まっているでしょう」

「ああ。噓だな」

コーヒーの次はカメラか。なんて説明すればいいんだ。コーヒーは飲み物。飲み物はここにもあるから、なんとなく理解できる。でもカメラはそうはいかない。近いものがない。機械もだめ、お絵かき帳もだめだ。

……二人の会話を横目に二分ほど考えたが、結局“高速で絵を描いてくれる見えない妖精が住む家”しか思いつかなかった。

どうせ、「中を見せろ」と言ってくる。ドライバーはスーツのポケットに万が一用に入っているが、第一どう分解すればいいかわからない。それに、一度分解すると、直すことはできないだろう。

そんなことを考えている間も、少年たちの会話は続く。

「ラック隊員、それでは彼を連れてきたまえ」

「はいっ」

っお?私の番か?

「捕虜ナンバー000001、加藤」

「えっあ、はい」

「きたまえ」

私は捕虜だったのか……

おままごとっぽい遊びはやったことがあるが、捕虜役なんてやったことない。

「さあ、名乗りたまえ」

「えーっ…捕虜ナンバー00001、加藤であります」

「番号が違うぞ」

「えっ?」

「00001ではなく、000001だ」

ゼロの個数なんて正確に覚えているわけがない。これが捕虜の気分か。

「肝に銘じておきます」

「それでよい」

確か、ゼロの数は五個だ。なんで五個もゼロがいるんだ?子供の考えることはよくわからない。

「では、その首に下げているものを渡したまえ」

万が一渡して壊したらどうなるかと思ったが、どうせこの写真を見る人はいない。現物の写真を出すには専用の機械がいる。質問攻めされるぐらいなら渡してしまおう。

カメラを首から外し、“隊長”に手渡した。

「ふーむ」

そう言うと、“隊員”に手渡した。

「ふーむ。見たことのないものだらけだ」

「うーん」

「非常に興味深い」「非常に興味深い」

完全にシンクロしている。即興でしているのなら、俳優になれる。

「ナンバー000…」

「000001です隊長」

「ナンバー000001、このボタンはなんだ?」

結局質問されるのか。勝手に触っていてもらえればよかったのだが。

「えーっと、この箱を使うときに押すボタンであります」

「使うとどうなる?」

「黒いつるつるした所に本物そっくりの絵が浮かび上がります…であります」

少年二人がくすっと笑った。

「押すぞ?」

「……ええ。一度なら大丈夫です」

カシャッ

「うわっ!」「わっ!」

閃光が走った。フラッシュ機能を切り忘れていた。

「あー!目がちかちかする!」

「ナンバー000…なんでもいい!どういうことか説明しろおおお!」

「えーっと……横にでっぱりがあるでしょう?それが上を向いていると押したときに光るようになって…いるで、あります」

「それを先に言わんかあああ!」

「はいっ!すみませんでした隊長!」

……


そんな感じで、気づいたら何時間も時間をつぶしてしまっていた。

ふと仕事のことを思い出したときには、二人にからかわれながら走って戻った。大遅刻だった。全員で土下座して謝ると、おばあちゃんはただただ微笑んでくれた。

思わずもう一度全員で謝罪して、記録を書いて、疲れ果てて倒れこんだ。


二人とは、明日も“勝手に”看護室の前で待ち合わせることになっていた。

ヤコフはというと、

「友情を深めろって…少しづつでいいんだぞ……?」

といったところ。このあと

「明日は忘れないよう肝に銘じるであります」

と言って謝った。苦笑いされたが、

「次は気を付けるんだぞ?」

と言って彼は持ち場に帰った。


初日から仕事内容は最悪だったが、患者さんからの評価はなぜか好評だった。



これで、私も晴れて“隊”の一員か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る