第12話 Friend

「さあ、話してっ!」

「無ー理」

「なんで?」

「なんでも」

「はぁ…」

さっさとここから離れよう。子供と言い合いをして介護に遅れたら、ヤコフになんて言われるかわからない。

「あー…もういくねっ」

立ち上がって看護室に向かって歩き始めた。何とかして突き放さなければ。

「お願いっ!教えて!」

二人は私の足を掴まえ、最後の抵抗を見せた。こうなれば、子供を強引に突き飛ばすしかない。

でも、そんなことはできない。自分で招いたことだ。

話すしかないか……?

「わかったよ」

「え?」

「仕事が終わったらコーヒー、教えてあげるよ」

そう言ったとたん、うつむいていた二人の顔に輝きが戻った。好奇心を満たすことが子どもの仕事であり、楽しみだ。

「やったーー!」

二人でハイタッチ。自分にもこんな幼馴染がいれば……

いやいや。余計なことを考えている場合ではない。もうすぐ時間だ。

看護室に走る私を二人は飛んではねて追いかけてくる。


滑り込みで間に合った。おばあちゃんの隣には付き添いの人がいる。見た感じ異常はなさそうだ。

「看護師の方、いらしたよ」

付き添いの人がおばあちゃんの耳元でささやく。おばあちゃんの目がゆっくりと開き、私のほうへと向いた。

「お体に…異常は…ございませんか……?」

少し息が荒くなっているが、聞き取れなくはないだろう。

「だいじょうぶよ」

おばあちゃんはそう優しく返事をして、にっこり笑って見せた。大丈夫そうだ。

「あなたこそ大丈夫?」

「いえ…これは…その…走ってきただけです。大丈夫です」

「そう」

おばあちゃんはそう言うと、付き添いの人と話し始めた。

記録用紙のような何かに丸を付け、仕事は終わりだ。三時間の休憩だ。なんて楽な仕事。伸びをして、息を整える。ベッドの前に座ってただただ記録用紙を眺め、特に何もしない。

しばらくすると、おばあちゃんに裾をつかまれた。

「お友達?」

急に言われたので、びっくりして立ち上がってしまった。

彼女の目線の先には、今か今かと私を待つ二人の少年。小屋のドアにもたれかかってこっちを見ている。

「いえ…友達なんかでは……」

「行ってあげたらどう?あなたと遊びたいんじゃないかしら?」

「……」

本当は、ここで何かするふりをして二人が飽きるのを待とうと思っていた。まだ話さないという選択肢を諦められない。

「…まだいろいろと確認が……」

また噓をついた。

「私なら、大丈夫よ」

「さあ、いってらっしゃい」

そう言うと、私の腰を優しくポンと押した。

……

私は記録用紙を机の上に置き、おばあちゃんの方へ振り返った。

にこにこと笑っている。優しい顔だ。

……自分のおばあちゃんを思い出す。全然変わらない。きっと私のおばあちゃんでも、おんなじことをしただろう。

「仕事はね、遊ぶためにあるのよ」


そんな会話も知らず、少年たちはガッツポーズをして私の手を取る。思いっきり引っ張られて、私はよろけながら診療所を後にした。


「それじゃあ教えて?」

めんどくさいことになるかもしれないが、案ずるより産むがやすし。どうせ隠しきることなんてできないんだ。

「教えてくれたら、“とっておきのばしょ”に連れて行ってあげるからさー?」

おっと。どうやら相手にも手があるようだ。どうせなら乗ってみよう。

「“とっておき”?」

「うん。とーっておきのばしょ」

脳裏に一瞬“取っ手の置いてある所”に連れていかれる自分が浮かんだが、相手の様子からして本当に“とっておき”の場所のようだ。

「“とっておき”の場所ってどんなところ?」

「教えるまで教えない」

まあなんとなくそう返される気はしていた。

……しょうがない。言うことにしよう。

「ふぅ……」

まあ、多少噓を言ったところで、さっきみたいなものでなければ大丈夫だろう。しかし、言い間違えだけは絶対に避けなければいけない。彼らと、私のためだ。

「コーヒーってのはね、にがーい飲み物なんだ」

「どこで食べれるの?」

「遠ーーーーーくの国。僕も一度しか食べたことがないしとっても苦いからやめたほうがいいよ」

何とかして彼らから“出よう”という気持ちと”食べたい”という気持ちを抑えねば。

「そんなことないもん。お兄さんでも食べられたんだから僕たちでも食べられるよ」

なかなか諦めてくれなさそうだ。

「それはどうかなぁ…?」

「それに苦い飲み物なんて飲んだことないから飲みたいよ!」

「真っ黒だぞ?」

「いいよ」

「超熱いぞ?」

「いいよ」

「カフェイン中毒って言うとーっても危ない病気にかかるよ?」

「いいってば!」

いっいいのか!?

……

……これだけはかかってほしくない。

「……はぁ…」

しょうがない。強引に済ませよう。

「これだけは誓ってくれ」

「何を誓うの?」

「絶対に外に出ない」

「わかったよ」

「それでよし」

よかった。すんなりと話がついた。地下を出ないことに“いやだ”をつけられるとどうしようもない。

さあて。次はこっちの番だ。

「…それで、“とっておき”の場所って言うのは何だい?」

「それはね…」

満足げな顔で見つめてくる。

「ついてからのお楽しみ!」

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