第11話 看護師の加藤さん

加藤国会議員は、本日付で看護師になった。


ヤコフは、仕事内容を軽く告げると

「やばくなったら言ってくれよ~」

とだけ言い残して診療所の前まで走っていった。

ひどいありさまだ。


……とりあえず、おばあちゃんを「看護室」と言われたところに案内した。

外から見ると、ただの小さな小屋である。とはいえ、中にはちゃんとベッドや椅子がある。狭苦しいが、ここにしてはなかなか豪華だ。


「ここで横になって、体を休めてください」

ヤコフに「休ませておけばいい」とだけ言われたので、こうするしかない。

おばあちゃんは言う通りにし、寝転がって目を閉じた。スースーと静かに息をする音がする。大丈夫そうだ。

きっと…多分…これでよかったんだろう。


ヤコフによれば、私の仕事は、三時間ごとに彼女のもとを訪れ、体調確認やその経過を記録することだ。つまり、これから三時間はフリータイムになる。思っていたよりも楽な仕事だ。

外に出て、村をぶらぶらしてみることにした。

いろんな人が私のほうを見てくるが、その目は冷たくない。微笑んだり、手を振ってくれる人もいる。何もしない私が、まるで変人のようだ。

一応手を振り返すことはしたが、どうしても微笑むことはできず、作り笑いしかできない。感じたことのない孤独感だ。


のどが渇いたので、湖に行くことにした。近くにある穴で水を蒸発させ塩を取り、冷やして飲む。

そこまで冷たくはないが、悪くない。ただ、コップ一杯分の水を作るのに二分もの時間がかかる。こればっかりは、科学でどうにかしてもらいたいところだ。


暇なので、湖畔に座り、遠くのボートを眺めることにした。愛する家族と仲間のため、一生懸命魚を捕っている。それに比べて私は。

「はぁ……」

この村は完璧すぎる。理想郷の塊だ。

何故か地上が懐かしく感じる。


……眠くなってきた。朝からいろいろなことがあったんだ。寝て当然だろう。

地上では、国会議員が湖畔で水の容器を片手に地べたで寝っ転がって爆睡するのは如何せん非難されるが、ここではそんなことはない。

お互いがお互いを非難しないように。お互いを尊重して……


「ここだここだ」

……ん?

後ろからひそひそ声がする。

振り向くと、少年二人がとっさに岩に隠れた。

再びひそひそ声がする。

「ねえ、あの人が天界から来た人だよね?」

「うん。ヤコフおじさんとおんなじとこから来たんだって。お母さんが言ってたよ」

好奇心旺盛な子供は種族共通のようだ。

「気づかれたかなぁ…」

「だいじょーぶだよ。ばれてないばれてない」

「あの人、ヤコフおじさんと親戚かなぁ」

「いや、口の周りに毛が全然生えてないから、きっと友達だよ」

「あの人、何が好きかなぁ」

「うーん。オーソコエビとか好きそうじゃない?」

「そうだね。聞いてみようよ」

二人はあたかも通りすがりのようにふらふらと歩き、私に近づいてきた。

「ラックー、お前が聞けよっ」

「いやだよ。レックが聞いてよ」

体を少年たちに向け、少年たちを見つめた。たちまち二人は完全に膠着状態になった。

察するに、この二人は友達のようだ。身長も同じぐらい。これが幼馴染だ。

「ラッ…言っ…」

「え、ええっと…」

「すっ好きな食べ物と、名前を教えてくださいっ!」

まるで告白だ。さすがに笑いそうになってしまった。

「私の名前は加藤深です。好きな物はコーヒーです」

できる限り落ち着いた声で、にこやかに言った。しかし、不自然な笑顔であることは変わらない。

「コーヒー?」

そうだった。コーヒーなんてこの子たちが知っているはずがない。

「ちっちがうよ?えーと…コーヒー…エビのことだよ」

我ながらさすがに無理がある。面倒なことになりそうだ。

「ふーん。噓つくんだ」

「いや、噓なんかついてないよ?」

「コーヒーエビなんて食べ物ないもん」

おっと。早速ばれた。子供はこういう大人の噓が大嫌いだ。納得がいくまで付きまわされるだろう。

「コーヒーってなーに!?」

二人声を合わせて言った。説明するその瞬間までこれを聞き続けることになりそうだ。

「それは…教えられないよ……」

「なーーんーーでーー?」

言えばコーヒーが欲しいだの言い始め、どんどんエスカレートしていく。仕舞には地上へ行こうなんて言い始めたら最悪だ。

「えーっと…オオソコエビの…蒸し焼きのことだよ」

「そんな呼び方しないもん。また噓ついてる」

「僕の住んでた地域ではそう呼んでたんだ」

「…はぁ…大人げないなぁ…子供相手にバレバレの嘘なんて」

「噓なんかついてない!」

はぁ…本当は噓つきなのに。

「お兄さん噓つくのが好きなの?それとも、毎日噓ばっかりついてるの?」

「私は…その…」

国会議員の噓でも子供にはいとも簡単に見破られるようだ。

少年二人は、満面の笑み…いや、“ドヤ顔”でこちらを見つめている。

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