第7話 オアシス
「え?オアシス?ロシアじゃなくて?」
「ん?ロシア?ここはオアシスだぞ」
「ここが?」
「だからオアシスだって言ってるだろ!」
なんだ?二人の間で翻訳ミスでも起きているのか?全然話が分からない。
「オアシスって、あの砂漠にあるやつですか?」
「そうだとも」
「え?」
余計に話が混乱してきた。砂漠すらない地底にオアシスだなんて、そんなわけがない。
よくわからないので、私はベッドから起き上がり周りを見渡した。
「え……?は……?どういう…こと……?」
思わず声が出た。
ここは、知らない何かでできた簡素な部屋だった。自分がいるのは研究所なんかじゃない。簡素な小屋の中だ。
頭がパンクして、また自分が幻覚を見ているような気分になった。
「……あ、あなたの名前は?」
状況はこの人に聞くほかない。
「ヤコフだ。よろしく。何度も言うが、ここはオアシスだ。俺はそう呼んでる。お前がいるのは、地底世界のオアシスだ」
「だから…オアシスって…何ですか……?」
理屈に合わない景色と発言。一つ一つ理解していくしかない。
「地底に流れ込む海水が何千年、何万年もかけて地底を冷やしできた唯一生き物が自由に暮らせる場所だ。温度も気圧も生き物がギリギリ生きていけるレベルにまでなっている。まあ、あくまでも俺の仮説だがな」
もしかして、倒れる前に見たあの湖のことをオアシスと呼んでいるのだろうか?
「でも、そんなこと、あんたらは分かり切ってるんじゃぁねえのか?」
「……なんでですか?」
「俺がここに何十年閉じ込められたと思ってる?」
「……え?ロシアの調査隊じゃないんですか?」
「あ?ロシア?そんな国とっくのとうに滅びてるよ。俺はソ連国民だよ坊や」
ソ連……?
たしか、三十年前に滅んだはずの国だ。さっきの発言から察するに、彼はソ連が崩壊したことを知らない。ということは、少なくとも彼は三十年以上ここにいたということだろうか……?いや、どういうことだよ。
「何があったんです?」
「その話は後だ。みんなが待ってるぞ」
「みんな……?」
「オアシスの住民たちさ」
まさか……
私はヤコフの肩を借り、小屋のようなところから出た。
すると、目の前には数百“匹”の……
うろこがあって、ひれのようなものもあって……
……これは……魚人……?
「なに…これ……」
開いた口が塞がらない。とうとう頭がオーバーヒートした。
「俺の友達さ!親友さ!」
……は?なにこれ…なにこれ…どういうこと……?友達……?魚人と……?
状況がわからない。魚人がいるなんて、そんなわけない。噓だ。噓に決まってる。こんなのは夢だ。変な夢なんだ。こんなの、SFでしか見たことない。
「はぁ……はぁ……」
「おい、大丈夫か?」
オーバーヒートした頭を支え、額に手を当てた。熱い。やっぱりオーバーヒートしている。
深呼吸を繰り返しているうちに、少しづつ気を取り戻すことができた。汗だくの額をぬぐって、目をつぶった。
……考えてみろ。これはきっと夢なんだ。夢を理解してどうする。ここは流すのが一番だ。
私は目を開け、目の前に立っている魚人を見つめた。
……青色の瞳に、灰色の肌。ずっと見つめていると、愛着が沸きそうな顔をしている。二足歩行で、手足には水かきっぽいものがあるがほとんど退化している。
「……何見つめてるの?」
え?喋った?いや、喋ることはできるんだろうけども、翻訳機に魚人語が設定されているはずがない。
一体全体どうなっているんだ?
……私は頭のおかしいロシア人に魚民族のところまで誘拐されたか、ヤバい夢を見ているのか……
「俺がロシア語を教えたんだぜ!」
ニコニコ顔でヤコフが言ったが、反応できない。
……そもそもなんでこんなところにロシア人がいる?
せっかく下がった頭の温度も上がったうえ、また気分が悪くなってきたので小屋のベッドに戻ることにした。
小屋に戻ると、知らない何かでできたベッドが一つ置いてある。得体の知れないものに寝転ぶのは気が引ける。しかし、さっきまでこれに寝ころんでいたんだ。そう考えると、さらに気が引けた。
寝よう。こんな悪夢が覚めるまで。
……いったいどういうことなんだ……?
私は魚人の村にいるのか……?あの「ヤコフ」とか言うロシア人は何なんだ…?
…一旦、整理しよう。
・私は今魚人の村にいる。
・魚人は「ヤコフ」から言葉を教わっている。
・「ヤコフ」は恐らく30年近くこの場所にいて、今のロシアを知らない。
あとは…えーっと……
考えている間に、私の頭は真っ暗になっていった。
……
「おーい!起きろー!この寝坊助ー!」
…ヤコフの声がする。
夢からは覚めたはずだが、どうやら私はまだこの世界にいるようである。
「はぁ……」
体の調子は良くなったが、心の方は前よりもひどくなっている。大きくため息をついて、何故だか出てきそうになる涙を抑え、震えながら返事をした。
「うぅ……起きました……」
「ようやく起きたか。ざっと五時間は寝てたぞ」
「…はい」
目をこすって、起き上がった。呼吸はまだ荒かった。
「さーて、準備できたぞ!なあにぐずぐずしてるんだ!さあ来い!」
「……準備?」
「宴だよ」
「宴……?」
「せっかく来たんだ。今日は特別な日だ。いっぱい食べろ!」
そう言うと、ヤコフは私の背中をたたいた。
言われるがままに小屋の外に出ると、そこら中に魚人たちの集まりができていた。
みんな私を待っていたようである。
「さて!今日はこの村に久しぶりの人間が来た。存分に楽しもうぞ!」
ヤコフが言うと、魚人たちは歓声を上げ、早速夕ご飯(正確な時間はわからない)を食べ始めた。
私はヤコフの隣に呼ばれた。
「ここじゃあ地上にないものがたぁんと楽しめる。あんまり食材の数は多くねえが勘弁してくれ」
魚人の一人が私に串刺しになった古代魚のようなものを渡してきた。焼いているのではなく、蒸しているようだ。
「ここじゃ火を使うのは絶対にダメだ。酸素があんまりない」
蒸し古代魚は、何だか固く、小さくて、タラみたいな味がした。塩があったので振りかけて食べてみた。
……美味しい。食に対する感覚はここもあっちも変わらいようだ。
湖底に生えていた何かと古代魚っぽいものをいくつか食べると、おなかがいっぱいになった。
気づけば辺りは静かになり、ほとんどの魚人は寝てしまったようだ。ヤコフが食べ終えたのを確認すると、私はすかさず話を持ち掛けた。
「あなたに何があったのか、教えてください」
彼は少しうつむいた後、深呼吸をして、静かに話し始めた。
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