第3編 クズ金の山
第43話 金檻の箱庭
<金檻の箱庭>――そこは箱庭の中ではかなり異端な防衛施設といえる。
それもそのはず、その場所で住むは大抵がお金に目がくらんだ狂人ばかりだからだ。
その箱庭は一部の箱庭の王によって巨額の大金をはたいて作られた巨万の富を作り出す環境。
そこは防衛施設というより、巨大なテーマパークの意味合いが強い。
もっとも、薄汚い欲望で飾られたテーマパークであるが。
その場所には色々なものがある。
カジノ、オークション、色街など金や性欲を満たすような建物が多く、その場所では金の多さが強さを示し、金さえあればなんでも買える。
当然、そのような満たされる場所は犯罪も跋扈している。
しかし、この場所はほぼ無法地帯化としており、取り締まる者も金に目が眩んでる。
つまり、何をしてもほぼ許されるある者にとっては楽園、ある者にとっては近寄りがたい地獄が<金檻の箱庭>なのだ。
「着いたな。ここが<金檻の箱庭>だ」
リュート達が門に着けば、あっさりと入ることが出来る。
門番はいるが、寝ているか金をかけたカードゲームをしているかのどちらかだ。
故に、いてもいないような者。
どんな犯罪者であろうと行き来し放題。
中に入れば中心に向かって高い建物が並び、右を見ても左を見てもギラギラした施設が並んでいる。
往来を歩く男は大抵成金のような恰好をしており、女性は基本露出度が高いドレス。
路地裏の方では今にも死にかけな浮浪者が生気のない瞳で通りを見ていた。
そんな環境に安っぽい服装を着ているリュート達は実に目を引く。
しかし、一番に目を引いてるのはスーリヤの格好だろう。
「あんたのその格好は何なの?」
リゼが先ほどから気になっていたことをついに聞いた。
というのも、現在のスーリヤの格好は外套を全身で纏うのはいいとしても、顔に舞踏会で貴婦人がつけるようなベネチアンマスクをしているのだ。
まるで誰かから顔バレするのを防ぐカのように。
「これはわたくしが街に入る時の作法のようなものです。どうかお気になさらず」
「シスターがそんな格好をする作法って聞いたことないけど。
クロノ教徒でそんな格好を姿をしてるシスターを見たことないわ」
「わたくし、こう見えても格式高い家出身なんですよ。それ故に、ですね」
リゼはなんとなくスーリヤが隠しておきたい理由があることを悟った。
故に、これ以上言及せず、もう気にしてないとばかりに周囲の建物を見渡した。
そして、彼女は顔をしかめながら口を開いた。
「それにしても、ここにいるだけで気分悪そうになるわ。
倹約家思想の私からすれば、ここはまさに地獄ね。
金銭感覚に目が眩むと思う」
「ギャンブルの一番の勝利は“ギャンブルをしないこと”ですよ。
ま、趣味でやるならそれでもいいですが、夢を見ないことが一番でしょう。
あ、ちなみに、リュートさんの場合は全財産失くしても顔パスで就職可能なので安心してください」
スーリヤが訴えかけるような視線をリュートに向けた。
その目にリュートは苦笑い。
「そんな保険がいつの間にか用意されてたとは......だが、俺はもうやらないよ」
「もう? ってことはやったことあるの?」
隣を歩いていたナハクが余計な言葉を拾った。
瞬間、リュートからドバッと冷や汗が噴き出してくる。
その原因は現在進行形で注がれてるリゼからのじーっとした視線である。
「やったことあるの?」
リゼがズイッと顔を近づけてきた。
リュートはサッと顔を逸らす。
「な、ないですよ?」
「なら、目を合わせられるはずよね?」
リゼがさらにリュートを覗き込むように移動する。
リュートはしゃがんで、近くにいたセイガを撫で始めた。
そんなセイガからも呆れ顔が送られてることに気付かずに。
「正直、言いなさい。あるのね?」
「......はい」
リュートはこれ以上言い逃れが出来ないと思い、正直に白状した。
そのことにリゼは頭を抱え、大きく息を吐いた。
「ハァ、まさかお母さんのダメ男に引っかかるのが血筋であることが、ここで確定するとは思わなかったわ......」
リゼの父親はもともとダメな男ではなかったが、結果的に借金を作り一度は蒸発するような人間であったことは確かだ。
ダメ男に引っかかりやすい......これが血筋と認めていいものかどうかは疑問だが。
リゼの言葉にリュートはサッと立ち上がり、言い返す。
「い、言っておくが、途中までは勝ってたんだぞ!?
元手五万ドリンから五百万ドリンは稼いでたんだ!」
「はいはい、典型的なギャンブル依存者に見られる言葉ね。で、結局いくらになったの?」
リュートはゆっくりと視線をそっぽに向け、顔を下に向けた。
「......ドリン」
「獣人の私にすら聞き取りづらい言葉で話さない! で、いくら?」
「1000ドリン」
「派手に負けましたね」
スーリヤのありのままの感想はリュートの精神に999ダメージ入った。
リュートは膝から崩れ落ちる。
過去の古傷が彼から立つ力を奪ったのだ。
四つん這いになって苦しむリュートの目の前で、リゼが顔を合わせるようにしゃがんだ。
「安心しなさい。あんたがギャンブル好きでも私は幻滅しないから」
「ギャンブル好きと公言した覚えはないけど......」
「それにそれはもう過去のことなんでしょ。
それに今も後悔してるぐらいなら、同じ過ちは繰り返さない、違う?」
リゼの優しい言葉にリュートはそっと顔を上げた。
リゼが天使のような慈愛の笑みを向けている。
そのことにリュートは心が救われた気分に駆られた。
「ってことで、はい」
直後、リゼから右手が差し出される。
その動作を目で追ってしまったリュートは聞いた。
「ん? この手は......?」
「何呆けてんのよ。さっさと出しなさい、有り金全部」
「え......え?」
突然の手のひら返しのような言葉に困惑するリュート。
「あれ、今のって俺を信用してくれたって流れじゃ......」
「なんでよ。私はあんたの過去を許しただけで、それに関して信用なんてサラサラしてない。
むしろ、どうして今ので信用されてると思ったのかわからないわ。
ほら、さっさと出す。持ち金が全部消える前に早く。
一度ギャンブルやる人は二度目もやるのよ。ってことで、だ・せ」
「うっ、うぅ......」
四つん這いになりながら泣く泣く年下の少女に、自分が持っているお金を差し出す年上の青年の図。
特殊な状況が繰り広げられてる光景に対し、ずっと黙って見つめていたナハクはスーリヤに尋ねた。
「僕達は一体何を見ているの?」
「年上の男性が年下の少女に管理される光景です。実にゾクゾクしますよね」
スーリヤの発言にセイガがバシッと尻尾でツッコんだ。
そんなやり取りがありつつ、リュート達はリゼが選んだホテルに宿泊。
各々荷物を降ろせば、男子部屋にリゼとスーリヤが訪れた。
「来たわよ。で、今後の流れを話し合うんだっけね」
リゼの言葉にリュートが頷く。
「基本的にここは危険な街だ。いくら、君達が学院で優秀な成績を収めていようと、ここでは腕っぷし以外の力の方が問われることが多い。
それに君達の容姿はとても目を引く。簡単に言えば、男どもの格好のエサだ」
「まぁ、それはリュートさんも?」
「こら、茶化さない。言いたいことはわかったわ。
つまり、基本二人行動、それも男女ペアの方がいいってことね」
「そういうことだ。ナハクも気になるものが多いだろうが、必ずペアとそばにいるよう行動するようにしてくれ」
「わかった」
「セイガもよろしくな」
「ウォン」
全員が最低限のルールを認識すると、リュートは早速これからの行動を簡単に説明し始めた。
*****
―――とあるカジノの施設の地下
「――へぇ、つまりその赤髪の男がこの
どうやら、もう入り込んでるみてぇ出し、そいつに興味もあるから受けてやるよ、その仕事」
『どの立場が言ってるんだ。お前も所詮は信者であることを忘れるな。その場所だって俺達がお膳立てしてやったようなものだろ』
「それはそれ、これはこれよ。今となりゃ俺はこの国の王だぜ?
言っておくが、お前らの事情なんてこちとらどうでもいいんだよ。
それよりもいくら出せんだ? 依頼するんなら当然気前よく出してくれんだろうな?」
『足元を見やがって......チッ、仕方ない。1億ドリンでどうだ?』
「桁が1つ足りねぇんじゃねぇのか?」
『金の亡者が。仕方ない、約束しよう。ただし、それは成功報酬と引き換えだ。奴の首を持ってこい』
「よーし、これで穏便に話が済んだな。んじゃ、キッチリ揃えて待っとけよ」
スキンヘッドに独特な刺青が入った男は、机の上に置かれていた水晶に映っていた男の姿を消えるのを確認すると呟く。
「にしても、この長距離通信魔道具ってのは便利だな。
魔法を使えるやつしか使えねぇのが難点だが、そんな雑魚はそもそもこんな物すら手に入れられんしな。ガハハハッ!」
スキンヘッドの男は革のソファに寄りかかれば、盛大に笑い始める。
そんな男に愛想良く左右に座る女性が微笑み、男に酒を注いでいく。
「にしても、その血濡れの狼って言う奴を随分気にするんだね。向こう側は」
スキンヘッドの男に小柄な青年が悠然と歩いてくる。
青年の正面にいるスキンヘッドの男の左右にはスーツにグラサンをかけた男達が並んでいるというのに。
まるでこの圧になれているかのような雰囲気だ。
青年の言葉にスキンヘッドの男は上機嫌に言葉を返した。
「みたいだな。その男に色々とストレスが溜まってるらしい。お前はこの言葉に聞いたことあるか?」
その言葉に青年は一瞬キョトンとするも、すぐにニコッと笑う。
「もちろん、僕はあの人を忘れるわけないよ。なんたって情けで生かされたんだからね」
「なんだ因縁があるのか」
「そりゃもちろん。これまでやっていた僕の仕事があの人のせいで全てパァ。
今じゃ、陰でコソコソしながら働かなきゃいけなくなっちゃたからね。
ストレスが溜まってるって意味なら僕もそうかな。
あぁ~、せっかく忘れてたのにまたストレス溜まっちゃうじゃないか」
青年は頭の後ろで手を組み、あっちこっちをふらふら歩く。
瞬間、何かを思いついたような顔をしてササッとスキンヘッドの男が足をのせているテーブルに近づいた。
ダンッと音を立てるように両手をつければ、青年は言った。
「ねぇ、僕がその人を味見してきていいかな?
ストレス発散したくて仕方ないんだ。
フィニッシュは譲るからさ。
情報収集のついでだと思って」
スキンヘッドの男は顎を上げ、少し考える素振りを見せる。
そして、すぐに答えた。
「ふっ、いいだろ。俺もアイツがどんな人間かわからなきゃゲームへの招待方法も考えづらいしな」
「決まり」
青年はガッツポーズして、早速扉の方へと向かっていく。
扉を出れば、胸に抱えた言葉を吐き出した。
「待ってなよ。君に対して熱い気持ちを滾らせてるのは僕も同じなんだから」
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