第42話 それぞれの思惑
リゼに癒してもらった翌日、久々にスッキリ眠れたリュートは朝から村の子供達の相手をしていた。
「くぅ~、僕のガイダンがやられたー! よっちゃん、絶対に勝ってよ!」
「俺に任せろ、俺のバンズなら負けない」
眼鏡をかけた少年が、一回り大きい小太りの少年に声援を送る。
その言葉に小太りの少年は自信満々にリュートの前に出た。
二人の周りに多くの男女(割合的に男子が多い)のギャラリーが取り囲む。
「ハッ、現在、力比べ連勝記録5連勝の俺に勝てるかな?」
リュートが得意げに胸を張った。
もちろん、これは彼なりの周りの子供達の期待を煽る演出である。
現在、彼が参加している力比べは、本来村の子供達が互いの
リュートが村に帰ってきた翌日、こっそり鍛錬していた時に、力比べで吹き飛ばされた魔物が近くを歩いていた少女に当たりそうになったことがあった。
その際、彼が魔物を受け止めたことにより、それを見ていた少年達が魔物のような力を持つ彼に興味を持ってしまったために、今では魔物枠として生身で参加しているのだ。
そんなリュートの言葉に小太りの少年は相棒を呼んだ。
「俺がこの村の最強なんだ! 来いバンズ!」
「ガウ」
小太りの少年が連れてきたのは、レッドスパイクベアーの子供だった。
しかし、その時点ですでにリュートより大きい。
「こ、こいつは今まで一番デカい相手だな」
「ハッ、ビビるのも無理はないぜ! なんせ、俺のバンズが俺達子供集団の中で一番デカいんだからな! 今にその連勝記録を潰してやる!」
「なら、俺も気合入れないとな」
リュートの前にレッドスパイクベアーのバンズが小太りの少年に代わって前に出る。
彼と一匹が互いに向き合えば、審判役の少女が頭上に掲げた手を合図とともに降ろした。
「始め」
リュートとバンズは相撲で回しを掴むようにがっちりと組み合う。
その光景に周囲からは盛大な声援が飛び交った。
普通にやればリュートがバンズに負ける通りはない。
なんせ彼は成体のその魔物ですら一捻りで倒せてしまうからだ。
しかし、今の彼は子供達を楽しませるパフォーマー。
上手く力加減して拮抗を演出していく。
「バンズ、頑張れー!」「リュートさんなんかぶっ倒しちゃえ!」「いっけー! そこよー!」
「リュートさん、頑張ってー!」「連勝記録を作るんだー!」
リュートは時に押し込まれてみたり、逆に押し返してみたり。
競技枠である半径五メートルの中の円で動き回る。
しかし、拮抗した勝負も長引けばダレてしまう。
「バンズ、悪いな」
リュートはそう小声でバンズに声をかけた。
直後、バンズが押し返した力を利用して、瞬間的に地面を蹴り、自ら盛大に吹き飛んでいく。
そのまま枠外に出て背中からズサーッと滑った。
「か、勝ったー! よっちゃんが勝ったー!」
審判役の子供が小太りの少年に走っていく。
その少年の動きを皮切りに、周りのギャラリー達が一斉に小太りの少年に集まり、彼を褒めたたえた。
そんな光景を見ながら、リュートは少数だが集まってきた少女達に心配の声をかけられた。
彼女達の一人がリュートに助けられたのだ。
よって、彼女達はリュートの固定ファンである。
リュートは少女達に自分がピンピンしていることをアピールしていると、小太りの少年がいる方から視線を感じた。
視線を向けてみれば、相手はバンズだった。
睨んでる様子のその魔物はどうやら先の決着が不満らしい。
そのことにリュートは両手を合わせて謝罪のジェスチャーを送る。
これでリュートは自分に絡んでくる相手はいないだろうとタカをくくっていたが、そう簡単には上手くいなかった。
というのも、生身の人間が魔物相手に五連勝とは少々どころか大いに目立ち過ぎだからだ。
子供達がリュートが魔法を使える特別な人間と知らないこともあるが、それ以上に魔物は人間には手に負えない存在というのが一般だからだ。
故に、この村では魔物とは“従わせる”ではなく、“友達になる”ものとして魔物と一緒に過ごしている。
そんな当たり前がリュートによって壊されたとなれば、それは子供達にとって格好の興味の的となってもおかしくない。
リュートに子供達が次々に集まり「次は俺と」と戦いを希望する少年もいれば、「ねぇ、その腕触っていい?」と筋肉に目覚めたような発言をする少女もいた。
そんな子供達に囲まれて彼も困惑した。
その時、天の助けのような一声が彼にかけられた。
「リュート、人気者だね」
「ナハクか」
リュートはナハクを口実に子供達から脱出する。
彼が近くの木の柵に寄りかかれば、その横にナハクが座り、さらに横にセイガが座った。
「ありがとう、子供達も随分楽しそうだよ」
「そいつは良かった。俺も子供達の笑顔が見れて何よりだ」
リュートの横顔をチラッと見たナハクは唇の端を上げた。
「なんだか気分良さそうだね」
「そっちもな。しばらく一人にさせてって言ってたが、気持ちの整理はついたのか?」
ナハクは子供達を見ながら「うん」と頷く。
隣にいるセイガに視線を移せば、頭を優しく撫で始めた。
「ここ数日ね、森の中をしばらく歩いてた。
家族との思い出を振り返るためでもあり、まだ救えていない家族を自由にするためでもありとかで。
おじいちゃんから貰った名前に恥じないように気持ちの整理をつけてたんだ」
「偉いな。辛いことを経験したのにもう前を向こうとしているなんて」
「リュートのおかげだよ」
ナハクの言葉にリュートは首を傾げた。
「俺?」
「うん、そうだよ。リュートだって辛い経験をしているのに、僕をずっと励まそうとしてくれて。
おじいちゃんがリュートが皆を率いる王の器があるのも納得した」
「俺はそこまで出来た人間じゃねぇけどな」
リュートは自分の右手を見つめた。
この手からこぼれ落ちた数は一体どれぐらいあっただろうか。
しかし、もう二度と落とさない。
その決意を表すように拳を作った。
ナハクはリュートをチラッと見て言葉を続ける。
「ともかく、僕はおじいちゃんに認められる人がリュートで良かった」
「そう言って貰えるのは嬉しいが、本当は自分に欲しかった言葉なんじゃないのか?
だって、家族からの言葉だぞ?」
「まあね。でも、僕の命があるのはリュートが助けてくれたおかげ。
僕じゃきっと一緒になって死んじゃってたかもしれない。
だから、僕は納得してる。いや、それよりももう家族を失わないようにするという思いの方が強いから、あまりそのポジションにこだわってないのかもしれない」
ナハクは遊んだり話したりしている子供達を見る。
その横顔は孫を見るハクロウと同じ目をしている、とリュートは感じた。
―――ピピ♪
「お、
突如、左手首から音が鳴ったことを確認するよう目線を向けるリュート。
画面に表示された「学院長」という登録した名前に、彼は神妙な面持ちになった。
*
「昨日はお楽しみでしたね」
「あんたも乱入してきたでしょうが」
リュートとナハクが会話している姿を遠くから見ていたリゼとスーリヤは、昨夜の出来事を話題にしていた。
リゼは近くのベンチで足を組んで座れば、前のめりの姿勢で頬杖をつく。
彼女の帽子の上で小鳥が休んでいるのを、隣に座るスーリヤが横目で見ながら返答した。
「あれは、えっちぃ気配を感じたからです。乱入するのは当然では?」
「とてもシスターが言っていい言葉には聞こえないのだけど」
「わたくしも一人の思春期の少女という訳ですね。
あー仕方ない。これは仕方ない」
「実に納得いかない」
スーリヤの言葉にツッコミを入れながらも、リゼの視線は依然リュートを見つめたまま。
彼女の表情は不安の色が現れているようだった。
スーリヤはリゼの顔をチラッと見れば、同じようにリュートを見た。
「そんなに不安に思わなくても大丈夫ですよ。
リュートさんはわたくし達が思っている以上に精神的にタフですから。
ただまぁ、色々と背負い過ぎる辺りが少々不安として残りますが」
「あんたが言うならきっとそうなんでしょうね。なら、私が気にすることではないわ」
リゼは足組みを解き、両腕を大きく上げて思いっきり伸びをした。
柔らかな背筋が曲線を描くと同時に、帽子の上にいた小鳥が空を飛ぶ。
「それに昨日のリゼさんの行動は結果的に良い方向へと行ったと思います。
まぁ、リュートさんの部屋に訪れた際のあの光景は何かの特殊なプレイかと思いましたが」
「だから、シスターが妙な言葉を使うんじゃないわよ。
それにあれは昔私がお母さんにやってもらった癒し方法だって言ったでしょ?
あれはそれだけの行動! あれ以上のことは何も無い!」
「そうなんですか。あの時のリゼさんの表情はとても乙女がするようなニヤケ方じゃなかった気がするんですが。もしかして何か感じました?」
スーリヤが視線で追求する。
リゼは彼女の視線からそっと目を逸らした。
そんな彼女の反応にスーリヤは新しいおもちゃを見つけたという顔をしながらも、あえて触れることはしなかった。
「ともかく、リゼさんの勇気ある行動により、リュートさんから思い詰めた焦りが解消され、表情が和らいでいます。
ですので、リゼさんが力になろうと考えて行った行動はちゃんと実を結んでいますよ」
スーリヤがリゼの行動を振り返り、彼女の行動原理を読んで適切な言葉を並べた。
さすがシスターというべき洞察力の賜物か。
リゼはスーリヤを見て少しだけ目を開いた。
そしてすぐに、頬を薄紅色に染めたままそっぽ向く。
リゼが見ていたリュート達に動きがあった。
彼らは立ち上がれば、彼女に向かって近づいて来る。
目の前に立てば、リュートは先ほど学院長と話した内容を伝える。
「リゼ、スーリヤ、二人とも一緒にいたか。それなら丁度いい。次の行き先が決まった」
「次? もしかして妹さんの居場所が見つかったの?」
リゼの言葉にリュートは首を横に振る。
「いや、それはまだだ。だが、手がかりになる人物がいるらしい。
ついでに、その街には次の生徒もいるみたいだしな」
「では、どちらまで?」
「次は金と欲望の箱庭――金檻の箱庭だ」
******
―――とある研究室
そこには多くの液体に満たされたカプセルがあった。
そのカプセルは二メートルから三メートルほどで、その中には形容し難い魔物達が動きを止めて入っていた。
その近くではカプセルに入った魔物を観察するようにして、多くの白衣を着た魔族信者と呼ばれる人間や、獣耳のある獣人族、尖った耳に太陽のように明るい金髪の
彼らの目的はとある古の魔物の復活。
もっともその魔物の種族自体は現在でも存在するが、その個体数は少なく、並びに強さも昔に比べればかなり落ちてしまった個体ばかりだ。
それはその魔物が世界の覇権を争う一端を担っていたという戦火の時代から時が経ち、争いとは無縁の穏やかな日々を手に入れてしまったからだ。
故に、彼らが求めているのは人が“神話”と呼ぶ時代にいたとされている個体。
中でも王と呼ばれた最強個体......だが、それは最終目標であり、現在はまず通常個体を復活できるかの研究だ。
カプセルにいる禍々しい存在もその研究の成れの果て。
彼らに命の重さを理解している者など一人もいない。
そこに潜むリスクでさえ、彼らにとっては興に等しい。
とはいえ、排除すべきリスクも当然ある。
「なんだと!」
大きな言葉に研究員達がビクッと体を震わせた。
全員してみる方向はガラス張りの向こう側にいる主任研究員と、その人物の前で跪く黒い外套に覆われた闇に潜む工作員三人。
いずれも魔族である。
主任研究員は焦ったような顔をした。
額からは冷や汗をかき、彼の癖である歯ぎしりの行動をしている
それは彼にとって予想外の事態だったからだ。
「“血濡れの狼”が生きてるだと?
そんなバカな話はあるか、あの時俺は確かに殺したはずだぞ!
奴が谷底から落とすのだって見届けた! 体もズタズタにしてやった!
あんた体じゃもって数分で、水の中となればくたばってもおかしくない!」
「ですが、現に人間領域の<獅子の箱庭>にて確かに目撃しました。
私は四年前の大戦に参加しましたので見間違えるはずがありません。
背丈は分かろうとも、あの男は確かに血濡れの狼です」
工作員の人が口にした言葉に、主任研究員はさらに歯を食いしばって歯ぎしりをする。
すると、別の工作員が一人、主任研究員に向かって来る。
その男は跪くと、最新の情報を伝えた。
「新たな情報です。アルーサ山に放棄した研究施設が血濡れの狼によって潰されました」
主任研究員はカッと目を開いた。
彼は思った。
めんどくさいことになった、と。
あの研究施設は
そこで行っていたのは自溶狂葬剤の効果を確かめるための経過観察。
言わば、アルーサ山という庭にてどのような進化を遂げるのかを見届けるため実験だ。
しかし、その研究報告を受ける前に施設を潰されてしまった。
それもこれもあの人間のせいで!
「あの、恐れながら、血濡れの狼に目をつけられた時点で退いた方が良いのでは?」
一人の工作員が小さく手を上げて発言した。
その言葉に睨みつけるようにして主任研究員は聞く。
「どういう意味だ?」
「どういう意味って、あなたは知らないかもしれないですが、血濡れの狼はあの大戦を生き抜いた化け物です!
それも今やその強さに磨きがかかっている! 正直、俺はあんな奴を相手にしたくありません!」
鬼気迫るような工作員に「そうか」と主任研究員は手を伸ばした。
瞬間、手のひらから光の剣が作り出され、すぐさま射出。
弱音を吐いた工作員の頭を貫いた。
その光景に他の工作員達は冷や汗をかく。
「いいか? あいつの強さはしばらく近くで見ていた俺が一番知ってる。
その上で言わせてもらう。奴は一人になってしまえば無力だ!
アイツを潰したければまずは周りを潰せ!
そして同時に、アイツを苛立たせろ!」
主任研究員の言葉に工作員達は顔を見合わせた。
「そ、それは血濡れの狼の憎悪を駆り立てろってことですか?」
「そうだ。それが我が王の望みだ。
加えて、血濡れの狼に関しては俺にやり方が一任されている。
俺の指示に従え! そして、必ず殺して首を持ってこい! 行け!」
主任研究員の言葉に工作員達は慌ててその場から去っていった。
その後ろ姿を見届けると、彼は一人研究室の奥にある扉に入っていく。
そこは様々な薬品が置かれている倉庫だが、そこには彼しか知らない秘密の扉が存在していた。
その隠し部屋に入れば薄暗い空間の中、両手を釣り上げられた赤髪の少女の姿がある。
リュートの妹であるネリルだ。
「忌々しいお前の兄がお前を探してやりたい放題だ。良い気分か? あ?」
「......」
「だんまりか。まぁいい。お前が生かされているのは、俺の研究にお前の存在が必要だからだ。
でなければ、今頃お前をズタズタに切り裂いてるとこだろう。
良かったな、自分が特別な存在で。そのおかげで何もされず生かされている」
生気もなければ反応もないネリルに対し、主任研究員は自分の八つ当たりが空回りしているようで、逆に苛立ってしまい舌打ちしながら背を向けた。
扉に向かってこの場所から出ようとすれば、背後から声をかけられる。
「あなたは勘違いしてる」
「っ!」
主任研究員は振り向いた。
ネリルはニヤッと笑う。
「私はあくまでカギだから」
「カギ? どういう意味だ?」
「.......」
「答えろ!」
主任研究員は胸倉を掴み、問い質す。
しかし、ネリルは再び人形のように反応がない。
主任研究員は拳を振り上げたが、ネリルを傷つけることは自分の研究に対してデメリットである。
殴って出来た傷によって研究に失敗するという可能性を減らすため。
やり場のない怒りをなんとか堪えると、彼はドアを強く締めて部屋を出ていった。
暗い部屋の中、ネリルは足元に落ちているヘアピンを見て呟く。
「ヘアピン......壊れちゃったな。でも、兄さんは生きてる」
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