第39話 王の助太刀

 突如としてナハクの窮地を救ったのはリュートではなく、この場にいるはずもないハクロウ。

 ハクロウは顔面から毒液ブレスを受けたにもかかわらず、堂々たる様子で立っていた


 そんなハクロウの登場に驚くリュート達。

 ハクロウの出現により、植物怪物マンドレイクは警戒して攻撃を中断した。

 その間にリュートが声をかけていく。


「ハクロウ、どうしてここに?」


「もともとは我が相手にしていた将軍級とは別の将軍級が吠えた声を聞いたからだ。

 急いで自分の戦いを終わらせ、駆け付けて見ればすでに貴様らの仲間が決着をつけていた」


「リゼ達が? そうか、無事なのか」


 仲間が生きていることにリュートは笑みをこぼし、安堵の息を吐く。

 そんな彼の様子をみながら、ナハクは言葉を続けた。


「その時だ。奇妙な叫び声を聞いた。それは恐らくこの植物怪物デカブツだろう。

 だが、これまでここで姿を消していた奴が急に叫ぶことはありえない。

 故に、貴様らが戦っているのだと思ってここへ駆けつけたのだ」


「なるほど。それは心強い」


「それで現状は?」


「お守りの効果が切れた。加えて、常に毒を散布し始めて、こっちを寄せ付けない戦闘スタイルに切り替えやがった」


「......そうか」


 ハクロウは目線を植物怪物に向け、グルルルと呻った。


「貴様ら、時間が無いのだろう? だったら、我が囮になる。その隙に仕留めろ」


 その提案にすぐに反応したはナハクだ。


「待ってよ、それじゃおじいちゃんは毒を受け続けることになるんだよ!?

 それにおじいちゃんがいくら浄化能力を持っていたって、その力を上回る攻撃が来たらどうするの!」


「安心しろ、我は十分に戦える」


「その傷のどこを見て信じろって言うのさ!」


 ナハクは大声で叫んだ。

 なぜなら、彼の目には体の端々からボタボタと血を流し、白色の毛を真っ赤に染め、立っているのが不思議に思える巨大な狼が映っているからだ。

 それに首にかけていたお守りのネックレスは消えている。

 つまり、スーリヤの無効化の加護は発動していない。


 故に、ナハクはハクロウが強がってそう言ってることがわかった。

 傷口に毒が入ればそれだけでタダじゃすまないだろう。

 それがわかっててハクロウがそこまで強気にいられるのか。

 それが彼には分らなかった。


「我が孫ナハクよ、これよりお前に成犬の義を行う!」


 ハクロウが言った言葉にナハクは首傾げる。


「成犬の義?」


「あぁ、我が種族マーナガルムが種族の繁栄をより強固にしようとした時、一匹の狼を旅に出させる。色々な経験をし、体験をし、考え、行動しながら自分の見識を広げていく。

 王の資質があるものにだけ与えられる特別な儀式だ」


 リュートは大剣を地面に突き刺せば、腰に手を当てて言った。


「大層な儀式に聞こえるだろ? もっと簡単に言ってやれよ。可愛い孫に旅をさせるってな。

 要はこんな小さな世界に縮こまってもっと世界中のありとあらゆるものを知ってこいってことだろ?」


「ふん、その様子だとナハクから過去の話を聞いたようだな」


 ハクロウは少し睨むようにリュートを見る。


「ギシャアアアア!」


「どうやら長話が過ぎたようだな」


 警戒モードであった植物怪物が動き出した。

 それに伴いリュート達も構え始める。


「ナハク! 貴様が我の家族なら今すべきことを考えろ! 今の貴様がすべきことはなんだ!?」


 ハクロウの声を聞き、ナハクは雑念を払うように頭を振った。


「......目の前の敵を倒すこと!」


「そうだ。ならば、次は行動で示せ。話は全てが終わった後だ――行くぞ!」


 ハクロウが走り出し、その後ろにリュートとナハクが続いた。

 ハクロウに向かっていくつもの細いツタが串刺しにしようと向かう。

 しかし、そのどの攻撃もハクロウは無視して突き進む。

 どれだけ体に刺さろうと、一切ひるむことなく。


「覇口」


 ハクロウは大きく息を吸うと一気に空気砲を放った。

 それは迫りくる細いツタの一切合切を吹き飛ばし、植物怪物に向かって直進する。


 植物怪物はその攻撃を極太いツタを二本使って衝撃に耐えた。

 しかし、それは同時に確かな隙を生んだ。


「今だ!」


 リュートとナハクが左右から同時に攻め上がる。

 先に仕掛けたのはリュートだった。


 リュートは植物怪物の眼前まで跳躍する。

 同時に、自分の周囲から雷の球体を四つ作り出した。

 そこへ指鉄砲を作った左手を向ける。


「雷砲射」


 雷の球体に凝縮されたエネルギーが一気に放出された。

 四つの雷光が砲撃となって植物怪物に向かう。


 その攻撃に対し、植物怪物は花びらを畳んで蕾形態となった。

 それによって四つの砲撃を防御していく。


散散渦サザンカ


 リュートの後に続いて、ナハクは短剣に魔力を溜めて一回転。

 植物怪物に向かって放たれた斬撃はつむじ風となって襲い掛かる。

 それは蕾の閉じきれていない切断された花びらから侵入。

 蕾の中でズタズタに切り裂きながら暴れまわった。


「ギシャアアアア!?」


「ハッ、ざまぁみろ!」


 ナハクは笑って言った。

 本来、リュートの攻撃を防いだ植物怪物に対して、ナハクの攻撃も防がれるはずだった。

 しかし、その前にナハクが自分自身で斬り落とした花びらに気付いていたのだ。


 植物怪物は一気に花びらを広げ、牙を剝き出しにしながら叫んだ。

 花びらが開く風圧でズタズタに切り裂かれた雄しべが空中を漂う。


「おいおい、そんなに嬉しがるな。貴様がした痛みはそんなものじゃない――覇爪」


 ハクロウが植物怪物に接近すれば、爪を尖らせて右手を振るった。

 植物怪物がその攻撃を極太いツタで防ごうとするが、その腕がバッサリ切断された。


 その光景を見ていたリュートが冷や汗をかきながら呟く。


「マジか、あの巨大なツタをぶった斬るのか......敵対しなくて正解だったな」


「僕もおじいちゃんがここまで本気で戦ってるのは初めてだよ」


 ナハクもこれまでの過去の記憶の中でハクロウが戦っている姿を見たことは一度も無かった。

 そのため、全マーナガルムがハクロウにひれ伏す理由をやんわりしか理解してなかった。

 しかし、ここで彼は気づいたのだ――ハクロウの王たる真の所以を、純粋なる圧倒的な力を。


「ギシャアア! ギシャアアアア!」


 植物怪物が暴れまわる。

 その度に毒の霧が濃く放出され、天井に向かって放たれた毒液が雨のように降り注ぐ。

 紫色の雨、それがリュート達を襲った。


「ガハッ」


「ハクロウ!」「おじいちゃん!」


 ハクロウは口からボタッと水たまりを作るように血を吐いた。

 その姿にリュートとナハクは動揺し、すぐに叫ぶ。


 どんな強者でも耐性こそなければ絶対に効くものがある――それが毒。

 体内からじわじわと犯し、体を蝕んでいくのに圧倒的な力も怯まない防御力も関係ない。

 そして、それは血液に溶け込めば、動くほどよく混ざる。


「気にするな。ちと、食らい過ぎただけだ。

 それに我の心配をしてる場合か。なぁ、リュートよ」


 ハクロウが睨む目にリュートは目を逸らした。

 その反応にナハクは首を傾げる。


「おじいちゃん、何言ってるの!? リュートはまだお守りが効いてるんじゃ!?」


「本当にそう思うか? コイツはすでにお守りの効果は失っている。

 未だに平気そうなのはそう振る舞っているに過ぎない。

 だが、そんな小細工、我には通じんぞ」


 ハクロウの言葉を聞き、ナハクがリュートを見る。


「本当なの?」


 リュートは一つ息を吐いて答えた。


「本当だ。もっと言うと、少し前からスーリヤの加護も消えてる。

 今にも喉の奥から血が込み上がってきているが、それを堪えてるに過ぎない」


「どうして! どうしてそれを言わないの!?」


「言ったところで目的が達成できないからだ!」


 リュートの叫ぶ声にナハクは口を動かすのを止めた。

 あまりの覇気に二の句が継げなくなったからだ。


「ナハク、もう忘れたのか? 俺達の目標の一つは目の前の植物怪物化け物を倒すことだろ?」


「それは......そうだけど......」


「それは今の俺抜きの力で達成されるのならそれでいい。

 だが、もしその可能性が俺がいなくなったせいで達成できなくなったのなら、俺はその選択を後悔する。

 なーに、俺は死にはしねぇ。俺にも死ねない理由があるからな」


 ナハクは力を入れていた腕を緩めた。


「わかった。それに、この状況を早く終わらせれば済む話だしね」


「話は終わったか。なら、次で終わらせるぞ」


 ハクロウが植物怪物を睨みながら言った。

 すると直後、植物怪物は耳がつんざくような高い声で叫び、一斉に細いツタを向かわせた。


 その攻撃をハクロウが肉体を盾にしながら、爪で斬撃を飛ばして切り裂く。

 その横からリュートとナハクが飛び出した。


「ナハク、狙うべき場所は分かってるな?」


「うん、あの口の奥にある目玉。あそこを潰せばきっと倒せる」


「俺を信じてついてこい」


 リュートが先行し、襲い来るツタを切り裂く。

 付着していた毒液が切断されたツタと一緒に飛び散る。

 それの一部と散布され続ける毒の霧を身に受けながらも、彼は進み続けた。


 植物怪物の極太いツタの先端から毒液がジュクジュクと溢れ出す。

 それはやがて毒液ブレスとなってリュート達を襲う――はずだったが、ハクロウがツタに噛みついて阻止した。


 その隙に接近したリュート達にもう一つの極太いツタが振り下ろされる。

 ハクロウに切断されたそのツタは毒液ブレスこそだせないが、当たればただでは済まない質量は依然健在だ。


 リュートは柄をギュッと握れば、右腕に青筋がくっきりと浮かぶほど力を入れた。


「狼斬昇」


 リュートは右腕を振って極太いツタを受け止める。

 バキッと地面が凹み、彼の体にも多大なる重量がのしかかった。


「うおおおおお!」


 リュートは極太いツタを跳ね返す。

 それによって、生まれた植物怪物へとの直線ルート。


 そこへ迷わずナハクは走り込んだ。

 リュートの背中を踏み台にして空中に飛び出し、両手に持つ短剣を振るう。


翠の十字架クロスエッジ


 クロスされた短剣から放たれるバツ印の斬撃。

 しかし、それは無数のツタがぶつかり合い威力が殺され、本体まで届かなかった。

 そのことにナハクは口元を歪める。


 直後、ナハクに影が差した。

 頭上からリュートが弾いた極太いツタが再び振り下ろされたのだ。


「そう何度も油断しない」


 ナハクは足元に風を纏わせ<俊足>で一瞬だけブーストした。

 それによって彼の体は極太いツタの範囲から逃れる。

 彼は口元を緩めた。


「まだ、ナハク!」


「っ!」


 リュートの声にハッとしたナハクは頭上を見る。

 まるで彼が避けたことを想定していたようにドリルの先端のような太いツタが待ち構えていた。

 彼は咄嗟に移動したために空中でバランスが安定していない状態。

 しかし、彼が再び<俊足>によって動けば避けられるはずだった。


「がはっ」


 ナハクは突然吐血した。

 口からびしゃっと真っ赤な液体が溢れ出て、口元を染める。

 ついに彼にもスーリヤの毒無効が切れたのだ。

 その隙にツタが襲い掛かる。


「全くまだまだ世話のかかる子だ」


 瞬間、ハクロウがナハクの襟を口に咥え、庇った。

 ハクロウの首元にいくつもの太いツタがささる。

 穴が開いた皮膚からぶしゃっと血が噴き出した。


「お、じいちゃん......」


「何をボサっとしている。家族の仇を取るんだろ。最後まで諦めるな」


 ハクロウは首を振ってナハクを投げた。

 彼の体は植物怪物の正面へと躍り出る。


「ナハク、最高のお膳立てしてやるよ!」


 丁度ナハクの真下辺りにいるリュートが叫んだ。

 彼はすぐさま背中に背負っていたカプセルを力いっぱい空中に投げる。

 同時に、もう片方の手で大剣を植物怪物の胴体へと投げた。


 大剣が何十人もの人間が溶けてくっついたような茎に突き刺さる。

 そこへ雷の縄を使って移動し、その際に加速した移動エネルギーに、自身の回転による回転エネルギーも加え蹴りつけた。


盤狗螺蹴バンクラッシュ


「ギシャアアアア!」


 リュートの攻撃によって植物怪物が前のめりになる。

 植物怪物の花とナハクの距離は十数メートルしかない。

 その時、ナハクの目の前に下からカプセルが飛んで来る。


「最高だよ、リュート」


 ナハクは斬撃を飛ばし、カプセルを割った。

 カプセルの中に入っていた液体窒素が斬撃とともに飛散し、花に向かってかかる。

 花びらや雌しべの一部が凍り付いた。


「ギシャアアアア!」


「うるさいよ。待ってて、今にその口閉じさせてあげるから」


 ナハクは周囲の風を操り、一部の当たらなかった液体窒素が気化する前に風で集めた。

 それを一気に花に向かってかけていく。

 瞬間、植物怪物の口元および中の目玉まで凍り付いた。

 ただし、植物怪物の質量に対しては液体窒素の量が少なすぎる。

 故に、止める時間は三秒とないだろう。


「俊足」


 ナハクからすれば十分すぎる時間だ。

 足に纏わせた風で一気に加速。

 口の中に侵入し、目玉に向かって右腕を振り上げる。


「これで終わりだ」


 ナハクは短剣を突き立てた。

 彼は急いで口の中から脱出する。


「ギシャアアアア! ギシャアア! ギシャアアアアァァァァ‼」


 植物怪物が暴れ出した。

 最後の力で毒液ブレスを出そうとしたが、途中で力尽きたのか口元から毒液が漏れていく。

 次第に植物怪物は全身を白くし始め、みるみるうちに枯れていった。

 最後にはダランと地面に寝そべり、動かなくなった。


「やっと、終わった......」


「みたいだな」


 ナハクが呟き、戻ってきたリュートが答えた。

 そんな二人を眺めながら、ハクロウは両前足を震わせた。


「よくやった......さすが、我が孫......」


 ハクロウがドスンと崩れ落ちる。


「おじいちゃん!」


 ナハクが慌ててかけよった。


 リュートもハクロウにかけようとするが、口元から込み上げる血を我慢できなかった。

 彼は口を手で押さえて吐き出す。

 手が真っ赤に染まっていた。


 その手を見ながら、リュートは思った。

 不味い、時間がない、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る