第38話 植物怪物

 研究所地下の最奥と思わしき場所。

 そこにいるリュートとナハクの前には三十メートルもの巨体がそびえ立つ。

 植物怪物マンドレイク――森中に毒の霧をバラまいた張本人だ。


 牙を生やした巨大な花がリュート達を見た。

 腕のような極太いツタがゆっくりと動き、さらに体中から生えるツタが空中をうねる。

 植物怪物は無数の細いツタの先端を一斉に二人に向け、突撃させた。


 雨のようにツタが接近する。

 その攻撃に対し、二人は同時に後退した。

 瞬間、二人のいた位置にはガガガガッとツタが突き刺さっていく。

 地面には僅かに煙を出しながら穴が開いていた。


「あの攻撃の直撃だけでも不味そうだ。無理せず躱すことに専念しろ。隙は俺が作る」


「わかった」


 リュートの指示にナハクが頷く。

 すると、リュートは早速一人で植物怪物に接近した。

 無数に来るツタを身のこなしで躱しつつ、時折大剣で斬り落とした。


「破斬風」


 リュートは右手を大振りに振るう。

 その手に持つ大剣から風の斬撃が飛び出した。

 斬撃は多数の細いツタを切り裂き、本体まで飛んでいく。

 しかし、極太いツタによって防がれてしまった。


「ナハク!」


 リュートは大剣を素早く左手に持ち替える。

 手首をクイッとひねり、大剣の腹の部分を上に向けた。

 すると、彼の後ろからナハクが走り込んでくる。

 ナハクが剣に両足を乗せたことを確認すると、彼は思いっきり剣を振り上げた。


 ブンッと勢いよく投げられたナハクは勢いのまま極太いツタの上に乗る。


「ようやく会えたね。殺したかったよ!」


 猛犬のようなギラついた目つきを見せて言うナハク。

 彼は両手の短剣を胸の前でクロスさせるように振るった。


翠の十字架クロスエッジ


 植物怪物にバツ印の風の刃が飛んでいく。

 その斬撃は花の花びらに直撃した。

 花びらの一部が宙を舞う。


「ギシャアアアア!」


 植物怪物が断末魔のような叫び声を上げる。

 ダメージを与えられてる証拠だ。

 そのことにナハクは「よし!」と右手に力が入る。


「ナハク! 油断するな!」


「っ!」


 直後、ナハクの足元の極太いツタはブンッと動いた。

 ナハクは跳躍することで弾き飛ばされることを防いだが、今の彼がいる場所は空中。

 そこにいくつもの細いツタが貫かんばかりの襲ってくる。


 ナハクは咄嗟に左手の短剣を順手に持ち替え、反時計回りに回転力を与えた。

 空中でクルクルと回れば、ツタの攻撃を弾いていく。

 しかし、それも長くは続かない。


 植物怪物はツタによる突き刺しが通らないことを理解すると、一部を囮にして他のツタでナハクの足に絡みついた。


「ぬわっ!?」


 絡んだツタがナハクを地面に投げ飛ばす。

 勢いよく飛ばされた彼はあわや背中から叩きつけられる――ことはなく、リュートがクッションになって受け止めた。


「ありがとう、リュート」


「どういたしまして。それと喜ぶのは倒してからにしろ」


「うん、わか――」


 瞬間、リュートはナハクの襟を右手で掴み、横に投げ捨てる。

 正面から細いツタが数本絡み合って出来た太いツタが接近していたからだ。

 彼はとっさに大剣を横に持ち、大剣の腹でガードする。


 ツタの勢いでリュートは後ろへ大幅に後退。

 地面には踏ん張った足が引きずられた跡が出来ていた。


 リュートは思った。不味い、と。

 回転力のかかったツタが剣を貫こうとしてる。

 加えて、ツタの先端から毒液が分泌されているのか剣が煙を出して溶かされている。

 このままじゃやがて貫通して貫かれる!


「舐めんな!」


 リュートは力いっぱい押し返し、ツタを弾いた。

 しかし、その行動によって彼は僅かにバランスを崩してしまう。

 そこに空中に忍ばせていた別の細いツタが一斉に先端を向けた。


 リュートに向かってツタが襲い掛かる。

 瞬間、彼は左手に持つ大剣を背後に向かって思いっきり投げた。

 彼の背後の十数メートル先には壁がある。

 そこに大剣がガッと刺さった。


 リュートは大剣の柄に強力な雷を飛ばすと、それを巻き取るようにして自身を動かした。

 大剣のある位置までやって来れば、壁に両足をつけてピタッとつける。

 そして、襲い掛かて来たツタを見た。


 そのツタは地面に接触する瞬間に方向を変えたらしく、リュートに追撃している。

 そのことに「学習してやがる」とリュートは内心舌打ちした。


 リュートはツタとすれ違うように壁を蹴った。

 空中に現れれば、横から極太いツタが薙ぎ払ってくる。


「狼斬昇」


 リュートは右手に持った大剣を攻撃に合わせてかち上げる。

 彼の右腕には肉眼でもハッキリわかるほど青筋が浮かんだ。

 そして、弾き返した。


 リュートの上からもう一本の極太いツタが落ちて来る。

 それからは大量の紫色した毒液が付与されていて、毒液の滴が空中に舞う。

 それはやがてリュートに直撃する。


「んぐっ!」


 リュートは何とか大剣を頭上に引き戻すことに成功した。

 そのおかげで直撃は避け、地面とのサンドイッチ攻撃には両足を踏ん張らせて耐えている。

 バキッと地面が僅かに凹んだ。

 彼はナハクを見て叫ぶ。


「ナハク、今だ! 俺がヘイト買ってる間に動け!」


 ナハクはギリッと歯を噛めば、頷き走り出す。

 ツタ同士が絡み合って出来た太いツタが何本も彼を攻撃していく。

 それを躱し、受け流しながら着実に前へ進んだ。

 植物怪物の前に現れ、花に向かって跳躍しよとした時――足が動かなかった。


「え?」


 踏み切った右足は思いっきり伸びている。

 しかし、ナハクの体がまるで上に進んでいない。

 彼はすぐさま右足を見た。

 右足に地面から現れたツタが絡みついていた。


 ナハクは勢いの反動で右足を支点としながら地面に体を打ち付けた。

 直後、彼の頭上からは何本もの太いツタがドリルのように回転して落下してきた。

 彼は横に転がってなんとか躱していく。

 避けた地面には掘削によって出来た穴があった。


 すると今度は、右足に絡みついたツタが地面に現れれば、ナハクをブンブンと振り回し始めた。

 遠心力によって何倍もの重力が加わった状態になり、彼の顔は血が上って赤くなる。


―――ガンッ


「ガハッ!」


 ナハクは地面に叩きつけられた。

 一度だけではない、二度、三度と彼の全身は地面と反発する。

 一瞬意識が飛びそうになった彼。

 だが、家族がめちゃくちゃにされたことを思い出して意識を覚醒させる。

 そして、すぐに右足の縄を切った。


 投げ飛ばされた勢いで地面を転がっていくナハク。

 全身が軋むような痛さで顔が歪む。

 体中から出血しているせいかすぐに動けない。


「ギシャアアアア!」


 植物怪物は大きく叫んだ。

 花にある牙の生えた口をパクパクとさせれば、そこから毒液ブレスを放った。

 狙いは当然ナハクである。


「させるか!」


 リュートがナハクの前に立った。

 彼は両手で大剣を持ち、頭上に大きく掲げる。


「雷狼裂爪」


 リュートは大剣に雷を纏わせる。

 そして、毒液ブレスに合わせて大剣を振り下ろした。

 彼の大剣がブレスを止め、僅かに漏れ出たブレスの残滓が左右に飛び散る。


「うおおおおおお!」


 リュートが大剣をザンッと斬り落とす。

 瞬間、大剣から飛び出した雷の斬撃が毒液を電気の熱で蒸発させながら押し通っていく。

 その斬撃は植物怪物のかおにくっきりと傷跡を作った。


 同時に、リュートの体から僅かにパキッと音が鳴った。


「ごほごほっ......ありがとう、助かった。

 でも、リュートは毒液で守らなくて良かったの?」


「安心しろ。俺のお守りはまだ生きてる」


 リュートは笑顔を向けて言ってみせた。

 彼の額から眉の端を伝って汗が流れる。


 そんなリュートの様子にナハクは一旦眉を寄せながら、立ち上がる。

 正面に立つ植物怪物を見ながら言った。


「どのくらい削れてるだろう?」


「さあな。だが、まだまだピンピンしてることは確かだ。

 ナハク、もう一度俺が隙を作る。行けるな?」


「任せて! もうヘマはしない」


 不敵な笑みを浮かべるリュートに、ナハクも不敵な笑みで返す。

 ナハクの力強い目にリュートは頷いた。


「ナハク、俺の後ろについてこい。ただし、絶対に前に出るな」


「わかった」


「行くぞ」


 リュートは颯爽と走り出す。

 その後ろを言われた通りナハクもついていった。


 リュート達に無数の細いツタが飛んで来る。

 その攻撃を避け、受け流し、切断して真っ直ぐ突き進んでいく二人。

 そこに極太い二本のツタが影を大きく伸ばしていった。


 一本の極太いツタがリュート達に殴りかかる。

 その攻撃を跳躍して躱した二人はツタの上に乗り、それを伝って本体まで接近した。


 リュートはチラッと背後を確認した。

 ナハクがしっかりとついてきていることを確認すれば、彼に言った。


「ナハク、来るタイミングは任せる! ただし、確実に来い!」


 リュートはすかさず右手の大剣を逆手に持ち替える。

 左足を力強く踏み出すと、それを勢いよく投げ飛ばした。

 同時に後を追うように跳躍する。

 空中に飛び出した彼にねじれた太いツタが襲い掛かる。


「爪風」


 リュートは空中を引っ掻くようにして五本の斬撃を飛ばし、ツタを切断。

 途中、別のツタで弾かれていた大剣を左手で回収すると、再びそれを花に向かって投げ飛ばす。

 大剣が花の中央の雌しべに突き刺さった。


 リュートはすかさず柄との間に紫電を走らせ、自分の体を引寄せる。

 すると、雌しべの周囲にある雄しべが彼に向かって一斉に光線を放った。

 彼は右手で風の膜を出し盾にしながら、光線を防ぎ掻い潜る。

 すると、雌しべの中心にある口の奥にある大きな一つ目と目が合った。


「よう、さっきはよくも汚ねぇ毒液ブレス吐しゃ物を食らわせてくれたもんだな?

 そんな元気な化け物にはとっておきのプレゼントだ」


 瞳孔が小さくなり、口が悪くなるリュート。

 戦闘モードに入って一定時間達し、血の気が騒いでる状態だ。

 彼は右手を外套の奥に無ぐり込ませる。

 そして、サッと体に巻いていたとある物を取り出した。


 リュートの右手が持っていたのは掘削用ダイナマイトだ。

 それがいくつも連なって彼の外套の中から飛び出していく。

 それはたまたま移動中に乗っていたトロッコに入っていたものだ。


 植物怪物はリュートの持っているダイナマイトが危険な物と察した様子で雄しべからビームを放つ。


「邪魔すんな!――大爆風マキシマムエア


 リュートは左手を真下に向け、言葉通り爆風を放った。

 その衝撃で雄しべは体が揺さぶられ狙いが定まらなくなり、彼も勢いで空中に浮きあがっていく。


 リュートは眼下に植物怪物を見れば、右手に持っているダイナマイトを投げた。

 植物怪物の大きな口の中にダイナマイトが入り込む。

 植物怪物は咄嗟に毒液ブレスで押し返そうとした。


「雷の方が速ぇよ――落撃」


 リュートは頭上に掲げた左手を降ろす。

 彼のさらに高い位置にあった球体は瞬く間に雷を真下に落とした。

 それは毒液ブレスが放たれるよりも速くダイナマイトを貫く。


―――ドゴオオオオォォォォン


 巨大な爆発が起こり、周囲に爆炎を広げる。

 同時に起こる爆風。

 それによって大剣が吹き飛ぶ。


 リュートは大剣を回収しながら、その様を見ていた。

 そして、呟く。


「良い風だろ」


「最高だね!」


 植物怪物から遠ざかるリュートに対し、すれ違うように近づくナハクが答えた。

 彼は右手を伸ばし、起きた爆風の一部を花の上で収束させた。

 周囲へ衝撃を伝えようとするエネルギーを蓄えた風を槍の形に変えた。

 大きさは十メートルほどにも達する。


大槍衡だいそうこう


 ナハクは右手を一気に降ろす。

 それは花の中にある目へと急降下した。

 その攻撃は目を穿つ。


「ギシャアアアア!」


 植物怪物は極太いツタでかおを覆い、ぐらぐらと体を揺さぶった。

 それは体に痛みが生じた時にどうにかして痛みを耐えようと、逃れようとする人間の動きのソレだった。


「効いてるみたいだね」


 地上に戻ってきたナハクが目の前の光景を見ながら、リュートに声をかけた。


「だな。だが、奴は動きを止めていない」


 リュートは油断せず眺める。

 すると、彼はすぐさま目を開いた。


 植物怪物が全てのツタからいくつもの蕾を作り出し、そこから毒の霧を流し始めたからだ。

 蕾の数はツタ一本で数十個というレベルであり、無数にあるツタがそれぞれ蕾を生やしているのでとても潰しきれる数じゃない。


「あの野郎、ここを毒で埋める気だ」


 リュートは顔をしかめた。

 その隣では何かに反応したナハクが彼に聞く。


「リュート、今、パリンって音がした。でも、ここにはガラスのようなものはないのに」


「不味いな。それはスーリヤのお守りの効果が切れた証拠だ。

 後はスーリヤの近くにいた分の加護が発動しているぐらいか」


「そうなの!? 不味いね、確かに......」


「それに、正直それもどのくらいあるかわからんし、どのみちこのままじゃジリ貧だ。

 これ以上時間かければ脱出する体力が残らなくなってくる。早々に終わらせるぞ」


「うん、もちろんそのつもりで―――」


 ナハクは言い切る前に飛んできた毒液弾を避けた。

 地面に広がった毒は紫色の水たまりを作り、ブクブクと音を立てながら煙を出している。


 今の攻撃を見てリュートは確信した。


「どうやら相手は絶対にこっちに近づけさせねえみたいだな」


 リュートの言葉通り、植物怪物は徹底してツタの先端から毒液弾を放つようになった。

 その攻撃を避けていくリュート達。

 長時間戦ってもダメ、毒に触れてもほぼアウト。

 二人に残された時間がどんどん削られていく。


「ナハク、上だ! ブレスが来る!」


 リュートの声にナハクは頭上を見た。

 するとそこには、極太いツタの先端が花開いたようになり、そこから凝縮された毒液が砲撃となって放たれた瞬間だった。


 毒液弾によって避けるスペースを潰されていたナハクはすでに壁際に立たされていた。

 そこからどう避けても毒液ブレスから逃れることは出来ない。

 壁にぶつかった毒液が触れた時点でアウトと言ってもいいからだ。


 いつもなら助けに来るリュートも徹底して動きを制限されていて、ナハクを助けに行くには間に合わない。


 ナハクの視界がゆっくりになる。

 人間が自分の死をどうにかして避けようとする超集中状態だ。

 されど、動くのは意識だけで体は諦めたように動かない。

 ポカンと開けた口で、視界一杯に見えるのは毒の色をした紫色のみ。


 その瞬間だった。


 ナハクの前にサッと白い影が入る。

 それはナハクをあっという間に影で覆い隠すほどの巨体であった。


「ふん、温いかけ水だな」


 ナハクはその声に目を開き、ゆっくりと口を動かした。

 なぜなら、そこにいるはずもない存在がいるからだ。


「お、じいちゃん......?」


「待たせたな、孫よ」


 ハクロウは額から鼻筋にかけて毒液を滴らせながら、不敵に笑った。

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