第37話 地下の奥に潜むもの

 地下にやって来たリュート達。

 彼らは小型通信機アクシルの明かりを頼りにしながら暗い道を突き進んでいく。


「なんだか地面を削ったような感じだね」


「ここから先はあまり施設感しないな」


 人が数人横に並べるほどの横幅の広い道を歩きながら、ナハクとリュートは思ったことを言葉にした。


 二人が見回す周囲の外観はまさに洞窟といった感じであった。

 天井の両サイドには電球がぶら下がっており、配電線が暗闇の向こうへ続いている。


 電球はどれもこれも壊れているのか光ることはなく、時折奥の方で光がチカチカと光るのが見える程度。


 床に明かり手を照らせば、こびりついたような赤黒いシミが出来ている。

 さらに獣らしき毛や爪の一部といったものも転がっていた。

 そのことにリュートは呟く。

 

「もしかしたら、この研究施設で被検体として使う魔物はここの奥で隔離されてたのかもな」


「その可能性は高いね。だとすれば、ここにいた魔物は漏れなくこの毒に侵されてるだろうけど.....」


 ナハクはリュートの後をついて歩きながら、現状で一番の異変に触れた。


「ここって霧無くない?」


 リュートとナハクがいる場所は毒の霧が発生している元凶とも言える場所のはずだ。

 現に、研究施設に来る道中やその建物では霧が濃かった。

 しかし、今二人がいる場所は光をかざしても霧に光が反射することがない。

 遠くの道までよく見える。


 その事にはリュートも疑問に思っていた。

 なんでここだけ霧が発生してないんだ? と。

 だが、その理由はまるでわからない。

 もしかしたら誰かいるのか?


 リュートは警戒心を高め、奥へ進んでいく。

 すると、次第に見えてきたのは両サイドにある鉄格子だった。

 大きな鉄格子の奥では管理されていただろう魔物が血を吐いて倒れている。

 どうやらここで魔物を管理していたようだ。


 連続する鉄格子には漏れなく色々な魔物が絶命していて、いくつか破られた鉄格子があったが、そこから出ただろう魔物は通路で死んでいた。

 そんな足の踏み場もないような死体の数にリュートは顔をしかめた。


 鉄格子ゾーンを抜ければ、岩盤に不自然な人工物の扉を見つけた。

 その扉は僅かに隙間が空いていて、その部屋にピンクの霧が吸い込まれている。

 リュートはナハクに目配せすれば、頷き合い、その場所に突入した。


 部屋の中はそれほど大きくない空間であった。

 壁際にある机には様々な資料が置いてあり、植物のツタがいくつか絡み合ったようなものもある。

 机のそばにはこの空間には異質な大きな機械もある。

 そして、中央には空気清浄機のような機械のそばで寝そべる歩兵級マーナガルムがいた。


 リュートはすぐさま柄に手を伸ばす。

 その行動を制止させたのはナハクであった。


「待って、攻撃する意思はないみたい。それに僕は彼を知ってる」


「......わかった」


 リュートは柄から手を放す。

 ナハクは歩兵級に目線を合わせるようにしゃがんだ。


「僕だよ、覚えてる? ナハクだよ」


「......ウォウ」


「そっか、良かった。それでどうして君はそんなところに?」


 ナハクが歩兵級から事情を聴き始めた一方で、リュートは周囲を探った。

 資料が置いてある場所に近づけば、紙を手に取り目を通していく。


「『植物怪物マンドレイクの生体情報』? 相変わらず、悪趣味なもん作ってやがるな」


 その紙には“植物怪物”と呼ばれる魔物に対する処置方法の内容が書かれていた。

 言わば、毒を作る際に同時に解毒剤も作るようなものだ。

 その全文に目を通し終わる頃には、ナハクの方でも話が終わっていた。


 ナハクは立ち上がり、リュートに声をかける。


「リュート、僅かに理性が残っていた家族から話を聞いた。

 彼はこの機械をたまたま動かせたから毒に侵されなかったみたい。

 この機械をどうにか出来ればこの霧も消せるかも!」


「そっか。なら、その発生源もキッチリ駆除しないとな」


「それは?」


「恐らくこの現状を作り出した存在だ。幸い、この内容のおかげで弱点がわかった」


 リュートは紙を机に戻せば、すぐ近くにある機械へと近づいた。

 その機械の中央は透明なガラスになっていた。

 また、そのガラスの奥では上下を鉄の蓋がされたカプセルがあった。

 大きさは五十センチほどもあり、中身は隙間なく液体で満たされている。


 リュートはそばにあるボタンを押し、ガラスの蓋を開けた。

 両手でカプセルを取り出していく。


「それが弱点?」


「恐らくな」


 リュートは背負っていた大剣を壁にかける。

 腰のポーチから縄を取り出せば、カプセルに縄を括りつけ、さらにそれを背中に背負うように体を縄で縛った。


「俺の準備は終わった。で、ナハクの方はどうすんだ?」


 リュートは歩兵級の方を見ながらナハクに声をかける。

 ナハクはグッと拳を握れば、腰から短剣を引き抜く。


「殺して欲しい......それが家族の願いだった」


「......出来そうか?」


「やるよ。せめて僕が楽にする」


 ナハクは歩兵級の前にしゃがんだ。

 左手で歩兵級の顔に触れ、右手に逆手に持った短剣を掲げる。


「また......遊ぼうね」


「ウォン」


 ナハクは右手を振り下ろした。

 弔いを終えると、リュートとナハクは部屋を出る。


「行こう」


 ナハクは言った。


「あぁ」


 リュートは答え、歩き出す。


 二人が先を歩けば、そこから先は濃い霧に満ちた空間。

 横並びにいる相方の姿すら見失ってしまいそうな濃さであった。

 故に、二人は時折声をかけて隣にいること確認しながら進んでいく。


「そういえば、ナハクはお守りの効果はどのくらいだ?」


「僕は残り三分の一ぐらい。ちょっと急がなきゃまずそうかも」


 ナハクの言葉を聞きながら、リュートが自分のを確認すると残り四分の一ほど。

 ナハクより僅かに少ない。

 その原因にリュートは心当たりがあった。

 恐らくあの特殊な緑の人間グレイムに触れ過ぎたせいだろうな、と。


「そうなのか。なら、急がないとな」


 二人が歩いてしばらくして異様な音を聞いた。

 シュコオオオオと何かが噴き出している音だ。

 ほとんど何も見えない空間をキョロキョロと見渡せば、僅かに空気を感じる。


「ナハク、俺の後ろにいるな?」


「うん、リュートを追い抜いたことはないから大丈夫だと思う」


 リュートはナハクの位置を確認すると、右手に持っていた大剣を音のする方へかち上げる。

 大剣は何かの感触に触れた。


 直後、何かが出るような音は消えた。

 さらに周囲の霧が僅かに薄くなり、ナハクの姿が見えるようになる。

 リュートとナハクは顔を見合わせれば、壁を見た。

 壁には蕾の形をした植物があった。

 その蕾にはリュートの大剣であろう傷がある。


「なんだろう、この蕾? リュートが何かしたの?」


「音がしたから斬ってみた。そしたら、霧が僅かに晴れた。

 恐らくこの蕾が霧を発生させてたんだろう。

 蕾の近くに壁に絡みつくように茎が奥まで続いている。

 これを潰していけば、俺達の視界だいぶ確保できるはずだ」


「それじゃ、どんどん潰していこう!」


 リュート達は壁際に注意しながら歩き、壁にくっついてる霧を吐き出す蕾を攻撃した。

 蕾があるのは壁ばかりではなく、天井や地面と色々な場所にくっついており、時折一回り大きい蕾もあった。

 それらを潰していくとたちまち視界が晴れていく。


 蕾を潰しながら進むこと数分後、リュート達は足元に線路があるのに気が付いた。

 線路は先まで続いており、線路の上に石炭が乗ったトロッコがある。

 左側の壁は途中まで掘っていたかのようなツルハシも見つけられた。


「どうやらここから先は坑道って感じだな。

 ってことは、先を歩いて行けば出口に出られるだろう」


 先を見据えてリュートが呟く一方で、ナハクは右側の崖近くまで歩いていく。


「うわぁ~、こっちの崖下何も見えないぐらい暗い。相当深いね」


「あんまり近づくんじゃないぞ。足元が崩れたりしたら大変だから」


「はーい」


 リュートの言いつけを守ってナハクが戻って来る。

 すると、彼は一つの何も入ってないトロッコを指さして言った。


「ねぇ、リュート、どうせならこれ乗ってかない?

 まだ若干薄い霧で覆われてるけど、数十メートルは見えるぐらいだし、霧を吹き出してる蕾を潰すぐらいには問題ない視界だと思うから」


「そうだな。散々歩いたし少しは楽してもいいだろ」


「よっしゃ、それじゃ僕がトロッコ押すからリュートは先乗って」


 リュートがトロッコに乗れば、ナハクは両腕を伸ばしてトロッコを押していく。

 線路の上にあるタイヤがゆっくりと回転し始めれば、やがて少しずつ勢いがついていった。


 ある程度の加速までつくとナハクがトロッコの隙間に乗り込み、後ろに向かって風を吹かす。

 トロッコはさらに加速していき、そのことにリュートは目を細める。


「ほぉ~、風が気持ちいい~」


「風魔法の良い所はそれだよね。いつでもどこでも気持ちいい風を浴びれる。

 夏場とかあんまり困ったことないよ。まぁ、それでも日陰限定だけど」


「夏は暑いしな~......っと早速蕾の発見だ」


 トロッコを走らせれば、シューと音を立てて霧を出す蕾が壁にくっついている。

 しかし、先ほどのトンネルの中とは違い、今の場所は横幅も広く、天井も高い。

 もっと言えば、蕾は右側の崖の向こう側の壁にある。


 リュートはリゼのように銃の覚醒魔具を持っていない。

 しかし、純覚醒者の彼には覚醒魔具を必要とせず、魔法を放つことが出来る。

 彼は右手で指鉄砲の形を作ると、指先に魔力を溜めて蕾に向かって風の弾丸を放つ。

 それは見事に蕾にヒットした。


「よっしゃ、当たり!」


「やるね! それじゃ僕も」


 ナハクは短剣を順手に持ち、刃先に魔力を溜めていく。

 一定量まで溜まった風弾を蕾に直撃させる。


「当たった!」


「やったな。にしても、それって短剣なのに弾撃てるんだな」


「覚醒魔具はあくまで魔力や魔法の発動性を高めてくれる道具だからね。

 魔力を収束して撃つぐらいは出来るよ。でも、短剣と銃とではやっぱり勝手が少し違う。

 剣タイプは刃に沿わせて魔力が拡散するのに対し、銃タイプは弾を魔力を使って放つから収束するんだ」


 ナハクは短剣を見ながら言った。

 その姿をチラッと見ながら、リュートは見つけた蕾に銃弾を放つ。


「んじゃ、あんまし魔力効率は良くないのか」


「そうなるね。でもまぁ、剣タイプの人ってあんまりバンバン魔力を消費する人は少ないし、これぐらいの魔力消費なら別に心配しなくても大丈夫だよ」


「そっか、わかった」


 それから少しの間、トロッコアトラクションを楽しむリュート達。

 すると、ナハクが崖側の壁が少しずつ変化していることに気付いた。


「リュート、崖側見て! だんだんと壁が大きな植物のツタみたいなに覆われてる」


 右側の崖の向こうにある壁には研究施設のように無数に伸びたツタが広がっていた。

 そのツタには無数の蕾があり、多くの蕾が霧を出す蕾よりも一回り小さく、霧を出していない。


「よく見れば俺達側の崖の方にもツタが伸びてるな。

 これは......この先に元凶がいると考えるべきだな。

 ナハク、警戒しとけよ」


「うん、わか――」


―――ドゴッ


 ナハクが返事をしようとしたその時、左側のすぐ近くの壁から何かが壊れる音がした。

 リュート達がその音の方向に目を向ければ、太さ三十センチはある先の尖ったツタが伸びてきていた。


「しゃがめ!」


 リュート達は同時にトロッコに身を屈める。

 直後、トロッコの十数センチ手前でツタが通過した。

 通り過ぎれば、二人は慎重に周りを確認して頭を出す。


「痛烈な歓迎にどうもありがとうってか? 望んでないな」


「たぶん散々蕾を潰したからお怒り何だろうね」


「にしちゃ、狙いが正確すぎるだろ」


 リュートは息を吐き、愚痴を零す。

 その攻撃以降、リュート達が蕾を壊すたびに時折ツタによる反撃が起こった。

 しかし、それを二人は回避したり迎撃したりと、さらに蕾を壊していく。

 するとやがて、トロッコの線路上にツタが出現した。


「ナハク! 降りるぞ!」


「うん!」


 リュート達はトロッコが木っ端微塵になる前にそれから飛び降りる。

 地面をゴロゴロと転がれば、その後ろではツタに接触したトロッコが勢いよくツタに衝突して空中に舞っていた。


 リュートは両腕に抱えていたカプセルが無事なことを確認すれば、周りを見て立ち上がった。

 その場所だけ一段と濃い霧に覆われていて、真上からシュコオオオオと大きな噴出音が聞こえる。

 真上を見れば、天井も見えないほど濃い霧が吹きだしてるようであった。


 リュートはカプセルを背中に回して背負い直せば、右手に持つ大剣を天井に向かって振るった。

 大剣から飛び出した風の斬撃はザシュっと何かに当たる。

 途端に、辺りの濃い霧は徐々に薄くなり、視界が晴れていった。


「リュート、アレ」


 ナハクが崖側だった方を見ながら指を向ける。

 今のその場所は崖ではなく、しっかりとした地盤の地面が残っていた。


「あぁ、どうやら全ての元凶のようだな」


 リュートは警戒心を高める。


 リュート達の前には巨大な花の中央部から何人もの人間が溶けて組み合わさったような巨大な人型の緑の上半身がある。

 顔もまた花が咲いたようになっており、中央部の雌しべには牙の生えた口、口の奥に大きな一つ目が見える。


 全長三十メートルはありそうな巨大な体格。

 その体に二つの腕のようなツタと、体中から無数に生える細いツタがあり、それらはうねうねと動いている。

 腕の方はそれだけで太さが十メートルはありそうで、細い方でも二メートルはある。


 形容し難いその姿は一目でその化け物がこの世界に普通では生まれないことを表していた。

 この化け物――植物怪物マンドレイクの体を構成している何人もの人間はこの研究をしていた研究員の成れの果てだろう。


 リュートはグッと柄を強く握りしめた。


「ナハク、気合入れろ。ぶっ倒すぞ」


「もちろん! こんな化け物放置しちゃいけない!」

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