第35話 僅かな意地

 覚悟を決めたリゼ、スーリヤ、セイガ。

 彼女達の前に将軍級マーナガルムは悠然と歩く。

 まるでこれから戦う相手は巨象に対するアリのようなものだと。


 実際、単純な戦闘力で見れば、リゼ達が全員で力を合わせても敵う道理はない。

 将軍級が放つブレスを一撃でも当たれば、血をバラまき肉塊となった歩兵級マーナガルムの二の舞だ。


 されど、それは対峙する存在が純粋な肉体のスペックを比べただけでの話だ。

 力とは一概に肉体の強さだけではない。

戦略、咄嗟の判断力、決断力と“力”に繋がる要素はいくらでもある。


 故に、これから戦うリゼ達が負けると決まったわけではない。

 しかし逆に言えば、それらを将軍級の純粋な力を超えるほど使いこなせなければ負けるということだが。


 将軍級がグルルルと声を呻らせ、リゼ達を睨む。

 そんな見るものを怯ませる威圧にリゼ達は脂汗を流しながらも睨み返した。

 この場で怯んではその時点で負けが確定してしまうから。


「ウォオオオオン!」


 将軍級が吠え、一瞬にしてリゼ達の眼前に現れた。

 将軍級は二本脚で立つかのように両前足を上げる。

 瞬間、真下に向かってスタンプ。

 前足が地面にめり込むと同時に、その前足から扇状に地盤が剣山を作るように割れた。


 リゼとスーリヤを乗せたセイガはその場から大きく跳躍する。

 否、それしか回避する選択肢が無かった。

 故に、そこを狙われるのは当然だった。


 将軍級の肩付近から生える植物の形をした口のある触手は、リゼに一本、スーリヤとセイガに二本ずつ伸びていく。

 牙の生えた口が今にも彼女達をかみ砕かんと迫った。


 リゼはすぐさま右手の銃で自身に迫って来る触手を迎撃し、左手はスーリヤとセイガの方へ向かった触手に弾丸を放った。

 一方で、スーリヤは二本のうち一本をリゼが迎撃してくれたのを確認すると、残りの一本をショットガンでノックバックさせる。


 リゼ達は触手の攻撃を完全に防ぎ切った。

 しかし、それはあくまで触手だけの攻撃。

 未だ彼女達は後手にいる。


「ヴォン」


 将軍級は厄介な方を見比べた。

 そして、リゼの方へ向けば右前足を上げる。


「雷爪!」


 将軍級の前足は空中にいるリゼを叩き落とした。

 その攻撃に合わせ、リゼは左足に雷を溜めてつま先に雷の爪を作り出すと蹴りつける。

 これは攻撃のためではない。

 威力を相殺するためだ。


 一秒の拮抗があった後、バチンと雷が弾けると同時にリゼは近くの木の中へ吹き飛ばされる。

 地面に背中から叩きつけられ、強制的に息が吐きだされた。

 そのまま転がっていけば、ゴンと木に頭を打ち付ける。

 地面を転がった時に出来た頬の傷からスーッと溢れ出る。


 彼女は思った。

 不味い、上手く呼吸が出来ない、と。

 地面に打ち付けられた衝撃が一時的に呼吸を出来なくなったみたい。

 そのせいで動きたくても動けない。


「リゼさん!」


「ウォン!」


 心配するように声を張るスーリヤに、「前から来る」とばかりにセイガが吠えた。

 スーリヤが前を見れば、将軍級が左前足を上げて振り下ろしている光景が映った。


 その前足によって小規模の地割れが起きる。

 セイガはその攻撃を避けた。

 続けて、将軍級が右前足でアリを踏み潰すように叩きつける。

 その攻撃もセイガは避け、森の木々に身を隠す。


 セイガの着地狩りを狙うように触手が噛みついてきたからだ。

 触手はセイガの代わりに木に噛みつき、その木をへし折った。

 他の触手も同様にセイガに噛みつくことは叶わなかった。


「ヴォン!」


 将軍級は一つ吠えれば、右前足を上げた。

 シャキンと爪を鋭く尖らせ魔力を溜めれば、それを前方に向かって振るう。

 瞬間、その爪からは高さ三メートルもの三本の地を這い、裂きながら斬撃が飛んだ。

 斬撃は正面に立ちはだかる木々を全て切断しながらスーリヤとセイガに接近する。


 自ら逃げにくい場所に入り込んでしまったスーリヤとセイガには避ける選択肢は無かった。

 仮に避けようとしても余波だけでバラバラになってしまうだろう。

 しかし、ここで諦める訳にはいかない


 セイガは口に咥えている両刃の一つを斬撃に当て、スーリヤはショットガンその銃身を横に向けてガードした。


 斬撃の強烈な勢いがガリガリと魔力の刃と銃身を削り、オレンジ色の火花が散る。

 さらに斬撃の推進力がセイガとスーリヤの合わさった体重をジリジリと後退させていく。


「うああああああ!」


 スーリヤが叫びながら銃身を押し込んだ。

 直後、斬撃が弾け、その衝撃でスーリヤはセイガから投げ出された。

 セイガも衝撃に吹き飛んでいく。

 彼女達に弾けた斬撃の破片が飛んでいき、肉体を掠めていった。


 木に背中から打ち付けられるスーリヤ。

 斬撃の破片で額を切ったせいで額から目の端を通って血が流れる。

 片目の視界が赤く濁った。


「せ、かはっ......セイガさん、大丈夫ですか?」


 荒く呼吸するスーリヤは近くに寝そべるセイガに声をかける。


 セイガは小さく返事すると、プルプルと前足を震わせながら立ち上がった。

 純白だった毛並みが土で薄汚れ、所々で赤色が差し込んでいる。

 彼女は地面に落ちていた柄を口に咥え、魔力を流し刃を作った。


 スーリヤとセイガの正面には様々な高さで斜めに切断された木がある。

 斬撃の余波でバラバラになったのだ。

 さらにその先には見下ろすように将軍級が立っている。


 口を大きく開けて空気を吸い込み始める将軍級。

 その状況にスーリヤは一瞬歯を食いしばるも、目の端に捉えた姿にチラッと視線を移した。

 瞬間、彼女の唇の端が僅かに上がった。


「セイガさん、もう出し惜しみしてる状況じゃなくなりました。

 ですから、今からわたくしの指示を聞いてください」


 スーリヤの言葉にセイガはコクリと頷いた。

 その目の前では今にもブレスを放ちそうな将軍級の姿がある。


 将軍級が放とうとしたその時、突如として触手に燃え上がるような痛みが発生し中断させられた。

 将軍級は睨むように銃声がした方向を見る。


「ハハッ、やっぱり見た目植物なだけに炎は聞くようね。

 高い金払って準備しておいた甲斐があったわ」


 木に寄りかかりながら右手の銃を向けているリゼは笑いながら言った。

 彼女が放ったのは炎の弾丸だ。

 もちろん、彼女自身は炎の魔法は使えないので放てない。

 しかし、誰でも撃てるように出来ている銃弾はある。


 その銃弾が詰まった弾倉を右手の銃にだけ入れ替えたのだ。

 左側に入れられなかったのは普段滅多に使わないためケチったのが裏目に出ただけだ。


 将軍の標的がスーリヤとセイガの方からリゼへと移る。

 今にも死にかけの敵よりも、未だに好戦的な目で見て来るあの敵の方が厄介と判断したのだ。

 なにより、先ほどの攻撃で触手の頭を一つ潰されたのが効いた。


 将軍級は二つの触手から魔力弾を放ち、口からは単発のブレスを放った。

 その攻撃を軋む体を無理やり動かして走って躱すリゼ。

 さらにそのまま左手で雷の銃弾を放つ。


 リゼの銃弾は将軍級に直撃している。

 しかし、将軍級の耐久度もしくは雷の耐性が強いのか威力は豆鉄砲クラスまで低下していた。

 そのことに彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をする。


 将軍級が接近してきた。

 一歩が十メートル以上あるため、一瞬にしてリゼへ接近。

 二本の触手が伸び、リゼに噛みつく。


「そう簡単に喰われてたまるもんか!」


 リゼは後ろに飛んで躱した。

 彼女の眼前で前後に並ぶ触手が地面に歯を立てている。

 その瞬間をチャンスだとばかりに彼女は右手を向けた。


「っ!」


 瞬間、リゼの全身に危険アラートが鳴り響く。

 獣人が命の危険を感じた時に感じる現象で、大抵それはすぐにやって来る。

 

―――ブゥン


 リゼの目の前で将軍級が大きく尻尾を振り回すように一回転したのだ。

 すると、その尻尾から幅十メートルはある巨大な一文字の斬撃が飛び出した。

 それは瞬く間にリゼに接近する。


 その場から動いて回避する時間はリゼになかった。

 そこで彼女が取った行動は、地面に対して大きく体をのけぞらせること。

 それこそ地面に対して背筋が平行になるほどまでにそらせて。


 リゼの鼻先数センチに通過する斬撃。

 その斬撃はリゼに直撃しなかったものの、彼女が被っていた帽子のつばの端を切断した。

 つばの端が斬撃が通過した後の風に乗って宙を舞う。

 それを目にしたリゼは大きく目を見開いた。


 リゼは腹筋の力で体を戻せば、猫背になる。

 だらんとした腕は小刻みに震えだし、銃を握る手の甲には青筋が浮かぶ。

 そして、ギリッと歯を噛み、将軍級を睨んだ。


「よくも......よくもやってくれたわね!」


 リゼは勢いよく走り出した。

 左手の銃をバンバンと放っていく。

 そんな彼女に二本の触手が接近したが、彼女は躱してさらに踏み台にした。


 将軍級の眼前まで跳躍したリゼは右手の銃口を向け、引き金を引いた。

 炎の弾丸が将軍級の顔面に直撃する。

 しかし、顔を逸らした将軍級のヒゲや顔の周りの毛が僅かに焦げる程度だ。

 それを確認した彼女は右手の銃を一度ホルスターにしまい、左手を頭上に掲げる。


「ヴァウ!」


 将軍級が大きく口を開けて噛みつき攻撃を仕掛けてきた。

 それに対し、リゼは左手の銃の引き金を引くと同時に、右手にポーチから取り出した手榴弾をセットした。

 それを口で安全ピンを引くと同時にポイッと投げる。


 リゼは頭上に放った空に浮かぶ雷の球体で自身を巻き取った。

 それには繋がるように銃口から伸びた雷の縄があり、今の彼女はそれにぶら下がってる状態だ。


 リゼの真下では噛みつきが空振り終わった将軍級がいる。

 直後、将軍級の口からボンッと爆ぜた音がした。

 彼女が捨てた手榴弾が爆発したのだ。

 将軍級の口から黒い煙が溢れ出る。


「宝物を傷つけた代償は高くつくわよ! 例え、セイガの父親であろうともね!」


 リゼはパッと雷の縄を切り離し、落下する。

 その勢いを利用して思いっきり縦回転した。

 将軍級の頭まで接近すれば、大きく伸ばした右足の踵を叩き落とす。


「獣人拳法――象落とし!」


 リゼの強烈な踵落としで将軍級の頭が僅かに下がる。

 頭の上に立った彼女はすぐさま将軍級が怯んでるうちに残り二本の触手の頭に炎弾を撃ち込む。

 触手は盛大に燃え始めた。


「おっと」


 将軍級が顔を上げる行動に合わせて、リゼは一旦距離を取る。

 地面に着地すれば、そこへスーリヤとセイガが走ってきた。

 その姿にリゼはホッと息を吐く。


「無事だったようね」


「えぇ、ミスリル製の鉱物で出来た銃のおかげで命拾いしました。

 それと一度限りの策を仕掛けましたので、リゼさんにはそのタイミングを――」


「ヴォオオオオオオオォォォォォン!」


 スーリヤがリゼに仕掛けた策を共有しようとした瞬間、吠えた将軍級によって中断させられた。

 耳をつんざくような咆哮と、それによって発生した強風がリゼ達を襲う。

 彼女達は手で耳を抑え、吹き飛ばされないように身を寄せ合った。


―――バァン!


 直後、将軍級は空高く跳ねた。

 その光景にリゼ達は動けなかった。

 薄い霧の向こう側から見える太陽の光を将軍級の巨体が覆い隠す。

 そして、その巨体は真っ直ぐ地面に降りてきた。


 地面に着地した瞬間、足元の地面から周囲に亀裂が走り、裂け、隆起した。

 飛び出すように現れた地盤によって、リゼ達はもちろん、周囲の木々も割れた地盤も大きく上空へ撃ち出された。


 上空五十メートルほどまで飛んだリゼ達はそこから周囲の瓦礫と一緒に落下していく。

 その真下では顔を上げた将軍級が大きくを口を開けて空気を吸い込み始めた。

 ブレスを放つ準備だ。


「不味い! このままじゃ! スーリヤ、さっき言ってた策ってのは!?」


 リゼが咄嗟に近くにいるスーリヤに声をかける。

 スーリヤは大きく眉間にしわを寄せ、答えた。


「申し訳ありません。わたくしの策は木に張り付けた特別な魔法陣によるものでした。

 しかし、こうなってはもうどうすることも......」


「スーリヤ!」


 リゼがグイっとスーリヤの胸倉を掴む。

 そして、目を縫い付けるように合わせて叫んだ。


「あんたはみっともなく足掻いてでも生きる方がいいじゃないの!? 他人に求めるあんたが何勝手に諦めてんのよ!」


「っ!?」


 スーリヤはハッと息を呑む。

 そして、目を閉じれば、両手で頬を思いっきり叩いた。


「申し訳ありません。わたくしとしたことがつい弱気になってしまいました。

 元のわたくしに戻してくださりありがとうございます」


「お互い様よ。それじゃ、この状況を何とかする方法を考えましょ」


「はい!」


 その時、セイガが「ウォン」と吠えた。

 リゼがその言葉を通訳し、スーリヤに指さした方向を見るよう伝える。

 その方向には一本の木があり、その幹には魔法陣が描かれた紙が貼られていた。


 スーリヤは大きく目を見開く。


「リゼさん、セイガさん、周囲に同じような気がないか探してください!

 まだ希望はあるかもしれません!」


「わかったわ!」


「ウォン!」


 スーリヤの指示で探し始めると、それぞれ別々の方向で魔法陣のある木を発見した。

 その位置関係が丁度自分達を囲むように四つあることを確認したスーリヤは思った。

 どうやらまだ足掻ける可能性はあるみたいですね、と。


「お二方、今からチャンスを作ります。一度限りのチャンスです。

 どうかそのチャンスを上手く活用してください」


 スーリヤは右手を真下に向け、左手で支える。

 落下による強風に耐えながら、将軍級がブレスを放つ瞬間をひたすら見極めた。

 そして、そのタイミングは訪れた。


「限定解除――誰も逃れられないジャッジメント裁きの聖域サンクチュアリ


 スーリヤの赤い瞳に天秤から翼が生え、天使の輪がついたような模様が浮かび上がる。

 瞬間、リゼ達を囲む四方の木から薄い光の膜が伸び、彼女達を覆うような正方形が出来た。


「『汝、その口を閉じなさい!』」


 スーリヤが将軍級に命じる。

 すると、将軍級の口は強制的に閉じられ、リゼ達に放つために圧縮したブレスが暴発した。


「今です!」


「重貫雷球!」


 スーリヤの合図にリゼは左手の銃口に大きく魔力を溜めた雷の球体を放った。

 直径五十センチほどあるそれは瞬く間に真下に落下し、将軍級の唯一正常な右目を穿つ。

 貫通力を帯びたそれは内部へ侵入し、脳に直撃する。


「セイガ! 最後はあんたの手で自由にしてやりなさい!」


 リゼの言葉を背に受けねがら、セイガが周囲の瓦礫を乗り移って先へ先へと下に向かう。

 そして、丁度将軍級の顔の真横に来れば、一気に瓦礫を蹴って接近した。


 セイガは涙を流し始める。

 グッと口に咥えた柄を噛み締めれば、片方向から思いっきり魔力を流し込んだ。

 将軍級の首を切断できるほどの長さまで刀身を伸ばした。


 セイガは首を横に振ろうとする。

 その瞬間、将軍級の顔がグイっと向いた。


「そんな!」


「セイガ!」


 目を通過して脳に直撃させた。

 仮に生きていても反撃できる体力はない。

 それがリゼとスーリヤの見解だった。


 しかし、そんな二人の予想を将軍級は越えていた。

 セイガは将軍級に殺される。

 その覚悟をしたリゼとスーリヤだったが、結果は異なった。


 将軍級はセイガを頭で弾き飛ばせば、彼女の口に咥えていた柄を縦向きに咥えた。

 それに魔力を流せば、自ら作り出した刃で喉元を切り裂いたのだ。

 首から突き抜けた巨大な刃が飛び出している。

 将軍級は膝を折れば、眠ったように動かなくなった。


 セイガの近くにスーリヤを抱えたリゼが降りて来る。


「まるで自分の娘に殺されないように自死したみたいですね」


 スーリヤを降ろし、リゼは答える。


「まるでじゃないわよ。選んだのよ、セイガの父親は」


 スーリヤは横目でリゼを見れば、視線を将軍級に移した。


「最後に娘の記憶が戻ったんですね......」


 リゼとスーリヤは眺めていれば、セイガが「クゥ~ン」と鳴きながら将軍級に近づく。

 すぐそばで座り、頭を下げた。

 将軍級の体を「起きてよ」と伝えるように頭を擦り始めた。


 その光景にリゼはつばを右手で掴めば、目深に下げた。

 そして、背を向ける。


「女神クロノトリアに導かれ安らかな眠りを。そして、次なる生に幸福を」


 スーリヤは膝を折り、両手を握り合わせて祈った。

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