第34話 デスチェイス

「地図で言えば、そろそろね。あの二人は順調に進めてるかしら?未だに連絡は取れないし」


「あの二人ならば大丈夫でしょう。セイガさんもそう思いますよね?」


「ウォン!」


 リゼが小型通信機アクシルのマップを時折見ながら、周囲を見渡して警戒する。

 そんなことを続けていたせいか彼女の顔に疲労が見え始めた。

 歩いているだけなのに息を切らし、額から頬へ伝って汗が流れている。


 リゼに限っては魔力枯渇の症状も見え始めてるだろう。

 ここまで進んでくる間に強敵という強敵は巨大スライムぐらいだったが、その代わり戦闘回数が多かった。

 とにかく連戦が続いた。


 リゼの覚醒魔具は彼女の魔力を雷に変えてそれを射出する。

 弾は彼女の魔力に依存するのでリロードも弾詰まりもないが、代わりに消費された魔力による体への負荷が蓄積していくのだ。

 また、それは彼女の魔力総量があまり多くないことも原因の一つだった。


「リゼさん、少し休憩しましょう。先程から歩きっぱなしではないですか?」


「私は大丈夫よ。それよりも進めるうちに進んでおいた方がいいわ。何があるかわからないし」


 スーリヤの忠告も聞かず、リゼは歩こうとする。

 そんなリゼの手をスーリヤはガシッと掴んだ。

 リゼが振り返れば、スーリヤはじっと目を合わせる。


「もう先ほどの自覚をお忘れになったんですか?」


 リゼはスーリヤの目を見返しながらグッと一度グリップを握れば、脱力するように息を吐いた。


「そうね、悪かったわ。どうにもそっちの方へ考えてしまうみたい」


「大丈夫ですよ、理解して気づけるうちは。

 そもそも思考や習慣を簡単に変えれたなら苦労しませんし」


 リゼが近くの木を背もたれにして座れば、スーリヤは立ったまま木に寄りかかる。

 その近くではセイガもリラックスするように体を伏せた。


「にしても、あのでっかいスライム以降まるで魔物を見ないわね」


 呼吸を整えながらリゼは話題を挙げた。

 それはこれまでの道中で彼女が感じたことだった。

 その言葉にスーリヤは「そうですね」と言い、答える。


「わたくしもそれに関しては少し不気味に思ってました。

 もう森の奥の奥まで来ているというのにマーナガルムはもちろん、小型の魔物まで見ません。

 そういえば、リゼさんはこれまでの魔物で感情は読み取れましたか?」


「大半は殺意の塊で若干目を逸らしてたけど、一部恐怖といった感情が見られる魔物もいたわ」


「ウォン!」


「『あたしも感じた。まるで強大な魔物から逃げてるみたいに』ですって。

 強大な魔物ね......それってもしかしなくても――」


 瞬間、ピクッとリゼとセイガの耳が立った。

 リゼとセイガはすぐさまその場から立ち上がる。

 リゼに至ってはスーリヤの腕を掴んで無理やり自分の方向に引っ張った。


 そんなリゼの行動に困惑するスーリヤは躓いて転べぶ。

 直後、彼女のいた場所には全てを抉り取る強風が突き抜けた。


―――ゴゴゴゴゴッ!


「「キャア!?」」


 強風はリゼ達近くの木々を薙ぎ払い、根元から引っこ抜き、上空へ高く飛ばしていく。

 地面は数十センチと抉れていて、横幅は三メートルもある。

 その風の砲撃は彼女達がいる場所からさらに数十メートルと続いていた。


 その風に巻き込まれたリゼ達も余波だけで数メートル吹き飛ばされていく。

 彼女達は地面を転がり、木にぶつかって止まる。

 擦り傷による痛み、突然の出来事に心拍数が上がった体を持ち上げれば、全員して風が吹いた方向を見た。


「アレは......」


 リゼとスーリヤは息を呑んだ。

 全身の毛穴からブワッと冷たい汗が噴き出る。

 強烈な威圧に全身が震えた。


 ドスッドスッと歩いてくるのは体長四メートルほどあり、背中から三本の触手を生やした巨大な狼。

 ハクロウの仲間である将軍級のマーナガルムだ。


 そのマーナガルムは眉間を通り抜けるように傷があり、左目からは花が咲いている。

 全身は所々植物のツタのようなものに巻かれていて、よく見れば触手もグロテスクな肉質よりか植物に近いような感じだった。


「ウォン......」


「『お父さん』って......あのマーナガルムってセイガの父親なの!?」


「驚いてる暇はありませんよ。今のブレスがあのマーナガルムによるものだとすれば、今のわたくし達に勝つには厳しい戦力差です」


 服についた土埃を払うよりも先にショットガンを構えるスーリヤは現状を分析した。

 その言葉にリゼはすぐに反論する。


「わかってるわよ。でも、セイガのお父さんってわかったのにそのままにしておくわけ?」


「脅威なのは確かですが、目的を見失ってはいけません。

 わたくし達の最優先事項はリュートさんとナハクさんと合流すること。

 お二人がいればどうにでもなるでしょう」


「そうね、だけど......理屈だけで動けたら人間やってないのよ。

 それに相手も見逃してくれなさそうだしね」


 将軍級は王者の風格を纏わせて悠然と近づいて来る。

 リゼ達との距離は五十メートル程あるが、その距離で威圧を感じさせるほどだ。

 いや、もはやターゲットとして定められていると自覚しているから感じるものなのかもしれない。


 スーリヤは一つ息を吐き、ショットガンのグリップをしっかりと握って言った。


「確かに見逃してくれる雰囲気はありませんね。

 ならば、こちらも覚悟を決めて挑むとしましょう。

 ですが、最低目標は全員の生存です。それは絶対です」


「ウォン!」


「えぇ、わかったわ――またブレスが来るわ!」


 将軍級が顎を軽く上げ、口を開く。

 口元にはリゼ達からでも確認できるほどの空気の吸い込みが始まった。


 その行動に咄嗟に動いたのはセイガだ。

 彼女はスーリヤの股下に頭を通せば、頭を上げると同時に背に乗せる。

 そして、リゼにも乗るよう「ウォン」と吠えた。

 スーリヤが自分の前に座るよう隙間を広げる。


―――ゴゴゴゴゴッ!


 再び将軍級によるブレスが通過する。

 それはリゼ達から一メートル横に離れた場所に通り抜ける。

 余波で吹き飛ばされた彼女達だが、セイガが地面に力強く着地したことで無事だった。

 セイガはすぐさま走り出した。


「ワァオオオオォォォォン!」


 将軍級は高らかに吠えれば、セイガの後を追い始める。

 セイガは木々の間を通り抜けて進むが、将軍級は木々をなぎ倒して向かって来る。

 距離はあっという間に三十メートルも縮まった。


「くっ、不味いですね。障害物もあったものもではありません」


「問題はそれだけじゃないわよ」


 高速で通り抜ける木々や茂みの隙間。

 セイガに並走するように歩兵級のマーナガルムが何体も取り囲んでいる。

 その歩兵級には当然のように背中から触手を生やしていた。


 リゼは苦い顔をすれば、すぐさまセイガに声をかける。


「セイガ、あんたのお父さんは殺さなきゃいけない。

 そうじゃないと私達も殺されてしまうから。だから――」


 瞬間、リゼは思い出した。

 それは自分のお父さんが緑の巨人グレムリンになった時のこと。

 リュートは自分に対し、「先に逃げろ」と言った。

 その言葉の真意は娘である自分にお父さんを殺させないためものだった。

 

 出来ることなら殺したくない。

 しかし、誰かが殺らなければ自分の仲間が死ぬ。

 見知らぬ誰かの人生がそこで途絶える。

 それを防ぐためには選択肢は無かった。

 だが、血縁者に殺させるわけにはいかない。

 それがあの時のリュートの心境。


 リゼはその時のリュートの気持ちを今ハッキリと理解した。

 そして、彼女は思った。

 リュートはこんなにも苦悩し、あの言葉を吐き出したのか、と。

 彼女は一度目を閉じ、開ければハッキリと伝える。


「だから、あんたは走ることに集中して。戦うのは私達がやる」


「ウォン!」


「......そう。やっぱ無理よね。なら、せめて一緒に戦いましょう! それぐらいならいいでしょ?」


 セイガは返事をするように吠えた。


「リゼさん、来ます!」


 スーリヤの言葉にリゼは周囲へ目線を向ける。

 彼女の目の前の木が横切った瞬間、歩兵級が飛び込んできた。

 距離は数十センチ。

 それに対し、彼女は冷静に銃を撃ちこんでいく。


 触手に二発、顔面に二発と雷の銃弾を撃ち込まれた歩兵級は地面に落ちてすぐに後方へ流されていく。

 その魔物を倒したリゼの背後ではスーリヤがショットガンで別の歩兵級を迎撃していた。


「スーリヤ、あんたの銃は射程があまり取れない。

 だから、私が打ち漏らした敵に対して確実に当てるだけに留めなさい。

 代わりに、あんたはとにかく周囲の些細な変化に目を光らせて」


「わかりました」


 スーリヤは頷けば、ショットガンの銃口を上に向けた。

 リゼの動きを邪魔しないようにしつつ、周囲に目を配った。


 セイガが木々を抜けて森の中を高速で動く。

 彼女にとってこの森は遊び慣れた庭のようなものだ。

 しかし、それは歩兵級とて同じ。

 一瞬視界を遮る木を利用して奇襲を仕掛けてくる。


「くっ、思ったより数が多い!」


 リゼの額に脂汗が流れる。

 彼女の魔力の消費量がイエローゾーンに突入したからだ。

 体にのしかかるような疲労感が彼女を襲う。


「リゼさん、失礼します!」


「ぐぇ」


 突然、スーリヤがリゼの頭を押さえつけて、姿勢を無理やり低くさせた。

 それは一秒後には解かれ、リゼは体を起こしていく。


「何があったの?」


「後ろをご覧ください」


「アレは......ツタ?」


 リゼが振り返れば、通り過ぎた木と木の間にツタが張られていた。

 スーリヤがリゼの姿勢を低くさせなければ、今頃二人ともあのツタに引っかかりセイガの背中から投げ出されていただろう。


「前方にも同じような罠が見えます。

 恐らくですが、わたくし達は少しずつ誘導さてているのでしょう。

 より自分達が狩りやすい場所に」


「嘘でしょ!? めんどうなことになったわね」


「幸いなのはその罠がツタで出来ていて、攻撃で排除できることぐらいでしょうか。

 現状でセイガさんに罠地帯から抜け出すように動いてもらうのは至難です。

 わたくし達でなんとかしましょう」


 スーリヤの言葉に頷いたリゼは口元を歪める。

 歩兵級との相手と同時に、前方への罠への警戒をしなければいけなくなったからだ。

 彼女の疲労度が目に見えて現れる。


「これは不味いですわね」


 スーリヤもリゼが潰れてしまうことを危惧した。

 しかし、今の彼女の武器はショットガンの射程で歩兵級を倒すことは困難。

 何も出来ない自分に対し歯噛みをしていれば、彼女はふと巨大スライムとの戦闘を思い出した。

 あの時リゼさんが投げた手榴弾はどこから取り出したんでしょう、と。


 スーリヤはリゼのポーチに目線を向ける。

 すぐさまポーチのジッパーを横に引っ張り、そこに残り二個の手榴弾を見つけた。

 それを一つ取り出す。


「リゼさん、一つ使わせてもらいます」


「え? まさかそれをデカいマーナガルムに当てる気? 当てれんの!?」


「狙う必要はありません。全てをなぎ倒してついてくるのですから」


 スーリヤは手榴弾から安全ピンを取り出せば、それを転がすようにアンダースローした。

 それは地面をバウンドしながら転がり、将軍級の真下で爆発。

 その光景にスーリヤは「よし!」と右腕で作った力こぶに左手を当てた。


 直後、すぐさま目を細めるスーリヤ。

 手榴弾如きでは倒せないと踏んでいたにもかかわらず、黒煙から将軍級が顔を出す様子がないからだ。

 倒せたのならそれはそれでいいが、それがありえないとわかっているから彼女は困惑している。


「セイガさん、すぐさま上空へ飛んでください!」


 僅かに黒煙が吸い込まれるのを見たスーリヤはセイガに指示を出した。

 セイガはすぐに近くの背の高い木の幹に爪を立て登っていく。

 上に登る力が死に始めたところで幹を蹴り、空中に高く飛び出した。

 その真下では待ち構えるように歩兵級が群がる。


「スーリヤ、何が!?」


「見てればわかります」


 瞬間、将軍級のいた箇所から黒煙を纏った風が突き抜けた。

 先ほどまでリゼ達がいた場所はあっという間に風の通り道となり、塵芥の一部となった歩兵級の血と肉片が彼女達のいる空中まで舞う。


 セイガは着地すればすぐさま走り出す。

 その姿を見て将軍級も追いかけ始めた。

 ただし、今度は背中に生やした触手から光線を放ちながら。


「くっ、同士討ちでちっちゃいマーナガルムがいなくなったとはいえ、あのデカいのがいる以上状況は変わらないわね。やっぱり、どこかで戦うしかないわ」


「そのようですね。ならば、離れてしまいましたが今からでも坑道の方へ向かいましょう。

 あそこの入り口付近でしたらある程度の場所は確保できてるはずです」


 その言葉にリゼは頷く。

 そして、そっとセイガの頭に触れた。


「セイガ、そこであんたのお父さんとは決着をつけるわよ。覚悟はいい?」


「ウォン!」


 セイガはその場で直角に曲がると森の中へ突っ込んでいく。

 坑道までの最短距離を突っ切るためだ。

 しかし、その行動を防ごうと将軍級が邪魔をしてくる。

 将軍級の攻撃をセイガは紙一重で躱し続けた。


「セイガさん、またブレスが来ます!」


「くっ、しつこいわね!」


 将軍級がブレスを放つ。

 セイガが横に避ければ、瞬く間に風が木々をなぎ倒して突き抜けた。

 その抉れた地面はこれまでの二発のブレスに比べてやや幅が狭かった。


「また来ます!」


 スーリヤの言葉にリゼは目を見開いて背後を見る。


「まさか出力を下げて連続で撃ってきたの!?」


 虚を突かれたリゼ達は二発目をなんとか躱すも、さらに飛んできた三発目は避けられなかった。

 直撃こそしなかったが、暴風によってリゼ達は散り散りに空中へ投げ出される。


「キャアアアア!」


「スーリヤ!」


 上空へ飛んだスーリヤが真下に落ちていく。

 その姿を確認したリゼは足元にあった木に着地すれば、走り出した。

 空中でいくつもの木を乗り継ぎ、スーリヤをお姫様抱っこで確保。

 同じように別ルートから近づいてきたセイガの背中にそのまま跨る。


 そんなリゼによる決死の救出劇にスーリヤの鼓動は大きく跳ねた。

 顔を赤らめ、まじまじとリゼの顔を眺める。


「何よ?」


「わたくし、リゼさんに惚れたかもしれません」


「まだ余裕がありそうでなによりだわ」


 スーリヤの言葉にリゼは肩を諫めた。

 まさかこんな状況でそんな言葉が言えるなんて、と。


 セイガのおかげで無事に着地できたリゼとスーリヤ。

 セイガはそのまま二人を乗せて貰い坑道への道を突き進む。


 それから数分後、将軍級からの追撃を振り切り、ついに坑道に辿り着いた。

 坑道の前は周囲三十メートルは何もない更地。

 研究所から遠く離れた場所にあるせいか霧もあまり濃くなく見通しも悪くない。

 戦うにはもってこいの場所だ。

 

 リゼとスーリヤはセイガから降りる。

 すると、彼女達の目の前に木をなぎ倒しながら将軍級が現れた。

 将軍級の見下ろすような視線と、グルルルと呻る声に彼女達は体を強張らせる。


「スーリヤ、セイガ、ここが正念場よ。覚悟はいい?」


「女は度胸。腹は括りました。死にたくないので足掻かせていただきます」


「ウォン! ウォンウォン!」


 スーリヤとセイガの気合を見たリゼ。

 リゼは脳裏にリュートが取るだろう行動を思い浮かべ、そっと不敵な笑みを浮かべる。


「行くわよ!」

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