第31話 コンビネーション

 雄叫びで威圧する緑の人間グレイムは真っ黒とした瞳のない眼でリュートとナハクを見る。


 緑の人間はこれまでにもたくさんいた。

 しかし、この個体は今までの人間がただ緑色に変色したような個体ではなく、大男のような筋肉質の体に二メートルもの大きさをした特殊個体だった。

 また、それは肉体の変化にも違いが生じた。


 その個体は右腕を剣のように、左腕を砲筒のように作り替えたのだ。

 まるでこの場にいる敵をより効率的に殲滅できるように。

 敵を見てその武器を作り出す時点で知能も通常の緑の人間とは違うだろう。


 リュートとナハクはそれぞれ武器を構え、二人の位置関係からリュートは半時計周りに、ナハクは時計回りにじりじりと動く。

 人数差を活かして挟み撃ちにして攻撃するためだ。


 リュートは緑の人間越しに見えるナハクに目配せを送る。行くぞ、と。

 ナハクは頷いた。わかった、と。


 最初に動き出したのはリュートだ。

 彼は右手に大剣を持ち、それを下段に構えながら緑の人間に真っ直ぐ突っ込む。

 緑の人間を大剣の間合いに捉えれば、勢いよく振り――ピタッと途中で止めた。


 さらに踏み込んだ足でもブレーキをかけ、リュートは攻撃しなかった。

 直後、彼が止まった数センチ手前で緑の人間の振り下ろした右腕が地面に突き刺さる。


 躱されたことに緑の人間は口を歪めた。

 すぐさま左腕を向け、正面に魔力の砲弾を発射した。

 ドガンと直径三十センチはある砲弾が壁に直撃する。


 直撃しなかったのはリュートがしゃがんで躱したからだ。

 彼は大剣を下から上に振り上げた。

 その攻撃は緑の人間の左手の砲筒を弾く。


「ナハク、今だ!」


 リュートが叫ぶと同時に、緑の人間の背後からナハクが接近。

 彼は右手に持つ短剣を大きく振りかぶり、緑の人間の背中を大きく袈裟斬りした。

 さらに、高い身体能力で振り抜いた右手を回転力とし、空中でクルッと回転。

 緑の人間に背後を向けた彼は左足で顔側面に後ろ回し蹴りを当てた。


「っ!」


 瞬間、ナハクはスッと息を呑む。

 緑の人間が背中を向けたまま、顔だけ後ろに振り向かえらせたからだ。

 彼の直撃した蹴りに対し、緑の人間が微動だにしていない。


「ウガァ!」


 緑の人間が背後へ振り向きざまに右腕を薙ぎ払う。


「ぐっ!」


 ナハクは咄嗟に体の向きを反転させ、左手の短剣で直撃を防いだ。

 しかし、彼は空中にいる。

 与えられた衝撃はどこにも逃げ場はなく、全てのエネルギーでもって彼を弾き飛ばした。

 彼は床を小さくバウンドさせながら転がっていく。


「ナハク!」


 リュートは目を見開き、咄嗟に叫んだ。

 そしてすぐさま、ナハクに接近する緑の人間の後ろを追いかける。

 距離は数メートル。

 彼の今の身体能力なら追い付くには十分な距離だ。


「リュート、来ちゃダメだ!」


 目の前で大きく右腕を振りかぶる緑の人間に対し、ナハクはリュートに伝えた。

 その言葉の意味に一瞬理解できなかったリュートであったが、その答えはすぐに出た。


 リュートの前で背を向けている緑の人間が、背後に向かって右腕を振り抜いたのだ。

 ナハクを狙うことでリュートを誘い出すという緑の人間の知能プレーに狙われる形で。


「ガァ!」


「っ!」


 リュートは咄嗟に剣の腹を自身の前に突き出し、左手で剣の腹に触れることで緑の人間の攻撃をガードした。

 しかし、急な攻撃であったために壁際近くまで吹き飛ばされてしまう。

 ガードの際に地に足つけていたために、着地に関しては問題なかった。


「マジか!?」


 リュートは目の前に迫る光景に目を大きく開き、一瞬体を強張らせた。

 彼の着地した瞬間を狙うように、多数の魔力の砲弾が迫って来ていたのだ。


 当然、それを行っているのは緑の人間だ。

 緑の人間はリュートが動くタイミングを潰すように砲撃を続けながら、勢いよくダッシュして近づいていく。


 その攻撃に対して、リュートはガード一択の防戦一方。

 砲撃の衝撃も強いせいか彼は一歩、また一歩とじりじり後ろへ後退させられる。

 彼がチラッと背後を見れば、もう一メートルもなく壁が迫る。


「ウガアア!」


「っ!?」


 リュートは脂汗を流し、口を歪めながら咄嗟に首を傾けた。

 すると、彼の首の数センチ横には壁に突き刺さる緑の人間の右手がある。

 台が落下しているせいか突き刺さった右手から縦に伸びるひび割れが出来た。


 まるで壁ドンされてるかのような距離感にリュートは緑の人間の目と視線が合う。

 目がないことで暗闇しか見えないその目に、彼はゾッと身震いした。

 その僅かな硬直が緑の人間に攻撃時間を与えてしまった。


 緑の人間は壁に突き刺した右手を、瞬間的に人間の五本指のある右手に形を変えた。

 その手ですぐさま近くのリュートの頭をガシッと掴めば、そのまま壁に押し付けていく。

 緑の人間が右腕を横に動かせば、ガリガリとリュートの頭で壁に線が出来た。


「今助ける!」


 ナハクが姿勢を低くしながら走り、緑の人間に接近する。

 緑の人間が左手で魔力の砲弾を放てば、ナハクは壁へと跳躍した。

 壁を伝って数歩走れば、緑の人間の頭上から襲い掛かった。


 緑の人間が左手を向け再び砲撃しようとする。

 しかしその前に、ナハクが左手に持つ短剣を順手に持ち替え、砲筒に向かって投げた。


 短剣は砲筒の前で出来上がっていた魔力の球体に直撃。

 緑の巨人の左手は弾詰まりのような現象を起こし暴発した。


「おらああああ!」


 緑の人間が暴発で怯んでる隙に、ナハクな空中で一回転することで遠心力を加えながら、右手の短剣を振り抜いた。

 その攻撃は緑の人間の顔面を切り裂く。


「ウガ、ウガ!」


 緑の巨人は痛がっている様子で左腕を人間の手の形に変え、顔を抑えていた。

 上半身を軽く揺らし、斬られた箇所からは緑の血が漏れ出てすぐに気化する。


 ナハクはリュートを手放させようとすかさず蹴るが、その攻撃に対しては巨体はビクとも動かなかった。

 しかし、敵は未だに怯んでいる。

 その瞬間は紛れもない絶好の攻撃チャンスだ。


 その隙を逃すまいと一度着地したナハクはすぐさま動き出そうとした。

 瞬間、一歩すら踏み出せずピタッと止まる。

 彼は途端に冷や汗をかいた。

 そして、彼は思う。

 まるでおじいちゃんに怒られた時みたい、と。


 ナハクが怯んだのは緑の巨人に対してではない。

 その奥にいる額を切って血を流した状態で、瞳孔を収縮させて睨むリュートに対してだ。

 彼は淡々と言った。


「痛ってぇな、テメェ」


 リュートは左腕で押し付け、緑の人間の右腕を振り払う。

 直後、距離を作るために緑の人間の腹部に前蹴りした。


 その蹴りの衝撃で緑の人間は数歩後退する。


「オラァ!」


 リュートはすかさず近づけば、両手に持った大剣を力強く振り下ろした。

 その攻撃は緑の人間が砲筒にした左手で受け止められてしまう。

 しかし、彼はすぐに力の方向を垂直から水平方向へと変え、刃を砲筒の上で滑らせる。


 大剣が首に迫るのを、緑の人間は右手をカバーに入れることで防いだ。

 首の数センチ手前で大剣の刃が止まる。


 緑の人間は安堵したのか口元を緩める。

 しかし、それが大きな隙を作り出していることに緑の人間は気付いていない。


「風脚」


 リュートは右足を振り抜いた。

 踵から噴射された風によって瞬間的に加速し、彼の強靭な脚力も相まって木をへし折るほどの威力が、緑の人間のわき腹に直撃する。


「ガァ!」


 がっちりとした巨体が地面を転がり、壁に背をつけて止まる。

 べたっと尻もちをついた状態の緑の人間に、リュートは止まらずに追撃を加える。


「破斬風」


 リュートが右手に持った大剣をクロスに振るった。

 発生した刃風が大剣に纏われた魔力と共に飛ぶ斬撃となって緑の人間に直進した。

 そこへダメ押しとばかりに大剣を逆手に持ち替え、投擲のようにして投げる。


 緑の人間は左手を掲げれば、そこから多数の魔力弾を発射。

 リュートの放った斬撃を蹴散らし、飛んできた大剣を弾き返す。

 大剣が空中をクルクルと回った。


 そんな自分の武器に目もくれず、リュートは緑の人間に直進。

 迫りくる魔力弾を紙一重で躱し、やがて緑の人間の目の前まで辿り着いた。

 瞬間、薙ぎ払うように刃が飛んで来る。


 リュートの追撃に依然座ったままの状態の緑の人間は、右腕を二メートルほど伸ばすことで右腕をリーチの長い剣にして振るったのだ。

 あくまでリュートを近づけさせず、さらに攻撃チャンスを潰すことを目的とした攻撃だ。


 その攻撃をリュートは跳躍して躱す。

 その行動は当然ながら緑の人間の頭上を飛び越える結果となり、武器がない今の彼では攻撃チャンスを失った――ということはなかった。


 リュートは壁を蹴って宙返りすることで一回転。

 眼下に緑の人間を捉えれば、右手にリゼから借りた雷を帯電させる。


 瞬間、その右手から電気が伸び、辿り着いたのは地面に落ちる寸前の大剣。

 大剣は空中でピタッと止まれば、吸い込まれるように彼の右手へと移動を始めた。


 リュートは飛んできた大剣の柄をガシッと掴めば、さらに左手を添える。

 背中を大きく逸らし、腹筋を収縮させると同時に大剣を振り下ろす。

 加えて、大剣の刃の一部から風を噴射することで瞬間加速を上げた。


「狼裂爪」


 大剣はリュートが床に足をつけるよりも早く、緑の人間を袈裟斬りにし、右腕を一部切断し、床に刺さった。


 緑の人間の体からバシュッと大量の緑の液体が飛び出す。

 それは床に広がればすぐさま気化した。

 リュートの顔や外套にも少しかかったが、それも気化して染み跡すら消えていく。


「ガアアア!」


 痛がる緑の人間に着地したリュートはすぐさま追撃を加えようと動く。

 しかし、その行動は緑の人間が咄嗟に突き出した数メートルに伸びる右手によって防がれる。


 リュートは飛んできた右手を大剣でガードする選択を余儀なくされた。

 勢いを殺すようにバックステップしながら、同時に距離を取った。


 そんな一連の攻撃をしばし眺めていたナハクは口を少し開けていた。

 まるで一人でコンビネーションアタックをしているかのようなテンポの良い攻撃に彼は思った。

 自分より格上相手を圧倒してて凄い、と。


 加えて、ナハクが驚いたのはそれだけではない。

 彼が思わず行動を止めてしまうほどに漏れ出た殺気とも威圧とも呼べる迫力もだ。

 あんなに怒らせちゃいけないと思ったのはおじいちゃん以来だ、と。

 ナハクの脳裏に序列が決まった瞬間だった。


「ナハク」


「は、はい!」


 リュートが呼びかける声にナハクはどもった。

 今の彼からすればリュートは完全に王様なのだ。

 故に、王様からの急な呼ばれには緊張してしまう。


 この感性はマーナガルムという魔物と過ごしてきたナハク特有のものだろう。

 もっとも、リュートは単に傭兵の血が騒いでいるだけなのだが。

 やられたらやり返すの精神が滲み出てるだけなのだが。


 リュートは傷を再生させ立ち上がる緑の人間を見ながら、数メートル横に立つナハクに指示を出す。


「お前が動きやすい道を作ってやる。だから、お前は俺を信じて俺を常に感じろ。いいな?」


「わ、わかった! リュートを信じる!」


 ナハクは強張った体を息を吐くと同時に脱力させる。

 背中を丸め、だらんと両腕を下げた彼は、今度はゆっくり息を吸いながら背筋を伸ばす。

 最後に顔を天井に向け、小さく息を吐けば、緑の人間に目線を合わせ武器を構えた。


「行くぞ」


「うん!」


 リュートとナハクが動き出す。


「ウガアアアァァァァ!」


 緑の人間が雄叫びで威圧しながら、二人に向かって突撃した。


 緑の人間は左手の砲筒でリュートに向かって砲撃を放つ。

 その攻撃を避けるようにリュートが反時計回りに動くのを確認すれば、後を追うように牽制弾を放ちつつ、進む方向はナハクの方へ。

 先にナハクを潰すことに決めたようで、大きく右腕を振り上げた。


「俺にも遠距離武器あるの忘れんなよ――重雷弾」


 リュートは左手で指鉄砲を作れば、直径五十センチほどの紫電走る球体を発射。

 それは緑の人間の背中側の脇腹に直撃し、同時に雷による感電効果で緑の人間は一瞬硬直する。


 そこへナハクが左手の短剣で首筋を切り裂く。

 しかし、リュートほどの膂力がないために数センチほどしか切れなかった。

 それでもその攻撃後の隙が狙われないのはリュートの感電によるおかげだ。

 彼はすぐさま右足で胴蹴りを入れて緑の巨人を退かせる。


 緑の巨人の硬直が解けた。

 左手側から接近してくるリュートに対し、緑の巨人はすぐさま砲筒を向ける。

 しかし、それよりも早くリュートの右手に持つ大剣の下から上への振り上げが来て、砲筒は天井へ発砲した。


 リュートはチラッとナハクの位置を確認する。

 緑の人間の死角に潜り込んでいる途中だ。

 彼は思った。一秒時間稼ぎが必要だな、と。


 リュートは緑の人間が振り下ろしてくる右手の剣に対し、後ろ手に隠してた左手を掲げる。

 瞬間、緑の人間の攻撃が止まった。


 リュートが持っていたのは先ほど切断した右腕の一部だ。

 それは程よく短剣の長さをしてて、それを逆手に持って受け止めたのだ。


「うらあああ!」


「ガァ!」


 ナハクが背後から緑の人間の背中を切り裂く。

 緑の人間はたちまち背中をそらし、痛みで声を出した。

 そして、すぐに攻撃した敵に向かって左手を向ける。


「よそ見すんなよ」


 瞬間、リュートが右手の大剣を背後に捨てれば、無手になった右手に雷の短剣を作り出す。

 それを緑の人間の肩の肩に突き刺した。

 緑の人間は怯み、再びナハクを見失う。


 一方で、ナハクの位置をチラッと確認したリュートは、緑の人間に胴蹴りして距離を作る。

 そして、作った距離をすぐに埋めるように突進し始めた。


「ナハク、終わらせるぞ」


 直進してくるリュートに緑の人間が左手を向ける。

 直後、リュートはしゃがんで背中を丸めれば、その背中を踏み台にナハクが跳躍した。


 緑の人間は同時に二方向から来るリュートとナハクに対し、どちらを先に攻撃するか迷ったように顔を動かす。

 しかし、すぐに右手をナハク、左手にリュートへ向けた。

 迷うぐらいなら同時に狙えばいいとでも考えたように。


「来い、相棒。そして――飛べ」


 リュートは右手を帯電させた。

 その右手に呼ばれた大剣あいぼうは応えるように移動していく。

 その引き寄せられる力を利用して、彼はそれをさらに緑の人間の右腕へと投げる。


 グサッと大剣が右腕に刺さり、その衝撃で緑の人間の体がぐらついた。

 その隙に食らいつくように空中のナハクは緑の人間の胴体――ではなく、自分に向けられようとしている左手の砲筒に向かって短剣を振るう。


 ナハクの左手の短剣が砲筒の向きを逸らした。

 それによって、緑の人間は両腕を開いた状態になる。

 攻撃を加えるにはまたとないチャンスだ。

 そこを逃さないようにナハクは右手の風を纏わせた短剣を首筋に斬りつけた。


「くっ!」


 ナハクは口元を歪ませた。

 短剣が首に刺さり、五センチほど進んだところで止まったからだ。

 まるで“決着をつける力がお前にはない”と言われているかのようで。


「ナハク! 怯むな! 全力出しきれ!」


 ナハクの心に灯る弱い炎にリュートの言葉による空気が届く。

 彼がチラッと背後を振り向けば、リュートが走り込んできていた。


 リュートは大きく跳躍すれば、緑の人間の頭を蹴る。

 ナハクが突きつける刃と反対側から圧力を加えた。

 それによって、ナハクの刃は深く食い込んでいく。


「うおおおお!」


 刃が進む手ごたえを感じたナハクは右手を押し込んだ。

 目を閉じ、声を荒々しく出してその一瞬に全力を出し切る。


―――ザンッ


 緑の人間の頭が飛んだ。

 クルクルと回転し、ボーリングの玉と同じくらい重たい頭が床にゴンッと鈍い音を鳴らして落ちる。

 直後、胴体が背中からバタンと倒れた。


「やった......」


 ナハクは目を細くし、頬を緩めれば小さく言葉を零した。

 力を出し切って前のめりに倒れ込むナハクをリュートがキャッチする。

 そして、成果を労うように軽く背中を叩けば、荒々しさの無い柔らかい笑みで言った。


「やれば出来るじゃん」

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