第30話 緑の人間
地震によって崩落した天井によりリゼ、スーリヤ、セイガと分断されたリュートとナハク。
彼ら二人は少しの刺激で倒壊してしまいそうな建物からの脱出を図るため、闇しか見えない階段を降り始めた。
足元にはたくさんの石ころほどの瓦礫が散らばっていて、足場が悪い。
しかし、それ以上に視界が悪い。
今の光源は
されど、それでも足元を照らすには心もとない。
マーナガルムと暮らしてきたナハクは常人よりも嗅覚と聴覚が鋭い。
当然、獣人ほどではないが、現状では一番の索敵適任者と言える。
故に、彼はリュートよりも少し先を進み、周囲の音とニオイに意識しながら安全を確保していた。
一方で、リュートはずっと左腕につけている小型通信機の画面をタップしながら、ゆっくりとナハクの後を歩いている。
そんな彼の注意力散漫な行動にナハクは首を傾げ、声をかけた。
「さっきからずっと何してるの?」
「暇な時にアクシル先生の機能を色々確かめててな。
そん時に便利な機能があったのを思い出して......っとこれだこれ」
リュートが画面から指を離せば、小型通信機からは眩い光が放たれた。
フラッシュライト機能による明かりだ。
電池は無く、代わりに使用者の魔力を消費する。
それによって、暗かった階段が照らされ、リュート達の視界が確保された。
そんな光景にナハクが「凄い!」と驚いている。
すると、リュートが「君にもついてるはずだぞ」とナハクの小型通信機に画面をちょちょいと弄ればフラッシュライト機能を発動させた。
「おぉ~! これで暗闇の中でも問題ないね!」
「左腕が使いづらいのはなんとも言えないけどな。
とはいえ、アクシル先生がいなきゃ暗闇真っ只中で進まなきゃならんし、さずがだぜアクシル先生」
リュートは左腕を掲げ、小型通信機にお礼を言う。
瞬間、小型通信機から音が鳴った。
「♪」
「ん? 今音鳴った?」
まるで声に反応したかのような音にリュートは首を傾げる。たまたまか? と。
その時、いつの間にか階段の一番下まで下りていたナハクがリュートに声をかけた。
「リュート! こっち来て! 恐らくまたセキュリティが必要な扉がある!」
「今行く」
リュートは建物に影響を与えないように慎重に階段を下りた。
そして、ナハクのフラッシュライトで照らされた扉に目を向ければ、その扉の横には何かをかざすパネルがある。
パネルの前まで近づいたリュートは社員証をかざした。
しかし、パネルはうんともすんとも反応しない。
そのことに彼は首を傾げ、一度パネルから手を放してもう一度かざしてみる。
結果は同じだった。
リュートの行動を後ろから見ていたナハクは首を傾げる。
「ダメだった?」
「恐らくだが通電してないからかもしれない。
ほら、さっきまでは電気が通ってたが、ここはアクシル先生で照らさなきゃいけないほどには暗い場所だ。
だから、この先に行くには通電させるしかない」
「ぶち破る......のはダメなんだっけ。ってことは、どこかにあるブレーカーを上げる必要があるってこと?」
「そういうことになる」
リュート達は次のタスクを決めれば、パネルのある扉の左側にあった半開きの扉から別の部屋に入る。
すると、そこには当たり前のように緑の“何か”がいる。
人の原型はあるが目も口もないそれはリュート達を見つければ、ヨタヨタと迫ってきた。
リュートが“何か”の胴体を大剣で一刀両断すれば、上下に切断されたそれの切断面から緑の液体がドロッと流れ出す。
そして、その液体はたちまちシューと音を立てて、ピンク色の霧へと気化していった。
「相変わらず、ここまで進むために倒してきた緑の人とおんなじ感じだね」
倒れた死体を眺めるナハクがそう言ってリュートを見れば、彼はすでに次の扉へと向かっていた。
ナハクは「待ってよー!」とリュートの後ろを追いかけていく。
「一人で先行っちゃわないでよ」
「悪いな。だが、ナハクも同情はしてもいいが死体に構うな。
もちろん、俺にも思うことはある......が、それよりもここから出ることが優先だ。
じゃなきゃ、いつ同じような姿になってもおかしくないからな」
「それは確かに困る。わかった、セイガとおじいちゃんに会うためにも気にしない!」
ナハクの元気な返事にリュートはチラッと彼を見れば頬を緩める。
良かった、まだまだ大丈夫そうだな、と。
それからしばらく、リュートとナハクが部屋を点々としながら彷徨っていると、電気制御室と思わしき場所に辿り着いた。
フラッシュライトを頼りに散策すれば、ナハクが突然リュートに言った。
「あった、これブレーカーだと思う!」
「それじゃ、上げて見てくれ」
リュートの指示にナハクがブレーカーのハンドルを握ってグイッと上げる。
瞬間、電気が復旧したようで電気制御室の天井にも光が灯り、視界が一気に広くなる。
無事に通電出来たようだ。
「よし、これで電気問題はクリア!」
「そうだな。これで先に進めるようになるだろう」
ナハクとリュートは最初の地点に戻り、リュートがパネルの前に社員証をかざす。
パネルが音を立てて反応し、扉が開いた。
扉の奥からもわっとするピンクの霧が一気にリュート達に襲い掛かる。
彼らは反射的に鼻と口を腕で覆った。
「うわぁ.....これは......」
扉の奥を見て最初に声を出したのはナハクだった。
二人の視界の先には一本道の通路が広がっており、その通路の両脇に白衣を着た緑色の“何か”がたくさん倒れている。
加えて、それは人型の形を保っておらず、先端部分から溶けているようだった。
この研究所で行われた研究の成れの果てとも言うべき姿に、純真な心を持つナハクですら顔をしかめる。
それほどまでにこの研究所で行われていた研究は醜悪であったと言えるだろう。
リュートはふとポーチに入れているお守りがどうなってるか気になった。
取り出して紙を見てみれば、すでに五分の一ほどの亀裂が入っていた。
まだ大丈夫そうと捉えるか、もうそれほどまでに削れてしまったのかと捉えるか。
どちらにせよ、長居するのは良くないだろう。
リュートが歩きだせば、その後ろをナハクがついていく。
そして、再び部屋を点々と移動していれば、とある部屋でナハクが何かを見つけた。
ナハクが机に置いてあった資料を手にすれば、それに目を通す。
「リュート、これ見て。前にリュートが言ってた
その言葉に棚に置いてある薬品ラベルを眺めていたリュートの手が止まる。
そして、すぐさま薬品をもとの位置に戻せば、ナハクのもとへと駆け寄った。
「本当か!?」
「うん、これ」
ナハクに手渡された資料にリュートが目を通していく。
これには以下のことが書かれていた。
『生物名称
自溶狂葬材においてその中に含まれる多様な成分が体に適応できずに、体が大きく変形してしまった個体である。
その生物の特徴としては全身が数メートルに肥大化し、腹部が風船のように膨らむ。
また、腹部からはいくつかの巨大な腕が生え、その手は成人男性を簡単に握りつぶすほどの膂力を持つ。
しかし、知能は劇的に低下し、おおよそ三歳児から五歳児のような知のレベルになる。
また、言語能力も低下し、まともな言語が発せないため意思疎通は不可能。
なまじ元の人間の意識や性格が反映されるのか、命令にも忠実に動かないので失敗個体と認定』
「クソが......っ!」
リュートは指に力が入る。
紙はしわを作るように歪んだ。
彼の表情は眉が寄り、目つきはまるでこの報告書を書いた研究者を睨んでいるようだった。
一方で、もう一つ何かを見つけたナハクは手に持つ資料を見ながらリュートに言った。
「どうやら人型の方にも名称があるみたい。名前は
こっちは薬品の成分を抑えることで体の形こそ保てたようだけど、結果は緑の巨人と同じっぽい。
それと、違う点としては感染力のある毒素の霧を発生させるみたい」
ナハクの言葉にハッと意識を戻したようにリュートは彼の顔を見る。
「待て、それじゃこの森に覆い始めた霧って.......!」
「うん、たぶんだけど僕の仲間達の死体が原因でなってると思う。
ただその毒の霧自体には感染能力はないみたい。単なる強い毒。
あくまで侵された肉体を食らった生物が感染するって」
「強い毒ってそれだけで十分脅威だけどな」
リュートは込み上げる怒りを大きく息を吐くことで落ち着かせる。
手に持っていた資料を研究所に置けば、歩き出した。
彼の後ろをナハクが慌てて追いかける。
「どっちみちこの霧があるだけで厄介だ。
だから、この研究所から脱出する前にこの毒の霧の発生源をどうにかするぞ......って当初の目的はそれだったな」
「そうだったね。閉じ込められちゃったから目的がすり変わってたけど。
そうと決まれば前に進むしかないね。必ず仇を取るんだ」
ナイフの柄をギュッと握り意気込むナハク。
彼の決意の溢れた顔を見て、リュートにも力が入る。
二人は再び歩みを始める。
そこはもはや研究所の心臓部分と言えるほどには様々な研究が行われていた。
椅子に括りつけられた緑の人間やガラスが割れた人間一人入るサイズのカプセル。
ガラス張りの部屋では血の跡が残っていた。
それだけでこの研究所で如何に悍ましい研究が行われていたかわかるだろう。
両脇に見える光景に目もくれず、リュートは歩いた。
見えてきた目の前のドアの中に入っていく。
そこは全面ガラス張りでさらに天井からは水晶がぶら下がっている。
ガラスの手前には様々な装置が置いてあった。
リュート達がガラスの前まで近寄れば、そこから広い空間が見渡せる。
どうやらここは二階部分の研究者達が観察する場所で、下の広い場所で実験を行っていたのだろう。
それを示すように広い場所では一部血に染まった床や緑の巨人や緑の人間の肉片ある。
「どうする? ここが最終地点っぽいよ。エレベーターのようなものも見当たらなかったし」
「いや、もしかしたらあの円形部分が下りる仕組みになってるかもしれない」
ナハクの言葉にリュートは指を向けて指摘した。
広い空間の中央にはポツンと円形の線があるだけだ。
一見何の変哲もない場所のように見えるが、リュートの勘が囁いているのだ。
ただの柄とは思いにくい、と。
「たぶん、あの場所から実験で作り出した生物を出し入れしてたんだろうな。
これまで見て来た場所に管理できるようなスペースは無かったし、何に使うにしてもサンプルは取っておくだろうし」
「ってことは、どこかにあの部分が下がる装置があるってこと?」
「恐らく。ボタンかレバーを手当たり次第に探してみよう」
リュートの言葉にナハクが頷く。
二人は近くにある装置を手分けしてそれっぽい大きなレバーを見つけた。
ナハクにそれを引いてもらえば、リュートは動くかどうか確認する。
―――ガシャン、ウィィィィィ
ナハクがレバーを引くと同時に円形の台が僅かに動き、下がり始めた。
その光景を見たリュートはすぐさまナハクに声をかける。
「動いた! ナハク、ここから飛び降りる! ついて来れるな?」
「もちろん!」
リュートは大剣をガラスに突き刺し、ひびが入った部分に蹴りを入れて割った。
彼はガラスに飛び込んで突き破れば、一階の実験施設に降りていく。
その後ろをナハクも続いた。
さらに二人とも円形の台まで降りる。
「これどこまで行くんだろうね?」
ナハクが上を向いて言った。
彼の視界にはもうすでに数メートルの壁がせり上がっていて、段々と周りが暗くなっていた。
それはそれだけ台がさらに地下に向かって進んでいることを示している。
「どこまでだろうな」
リュートは言葉を返し、小型通信機の画面を設定し再びフラッシュライトを照らし始める。
リュートの行動にナハクも自分の小型通信機の設定を変えようとしたその時、彼は微かな物音を天井から聞いた。
ナハクは上を見上げる。
十数メートルは移動したことにより、光を放つ
そこから何かの影がサッと降りてきたのを彼は確認した。
瞬間、彼の体にゾワッと鳥肌が立つ。
何かヤバいものが来る、と。
「リュート、何か降ってきた!」
「何か? 敵か!?」
―――ドガッ
リュート達の目の前――台の中央付近――に二メートルほどの筋骨隆々の大男が現れた。
全身緑色に上裸でズボンを履いただけのその男は
しかし、どこか今までの緑の人間とは違うオーラを放っている。
「リュート、コイツ今までと違う」
「あぁ、わかってる。恐らく特異個体だろう。明らかにヤバそうなニオイがしてるしな」
リュートはすぐさまスイッチを入れて戦闘モードに。
大剣を構え、刃先を緑の人間に向けた。
同じくナハクも両手の双剣を逆手に持ち、胸の前で前後に構える。
二人はエレベーターで降りている最中であり、退路はない。
生き残るには倒すしかない。
「ガアアアアァァァァ!」
周囲の壁は縦に伸び、緑の人間の雄叫びとともに周囲は刻一刻と暗さを深めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます