第29話 謎の施設

 ナハクとセイガが仲間とのケジメをつけてから、リュート達一行は深い霧の中を進んでいく。

 霧の中に含まれる毒素は強まっているのか、進むたびに周囲の森の葉が白く変わり、果てには枯れ木となっている光景もある。


 幸い、リュート達にはスーリヤの神の加護の効果で毒の影響は受けていない。

 仮に彼女の近くを離れても、彼女が作ってくれたお守りのおかげで毒に心配することはあまりないだろう。

 もっとも、お守りに関してはあくまでもそれの効果が続くまでの間だが。


 まとまって慎重に歩くリュート達に対し、この森を庭のように駆け回る変異マーナガルム達は当たり前のように彼らを襲う。

 その度に迎撃してはその魔物を地面に転がしていく。


 戦闘が終われば、ナハクはマーナガルム達をじっと見て、そっと目を閉じ黙とうを捧げる。

 セイガは彼に寄り添い、その場で座って同じく仲間を見る。

 そんな光景が続けば、さすがのリュートも気になるというものだ。


「ナハク、無理するなよ?」


「うん、大丈夫!」


 ナハクはリュートへ振り返れば、ニコッと笑みを浮かべた。

 しかし、その目尻にはしわが寄っていなかった。

 そんな彼の様子にリュートは首を擦れば、「そうか」と返事だけした。


 それから、彼らが霧の中を進んでいくと、突如セイガが立ち止まり、遠くの方を見ながら吠えた。

 同時にリゼも耳をピクッと反応させ、全員に「待って」と声をかけた。


 リゼは口に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーすれば、耳の近くに手を当て耳を澄ませる。


「遠くからガシャン、ガシャンって一定のリズムで音が聞こえる。

 あんたもそれに反応したのよね、セイガ?」


「ウォン!」


 リゼがセイガに確認すれば、彼女は同意を示す返事をした。

 一方で、状況を呑み込めていない他の三人は首を傾げ、リュートが代表してリゼに聞いた。


「その機械音はこの先の方から聞こえて来たってことか?」


「えぇ、そうなるわ。霧が濃くて目視で確認するならもっと近づかないとだけど。

 ともかく、突如発生した毒の霧に緑の巨人グレムリンのような人の死体、それから機械音できな臭さに拍車が増したわ」


 リゼの言葉にナハクはギュッと短剣を握った。


「それじゃ、その先に僕の家族を襲った犯人がいるということだね?」


「確証はないけれど、十中八九いるんじゃないかしら?」


「ならば、先に進みましょう。それが答えにもっとも近いですから」


 スーリヤは全員に向けて言った。

 その言葉に全員が頷けば、ここまで来る道中よりも慎重に先へ進んでいく。


 進み始めること数分後、リゼとセイガが聞いた機械音はリュート、ナハク、スーリヤの耳にも届いた。

 その音は徐々に大きくなっていき、やがて葉の無い茂みを抜ければ“それ”は見えてきた。


「これは......研究所か?」


 リュートは目の前に見える建物に息を呑み、言った。


 リュート達の目の前にあるのは古びた建物であった。

 天井部分がドーム状になっており、白を基調とした建物には地面から生えた太いツタが建物全体に絡みついており、建物の一部は爆発したように崩れていて、何十年と経過したような様相だ。

 まさに“古びた”という表現が一番正しい建物がそこにはある。


 “研究所”とリュートが言ったのは言わば彼の直感だ。

 こんな山の奥深くにひっそりとたたずみ、その建物から漏れ出た毒の霧は魔物に多大な影響を及ぼしていく。

 それが魔法であれ、なんであれそんなものが生み出される建物が研究所でなくてなんというのだ、というのが彼の考えだ。


 また、リュートが自分の考えを後押しした要因は他にもある。

 建物の周りは切り開かれたように広くなっていて、そこにはたくさんのマーナガルム以外の魔物の死体と、白衣を着た緑色の人間らしき“何か”が四肢をバラバラにして転がっているのだ。

 その“何か”のそばには社員証らしきものも落ちている。


 それらの光景がリュートの思考に情報と与え、すぐさま彼の口から言葉にさせたのだ。

 そんな彼の捉え方は他の三人と一匹も同じだったようで、少しの間身動きも取らず立ち尽くして見ていた。


「ねぇ、アレ見て!」


 ナハクが指さす方向に全員が視線を向ければ、研究所の入り口に白衣を着た緑の“何か”が横たわっていた。

 また、自動ドアが閉じようとしてそれを挟み、閉じれなくて開き、また閉じを繰り返しているようだった。

 閉じきれなくなった自動ドアの隙間から濃いピンク色の霧が漏れ出ている。


「なるほど、どうりでさっきからうるさい音がしてたわけね」


 リゼが腕を組み頷く。

 リゼの横でリュートは女性の顔写真が写った社員証を拾った。

 研究所なら何か役に立つかもしれない、と思い彼はそれを外套のポケットにしまった。


「皆さん、こちらを見てください」


 今度はスーリヤが全員の注目を集める。

 彼女が触れる木の幹には円形の中に幾何学模様と古い言葉が組み合わされた印があった。

 若干学が足りないリュートに代わり、リゼが「それは」と反応する。


「魔法陣よね? それ」


「えぇ、その通りです。これは<隠れ身>の魔法陣のようです」


 魔法陣とはこの世界における魔法を発動させるための計算式である。

 魔法陣は魔法と違い、発動させるために術者を選ばない。

 そのため魔力が全くない人でも魔法陣を作成することは可能だ。


 ただし、発動させるためには膨大な魔力が必要である。

 それは人が百人いてようやく一つの魔法陣が発動できるほどの量。

 また、魔法陣は必ず設置しか出来ないので、何かに描くことでしか発動できない。


 人類側でも魔法陣の研究は進められているが、特定の魔法を発動させるための精巧な図の大量生産、構成術式に使われる古代文字の理解、膨大な魔力をどこからかき集めるかという三つの難点からあまり研究が進んでいないのが現状だ。


 人類に出来ているのはあくまでどういうその魔法陣がどういう効果を持つかというだけ。

 故に、魔法陣というのは人類よりも多い魔力を持つ魔族か、魔族に与する人類が使う魔法技能の一種と捉えられている。


「ハクロウさん率いるマーナガルムに治められていたこの森にどうやってこの施設が存在出来たのか気になりましたが......どうやら答えはこれが示しているようですね」


 スーリヤは木の幹に描かれた魔法陣を指でなぞりながら言った。

 そして、リュート達に視線を移せば言葉を続ける。


「ここはわたくし達人類の敵側が巣くっていた施設で間違いありません。

 ここで行われていた研究がなんであったか、どうしてこのような状態になっているか。

 現状の情報でもおおよその推測は立ちますが、やはり答えはこの研究所の中にあるでしょう。

 皆さん、ここからはくれぐれも気を付けて進みましょう」


 リーダーシップを見せるスーリヤ。

 目はキリッとしていて、ピンと伸びた背筋による堂々とした立ち姿は威厳すら放っている。


 そんなスーリヤをリュートは少しだけ眉を寄せて見た。

 なんだか発言に随分と力がある、と。


 リュートの怪訝な視線に気づいたのかスーリヤは顔を赤らめ、頬に手を当てて体をクネクネさせた。


「ふふっ、リュートさんったらそんなに視線で『俺が必ずスーリヤを守る』なんて伝えなくても。

 もう、リュートさんったらわたくしにゾッコンなんですから」


「言ってないね。守ることは間違いないけどさ」


「恥ずかしがらなくても大丈夫です。ちゃんとラブは伝わってますから」


「恥ずかしがってないね」


 急にいつものマイペースなスーリヤに戻り、リュートは首を傾げる。気のせいだったか? と。

 一方で、そんな彼女を見ていたナハクはリゼに聞いた。


「スーリヤちゃんってリュートのこと好きなの?」


「好意はあるでしょうけど、単に頭の中がお花畑になりやすいだけよ。気にするだけ無駄」


「ウォン!」


「なんだよセイガ、『ナハクにはまだ乙女心は早い』って」


 スーリヤの行動によって一気に緊張感が緩まった。

 しかし、それがリュート達にとって程よい息抜きとなったのか、先ほどよりも彼らの顔に余裕が戻った。

 そして、リュートが「行くぞ」と号令をかければ、研究所へ向かった。


 リュートが先頭に立ち、自動ドアに挟まる緑の“何か”を跨るように入っていく。

 彼は室内を観察し、敵がいないことを確認すれば少しだけ首を傾げる。


「そういや、ここってまだ電気通ってるんだな。

 ってことは、この研究所は意外にも時間が経ってない?」


「そうね。それにハクロウの話を聞けば、この森に霧が発生したのは最近だもの。

 だとすれば、この研究所もそれよりも少し前ぐらいには正常に動いてたって考えるべきね」


 リゼは耳を周囲に動かし、細かな音を探りながら返答する。


「それにしてはボロボロだと思うけどね。どこもそこも壁に亀裂が入ってるし。

 それに壁の内側まで細いツタがあっちこっちに伸びてる」


 ナハクは壁に沿って伸びるツタの葉を触り、言った。

 彼の指摘通り、この研究所のエントランスの時点で建物の壁や天井にたくさんのひびがあった。

 リュート達が入っただけで天井からパラパラと壁の破片が落ちて来る。

 それほどまでの建物の劣化状況。もはや普通ではないことは明らかだ。


「思いつくとすれば、なんらかの影響でこの施設が急速に老朽化した。

 そのなんらかとはこの霧でしょうね。

 加えて、霧はこの先の通路の方から外に漏れてる様子ですし」


 スーリヤは少しだけ体を強張らせ、両手に持つショットガンをしっかり持てばエントランス奥の通路を見た。

 その通路は半開きのようになっていて、そこから濃い霧が流れ出ているようであった。


 リュート達は先に進んだ。

 途中、この研究所がどんな場所だったのかを探るために行けそうな部屋に寄り道することもあったが、おおよそ何事もなく彼らは通路の先を進んでいく。


 道中、たくさんの緑の“何か”の死体があった。

 その死体のほとんどが白衣を着ていた。

 故に、この緑の“何か”はこの研究所にいた研究員だったわかる。

 加えて、この研究所で行っていた何らかの実験が失敗し、それに研究員が巻き込まれただろうことも。


 するとやがて、リュート達は入り口が明かない扉の前に立った。

 その扉の横には何かをかざすためのパネルがある。

 それを見たリゼは言った。


「どうやら、ここから先は研究員のIDが必要みたいね。

 だけど、道中の研究員らしき死体の中にそれらしき持ってる人はいなかったわ」


「どうする? ぶち抜く?」


 意外と過激なことを言うナハクにリュートは若干面食らいながらも、ポケットから念のために拾っておいた社員証を取り出した。


「実はさっき、それっぽいのを拾っておいたんだ。恐らくこれをかざせば開くと思う」


「さすがリュートさん、用意が良いですね!」


「たまたまだよ」


 スーリヤからのよいしょを適当に受け流したリュートは、右手に持ったそれをパネルにかざした。

 すると、彼の読み通りにパネルがIDを認証し、扉が左右に開く。


「ウァ......」


「「「「っ!?」」」」


 扉が開いた直後、突如として緑の“何か”がそこにはいた。

 リュート達は目を見開き咄嗟に左右に分かれ、それから距離を取る。

 すると、それは数歩だけ歩けば、バタンと地面に倒れた。


「動かない?」


「クゥ?」


 緑の“何か”が動かないことにナハクとセイガは少しだけ近づき様子を見る。

 そんな二人にリュートの近くに身を寄せながら銃口を向けていたリゼは言った。


「あまり触ろうとするべきじゃないわ。嫌な予感がする」


「そうですね。獣人の勘は当たるとよく聞きますし、リゼさんの指示に従いましょう」


 同じくリュートの近くに寄って右手で彼の袖を掴むスーリヤが言った。

 全員、突然のホラー展開にドッキドキの様子なのかすぐに動き出す気配がない。

 そんな中、最初に動いたのはやはり最年長であった。


「さっきコイツは少しだけ声を出し動いていた。

 ってことは、他にも生存者がいるかもしれない。

 ただ、救う方法が分からない以上、近づいてきたら敵として対処することにしよう。

 まずは身の安全が最優先だ」


 リュートの言葉に全員が頷き、再び一行は扉の先を進んでいった。

 すると、リュートの懸念通りまるでゾンビのように両手を前に伸ばしながら、ヨタヨタと歩く緑の“何か”がいた。


 緑の“何か”はリュート達を発見すれば、言葉にもならない声を出しながら近づいて来る。

 それをリュート達は素早く攻撃し、倒していく。

 そんな中、リゼがしかめっ面していることにリュートが気づいた。


「どうしたリゼ?」


「別になんでも。ただ、声がちょっとだけ耳障りなだけよ」


 その言葉にリュートは思った。そうか、親父のことを思い出してるのか、と。

 リゼの父親も緑の巨人グレムリンになった時、言葉とも言えない声を絶えず発していた。

 リゼからすればあの戦いは印象が強すぎる出来事だ。

 些細なキッカケで思い出してしまうことも少なくないだろう。


「リゼも無理するな。前は俺が立つ」


「......いいえ、その必要は無いわ。

 これは未だに完全に吹っ切れてない私の責任。

 それにこの研究所がお父さんと関係ないとは思えない。

 だからこそ、ちゃんと向き合いたいのよ」


 リゼは地面に転がる緑の“何か”を見ながら言った。

 そんな彼女にリュートは微笑む。


「十分強いと思うぞ、君は」


「全然足りないわ。私ってば欲張りだから」


 それから緑の“何か”を倒しながら道を進むこと数分、リュート達は地下に続く階段を見つけた。

 その階段の近くの壁には何か貼ってあり、それに気づいたナハクが足早にそこへ向かった。


「皆、見てみて! ここにあるのこの研究所の地図みたいだよ!」


「本当か!? 小型通信機アクシルが使えない以上、入り組んだこの施設が迷いやすく――」


「ウォン! ウォン!」


 瞬間、セイガが吠えた。

 その声に何事かと全員が注目を集めた直後、答えが出た。


―――グラグラグラ


 突如として、地面が盛大に揺れたのだ。

 その揺れの大きさは壁に捕まってないと立ってられないほど強い。

 地震によって今いる場所の天井からパラパラと砂埃がたくさん落ち、天井や壁に入ったひびが大きくなっていく。


―――ガコンッ


 大きな音にしゃがんでバランスを取っていたリュートが気づいた。

 視線の先には壁に手を付けるナハクがいて、彼の頭上の天井が壊れて落ち始めたのだ。

 リュートはすかさず走り出す。


「あぶねぇ!」


 天井に目線を向けたまま呆然と立つナハクにタックルをかましていくリュート。

 二人は一緒に階段に落ち、踊り場の方までゴロゴロと転がっていった。


「ナハク、大丈夫か?」


「うん、大丈夫そう。ありがと」


 リュートが先に立ち上がれば、ナハクに手を差し出した。

 その手をナハクが取れば、リュートが引っ張り起こす。

 そして、二人はすぐさま周囲を確認した。


「これは......」


「閉じ込められちゃったね」


 リュートとナハクの視界はほぼ真っ暗だ。

 というのも、先ほどの地震の影響で天井が崩落し、階段の入り口が完全に塞がれてしまったのだ。


 光源があるとすれば、階段を塞ぐ瓦礫の隙間から僅かに漏れる光のみ。

 階段はまだまだ下に続いているようで、そこから先は電気が通っていないのか真っ暗な闇が広がっている。


「あんた達、大丈夫!?」


「お二人ともお怪我はありませんか?」


「ウォン、ウォン!」


 瓦礫の向こう側にいるリゼ、スーリヤ、セイガの三人が声をかけた。

 その声にリュートとナハクは瓦礫まで近づけば返答する。


「こっちは大丈夫! リュートのおかげでケガはないよ!」


「俺も問題ない。階段だったおかげで巻き込まれなくて済んだって感じだ」


「そう、良かったわ」


 リュートとナハクの声を聞いてリゼはホッと安堵の息を吐く。

 二人の安否確認が終われば、リゼは瓦礫に触れて聞いた。


「リュート、あんたならこの瓦礫を破壊して出ることも出来るんじゃない?」


「出来るが、それはあまりお勧めしない」


 リュートの返答にリゼは首を傾げる。

 一方で、言葉の意味を理解したスーリヤが代わりに答えを言った。


「崩落の危険があるからですね」


「その通りだ。さっきの揺れで崩落するほどにはこの研究所は脆い。

 となれば、俺が瓦礫を破壊するための力を振るえば、飛び散った瓦礫で研究所が倒壊するかもしれない。そうなれば、全員生き埋めだ」


「言いたいことは理解したわ。つまり、あんた達はここから敢えて進むことで別の出入り口から脱出するってことね。でも、当てはあるの?」


 リゼの疑問にリュートは「それについては問題ない」と小型通信機の周辺マップを見る。


「どうやらここら辺の近くに廃棄された坑道があるみたいだ。

 恐らくここに通じる抜け道があると思う。

 まさか研究所の出入り口が一つなんて分けないと思うしな」


「......わかったわ。それじゃ、そこで落ち合いましょう」


 リゼは瓦礫にそっと頭を当てた。

 彼女は目を閉じ、祈るように言う。


「必ず来なさいよ。じゃなきゃ許さないから」


「あぁ、わかった」


 それだけ言うとリゼはパッと頭を離し、瓦礫に背を向けて来た道を歩き始める。

 そんな彼女を目の端で追いながら、スーリヤも「お気をつけて」と声をかけ、セイガも吠えた所で二人はリゼの後を追った。


 リュート達も女性陣が離れた気配を感じれば、「俺達も行こう」とナハクに声をかける。

 ナハクが言葉に頷けば、二人も階段を降り始めた。

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