第26話 白き狼

―――バンバンバン


「キャウン!」


―――ザシュ


「ギャン!」


―――バァン!


「ギャウ!」


 銃声の音が軽快に鳴り響き、時折剣による切断音とショットガンによる破壊力のある音が合間に挟まる。

 それらの音は少し前から聞こえるようになり、当然音が聞こえるということは戦闘が行われているということである。

 そして現在、森の奥深くに進んでいったリュート、リゼ、スーリヤの三人は互いに背中を預けて周囲を囲む触手を抱えた変異狼と戦っていた。


 リゼが銃弾で素早く狼達を倒し、スーリヤがリゼが撃ち漏らしたもしくはその前に突撃してきたその魔物達を高火力で仕留める。

 最後の一人のリュートはスーリヤと同じ火力を担当しながら、同時に微妙に生きていた狼の確殺だったり、スーリヤのショットガンのリロードタイムのカバーしたりしていた。


 三人が魔物と戦い始めてからかれこれ十数分が経つ。

 それもこの集団に囲まれて戦うのは一体何ラウンド目か。

 数は五、六匹とあまり多くないが、代わりに一体一体が最初に戦った狼のように癖が強いのだ。


 また、触手が別の生き物の動きをして、思ったよりも中距離から攻撃してくる。

 触手を囮にして肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに突っ込んでくる個体もいる。

 その個体に三人は何度手を焼かされていたことか。


 しかし、連戦が続けば効率化が図られていくというのが人間の適応能力の凄まじさである。

 それはリュート達も例外ではなく、結果今のような担当分けの戦闘フォーメーションが生まれた。

 加えて、狼を先に倒してしまえば触手も動かなくなるということを知ってからは、戦闘も随分と楽になっていたようだが。


 リュート達は今戦っている全ての狼達の討伐を終えた。

 彼らの前には触手を生やした狼が緑色と赤色が混じった血を流しながら倒れており、一部触手と狼が分離して死んでいる死体もあった。

 死屍累々とした光景は彼らが生き残ろうとした結果である。


「さすがに弾が危ないですね。多めに用意してあるとはいえ、ここまで進むまでに結構使ってしまいました」


 スーリヤはショットガンの残弾数と残りの弾数を確認しながら言った。

 彼女は息が上がっているようで、ゆっくり肩を上下させている。

 疲労が増えているのは彼女だけではなく、普段から魔物討伐で鍛えていリュートも少しだけ呼吸が早かった。


 リュートは一息吐くと、大剣を肩に担いだ。

 周囲を見回しながら額にうっすらかいている汗を拭えば、現状もっとも疲労度合いが高いだろうリゼに声をかける。


「リゼは大丈夫か? そんな調子で魔力を消費してたらいづれバテるぞ」


 魔力消費の疲労は有酸素運動の疲労よりも蓄積が早く、影響が大きいとされている。

 理由は諸説あるが、その中でも有力な説とされているは魔力は自分の血液と似たようなものであるという説だ。


 血が少なくなれば貧血で立ち眩みを起こすように、魔力でも枯渇し始めれば立ち眩みを起こす。

 もっとも、違う点は血液は失えば命に関わるが、魔力は枯渇しても気絶で済むという点だが。


 故に、魔力というのは消費するにはリスクを伴うのだ。

 運動は動かなければ疲れることはまずないが、魔力は立っていても消費できてしまうため魔法を使う人はあっという間に疲労してしまう。

 特に魔法の扱いに慣れた人が少ない人族や獣人族ではそれが尚更顕著に表れる。

 

 膝に手を付けて呼吸を繰り返すリゼはその状態からリュートをチラッと見る。

 彼の気遣ってくれた言葉に口の端を柔らかく上げれば、背筋を伸ばし気丈を振る舞う様子で言った。


「大丈夫よ、確かにいつもより消費してるけどまだ立ち眩みもしてないし。

 それに多少倦怠感を抱える程度なら問題ないわ」


 魔力枯渇にもレベルが存在する。

 詳しいことは省くが、簡単に言えばイエローゾーンに入り始めが立ち眩みで、イエローゾーンが倦怠感、レッドゾーンに入り始めが強い倦怠感、レッドゾーンが意識の混濁、それ以上は気絶になる。

 故に、リゼは自分はまだ安全領域の段階だから大丈夫と言いたいのだろう。


 リゼの言葉にリュートは本当に大丈夫か? と眉をひそめる。

 いくら彼女が大丈夫だといっても、これから大きく魔力を消費するようなことが起きてしまえば危ないことには変わりないからだ。


「ま、危なくなったら俺が守ればいいか」


 リュートはそう結論付けて頭をかいた。

 すると、横からショットガンを両手に持つスーリヤが並び、リゼを見ながら彼に声をかけた。


「ふふっ、心配で仕方ないのですね。羨ましい限りです」


「リゼはちょいと俺に対して変な責任感を抱えてるみたいだからな。

 俺としては当然俺自身の問題だから気にしなくてもいいって話なんだけど。

 でも、そういう行動するのはリゼの意志であって、それを尊重したい気持ちもあるから......色々複雑なんだよ」


「抱きしめて言えば伝わるのではないですか?」


 スーリヤの強気な姿勢ストロングスタイルにリュートはマリーシア味を感じ、苦笑い。

 もしかしたら彼が彼女のマイペースさに若干の苦手意識を感じているのはそのせいかもしれない。

 しかし、スーリヤからすれば至って真面目な回答のようで――


「リュートさん、人間は存外誰しも自分勝手なものですよ。

 誰かが自分のことを理解してもらいたいと思いながらも行動しないのは、誰かに自分という存在を見つけて欲しいからに他なりません。

 しかし、人間は見たいものしか見ない生き物。

 誰かが興味を持たない限り見つけられるなんてことはまずありえません。

 故に、人は口を動かして自分の気持ちを言うのです」


 ここ一番のシスターらしい言葉を口にするスーリヤにリュートはぽかんと口を開ける。

 そういえば、この人シスターだったと思っているのかもしれない。


 自分のことを物珍しそうにじっと見るリュートに、スーリヤは合わせた視線を全く動かさず慈愛の微笑でもって言った。


「そんなに口を開けてこちらを見て......もしかして(唇を)奪って欲しいのですか? それも深めの方で」


 スーリヤは唇に人差し指を当て、ほんのり頬を桃色に染める。

 その言葉にリュートはすぐさま口を閉じた。

 あ、やっぱりいつものスーリヤじゃないかと安心したような顔をして。


 どうやらリュートの中でスーリヤはちょっとマイペースが過ぎるシスターとして定着してしまってるようだ。

 まぁ、ほぼ初対面で求婚するような人物なので仕方ないと言えば仕方ない。


 「先に進もうぜ」と大剣を背負い、歩き始めるリュート。

 そんな彼の態度にスーリヤは少しだけ不満そうに頬を膨らませた。

 彼女も年頃の乙女なのだ。

 好きな相手にぞんざいな対応されれば機嫌も損ねる。


 リュートの横に呼吸を整えたリゼが並んだ。

 直後、彼は突然横から痛みを受けた。

 それを感じたのはリゼのいる方で、どうやら彼女が肘で横っ腹を突いたらしい。

 彼が横っ腹に手を当てて隣を見れば、彼女は軽薄な男を見るような細目をしていた。


 それからしば楽の間、三人が歩いた道はこれまでの道中に比べれば驚くほどに穏やかだった。

 森は総じて中心に行けば行くほど魔物との遭遇率が高くなるものだが、ここに限ってはそうではないらしい。

 それがかえって三人を不気味にさせたようで、しきりに周囲を確認している。


「ん?」


「どうした?」


 リゼが何かを捉えたようで耳がピンと立ち、立ち止まった。

 リュートが声をかければ、彼女は人差し指を唇に当てしーっと静かになるよう指示する。

 彼女は両手に持つ銃を一度ホルスターにしまうと、耳の近くに手を当て耳をそばだてた。


「声......が聞こえる。一瞬、人のような声にも聞こえたけど、これはたぶん......魔物の声」


「リゼさんの魔物の声が聞こえる能力というのはそんな遠くから聞こえるものなのですか?」


 スーリヤの素朴な質問にリゼは首を横に振って答えた。


「いえ、聞こえないわ。だから、今のは魔物の声だけど魔物の内なる声じゃない」


「と言いますと?」


「魔物というのは個体によって非常に長い時間を生きるの。

 簡単に言えば、寿命がものすごく長い。

 そして、長い時間を生きた魔物は往々にしてとある能力を得るようになるの。

 それが人語――私達人間と話せるようになる能力よ」


「ってことは、さっきリゼが聞いた声ってのは魔物が人語を介してしゃべっていた声ってことか?」


 リュートの言葉に「そういうことになるわ」とリゼは頷いた。

 彼女はすぐに声が聞こえた方に目線を向ければ、僅かに唇を震わせ、冷たい汗を額にかく。

 瞬間、彼女は勢いよく走り出した。


 そんなリゼの行動に「リゼ!?」「リゼさん!?」とリュートとスーリヤは口を揃えたて目を丸くした。

 リゼは後ろをチラッと見ればすぐに口を開く。


「説明は後! 今はとりあえずついてきて!」


 リュートとスーリヤは顔を見合わせれば、すぐさまリゼを追いかけ始めた。

 リゼは聞こえてくる音を頼りに木々の間を突っ切って最短ルートで進む。

 それほどまでに緊迫した状況なのか、とリュートは少しだけ体を強張らせた。

 

 途中、運動が苦手のスーリヤが一人ヘトヘトになって距離を開けていくので、リュートが彼女を背負って回収する場面もあったが、おおよそ声を捉えてからそこまで時間をかけずに目的地へ辿り着いた。


 茂みから飛び出すリゼの後に続いて、ぐったりした様子のスーリヤを背負って横に並ぶリュート。


 そこには少しだけ開けた森の一部で、五メートルほどの巨大な白い狼が威厳や風格をそのままに横たわっている光景が広がっていた。

 また、その狼の腹部辺りにはピンクのスカーフを首に巻いた二メートルほどの白い狼と、青い髪に褐色の少年がぐったりとした様子で寄りかかっている。


 少年は青いパーカーのような服の上に白いジャケットを着て、白いズボンを履いていた。

 赤いネクタイはしていなかったが、その白いジャケットと白いズボンは学院の制服だ。

 その少年がリュートが探し求めている人物――ナハクで間違いないだろう。


 巨大な狼がグルルルと歯茎を見せつけ、鋭い眼光でリュート達を睨み言った。


「何用だ? ここは貴様らが立ち入っていい場所ではない」


 低く渋い男性の声を発する巨大な狼にリゼは威圧感で体をビクッと反応させた。

 一方で、リュートはそういった威圧は慣れてるので「本当に聞こえた」と感心した様子だったが。


「私達、声を聞いてここまでやってきたの。別に気概を加えるつもりはないわ」


 リゼは拳を握り、一歩前に踏み出して言った。

 声は出来るだけ大きく一定の声量でもって日和ってないことを表すように。

 そして、無手でいることで敵対意志がないことを体でも示すように。


 リゼの言葉に巨大な狼は納得するような姿勢を示しながらも、相変わらずの表情で返答した。


「そうか、獣人族には時折獣の声が聞こえる人間がいるんだったな。

 ここまで来た理由は理解した。だが、そもそもこの森に入ったのはなぜだ?

 我の声が聞こえたとしても森の入り口ではなかろう。明確な理由を示せ!」


「それは......」


 リゼが答えようと口を開いたが、すぐに止めた。

 隣にリュートが並んだからだ。

 彼がチラッと横目で自分に任せるよう伝えれば、彼女はコクリと頷いて会話の主導権を譲った。


「俺達は――」


 リュートは自分達がここまで来た経緯を話した。

 学院から生徒を集めるように依頼され、その生徒の一人である青髪の少年を迎えに来たと。

 また、その少年を集める目的は数か月後に起こる魔物による大進撃を防ぐ戦力強化のためであると。


 リュートは巨大な狼が青髪の少年にとって親のような存在であると思ったようで、リゼの母マリーシアに話した時とどうように嘘偽りなく全てを言葉にした。


 彼がそう思ったのは単なる勘で、たまたま雰囲気がガイルに似ていたからというものだったらしい。

 彼にはなんとなく理解できるのだろう、親が子に向ける視線と言うのが。


 リュートの並べる言葉から彼の善性が見えたのか、巨大な狼は威圧感を消し、歯茎も見えない。


「......貴様の言いたいことは理解した。単に森を荒らしに来た者ではないとな。

 先ほどの強い口調で言葉を並べたことには謝罪する。すまなかった」


 意外と丁寧な対応をする巨大な狼にリュートは面食らう。

 そんな言葉は一体どこで覚える機会があったのだろうか。

 非常に気になるところではある。


「いえいえ、気にしないでください。当然のことなので」


「砕けて話せ。先の女子と同じでいい」


 リュートは「わかった」と返事をすれば、早速青髪の少年【ナハク】について聞いた。


「それで、先ほどリゼが言った通り俺達は......」


「ハクロウだ。老いた白い狼でハクロウ。安直な名前だがそれの方が今後呼びやすいだろう」


 リュートは「ありがとうございます」とお礼を言い、言葉を続けた。


「俺達はハクロウの声を聞いてここまでやって来た。

 来てみれば俺達が探しているナハクもそのような状態だ。

 何があった? もし治療に何か必要なら言ってくれ。すぐに取りに行く」


「我が孫は今非常に強い毒に犯されている。

 我が浄化の能力で毒の効果を軽減しているが、毒に体が侵されるのも時間の問題」


 そう言葉にすれば巨大な狼――ハクロウは目の前に三人もピンピンしている人間がいることに気が付く。

 どうやら三人があまりにも堂々としていたせいで気づくのに遅れたようだ。

 そして同時に、なぜそんなにも立っていられるのかに疑問に思うような顔で三人に聞いた。


「そういえば、なぜ貴様らはこの場に立っていられる?

 今この場には非常に強い毒の霧が充満している。

 浄化能力を持つ我であっても動くには辛い状況だ。

 それが人間なら尚更。ここに辿り着くことなど不可能といっても過言ではない」


 リュート達からすれば、現状周囲の霧が強い毒であることが初耳だろう。

 スーリヤに毒の存在を知らされてから、基本的に三人で集まって行動していたため毒に対する意識が薄れていたのかもしれないが。

 それにしては途中、リゼがスーリヤの影響下から離れて走っていたような......。


「それは――」


「それはわたくしの影響による効果ですね」


 リュートの言葉を遮って発言したのは、先ほどまで泥のように疲れ切っていたスーリヤだった。

 彼女は歩ける程度には回復したようで、彼に降ろしてもらえば説明を始めた。


「わたくしには『状態異常無効』という神の加護がついています。

 その効果によってわたくしから周囲二メートルほどの範囲が無効化エリアとなっています。

 また、ある程度の時間効果内に入っていれば、その入っていた時間の半分ほどの時間なら効果外であっても影響を失くしてくれます」


 どうやらリゼが影響を受けなかったのはスーリヤの加護の効果によるものだったようだ。

 その話を聞いたリゼは「少しだけなら優しくしてあげようかしら」と彼女から目を逸らした。

 一方で、スーリヤの話を聞いたハクロウは期待に目を輝かせた様子で言った。


「では、我が孫の毒もその効果で無毒化できるのか!?」


「はい、可能かと。神の慈愛は生物を問いませんから」


「ならば、早速頼む! 孫を救ってくれ!」


 巨大な狼に急かされるようにスーリヤは歩き始めた。

 その際、彼女はリゼとリュートも自分のエリア内から離れないよう伝える。


 彼女はハクロウもといハクロウの近くにいる青髪褐色のナハクと二メートルほどの白い狼に近づけば、二人の前にそっとしゃがんだ。

 二人の手をそれぞれの手で取る。


「女神クロノトリア様、どうかこの二人にも慈愛をお与えください」


 スーリヤは目を瞑り、そっと自分が崇める神に祈りを捧げた。

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