第25話 神の加護
森の入り口にバイクを置き、リュート達は色のついた霧が広がる森の中に入った。
森の中は視界が少し悪いがそこまで見えないわけではない。
二十メートル先が見えるし、この霧のせいで木々が変色している様子も無し。
ニオイずらもも特に何かあるわけではないため、本当にこの霧の色について三人には検討が付かなかった。
もしかすれば、この山特有の自然現象の一つだったりするのかもしれない。
リゼが耳をそば立て周囲の音を注意深く聞き取り、リュートが目視で違和感があるような何かに目を配る。
戦闘が出来る二人が率先して索敵を行うことで、より安全に道を進もうという算段の結果だ。
もっとも、二人は特に話し合ったわけではなく、自然とこういう形になったというべきか。
二人がまだ<獅子の箱庭>にいた頃に一緒に依頼をこなした名残なのかもしれない。
そんなリュートとリゼの後ろをついて歩きながら、スーリヤは手に持っているショットガンの残弾数と、ショルダーバッグの中にある弾数を確認した。
彼女も武器を持っている以上戦闘は出来るが、シスターという立場である以上表立って戦うことはほぼないので、慣れているリゼとリュートに全面的に任せている様子だ。
スーリヤは十分な弾が残っていることに安堵する。
自分も少しくらい索敵しよう、と思ったのか周囲を見渡しながら言った。
「なんだか不気味に感じていましたが.......ここまで何もないと拍子抜けですね」
視線の先と耳の向きを変えながら周囲を見るリゼがコクリと頷く。
「そうね、てっきり異変が起きているのかと思ってたからね。とはいえ、警戒するに越したことは無いわよ」
「そうだな。確かに今の所安全だが、霧という視界の悪さは俺達にとっては不利だ。慎重に行くべきだと思う」
リゼの言葉に同意するようにリュート言った。
そんな彼の言葉の内容にリゼはピクッ耳を反応させれば、視線を彼の方に向け、軽く胸を張る。
まるで自分がいれば大丈夫と言わんばかりの表情だ。
「ここに視界不良の中でも動ける仲間がいますけど?」
魔法を使える人間にも魔力を耳や鼻に集中させて聴覚や嗅覚の鋭さを上げるという方法がある。
しかし、たとえそれをしようとも獣人の天然探知機の前では精度は悪い。
故に、この視界不良の中ではリゼの探索能力が三人の生死を分けるのだ。
それを自覚しているため、自分をアピールするかのように主張してくるリゼは言ったのだろう。
それはきっと彼女が早くリュートを支えれる立場になろうと背伸びしている結果なのかもしれない。
一周回って可愛らしい行動するリゼにリュートは口角を上げてストレートに言葉をぶつけた。
「あぁ、そうだったな。頼りにしてるぜ、相棒」
「っ!」
直球の言葉が返ってきたことにリゼがドキッと胸を弾ませた。
顔を逸らしながら帽子のつばを下げる。
銃を持つ親指はグリップのあたりをスリスリと動かした。
圧倒的な自爆である。きっともう少し動揺して欲しかったのだろう。
ちなみに、リュートはこれで無自覚なのだから恐ろしい。
依然マリーシアが言った“天然タラシ”とは案外事実なのかもしれない。
甘い。空気が甘い。
思春期娘が勝手に甘い雰囲気を作り出しているだけなのだが、その事に彼女は気付いていないようだ。
耳はピコピコ、尻尾はフリフリと感情に現れやすい獣人のその部位からは彼女の今の感情が非常によく見れる。
人は存外自分のことに対して無頓着だ。一方で、周囲からはその様子がよく見える。
そう、絶賛スーリヤは自分だけ蚊帳の外にされて、二人だけの雰囲気を作られてることに気付いているのだ。
彼女の目は細くなり、口は“へ”の字に曲がる。
ショットガンのグリップを握る手に力が入った。
緊張感を無くしているのは一体どっちの方なのか、と思わせるような目つきをしていた。
「リゼさん、今はイチャイチャする場面ではありませんよ。
わたくしだってしたいのを我慢しているというのに」
その言葉にリゼは振り向き「してないわよ!」と大声で言い返した。
その割には図星を疲れたように顔が赤くて、口早な発言であったが。
しかし、彼女は緊張感を乱していたことは認めたのか、一つ大きく深呼吸をして体内の熱を冷ます。
「それにしても、この森に入ってからレーダーの不具合が気になりますね」
スーリヤは空気を変える意味合いも込めて、自身「の左手についてる
画面のレーダーにはデフォルトにある等間隔に並ぶ円のようなものは表示されているのだが、肝心の丸印がほとんどかすれてしか見えないのだ。
時折、自分達を示す青い丸印が映ることがある。
故に、機能していることは確かなようだ。。
それが起きたのはこの森に入ってからすぐのことであり、実はそのためリュートとリゼが率先して周囲の警戒を当たっていたりする。
スーリヤの発言を受け、最新試作品型の小型通信機を持つリュートも自身のそれに目を移した。
彼のレーダー画面には三つの青い丸が常に表示されている。
しかし、それ以上のものは映らない。
これは本当に魔物がいないせいなのか、はたまた何かで妨害され索敵できる範囲が狭まっているせいなのか。
それから数分ほど歩いたところで、スーリヤが何かに気付いたようにピタッと足を止めた。
彼女は左右に首を振って周囲を確認すれば、今度は自分の右手に視線を移した。
その手をおもむろに握ったり開いたりと動かしていく。
一メートルほど距離が出来た所で、リゼの耳がピクッと後ろの方へ向いた。
背後のスーリヤの音が僅かに遠くなったことに気付いたからだ。
「どうしたのよ?」と振り返るリゼに、横目で気づいたリュートも同じように振り返る。
二人が首を傾げてスーリヤを見れば、彼女は右手をショットガンのグリップに戻して言った。
「毒を検知しましたので」
「「......毒!?」」
あまりにサラッと発言するスーリヤに、二人は少し遅れて目を丸くしながら叫んだ。
リュートとリゼは咄嗟に互いの目を合わせると、同時に視線を森の奥の方へ向けた。
反対に足はスーリヤの位置まで下がっていき、二人とも口を押える。
毒を吸ったのかもしれないと警戒したからだ。
そんな警戒した様子の二人とは反対に、「大丈夫ですよ」とスーリヤは前進した。
「わたくしのそばにいれば、毒は効きませんので。
それにこれぐらいの微毒ならちょっと気分が悪くなる程度で済みますよ」
スタスタと歩いていくスーリヤ。
その姿は本当にどうってことないと言っているような感じであまりにも堂々としていた。
リュートとリゼは再び顔を見合わせれば、スーリヤの後ろをついていくことに。
すると、リュートがその言葉の意味について聞いた。
「そばにいれば毒が効かないって......それはスーリヤの魔法なのか?」
スーリヤは首を横に振りながら、ピタッと立ち止まる。
話しやすいように背後へ振り向いて二人を視界に収めれば、彼女は質問で返した。
「お二人は神の加護の存在をご存じですか?」
その質問にリュートは思い当たることがなく、「俺は無い」と首を横に振った。
彼は隣のリゼに視線を向け「リゼは?」と聞けば、彼女は顎に手を当てて少し考え、頭の片隅にある情報を掘り返して答えた。
「確か、人族の神が可愛い我が子に与える魔法とは別の力......だったような?」
その回答に「その認識で十分です」とスーリヤは頷いた。
彼女は近くに落ちていた枝を拾えば、地面に簡単に絵を描き始める。
それは人のような何かの背中に翼があり、頭の上には輪っかがあり、その手元には盾を持っている絵だった。
その絵にリゼが目を細め「何これ?」と聞けば、スーリヤは「盾を持った女神ですけど」と答えた。
その答えを確認したの上を踏まえて見ても、リュートとリゼにはそれが女神には見えないようだが。
それも仕方ない話で、スーリヤの苦手なことは運動と絵であり、絵に関して言えば彼女は画伯なのだ。
もっとも、本人は至って真面目に描いているというのが一番悲しいポイントであるが。
ちなみに、先ほどの絵にツッコむとすれば、この世界のどの神に口が鳥のように尖り体が角張った女神がいるというのかであった。
スーリヤは自分が画伯なのはもうすでに理解しているので、気にすることもなく説明を始める。
「これは神の加護を持つ人のシンボルですね。教会では
言わば、これを持っている人が神から特別に能力が与えられた人というわけです。
これを持っている人は非常に少ないですね。
もっとも、あっても人より風邪が引きにくいとかその程度の能力がほとんどですが」
スーリヤはポイッと枝を茂みに投げた。
その絵を見ながら腕を組むリュートは彼女に聞く。
「ってことは、それがスーリヤの毒無効ってことになるのか?」
「はい、そうなります。もっとも、わたくしの神の加護の完全名は『状態異常無効』ですけど。
全く、どうして状態異常だけなんでしょうね。いっそのこと『即死無効』とかしてくれればいいのに」
スーリヤは腕を組み、片方の手で頬杖を突きながらぼやいた。
その表情は本当に悩まし気といった感じで、眉毛が下がっていた。
ついでにため息も吐いている。
そんな彼女の姿にリゼもリュートも思わず言葉を失った。
このシスター、自分が崇拝する神から特別なもの貰っておいて文句言ってる、と顔の書かれている顔だった。
スーリヤは一つ息を吐けば、「悩んでも仕方ないですね」と眉を元に戻した。
そして、慈愛のシスターと言わんばかりに常に少しだけ口角が上がった表情になる。
彼女のデフォルトの表情である。
彼女はリュートとリゼに背を向ければ歩き出した。
「そんなわけで、今のわたくしに毒は効きませんし、わたくしのそば......恐らく二メートル内に居れば同じように加護の影響を受け――あっ!」
スーリヤはビクッと背筋を伸ばした。
その反応に「今度は何よ?」とリゼが咄嗟に両手に持つ銃を胸の前に上げる。
リュートは右手を背中に背負う大剣の柄に伸ばした。
しかし、彼女が驚いた内容は二人にとって実に下らないものであった。
「わたくし、自分のそばにいれば大丈夫って言った時に、リュートさんに抱き着けば良かったと唐突に思いました......」
眉を下げ、背中を丸めながら落ち込んだ様子でスーリヤは言った。
その内容にリゼは眉をピクピクと動かし、リュートは苦笑い。
瞬間、スーリヤはシャキッとした体勢に戻る。
振り向けば、リュートにキラキラした瞳を向けた。
「ま、今抱きつけば問題ないですよね! リュートさん、わたくしのそばに――」
両手を広げながらスーリヤが足早に近づいて来る。
そんな彼女の前に、リゼがスッと立ちはだかり銃をそっと向けた。
銃口はピタッとスーリヤの額に触れて止まり、ついでにスーリヤの足も止まる。
「直ちに元の位置に戻りなさい」
「あらあら~、少し位いいじゃないですか。独占欲強すぎても嫌われますよ?」
「そうじゃないからサッサと戻りなさい!」
リゼが興奮した様子で言い返せば、そんな彼女を「はーい」とスーリヤ笑いながら数歩後退し、くるっと進行方向に体を向ける。
その様子に明らかにからかっている、とリゼは疲れたように体を丸めた。
リュートは苦笑いを浮かべながらかけるべきかどうか迷った挙句、彼女の肩にポンと手を置いて「おつかれ」とだけ言った。
そんなこともありつつ、ようやく移動し始めれば段々霧の濃さが増してきた。
視界は十数メートルが見通せる程度。
まだ視界に関してはある程度の確保は出来るようだ。
しかし、レーダーは完全に機能しなくなる。
リゼの獣人特有の天然探知機を当てにしていれば、ついに三人の前に一匹の魔物が現れた。
「ウォン!」と吠えて茂みから飛び出してきたのは、一匹の白い狼。
しかし、その狼の様子はおかしく、口からは緑色の唾液をボタボタと流し、前足の肩の一部から口がついた触手のようなものが生えていた。
「なんだコイツは? 新種......には見えないな」
リュートは右手を素早く柄に伸ばし構えながら言った。
リゼとスーリヤもそれぞれ武器の銃口を向ける。
「だいぶノイズが入ってたけど、今完全に『殺す』って言ってたわ。でも、正気じゃなさそう」
リゼは獣人特有の動物との会話能力で目の前の狼の声の聞こえた内容を言った。
それを聞いたスーリヤはここにくる以前の集団で襲ってきたトカゲを思い出す。
「ここに来る途中にもそのような正気じゃない魔物がいましたね。
もしかしたら、何か関係がありそうです」
「来るぞ!」
リュートが叫べぶと同時に、狼は一気に前進してきた。
その魔物にリゼがバンバンバンと数発銃弾を撃ち放つ。
しかし、それはサッと横に移動して躱された。
その移動した先にリュートが大剣を引き抜き、振り下ろす。
「っ!」
通常であればすでに片がついている場面だった。
しかし、狼は肩から生えた口のついた触手を近くの木に噛ませ、それで体を巻き取ることでリュートの攻撃を躱した。
その魔物は木の幹にガリッ爪を立てれば、強靭な脚力で木を蹴る。
木はその反動で小さく揺れ、木の葉を落とす。
狼が直進した先はリュートとリゼの背後にいるスーリヤの所。
その魔物は噛みつくように口を開けながらも、先に彼女を間合いに捉えたのは肩から生えた触手の方。
目が無くヌルヌルした顔に牙を生やした触手は彼女目掛けて飛んで来る。
スーリヤは標的を捕らえると、表情一つ変えなかった。
外さないようにギリギリまで間合いを詰めれば、バァンと触手を打ち抜く。
集弾性の高いタイプのショットガンだったため、触手を木っ端微塵に粉砕した。
しかし、それで狼の勢いまで殺すことは出来なかった。
スーリヤは素早くガチャンとリロードを挟むが、それよりも先に狼の噛みつき攻撃が届いてしまう。
彼女は大きく目を開き、ハッと息を呑んだ。
「しゃがみなさい!」
リゼの声にビクッとしたスーリヤはすぐにその場にしゃがんだ。
直後、彼女の頭上を飛ぶ狼の胴体目掛けて、リゼの後ろ回し蹴りが刺さる。
蹴り飛ばされたその魔物は地面を転がった。
しかし、狼はすぐに立ち上がり再びスーリヤ目掛けて飛び出した。
鋭い牙を見せつけ、大きな口を開けるその魔物にスーリヤはペタンと尻地面につける。
彼女の一メートル手前で「させるかよ!」とリュートの大剣が通り抜けた。
剣は的確に狼の頭と胴体を分離させた。
その肉片は慣性のままに動き地面を転がっていく。
魔物が完全に動かなくなった光景を見て、スーリヤは胸に手を当て大きく息を吐いた。
「悪い、危険に晒しちまった」
リュートが手を差し出せば、「いえ」とスーリヤは首を横に振って手を取った。
立ち上がれば恭しく頭を下げる。
「助けてくださりありがとうございます。おかげで命拾いしました」
「別に感謝されるようなことじゃないわ。
それよりもあんたを怖がらせてしまったことの方が申し訳ないわ」
そう言ってリゼは下唇を噛み、目線を下に向ける。
そんな彼女の態度にスーリヤは思わず頬が緩みむ。
「ふふっ、やっぱりわたくし、リゼさんのことが好きみたいです」
「な、何よ急に、気持ち悪い......」
「あら、そんな褒めてくださらなくても」
「あんた流の解釈するな!」
リゼの悔しそうな顔はどこへやら。
肩を上げ、体を強張らせる。
スーリヤにからかわれて彼女の陰鬱な空気は瞬く間に吹っ飛んでしまったようだ。
一方で、そんなスーリヤの気遣いを垣間見たリュートは、一人興奮した様子で先を歩いていくリゼを見ながら彼女に言った。
「ありがとうな、リゼの空気を変えてくれ。やっぱ、スーリヤを連れてきて正解だったみたいだ」
リュートがポンとスーリヤの頭に手を置けば、彼女は「え?」と彼を見た。
彼の大きな手が優しく自分の頭に乗っている、と目を大きく開かせた。
みるみるうちに彼女の頬に赤みが帯びる。
「そ、それはズルいですよ......」
スーリヤは手元をモジモジとさせれば、リュートから顔をそむけて言った。
スーリヤと言う人物は恋愛に関して自分で押しにも受けにも強いという自覚を持っている少女だ。
故に、押す時は恥も気にせずゴリゴリに押すし、相手から押してくるようなら全力で受け止める。
そこには常に余裕の笑みが浮かび、誰も自分の表情を崩せない......とまでが彼女の認識だ。
しかし、彼女は実の所不意打ちに弱いという弱点があったことには気づいていない。
今回、それが刺さってしまったようだ。突然の頭ポンはズルい! と。
スーリヤは自分のペースに戻すように一つ咳払いすれば、先ほどの戦いについて振り返る。
「そういえば、先ほどの魔物......通常個体よりも随分と身体能力が高い気がしました。
それにやたらわたくしを狙ってきましたし」
スーリヤの言葉にリュートは同意するように頷く。
「それは俺も気になるところだ。だが、現状ではまだ情報が足りない。
恐らくこの先に行けば理由がわかるかもな。だから、先に進もう。
今度はちゃんと守るから安心してくれ」
「はい、頼りにしてます」
そして、二人は足早にリゼの後ろを追いかけていく。
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