第24話 意外な行動力
「わたくし、夢だったんです。こうして好きな人と一緒に出掛けることが。
乗っているものが白馬ではありませんが、これはこれでワイルドさがあっていいかもしれませんね
リュートさんはどう思います?」
ギュッと胸を押し付けるようにリュートの胴体に腕を回すスーリヤ。
彼女は少し体を横に傾け、後ろから彼の表情を探りながら尋ねた。
「えーっと、俺は......とりあえず、リゼに睨む目を止めて欲しいかな」
リュートは苦笑いを浮かべながら言った。
そんな彼の証言通り、先ほどから腕を組んで半目でじーっと見て来るリゼの姿があるではないか。
リゼはふんっと顔を背ければすぐさま言い返す。
「だったら、伸ばした鼻の下を元に戻してから言いなさいよ」
「伸ばしてないと思うんだけどな......」
サイドカーにリゼを乗せ、バイクの後ろにスーリヤを乗せてそれを走らせるリュート。
彼は相変わらず胃がキリキリするような思いに駆られていた。
そして、思うはこの空気に対する悲しみ。
せっかく空はこんなにも青く澄み渡っていて、走りやすく見通しの良い草原の上で、心地よい風を浴びながらそんな気分にされなきゃいけないのか、と。
そんな状況はリュートが一人だったら今頃鼻歌でも歌っているであろう。
しかし、現在修羅場とは言えないが空気感はあまりよろしくない。
二人の乙女が絶賛バチバチやってるからだ。
ついには顔までくっつけて抱き着いてきたスーリヤが、リゼの燃える嫉妬の炎に余計に油を注いでいるのもある。
これでリュートのせいとはあまりに酷だ。
―――ピピピ
そんなこんなしていると、同時に全員の
彼らを囲む多数の魔力を感知したのだ。
リュートはすぐさまその機械から空中にレーダーの映像を出して、魔物が徐々にこのバイクに近づいて来るのを確認する。
「リゼ、右サイドの敵と背後の敵を頼む。逆サイドと正面は俺がやる」
「わかったわ。任せなさい」
「あら、ここはわたくしを頼ってくださらないの?」
リュートの指示に思わず不満を漏らすスーリヤ。
リゼがため息を吐きながら答える。
「あんた、昨日の時点で自分にエイム能力がないって言ってたでしょ?
だから、外したんじゃない」
「そうですが、敵も自分も動いてる状況で全ての敵を狙い撃ちというのも難しい話ですよね?
仮に近づかれるような状況になれば、運転しているリュートさんには対処が難しいでしょう。
なら、ここはショットガンのスーリヤにお任せを!
リュートさんに指一本近づけさせません!」
スーリヤはリュートから手を離せば、背負っていたショットガンを前に向ける。
両手で掴めば、胸を張って堂々とアピールした。
そんな彼女をリュートはチラッと見てリゼに言った。
「ま、本人がやりたいって言ってるんだったら任せてもいいんじゃないか?」
「......わかったわ。なら、しっかり守りなさいよ」
「お任せを!」
スーリヤが元気よく返事した。
すると、バイクの周囲から何体も小型の恐竜のようなトカゲが集まってきた。
強靭な脚力でもってバイクの速度に追い付いているようで、数体はバイクの前を走っている。
トカゲ達は何かを話し合うように声を発すれば、直後にそれらは一斉にリュート達に襲いかかる。
「迎撃開始!」
リュートがそう叫ぶと同時に三発の銃声が鳴り響く。
片方はサイドカーの座席に立って発砲したリゼの銃。
もう片方は左手に大剣を握ったリュートによる射撃だ。
それで両サイドから飛び掛かってきたトカゲは撃たれ、斬られた衝撃で吹き飛んだ。
トカゲ達はそのまま流れるように後方へ。
その攻撃を合図に次々とトカゲが近づき襲ってくる。
そのトカゲ達をサイドカーの縁に足をかけたリゼが右サイドと後ろの敵を的確に処理。
時折、前方の敵に銃弾を放ってリュートのフォローを入れていく。
リュートも同じように左サイドと正面を狙うが、彼はバイクの運転にも集中しなければならないのでずっと剣を振るうことは出来ない。
その隙間を狙うように近づいてきた敵。
「お任せを」
リュートのカバーするようにスーリヤがショットガンの銃口を向けた。
引き寄せ狙いが定まったところでショットガンの引き金を引く。
バァンと大きな銃声とともにノックバックしたトカゲが地面を転がっていった。
リュート達の迎撃により、トカゲ達は次々とバイクに置き去りにされていく。
しかし、それでも敵がどんどん溢れてくる。
まるでバイクに引き寄せられているかのように。
レーダーを確認して魔物を示す赤い点が周囲からたくさん集まってくることに、リュートは眉を寄せて愚痴を零した。
「なんたってこんな魔物が多いんだ? もう二十は倒したろ?」
「なんか様子がおかしいわね。偉く殺気立ってる気がする。魔物の声も聞こえないし」
「魔物の声とはなんですか?」
スーリヤが首を傾げれば、リゼは丁寧に教えた。
「獣人は人によって魔物の声が聞こえることがあるのよ。
元獣の血筋だからと言えばいいのかしら。
ま、今だと血の濃さと関係してるとか言われてるけど、私はその声が聞こえるタイプなの。
あくまである程度知性の高い魔物に限るけどね」
「なら、この魔物の知性が低いのでは?」
「そうかもしれないわ。でも、その代わり感情はよくわかるの。
そして、その感情で今この魔物達が縄張りを荒らされてると勘違いしてるわけでもないのに、ただ殺意を持ってこっちに牙を向いてる」
スーリヤと同じくしてリゼの話をに耳を傾けていたリュートは息を吐いた。
「ただ目の前に映ったやつを殺したくてうずうずしてるってことか」
「そんな感じ」
それからしばし、三人が迎撃していれば、リゼの耳がピクッと反応する。
リゼは後方から来る大きな気配に気づき、咄嗟にそっちを振り向いた。
しかし、その方向には何もない。
青々とした草原に、撃たれたトカゲが流れていくだけ。
リゼは一瞬気のせいかと首を傾げるが、すぐに獣人の感覚を信用することに頭を切り替える。
漠然と大きいな気配が近づいているのは気のせいではない、と。
リゼが周囲を探っているとピキィィィィ! と甲高い音が聞こえた。
その声に彼女は「まさか」と上空を見た。
すると、そこには二.五メートルほどある巨大な鳥がバイクと並走している。
巨大な鳥の魔物は大きく翼を動かし、下を見る。
狙いは当然この動く的だ。
直後、その魔物は爪を立てて急降下してきた。
リゼが気づいてからの急降下。
咄嗟に銃口を向けようとするが、その直後に横からトカゲが飛び掛かってきた。
仕方なく彼女はその魔物を迎撃し、同時にスーリヤに声をかける。
「真上から来てる! 狙いはスーリヤ、あんたよ!」
リゼの言葉にリュートは咄嗟に大剣を逆手に持ち替え、バイクの横に剣を戻した。
そこには大剣をバイクに取り付けられるホルダーがあるのだ。
そして、それを戻したということは運転に集中するということ。
「っ! 二人ともしっかり捕まってろ! 速度を落として攻撃を避ける!」
「いえ、お待ちを。来るのが分かっているのなら、問題はありません」
スーリヤは表情一つ変えず、デフォルトの慈愛の笑みでもって言った。
瞬間、彼女はバイクの後ろ車体がフラットなのを利用して大きく後ろに体を逸らしていく。
まるでバイクに仰向けで寝そべるような体勢だ。
さらにスーリヤは体を固定するために足をリュートの胴体に絡みつければ、そのまま真上にショットガンの銃口を向けた。
「わたくし、そう狩りやすい女ではありませんよ」
―――バァンッ
直後、下りてきた巨大な鳥の魔物に銃口から弾が発射される。
それは空中で一気に無数の小さい弾をバラまき、それら全てがその魔物の胴体に直撃した。
それはその魔物を大きくノックバックさせ、さらに体勢を崩した魔物は地面に落下して、あっという間に豆粒ほどの大きさまで遠ざかっていく。
「標的の排除を確認しましたわ」
スーリヤは逆さの視界で確認すると、スッと腹筋の力だけで元の姿勢に戻って行く。
すぐさまリュートから足を離し、その足も元の位置に戻した。
そして、少し恥ずかしそうに片手で赤く染まった頬に触れれば、リュートに言った。
「申し訳ありません、はしたない真似をしてしまって」
「いや、びっくりはしたけど大丈夫だ。随分と思い切った行動するんだな」
リュートの言葉に同意するようにリゼも頷いて言った。
「そうね。私もさすがに躱すかショットガンで威嚇射撃するかすると思ってたわ」
「ふふっ、わたくしに対する評価が二人にとって良い印象に変化したのなら良かったです。
こう見えてもわたくし、かなり思い切りの良い方でして」
自信があるように言うスーリヤにリュートはスッと目を遠くさせた。
「それは十分に知ってるかな......うん」
「なんせ初対面のリュートに求婚するほどだしね」
リゼが周囲を確認しながらリュートの気持ちを代弁する。
すると、スーリヤは頭を少し傾げ考えれば、瞬く間に先ほどの行動に対する意味を飛躍させた。
「あら、そうでしたか。ん? となりますと、わたくしほどのシスターが殿方の体に足を絡みつけるなんて実質的な既成事実なのでは?」
「ならないね」「なるわけないでしょ」
「二人して否定しなくてもよろしいのに」
悲しい顔こそしないが不満気に頬を膨らませるスーリヤ。
そんな彼女リュートとリゼは何度目かの疲れたため息を吐いた。
もはやスーリヤとのやり取りは今戦ってる魔物とのやり取りよりも疲れるのではないか、と二人はふと思うほどには。
トカゲ達との戦いを乗り越えれば、やがて目的地であるアルーサ山に近づいてきた。
その山に近づいて行けば、遠くからは見えなかったその山の異様な光景にリュートは思顔をしかめた。
「なぁ、この山ってこんな紫のようなピンク色のような霧を纏ってたっけ?」
「さぁ、知らないわよ。でも、普通の山ならまずこんな光景はありえないでしょうね」
「ということは、この山に異常事態が発生している可能性があるかもしれませんね」
リゼとスーリヤの意見もおおむねリュートが抱いていた気持ちと同じだった。
この山は何かおかしい、と。
「そうだな。ともかく、もう少し近づいてから歩いて山に入ろう」
*****
―――とある山の中腹
そこには丸くなる五メートルほどの巨大な白い狼がいた。
また、その魔物の間に、一緒になってうずくまる藍色の髪をした褐色の少年と巨大な魔物と同じ種類の白い狼がいた。
少年は体調が悪そうに顔を青くしていて、そのそばで一緒にピンクのスカーフをつけた二メートルほどの白い狼が寄り添っている。
寄り添う狼もぐったりとしていて、僅かに開いた目で少年を見るばかり。
そんな少年と一匹を見ながら、巨大な白い狼は呟いた。
『大丈夫だ。我が必ず助ける』
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