第21話 旅立ちと謎の少女

「え~、もう行っちゃうの? 明日にしない?」


「お母さん、それ絶対明日にも同じセリフ言うやつでしょ」


「後、一週間! いや、一か月、一年でもいいから! なんだったら永久に!」


「もはやそれ出発させる気ありませんよね?」


 <獅子の箱庭>の門の前の昼頃。

 空は雲ひとつない晴天で、出発するには相応しい天候だ。

 リュートは長いこと滞在していたが、ついにリゼが受理していた任務が終わったので、彼女を連れて国を出ることになった。

 その二人をマリーシアと双子の妹ハルとフユが見送りに来ているのが現在だ。


 寂しがるマリーシアの言葉にリゼはため息を吐き、リュートは苦笑いを浮かべた。

 最終的には仕方なさそうにマリーシアも納得してくれたようで、二人に言葉をかける。


「わかったわ。寂しくなるけど、元気でね」


「えぇ、わかってるわ」


「リュートちゃんもね。もうここを帰って来る場所だと思っていいからね。

 それじゃ、娘をどうかよろしくお願いします」


「はい、必ず守ります」


 リュートは力強く言い切った。

 その言葉にマリーシアは笑みをこぼし、リゼはそっと帽子のつばを下げた。

 すると、マリーシアと一緒に見送りに来ていたリゼの双子の妹が元気よく声をかけた。


「行ってらっしゃい、お姉ちゃん! リュートお兄ちゃん! お姉ちゃんは手紙送ってよ!」


「送れそうだったらね」


「リュートお兄さんもまた来てね」


「あぁ、二人とも元気でな。必ず会いに来る」


 ハルとフユの嬉しい言葉にリュートはそっと二人の頭を撫でた。

 その優しい撫で方に二人とも気持ちよさそうに目を細めていく。

 耳もピコピコ、しっぽゆらゆら。

 獣人特有の感情表現にもしっかり嬉しさが表れている。


「それじゃ、行ってくるわ」


「えぇ、今度は三人でね」


「最後までブレませんね」


 リュートは手で支えていたバイクに跨り、リゼはバイクについたいるサイドカーに乗り込む。

 彼がハンドルを捻り、バイクを走り出せば、リゼは家族の姿が豆粒ほどの小ささになるまで眺め、大きく手を振り続けた。


 なだらかな平地をバイクが颯爽と駆け抜けていく。

 太陽によって温められた風がリュートとリゼ達の周りを抜け、バイクが通過した近くの背の低い草が揺れる。

 バイクでしか感じられない風にリュートは目を細めながら、リゼに話しかけた。


「寂しくなるな」


「問題ないわよ。また会えるんだから」


 そう言いながらも寂しそうな顔を浮かべているリゼ。

 目線も風景を見ているようで、遠くに見える〈獅子の箱庭〉の方を眺めている。

 そんな彼女を見て、リュートはそっと「そうだな」と返答する。


 すると、リゼが「あ、そうだ」と話題を変えるように、午前中での出来事についてリュートに聞いた。


「そういえば、午前中に学院長から連絡来てたけど、本当に行かなくていいの?」


―――数時間前


 出発に向けて色々と必要品を買っている最中のリュート。

 その時、小型通信機アクシルがピピピッと音を立てた。

 彼が画面に目を向ければ、画面には「学院長」と文字が浮かんでいる。

 学院長ローゼフからの連絡だ。

 彼が画面の着信ボタンをタップすれば、学院長の声が聞こえてくる。


『リュート君、今時間は大丈夫かな?』


「学院長! はい、大丈夫です。何か頼み事ですか?」


『ハッハッハッ、勘が鋭いね。確かに君に話すことは頼み事もあるが、まずは君の妹君に関する情報だ』


「何か分かったんですか!?」


 学院長の言葉にリュートは食いつくように言葉を返した。

 そんな彼の反応の変化に一緒に買い物に来ていたリゼはただ横から様子を見続け、同じく学院長の言葉に耳を傾けていく。


 小型通信機の向こう側にいる学院長はリュートに情報を提供し始めた。


『まず初めに未だ君の妹君の場所は分かっていない。それに関しては申し訳なく思う。

 ただ、現状でわかっていることを君に伝えようと思っての報告だ』


「そう......ですか。わかりました。それで何がわかったんですか?」


『結論から述べよう。君の傭兵団にいた裏切った仲間ガーディは恐らく全くの別人だ』


「っ!? それは......どういう意味ですか?」


 驚くリュートの息遣いがわかったのか、学院長は事の顛末を説明し始めた。

 それは数日前、丁度リュート達が緑の巨人グレムリンと化したリゼの父親と対峙ていた時のことだ。

“銀狼の群れ”傭兵団が荒野に出発する前の最後に訪れていた街にて、謎の人物の不審死が見つかった。


 その死体は顔が潰されていた上に真っ裸にされていた。

 加えて、身元を証明するものは何もなく、捨てられていた場所はスラム街のゴミ捨て場の一角。

 その死体はガタイの良い男であったために、箱庭に住む暴力系集団の抗争で死んだ人物として、発見当時闘魔隊に処理されていたのだ。


 ここで、不審に思った学院長が派遣した部隊にその人物について調べてさせた。

 すると、その死体が握りしめていた拳から“銀狼の群れ”傭兵団の証である狼バッジが見つかった。


 このことにより、学院長はその死体がガーディ本人ではないかとより詳しい調査を始めたのだ。

 すると、傭兵団のメンバーとよく話していたという年老いた人物が、普段全くお酒を飲まないガーディが、その日はよく飲んでいたという情報を得たのだ。


 もちろん、それだけでは情報として不十分だ。

 さらに調査を進めれば、“銀狼の群れ”がその箱庭でちょっとした有名集団ということもあり、ガーディに関するたくさんの不審な言動が情報として集まった。


「確かに、俺も事件の前にお酒をめっちゃ飲まされたな」


 話を聞いていたリュートは、傭兵団に事件が起こった直前にもガーディがお酒を飲んでいたことを思い出した。

 加えて言えば、その時の彼はまるでリュートを泥酔させる勢いでお酒を勧めていた。


『あぁ、加えて、ガーディが不審な人物と取引するような場面を見たという人物もいた。

 なんでも緑色の液体が入った注射器のようなものだったらしい』


「それって......!?」


 学院長の話に聞き耳立てていたリゼは小さくつばを呑む。

 その様子にリュートはコクリと頷いた。

 二人は良く知っている――それは緑の巨人グレムリンになる薬品であると。


『故に、我々はその人物がガーディに成りすまして君の妹君を攫ったのではないかと判断した。

 そして、君達が壊滅したとされている荒野から一番近いのはグリューベルという街だ。

 しかし、私の予想からすればそこに彼らの拠点は無いと思われる』


「なぜですか?」


『そこは<皇帝の箱庭>が管理する街だからだ。あそこは魔法に対抗する科学が集まっている。

 君の傭兵団を潰した犯人はなんらかの魔法でもって成りすましている以上、そこは拠点にするには相性が悪い場所だからな』


「そうなんですね」


 リュートは少しだけ肩を落とす。

 妹への手がかりさえなくても、行ったかもしれない場所に行けば何かわかることもあったかもしれないからだ。


『あの時、君に魔族信者と思わせたのは、恐らく君に早々に成りすましと見破らせないためだろう。

 どうやら相手は用意周到に計画を立てて君の妹を攫ったみたいだ。

 居場所を掴むには今しばらくかかるかもしれない。それだけは承知しておいてくれ』


 リュートは小型通信機の画面を見ながら首を横に振った。


「いいえ、俺も本物のガーディが裏切ったわけじゃないって思えただけでもホッとしてます。ですから、その情報には感謝します」


『また有益な情報が集まり次第連絡する』


―――現在


 リュートはリゼの質問に対して返答した。


「ま、それは専門の人に任せて俺は俺に今できることをやるだけさ。

 もちろん、気にならないと言えば嘘になる。

 でも、俺が任された仕事もまた大切なものだ。

 ってことで、二人目の生徒を迎えに行く」


 サイドカーの端に膝を乗せ、頬杖を突きながらぼんやりと外を見ていたリゼ。

 彼女はチラッとリュートの表情にあまり曇りがないことを確認すれば、言った。


「それと学院長から頼まれた『とある人物を迎えに行ってほしい』って願いもね」


「そういや、そんなことも言われてたな」


 リゼの言葉は学院長がリュートに妹の情報を伝えた後に言った言葉である。

 しかし、その言葉に関しては全くと言っていいほど学院長から何も聞かされておらず、ただ「迎えに行ってほしい」と言われただけなのだ。


 学院長の言葉であるからリュートとリゼに不安こそないが、どうせ仕事を頼むなら出来ればもう少し事情を説明して欲しい、とは二人に思わせた。

 全く情報がない仕事程怖いことはないのだ。

 それが例え信用している相手の言葉であっても。


 そんなこんなで二日ほどバイクで移動すれば、迎えるべき人物がいるという村を訪れた。

 その村は家と家がかなり離れていて、その間に柵がありたくさんの魔物を飼育していた。


 魔物はほとんどが人類の敵とされているが、一部共存できる魔物もいる。

 共存できる魔物は温厚だったり、人懐っこかったりとする魔物が多いが、この村では本来なら人類と敵対するような魔物も飼っている。

 そんな魔物と心を通わせるのが魔物使いテイマーと呼ばれる存在で、どうやらここは魔物使いが育つ村のようだ。


 リュートはバイクを下りると、手で押しながら村の中を歩き始める。

 サイドカーから降りたリゼも彼の隣を歩き始め、様子を見るように辺りを見渡した。


 多種多様な魔物がのんびりと暮らしていて、一緒に遊んでいる子供もいれば、重たい荷物を運ばせている人もいる。

 普通の動物を農業に利用したり、商業に使ったりとする村や人はどこにでもいるが、魔物を使ってそんなことをするのはこの村ぐらいだ。


 魔物使いの人達も温厚な人が多いのか、よそから来たリュート達をあまり警戒することもなく、彼らを見かけては挨拶するだけ。

 そこは日々魔物を倒し続けてきた彼らからすれば、なんだか全く違う世界に来たような気分にさせる場所だった。

 そんな彼らの背後から一人の少女が声をかけた。


「もしや、あなたがリュートさんですか?」


 声にリュートが振り向けば、そこにはもみあげの一部が長く伸びたボブヘアーの銀髪少女がいた。

 スッとした鼻筋に優しくも力強いルビーのような透明感ある深紅の瞳。

 加えて、基本白一色に一部淡い水色と金色のラインが加えられた修道服を着ていた。


 恐らくこの人が迎える人だろう、とリュートは思いながらも間違ってたら怖いので一応声をかける。


「君は......?」


「初めまして、スーリヤ=オルコットと申します。

 以降、スーリヤで構いません。口調も普段通りで大丈夫ですよ。

 わたくしはこのしゃべりが普段通りなのでお構いなく」


 スーリヤと名乗る少女はカーテシーを行いながら、気品よく言った。

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