第2篇 息子の巣立ち
第22話 マイペースシスター
リュートとリゼの前に現れたのは気品溢れる少女スーリヤ。
彼女の姿は修道服のであり、どこかのシスターであるということは一目で二人とも理解した。
しかし、それぐらいしか情報がないので、リュートは素性を知るために話してみることに。
「俺のことを知ってるようだな。とはいえ、一応挨拶をしておこう。
改めて、俺がリュートだ。そして、隣にいるのが俺が集めている魔法工学学院の生徒の一人のリゼ」
「ご丁寧にありがとうございます。
ちなみに、学院長様から話を伺っているので、そちらの事情は把握しております。
ですから、詳しい説明は省いて十分ですよ」
「そうか。なら、今度は君のことを教えてくれ。
俺は逆に学院長から何も聞かされてないからな。
ってことで、早速俺は君を迎えに行くように言われたんだが、用件はなんだ?」
「一言で言えば、リュートさん達の旅に同行させて欲しいのです」
スーリヤのその言葉にリュートとリゼは思わず顔を見合わせた。
二人とも旅に同行させることは問題ない。
ただ、場合によっては危険が伴う旅になる可能性があるからだ。
それに出来るなら旅に同行する理由も聞いておきたいものだ。
さらに詳細に聞くようにリゼが質問した。
「その訳は? 聞かせられないことなら無理に話さなくてもいいけど」
「そうですね、これも一言で言えば家出です」
「「家出......?」」
リュートとリゼは首を傾げる。
なにか重たい事情があるのかと思えば、重たいとも軽いとも言い難い微妙な返しが来たからだ。
そんな二人の反応にスーリヤは肩を落として話始める。
「わたくし、シスターでありますが、日々ルールに縛られた環境に疲れておりまして、たまには外の景色を見て回りたいと常々思っていたのです。
そして、ついにわたくしが住む家での劣悪な環境に耐えきれず、こうして抜け出してきた次第でございます」
「それはなんとも思い切った行動をしたわね......周りはそれを止めなかったの?」
リゼの言葉にスーリヤは唇に人差し指を立てる。さらにウインクを添えて。
「止められないためにこっそりと抜け出してきたのですよ。
大丈夫です、すぐにはバレません。そういう後のことも考えて家出しましたから」
「別にそこの心配はしてないんだけど......」
どうにも活き活きと話すスーリヤにリゼは眉を寄せ、戸惑いの表情を浮かべる。
その一方で、リュートは事情を理解すると、あたまをかきながら言った。
「......これはどうやらとんだお転婆シスターみたいだな。だが、話は理解した。
なら、俺が生徒集めの旅の道中に付き合った後に家に送り届けるということでいいか?」
「話が早くて助かります。えぇ、それで構いません。それにしても――」
スーリヤは急にリュートの目をじーっと見始めた。
そんな彼女の行動にリュートは首を傾げ、リゼは素早くリュートとスーリヤの顔を見比べた。
瞬間、スーリヤはズイっとリュートに近づけば同時に顔を近づけ、深紅の瞳を縫い合わせるかのように彼の目を見た。
その非常に近い顔の距離感にリュートは驚き咄嗟に顔を逸らし、リゼも思わず目を見開く。
「ちょ、急になんだ?」
「あなたの目がとても“気持ち悪い”と思いまして」
「え、何その急な悪口」
「大丈夫ですよ、悪口ではありません。これはむしろ私からすれば褒め言葉です」
スーリヤはサッと顔を離した。
彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべて後ろに数歩下がっていく。
そして、彼女はその理由を話し始めた。
「わたくし、職業柄たくさんの人を見てきましたが、人間というのは実に歪んだ生き物だと思うのです。
どんな人にも善と悪が混濁していて、それがどちらに傾いてるかというのが人間。
そして、その割合の多くを占める方がその人の人間性として現れる」
「なら、その気持ち悪いってのは?」
「気持ち悪いというのは、そこにたくさんの悪意が含まれながらも少ない善を主の人間性として生きていることです。逆もまた然り。
わたくしはそんな気持ち悪い人が好きなんです。
だって、如何にも人間として歪んでるでしょう?」
その話を聞いたリゼは腕を組み、首を傾げながら言った。
「なんだか難しい話ね」
「気にしなくていいですよ。あくまでわたくしの好みの話ですから」
同じく腕を組んで聞いていたリュートは目を閉じ、顎を少し上げて考える。
そして、彼は思った。
正直、言ってることは全然わからないが......つまりこういうことか? と。
「要するに俺は君に気に入られたってことか?」
「はい、そういうことです。わたくしが思っている以上に歪んでいました。それは見事に」
スーリヤはパンと一回手を叩きながら、笑顔で言った。
そんな彼女の目を見てリュートは意趣返し......とまではいかないが、思ったことを言い返す。
「なら、逆に俺も言わせてもらおうか。君だって十分に歪んでるぜ?」
「どういう意味でしょう?」
「感性の話じゃない。その目の奥に何か巨大な闇を抱えてる気がする。
多くの闇を抱えた人間を見て来たからの意見だな。言うなれば、俺も職業病だ」
スーリヤの言葉がシスターによる人とのふれあいによるものだとすれば、リュートの場合は闇を抱えた人間が集まりやすい傭兵としての立場からの言葉である。
傭兵には様々な理由で人が集まるが、決まって良い話など無い。
そもそも好き好んで野蛮な集団の仲間になって魔物討伐なんて仕事をこなしたいと思う人はいない。というか、低収入でクサいし汚い。
魔物討伐であれば高収入、奇麗、クサくないという素晴らしい3Kが揃っている闘魔隊で十分だからだ。さらに都会に住めるという良いことづくめなのだ。
リュートの言葉にスーリヤは笑みを浮かべたまま、じっと彼の目を見た。
彼女はフワッといつの間にか彼との距離を詰めれば、彼の手を取っていく。
両手でギュッと握れば、問いかける。
「リュートさん、わたくしの夫にならない?」
「え?」
「は?」
スーリヤの言葉にリュートは目を白黒させ、リゼの瞳から光が消える。
一方で、スーリヤはは笑みを向けたままじっとリュートの目を見るばかり。
至って真面目に言っているようなのが非常に質が悪い所だ。
「わたくし、今ビビッと来ました。
こんなにもすぐさまお互いのことを知り得て、さらにはリュートさんは年上のお兄さん気質。
実は好みも年上派でして、さらには甘えさせてくれそうな人が良いと思ってたんです。
ほら、シスターの仕事って何かと堅苦しいことばかりでしょう? だから、甘えたいのです」
「ちょ、スーリヤ――」
「ちょっと、あんた! さっきから黙って聞いていれば、いい加減にしなさいよ!」
シスターなんだったらもう少し秩序ってものを考えなさいよ!」
スーリヤの爆弾発言の余波はリゼの怒りにも火を灯した。
しかし、スーリヤは涼しい顔でリゼの目を見返すだけ。
そんな余裕がある感じがリゼの口の端をヒクつかせた。
一触即発のリゼとスーリヤにリュートはすぐさま修羅場だと感じ、二人の顔を交互に見ていく。
逃げたいけど逃げられない。なぜなら、スーリヤが未だに手を放さないから。
今の彼は手錠をかけられてるも同じである。
リゼの言葉にスーリヤはヤレヤレと肩を竦めて言った。
「シスターだからって誰もが清純であると思ったら大間違いですよ。
確かに迷える子羊をあるべき道へ示すのがわたくし達の仕事です。
しかし、わたくし達はシスターである前に一人の人間、つまりな同じく迷える子羊なのです。
神に祈りを捧げていますが、わたくし達もその道が正しいと信じているだけで確証は何もないんですよ」
「なんか身も蓋もないこと聞いた気がするわ......」
スーリヤからのあまりもの明け透けな返答にリゼは毒気が抜かれたように息を吐く。
そんな彼女を見ながらスーリヤは言葉を続ける。
「というわけで、時に悩める人に寄り添って救うことはしますが、本質が人間であるということには変わりない。
つまり、ここで人間の感性として感情が動いて誰かに好意を寄せるというのも、何も間違った行動ではないということです!」
「.......」
スーリヤの熱い語りを聞いて何も言い返せなくなったリゼ。
彼女は察したのだ。ここはむやみに
スーリヤの手をリュートが自らそっと放していくと言った。
「えーっと、気持ちは嬉しいけどまだ君のこと何も知らないから.....それに俺に君の夫は早いかな」
「ということは、わたくしを知って行けばチャンスありってことですね!」
「やんわり断られたことに気付きなさいよ」
リゼがツッコめば、すぐさまスーリヤが言い返す。
「人間、時間が経てば意見が変わるものです。
だったら、変えればいいだけのこと。あなたもそうではなくて?」
「うっ......」
図星を突かれて二の句が継げなくなるリゼ。
彼女は送られる余裕のある目を見て思った。
自分の苦手なタイプが目の前にいる......って待って、今なんて言った!? と。
そんなマイペースなスーリヤにリュートは苦笑いを浮かべる。
このままこの話題を話し続けるのは不味い、と思い話題を変えた。
「そ、そういや、今スーリヤは一人でこの村にいるのか?」
「そうですね、護衛がいると面倒なことになるので」
「なら、ここまでどうやって?」
リュートが聞けば、スーリヤは「少しお待ちください」と近くの空き家へと移動していった。
空き家の中に入り、そこから何かを抱えて戻って来る。
彼女の両手に持つ武器を見てリュートは言った
「これは......ショットガンだな」
「えぇ、そうです。恥ずかしながらわたくし、エイム能力が無くて、さらに現在無能キャンペーン中なので、だったら狙わずとも高火力を出せるこれが最適解の武器だったのです。
この武器で親切そうな商人さんの荷馬車に乗せて貰って移動してきました」
「まぁ、合理的な判断ね」
リゼが呟けば、声が聞こえていたのか「でしょう!」とスーリヤは胸を張った。
そして、ショットガンを両手に持って構えれば、決め顔を添えて言った。
「というわけで、“ショットガンのスーリヤ”とはこのわたくしのことになりますね」
「そんな異名があるのか?」
「今名付けました」
「「......」」
リュートとリゼはこのザ・マイペースなシスターに対し、これから上手くやって行けるか不安になったのであった。
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