第20話 必ず力になるから
夜が更け、月光がカーテンの隙間から僅かな光を差し込む。
スラム街に近いこの家の外から聞こえてくる音はほとんどなく、どこかに潜む虫がリンリンリンと音を響かせるのみ。
静寂に包まれた部屋にリュートはいた。
小さなベッドの上でリュートは頭の後ろに手を組みながら寝そべる。
天井をぼんやりと見つめては、時々何かを思い出すのか寂しい表情を浮かべる。
そんな時、誰かが扉をノックして部屋を尋ねてきた。
「リュート、少しだけ話さない?」
声色からリゼだと気付いたリュートは寝そべっていた状態からそっと体を起こす。
そして、そばにある机の上においてあるライトに手を伸ばし、明かりをつけ返答した。
「あぁ、いいよ」
リゼが部屋に入れば、リュートはベッドに座ったまま彼女を迎えた。
「......失礼するわ」
普段と変わらない彼の様子をリゼは観察しながら、そばに近づいていく。
そして、彼女は「場所、借りるわよ」と言って、ベッドの端に腰を掛ける。
すると、彼女は隣に座るリュートに顔を見るわけでもなく、様子を伺うようにチラチラ目線を動かすばかり。
そんなリゼの様子にリュートは首を傾げる。
もしかしたら父親のことがまだ吹っ切れていないのかも、と思った彼は明るい声で話しかけた。
「話ってなんだ?」
「少し聞きたいことがあってね......話す前に、あんたは疲れてるでしょうから横になってて良いわよ」
リゼの提案にリュートは怪訝な目をしながらもすぐに答えた。
「別にいいよ」
「私は家主の娘よ。客人は素直に言うことを聞くこと!」
突然、リゼがリュートの肩を強く押した。
「うわっ!?」
バランスを崩したリュートはゴロンとベッドに横たわる。
彼はリゼの突然の行動に驚きながらも、素直に言葉に甘えることにした。
リゼがそういうのならまぁ、と。
彼が頭の後ろに手を組んでリラックスし始めた所で、リゼは話し始めた。
「あんたに聞きたかったことは一つよ。
あんたがどうしてここまで私達家族に良くしてるのかってこと」
「俺がリゼの家族になんかしたか?」
「したわよ」
リゼは自覚している。
今こうして自分がここにいるのはリュートのおかげ、と。
彼女は知っている。
先ほどの母親との会話でリュートにあげた報酬金を彼が全額返金してることを。
リゼは理解している。
そこにあった理由は全て「リゼの家族のため」であることを。
そこに気付かないほど彼女も愚かではない。
リゼはベッドに手をつけ、リラックスした状態になればリュートに改めてお礼の言葉を言う。
「今日は本当にありがとう。あんたのおかげで今日も無事に家族皆で食事が出来たわ。
お父さんのことは少しは堪えてるけど......でも、きっとあのままだったら今日という日はもう二度と来なかったと思うから」
「どういたしまして。だけど、もう感謝を言う必要はないぞ。仲間だから当然のことをしたまでだ」
「親しき中にも礼儀ありよ。感謝も出来ない恥知らずの女ではありたくないわ」
リゼは縛っていないブロンドの髪を揺らしながら、リュートの方へと振り向いた。
彼女は少しだけ前のめりになる。
そして、改めて彼に質問する。
「で、なんで私の家族にそこまで気をかけてくれるの?」
リゼの目が月明りを一部反射して輝く。
その目はじっとリュートを見ていた。
リュートは目を逸らせなかった。
そして、彼は思う。真剣な答えを求めてるようだ、と。
故に、彼はさっきははぐらかしてしまったが、今度は真剣に答えることにした。
「たぶん......羨ましく感じてるんだと思う。家族がいるという状況に。
前に少しだけ話したと思うが、俺は傭兵団に入る前に家族を失ってる。
そして、今度は傭兵団という家族を失った。さらに妹も攫われたしな」
「......」
「少し前まで当たり前のように感じていた日常が一瞬にして消えてしまった。
失った者は持ってる者を羨ましく感じてしまうんだ。
浅ましいガキっぽい感情を、俺は今も燻らせ続けてるだけだ」
リュートは片手を天井に向かって彷徨わせた。
まるで自分が伸ばした手の先に彼の脳裏に浮かべる人物達がいるかのように。
その手は決して届くはずはないのに。
「......それがあんたの今の気持ち?」
「あぁ、そうだ」
そんなリュートの寂しそうな目を見て、リゼは胸が締め付けられる思いになった。
辛い思いしてるのは自分ばかりじゃない。むしろ、リュートの方が、と。
そして同時に、彼女は先ほど母親と話していた言葉を思い出し、リュートの言葉に隠された裏に気付く。
「嘘つき」
リゼはリュートに聞こえない声でボソッと呟く。
彼女ははゴロンとリュートの横に寝転がった。
所謂、添い寝という形だ。
そんな普段のリゼなら絶対にしないだろう行動にリュートは目を大きく開いた。
「り、リゼさん? 何故、そんな行動を?」
「こっち向いて」
リゼの言葉にリュートは恐る恐る体勢を変えて横を向いた。
瞬間、非常に近い距離でリゼと目が合った。
その距離感に彼は思わず恥ずかしくなって目を逸らす。
一方で、リゼも頬を赤らめながらも、決して目を逸らさなかった。
瞬間、彼女はリュートの頭に手を伸ばし――抱き寄せた。
「っ!?」
リュートの顔にリゼの控えめだがしっかりとある女の子の柔らかさが伝わった。
一気にリュートの顔に熱が帯びる。
突然の状況に思考もショートしているようで固まっている。
そんなリュートの戸惑う様子を感じつつ、リゼは口を開いた。
「あんたも私に甘えなさい」
「.......?」
「今の私はきっと頼りない。あんたに甘えることもたくさんあると思う。
だけど、そんなお姫様みたいな状態でいつまでもいるつもりはない。
だから、今すぐは無理でも、きっとあんたの過去も背負える女になるから。
その時はあんたも思う存分私に甘えなさい。私は絶対に拒まないわ」
リゼは気づいている――リュートの本当の気持ちを。
リュートがこれまで自分や自分の家族に優しくし続けた本当の理由は「自分のように家族を失って欲しくない」という気持ちに違いない、と。
当たり前だった日常が突然壊れるのは何よりも恐ろしいことだとリュートは知っている。
そんな日常の象徴ともいえる“家族”を失うことを恐れてる。
だから、リュートは――家族を持とうとしない。
そんな考えが寂しいからリゼは彼に伝える。
「年上だからとか、お兄ちゃんだからみたいなそんな言い訳しなくていいから。
私はあんたが安心して頼れるような女になるから。
待っててなんて言わないわ、それじゃ遅すぎるもの。
すぐそばですぐに手を差し伸べられるように成長するから見てて」
リュートはそっと自分の頭を抱えるリゼの手を放すと、元の位置に顔を戻した。
真剣な目で見てくる彼女を見て、少し照れ臭そうにしながら聞く。
「いいのか? 俺は傭兵だからじゃないが、こう見えて色々いい加減かもだぜ?
それこそ君の父親みたいになるかもしれない素養がある」
「大丈夫よ、私がいる限りそんなことさせないから」
リゼは自信満々に言ってみせた。
そんな彼女の反応にリュートは興味本位で聞いてみる。
「仮にダメ人間になったとしたら?」
「その時は自分の母親を怨むだけよ。ダメ男に引っかかるのはあんたの血のせいだって」
「ハハ、マリーシアさんに迷惑かかるようじゃ気をつけないとな」
「だから、大丈夫だって。私がずっといるし」
「.......」
リュートは年上の余裕と言うべきものでなんとか平静を保っていた。
同時に、リゼが先ほどから全く持って気付いていないことにため息を吐いた。
言ってることは紛れもなくイケメンなんだけどな、と。
目の前で突然ため息を吐かれたことに顔をしかめるリゼはすかさず聞いた。
「何よ、ため息なんか吐いて。私、なんか変なこと言ってる?」
「言ってる言ってる、ずっと言ってる。
聞けば君の言葉はずっとプロポーズしてるみたいだぞ?」
「プロポーズって何言って.......っ!?」
リゼは最初こそリュートの言葉の意味がわかっていない様子だった。
しかし、冷静に自分の言葉を思い出し、いかに恥ずかしいセリフを真面目な様子で言っていたかに気が付けば、顔から火が出そうなほどに顔を真っ赤にしていく。
そして、体から大量に放出される甘い果実の香り。
突然香ったニオイにリュートは当然気付いた。そういえば、あの時も嗅いだニオイだな、と。
「そういや今日ずっと思ってたんだけど、なんかリゼの周囲から甘い香りがするんだけど......なんか香水でも使ってみたのか?」
その質問にリゼは熟れたリンゴのように頬を染めれば、強い口調で言い返した。
「う、うるさいっ! あんたには関係ない! というか、とっとの寝なさい!」
「いや、あの......さすがにこのまま寝るにはニオイが気になり過ぎるというか......っ!?」
突然リゼに胸倉を掴まれるリュート。
至近距離から強烈な甘いニオイが漂い、彼の意識は一瞬クラッとした。
なにか胸の内側からヤバい感情が込み上げてくる、と。
というか、絶賛ヤバいことになりかけてる、と。
一方で、リゼは恥ずかしさでリュートの様子に気付いてないのか、彼女は睨みつけて言った。
「いいから! 黙って! 寝る!」
「.......はい」
興奮したリゼに言われるがままにリュートは目を閉じていく。
しかし、彼はすぐに寝れるはずが無かった。
なぜなら、彼の体はニオイのせいで興奮状態であったからだ。
また、怒っている様子の割にはリゼが全くその場から離れようとしないのも理由としてある。
それから彼が寝付くまでに数時間の時を要した。
―――翌日
「ん......何?」
リゼは目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。
何かが顔にかかっているようで、寝ぼけながらに感じたのはそれが服だということ。
瞬間、彼女は一瞬にして起き上がれば自分の体を見た。
服は着ている。どうやら彼女の物では無さそうだ。
リゼはホッと息を吐けば、体を伸ばしながらその服を見た。
意識が覚醒してきたのか彼女は気づく。まさか、と。
「......やっぱし」
リゼが横を見れば、リュートは上裸になっているではないか。
さらに下半身は今にも脱ぎ掛けで、ギリギリ男のシンボルが見えて無い状態だった。
そんな彼の姿に彼女は顔を赤くする。
そう、彼女は目にしたのだ! 銀狼の群れ傭兵団名物、リュートの就寝中の脱ぎ癖を!
リゼは思わず叫びそうになったが、気持ちよさそうに寝ているリュートを見て何とか堪える。
そして、彼女は見ていて気付いた――リュートの体に残るたくさんの傷を。
傭兵は危険な職業だ。闘魔隊と並び、常に前線で魔物と戦い負傷する。
加えて、使っている武器は闘魔隊と比べると非常に質が悪いことがほとんど。
故に、傭兵をやっていて体に全く傷が無いという人非常に少ない。
リゼはチラッとリュートの顔を見て寝ていることを確認すると、恐る恐る手を伸ばした。
彼女の手は一度リュートの腹部を触れてビクッとするも、すぐに手のひらまでべったりとつけて傷の痕を擦る。
まるでリュートの体に刻まれた過去の戦いの記憶に触れるように。
リゼはリュートが寝ていることを良いことに数分と触り続けた。
リュートの鍛え抜かれたエイトパックといえる腹筋をさわさわ、さわさわ。
鼻息が少しだけ荒くなり、顔も紅潮していく。
彼女も年頃の乙女なのだ。
加えて、気になる異性となれば尚更。
そう、無防備なのが悪い。
―――カタッ
「っ!?」
突然の音にリゼは体をビクッとさせる。
音がしたのはリュートが動いたからではない。
もっと背後の方から。
瞬間、リゼはドアの方から視線を察知した。
すぐに向いてみればそこには隙間から覗くようにしてマリーシア、ハル、フユの親子トーテムポールがいるではないか。
「お母さん、お姉ちゃん何してるの?」
「何してるの?」
「ふふっ、思春期を謳歌してるのよ」
ハルとフユの質問にマリーシアが嬉しそうに答える。
リゼは恥ずかしさで思考回路がショートしたのか口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
ニオイこそ出てないが彼女の顔はまさに熟れた果実だ。
「ほら、お姉ちゃんの邪魔しちゃ悪いわ、二人とも行きましょ。そ・れ・と今日はお祝いよ~♪」
マリーシアの言葉にハッと意識を取り戻したリゼはすぐさま言った。
「ちょっと待ちなさい! バカ親!」
「んがっ!?」
そそくさと逃げるマリーシアと双子。
ベッドから飛び出して家族を追いかけるリゼ。
リゼの声が目覚まし代わりになって起きるリュート。
平和な一日が始まりを告げた。
****
―――時は少し遡り深夜
とある廃屋の中に丸テーブルにろうそくだけを立て、それを囲むように座る二人組の人物がいた。
その二人がいる場所に一人のひげ面の男が駆け込んでくる。
「なぁ、ボスが! 仲間が! 全員いなくなっちまった! 助けてくれよ!」
ひげ面の男は二人の男の目の前で躓いて転べば、地面に伏せった状態でそんな言葉を並べる。
その言葉に対し、恐ろしいほどに静かな二人組の一人がひげ面の男に向かって袖から何かを取り出し、サッとひげ面の男に投げた。
「がっ!?」
それはひげ面の男の額に直撃し、その男はバタンと倒れる。
その男を路傍の石のような目で見ていた二人組の男はゆっくり口を開き始めた。
「まさかこんな形で“悪食の爪”がやられるなんてな。
しかも、街中に
「緑の巨人がバレるのは時間の問題だった。だが、それ以上に問題なのは“血染めの狼”が生きていたことだ。これは急いで連絡しなければならない」
二人は立ち上がると颯爽と廃屋を出ていく。
その際、一人の男がろうそくを手にして、それを死んだ男の背中へと投げた。
燃えにくい薪に火を与え、二人は闇の中に消える。
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