第19話 家族にならない?

 ラフな服とズボンを履いて、首にタオルを巻くリュート。

 その服はリュートの外套の下に着ていた服ではなく、リゼの家にあったものだ。

 加えて、彼は濡れて艶が出た髪をし、僅かに頬を赤らめている。

 それはリゼ一家がお風呂を貸してくれたからだ。

 彼はマリーシアにお礼の言葉を言った。


「ふぅ~、サッパリした。ありがとうございます。お風呂や服まで貸してくれて」


「ふふっ、たまたま捨てるはずだった服が残ってただけよ。

 それに泊っていくんだからこれぐらいは当然のことよ」


「やっぱり、そういう方面に話を進めるために風呂に入るよう要求したんすね」


 リュートが苦笑いをしながら肩を竦めた。

 そんな彼に対し、マリーシアは口を両手で覆って言った。


「え、もしかしてこれからずっと入りたいって? つまり家族の一員になりたいってこと!?」


「どんな思考回路したらそんな結論に行きつくんですか」


 マリーシアの相変わらずの強気な姿勢ストロングスタイルの態度に戸惑うリュート。

 そんな彼の様子を気にすることなくマリーシアは自分の娘達に風呂を入るように伝える。

 そして、すぐに冷蔵庫の中で冷やしておいたワインボトルを手に取った。


「確か、リュートちゃんは飲める年齢よね? 良かったら付き合ってくれない?」


 特に断る理由も無かったリュートはマリーシアの晩酌に付き合うことにした。

 二人は食卓に向かい合って座ると、用意したワイングラスにリュートがワインを注いでいく。

 彼の代わりに、マリーシアが食卓につまみを少しばかり出した。


 白ワインが半透明のワイングラスを数センチほど染めたところで、リュートはワインをいただいた。

 手始めに彼はワイングラスをスワリングし、ワインの香りを嗅いだ。


「良い香りですね」


 リュートはワインに口をつける。


「それに味も思ったより飲みやすい」


「私が甘口が好きなだけよ。だから、口に合って良かったわ。

 それにしても、ニオイを嗅いでから味を確かめるって随分上品な飲み方するのね」


「傭兵時代にワイン好きの仲間から教わったのを思い出してそれっぽく行動してるだけですよ。

 こっちの方がカッコつくかなって。

 俺に上品さなんて微塵もありませんから」


「ふふっ、別に私の家でマナーなんてないから気にしなくていいのに。好きに飲むのが一番。

 でも、私の前だからってカッコつけちゃったのなら嬉しいわ。ん! 美味しい~♡」


 マリーシアはワインを一口飲めば、頬に手を触れさせて笑みをこぼしていく。

 耳はピコピコ、しっぽはゆらゆら。

 ただでさえ普段から色気が出ている彼女に頬の赤みがプラスされ、余計に色気が溢れ出る。

 そんな彼女の姿を見ながら、リュートは何気なく質問した。


「普段から飲まれるんですか?」


「たまによ。リゼが付き合ってくれたのなら良かったけど、あの子そこまで強くないし。

 それにそんなことにお金を使うぐらいなら貯金した方が良いって。

 お父さんがお酒で酷かった時のことを知ってるから、あまりいいと思ってないのかも」


 リュートはコメントに困り、「あ~」と声を漏らし苦笑い。

 そんな彼を見て微笑むマリーシアは感謝の言葉を言った。


「だから、今日は付き合ってくれてありがとう。

 やっぱり、一緒に飲んでくれる相手がいると嬉しいのよ」


 その時、リュートは「お金」というワードを聞いてあることを思い出した。

 彼は腰のポーチからいくつかの小銭袋を取り出し、それをテーブルの上に差し出す。


「これはもしかして......結納金?」


 マリーシアは目を見開き、口を手で覆って言った。

 その言葉にリュートはもう普通に対応し始めた。


「違いますよ。意地でもそっちの方向へ持ってきたいようですけど。

 これはリゼが受けたクエストの俺が貰った分の報酬です。

 リゼは俺が協力したからと報酬金の半分を渡してきましたが、本来はリゼ一人が貰うはずで家族宛に送られるはずだったお金です。

 どうせ本人に渡そうとしたところで受け取らないでしょうから、これを代わりに受け取ってください」


「そう言われても......リュートちゃんはお金の方は大丈夫なの?」


 リュートの懐事情を心配するマリーシアに、彼はすぐに首を横に振った。


「俺は学院側から一定額の援助金みたいなものが貰えますから、お金の方に苦労することは無いと思います。

 これでご自身や娘さん達に使って少しでも良い暮らしをしてもらえればと」


「そこまで言うのなら......わかったわ」


 マリーシアは仕方なさそうに小銭袋を受け取りながら、同時にリュートに聞いた。

 どうしてそこまで気遣ってくれるのか、と。


「リュートちゃん、どうしてそこまで私達家族を気にしてくれるの?」


「リゼの家族がこれからも幸せに過ごしていくことを願っているだけ.......と言えたらカッコ良かったんでしょうが、正直な気持ちを言うと自分が出来ない親孝行をリゼの家族にすることで、少しでも親孝行した気分になりたいだけだと思います」


 リュートは目線を下に向け、机の上にある拳をギュッと握った。

 そんな彼の明らかな様子の変化にマリーシアは眉をひそめる。


「つかぬ事を伺ってもいい? リュートちゃんの家族って......」


「亡くしました......それも二回も。

 一回目は本当の両親で、二回目は自分をここまで育ててくれた傭兵団の仲間。

 生き残ってるのは妹だけですが、その妹も今はどこにいるのやら」


 リュートはワイングラスの半透明な液体の中に映る自分の顔をぼんやりと見つめた。

 そして、ふと不幸自慢のような自分語りをしてしまったことに気付き、慌てて言葉を続けていく。


「あ、すみません、余計なことを話してしまって」


「大丈夫よ、私から聞いたのだから。むしろ、私の方こそ興味本位で聞いてしまったことに対して謝るわ。ごめんなさい」


「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ」


 そう答えながら優しい目をするリュートに、マリーシアはやきもきした。

 彼女はそっと手を伸ばすと、彼の手を取り両手でギュッと握る。


「リュートちゃん、私達の家族にならない?」


「ついに正面から言ってきました......ね......」


 リュートは最初こそ冗談かと捉えた。懲りないなぁ、と。

 しかし、あまりにも真剣な目をするマリーシアを見て、だんだんと彼の言葉のトーンが尻すぼみになっていく。

 これまでの冗談めいた言葉ではない本気の意志がその瞳にはあったから。


「リュートちゃん、リゼや私達家族に親切に出来る優しい心を持っているのは、あなたの魅力的な部分だと思うわ。

 でも、それは決して自分には優しくしなくていい理由にはならない。

 リュートちゃんも誰かに苦しいって言っていいの、辛いって言っていいの」


「......」


 マリーシアは親としての立場故に気づいたのだ――リュートの心の奥の本音を。

 だからこそ、彼女は提案した。

 幸い、娘も彼相手であればワンチャン承諾してくれるだろう、という多少の打算もありつつ。


 そんなマリーシアの言葉にリュートは手を放してもらうと答えた。


「とても嬉しい気持ちですが、俺はたぶん呪われてると思います......家族を失うという呪いが。

 ですから、申し訳ないですが断らせてもらいます。それに俺はもう生き方を決めましたから」


「......そう、わかったわ」


 マリーシアは仕方なさそうにため息を吐く。

 そして、せめて彼にこの家に泊まっていくように伝えた。


 リュートはそれぐらいならと承諾し、マリーシアに二階の一部屋を貸してもらうことに。

 酒を飲んで眠くなった彼は一足先に部屋へ向かった。


「聞いてるんでしょ、リゼ」


 一人食卓に座るマリーシアは、すぐ近くの扉の後ろで立ち聞きをしている娘に声をかけた。

 すると、彼女の予想通りリゼがドアを開けて入ってきた。

 獣人の聴力はこれぐらいの気配察知はお手の物なのだ。


 ゆったりとした服に短いハーフパンツを身に付けたリゼ。

 彼女が食卓に座ったところで、マリーシアは率直に聞いた。


「リゼ、リュートちゃんのことは好き?」


「な、何よ急に......私はただ先に寝てしまった妹の報告をお母さんにしようとしただけよ。

 その時にたまたま聞いてしまっただけで......」


 リゼは急な質問に動揺して言った。

 彼女の返答にマリーシアは冷静に問い詰める。


「リゼ、それは回答になって無いわ。私はただ好きか嫌いか聞いてるだけよ」


「.......それはまぁ、多少は」


 相変わらず素直じゃない娘の言葉にマリーシアは肩を竦める。

 しかしすぐに、尻尾が大きく揺れるほどには娘の正直な体に笑みをこぼした。


「なら、今からプランBを始動します! 名付けて既成事実作戦!」


「は、ハァ!? お母さん、本当に何言ってんの!? 酔っぱらってるでしょ!?」


 突然の母親の爆弾発言にリゼはすぐさま言い返した。

 こんなの酔ってなきゃおかしい、と。

 しかし、彼女の気持ちと裏腹に、マリーシアは大きく首を横に振った。


「私はこれぐらいで酔いませ~ん。そして、至って大まじめです」


「そもそもさっき断られてるでしょ。それ以上の押しつけは逆に彼に迷惑よ」


「断られることは想定済みよ。

 肉食動物に見えたガードが固い草食動物ってのは最初の印象でわかってたから、それを前提で話を進めてたの。

 もちろん、これまで言ったことは全て本音よ? それで成功すれば一番だったけど」


 リゼは頬杖をつく。目つきを細くして。


「私の意思は?」


「そんなものは事後承諾でも大丈夫よ。どうせわかりきってるんだから。んでしょ?」


「ま、まぁ......」


 リゼは視線を逸らした。反応もおざなり。

 しかし、耳は過剰に反応してピコピコ。

 そんな娘の可愛らしい反応にマリーシアはニッコリ。


「そこで使ったのが譲歩的要請法って方法。

 たまたま本で読んだ知識だったけど、上手く言って良かったわ。

 そのおかげで無事にリュートちゃんを泊まらせることが出来た。

 というわけで、後は娘の頑張り次第。ガンバ♪」


「お母さんも大概な性格してるわよね......ハァ」


 リゼは母親の思考に肩を竦めれば、そっと席から立ちあがった。

 彼女としても聞いてしまった手前、リュートが家族という存在をどう認識しているか理解したのだ。

 それこそこれまでの関りから母親以上に。

 だから、これからすることはあくまで彼に対する恩返しである。


「既成事実は作らないわ。今日やったらどうなるか、お母さんだって知らないわけでもないでしょ?」


「チッ」


「この人、ワンチャン狙ってたわよ......ハァ、少しだけ話をしてくるわ」


「頑張ってね~♪」


 マリーシアに手を振られて見送られるリゼ。

 彼女は二階に上がって彼がいる部屋の扉の前に立った。

 体を僅かに強張らせ、高まる鼓動にゆっくり深呼吸を繰り返す。

 覚悟を決めればドアをノックした。


「リュート、少しだけ話さない?」

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