第18話 家族で食事
時刻はすっかり陽が沈み夜となった。
スラム街は静寂と暗闇が訪れ、闇の住人が人の目を盗んで活動する時刻。
一方で、都心部では街灯と月明り、そして建物から漏れ出た明かりが夜道を照らす時刻でもある。
その時間まで闘魔隊の施設で事情聴取を受けていたリュートとリゼ。
ついでに治療も受けていた二人はやっと解放され、リュートはリゼを彼女の家まで送り届ける道中だった。
彼は頭を後ろに組み、溜まった疲れを吐き出し彼女に話しかけた。
「思ったより時間かかったな」
「......」
「だが、“悪食の爪”の日頃の行いのおかげで、俺達が疑われることがなかったから良しとするか」
「......」
一人リュートが話しかける中、リゼはずっとだんまりの様子で俯いていた。
彼女の耳はペタンと倒れ、しっぽも力なくダランと下がっている。
元気がないのは火を見るよりも明らかだ。
そんなリゼの姿をリュートは横目で見て、彼女の心中を察しながらも聞く。
「今回のこと、マリーシアさんには言うのか?」
リゼは力なく首を横に振った。
「......言うつもりはないわ。もうお母さんからすれば
それに知らない方が良いことだって世の中にはたくさんあるわ」
「そっか、そう決めたのなら俺はもうこの話題は聞かない。
強いんだな、リゼは。こんな時にも家族のためって」
「強くないわよ。今回、私はあんたに助けられてばっかで......最後だって一人で引き金を引けるかどうか怪しかった。
あんなに覚悟を決めたのに......お父さんが一番父親らしい頃の面影を見てしまっただけでブレてしまった」
リゼの言葉にリュートは夜空の月を見上げれば、思ったことをそのまま口から出した。
「そりゃ、当然の結果だろ。自分の親だからってそう簡単に割り切れる方が少ない。
だから、何度もブレてその都度覚悟を決めて、それでもブレてしまうようなら誰かに頼れ。
頼ることは恥じゃない。生まれた時から完璧超人ならいいが、そんな人間いないからな」
リゼは潤んだ目でリュートを見た。
その潤んだ瞳は彼の姿を反射させていた。
彼女はそっと隣の彼の袖を摘まむと、無言のまま歩く。
リュートも無言のまま歩行ペースだけ合わせて歩く。
それから数分後、二人はリゼの家に辿り着いた。
リゼを無事安全に送り届ける使命を果たしたリュートはすぐさま帰ろうとする。
その時、リゼは「待って」と声をかけて、外套の裾を掴んだ。
「今日はもう少し一緒に居て欲しい......ダメかしら?」
普段強気な目が特徴的なリゼのどこか甘えたような上目遣い。
時折恥ずかしくなって逸らす視線が、彼女の言葉の本気具合を表していた。
その姿を見たリュートは、リゼをいつか昔に見た
ネリルも昔一緒に寝たいとか言ってたな、と。
「......わかった。俺もそろそろ宿屋の飯に飽きてたところだから丁度良いしな」
「良かったわ。ただ、貧しい人間の家でタダ飯なんて図々しいわね」
「え、あ、それはごめん......」
「ふふっ、冗談よ。どうせお母さんなら喜んで作るわ」
リゼがイタズラっぽく笑った。
どうやらいつもの調子に戻ったようだ。
しかし、掴んだ外套の裾だけは放すことはなかったが。
リュートがリゼに家に招き入れてもらえれば、マリーシアが出迎えてきた。
エプロンをかけお玉を右手にもったマリーシアの姿は如何にも主婦といった感じだ。
マリーシアはいつもより帰りの遅いリゼを心配した様子だったが、彼女とリュートを見た瞬間にたちまち顔をパァと明るくさせて、尻尾を激しめに振った。
「あら、おかえり。今日は随分遅かったのね」
「えぇ、ちょっとした野暮用でね。
それで今日はリュートを食事に招こうと思ってるのだけどいいかしら?」
「え!? ついにリュートちゃんが泊りに来るのね!」
「あれ、おかしい。一瞬にして話が飛躍している」
ルンルンとした様子マリーシアに背中を押されて歩くリュート。
彼は招き入れられたというより、引きずり込まれる形でリゼの家にお邪魔した。
そして、マリーシアが「腕によりをかけて作っちゃうわよ♪」と張り切った様子でキッチンへ向かうのを見ながら、リュートは先ほどの母親の発言についてリゼに聞く。
「相変わらず元気な人だけど......リゼ的にはマリーシアさんの言葉を否定しなくて良かったのか?」
「どうせあんたが勝手に否定するでしょ。それに今日はもうそんな労力残ってないだけよ」
リゼの顔には疲労が見えていて、今日の出来事もありで母親の暴走を止める余力がないのだろう。
リュートは「なるほど」と全然納得してないがとりあえず言葉だけ返した。
その時、彼の両サイドの足に何かがぶつかった。
そっと足元を見てみれば、ちっちゃいリゼのような
「この二人はリゼの妹か?」
リュートがリゼに聞けば、リゼは近くの食卓の椅子に座って答えた。
「ハルとフユよ。こっちのポニテールの方がハルで、後頭部で一つ縛りしてる方がフユ。
髪型で区別するといいわ。大抵その髪型してるから」
「双子の区別の仕方教えてくれるのはありがたい」
全く瓜二つの顔が足元にいるので非常に区別がしづらい、というのがリュートの最初の印象だった。
しかし、そういう特徴的なものがあるのなら区別もしやすいというものだろう。
良く見ればハルの方は力強い目をしていて、フユの方はデフォで八の字眉をしているようでそういう区別の仕方もありそうだが。
リゼが頬杖をついてリュートに興味あり気なハルとフユをぼーっと見る。
一方で、リュートは挨拶するために双子に目線を合わせた。
「初めまして、俺はリュートだ。名前は好きに呼んでくれ」
「それじゃ、リュート兄ちゃんね!」
「よろしく、リュート兄さん」
ハルが元気な様子でちゃん付けで呼ぶのに対し、フユは控えめな声でさん付けで呼んだ。
意図せず区別の仕方が増えたのはリュート的にも嬉しい誤算。
すると、溌剌とした目をするハルは「ねぇねぇ」と袖を引っ張ると、リュートに聞いた。
「リュート兄ちゃんってお姉ちゃんの彼氏でいいの?」
「ぶふーっ!」
それに対し、マリーシアの血を引いてれば、ある程度そういう質問が来るであろうことを想定していたリュートは落ち着いた様子で返す。
「ハハッ、そういう関係ではないんだな」
「それじゃ、振られたの?」
「違うよ、ハルちゃん。そういう意味じゃないと思う。きっと旦那さんって意味なんだと思う」
「ぶふーっ!」
「おっと、俺に対するフォローかと思えば、ただの解釈訂正だったな」
リュートが面食らった様子でツッコむ一方で、続けざまに来る
そんな姉の姿にハルが「お姉ちゃん、汚い」と言ってくる。
そのことにリゼは少しだけイラっとした。
一体どこの双子のせいよ、と。
すると、お疲れ気味のリゼに代わってリュートが訂正し始めた。
「ハル、フユ、二人の認識は間違いだ。
俺とリゼは学院の雇われ人間と学院が重宝する大切な生徒。
一言で簡単に言えば、主従関係だ。ちなみに、リゼが上な?」
「あんた、その伝え方もどうなのよ。それじゃ、私があんたを顎で使ってるみたいじゃない」
「つまりSMってことか!」
「違うよ、女王様と卑しいブタさんだよ」
ハルとフユの言葉にリュートは目を白黒させた。
当然だ、小学生ぐらいの子から聞く単語ではない。
一体どのタイミングで聞く機会があるのだろうか。
おおよそ元凶に察しがつくが。
彼は振り返り、リゼを目を細めて見る。
「リゼさん、一度お宅の子供に対する教育の程を説明してもらってよろしいか?」
「し、知らないわよ! 私だって二人がこんな言葉使うなんて初めて知ったんだから!
あんた達、一体どこからそんな汚い言葉を覚えてきたの!?」
リゼがそう聞けば、ハルとフユはそれぞれ人差し指を顎に当て、互いの顔を見合わせた。
そして、二人は「あれだよね?」「うん、あれ」と確認し合えば言った。
「「お母さんがたまに買ってきて読んでる本」」
「あの人、どんなジャンルの本読んでるのよ......」
「あの人、どんなジャンルの本読んでんだよ......」
リュートとリゼはたちまち頭を抱えた。
世の中を生きていく上で別に知らなくていい知識を得た経緯が、ませた友達からではなく実の母親の読んでる本からという事実。
特に、それを思わぬ形で知ってしまったリゼの衝撃は計り知れない。
当然か、母が意図せしない形で自分の娘の人格形成にとんでもない知識を与えてるなんて思うまい。
というか、母親の性癖なんて知りたくもなかっただろう。
「皆、ご飯出来たわよ~。席について~」
シチューのような白くドロッとした液体にたくさんの具材が入った大きな鍋を持って、
当然ながら、全く気付いていない母親のニコニコした様子に、リゼは毒気が抜かれたようにため息を吐く。
一方で、リュートはマリーシアの姿を見てふとボンテージ姿を想像してしまい、必死に頭から拭おうと首を振る。
そんなこんなの時間がありつつ、リゼとリュートが隣り合って座り、机の反対側にマリーシア、その両サイドにハルとフユが座っていった。
「それじゃ、今日というめでたき日を祝って獣神ヴァリオン様に感謝を捧げ、恵みの食事に感謝しましょう――いただきます」
「「「「いただきます」」」」
マリーシアの言葉に続けて全員が手を合わせていく。
それから、談笑とともに楽しい食事が始まった。
夜はまだ続いていく。
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