第17話 親殺し
不敵な笑みを浮かべるリュートと覚悟を決めた目をしたリゼ。
そして、二人の間に結ばれた確かな「信頼」の証。
今の二人に臆する心などない。
その二人の目の前には巨大な図体をしたリゼの父親だったもの――
緑の巨人は手元に寄せた娘が奪われたことに腹を立立てているのか、しきりに地面をバンバンと叩く。
真っ黒な目からは確かにリュートへを睨んでいた。
その時、リゼとリュートはは緑の巨人がケガした手首を再生させてるのに気が付いた。
「リュート、あれ見て。あんたが斬った手首が煙を出しながら再生してる」
「ってことは、生半可な攻撃じゃジリ貧ってわけか。
なら、火力担当は俺がやる。リゼは援護を頼む」
その言葉にリゼは首を横に振った。
「いいえ、私も接近するわ。確かに私はガンナーだけど、戦い方は近接寄りだから」
リュートは心配するように見るが、最終的には「わかった」とリゼの提案に賛同した。
しかし、彼女の精神が危うい状況にあるのも察しているので、彼は負担を感じさせないようにフォローの言葉を入れた。
「危なくなったら助けてやるから安心して飛び込め!」
「遠慮しておくわ。いつまでもあんたに助けられるお姫様でいる趣味は無いのよ!」
リゼは頬を緩ませて答えた。
リュートとリゼは顔を見合わせ頷き合えば、同時に飛び出した。
そんな二人に緑の巨人は言語が崩壊した雄叫びを上げる。
緑の巨人は腹から生えた巨大な四本の腕でもって叩きつけるように攻撃してくる。
先ほどと同じようにリゼに執着しているのか、攻撃のほとんどが彼女に向かって行った。
「もう捕まらないわよ!」
リゼはそれを難なく躱していく。先ほどよりも足取りが軽い、と。
それは信頼できる味方のおかげか、覚悟が決まったおかげか。
躱した隙間から銃口を向け、引き金にかけた指が数ミリ引き金を押し込んだ。
一瞬、彼女は目を閉じ一つ息を吐けば、強いまなざしで目を開ける。
引き金を引いた。
銃口から放たれた雷の弾丸は緑の巨人の腕の合間を縫っていくように進んでいき、腹に直撃。
その痛みに緑の巨人はやかましく叫んだ。
直撃した箇所には穴と黒い焦げ跡が出来ていた。
その怯みの隙にリュートが進行していく。
「ア″ァ!」
緑の巨人はすぐさま近寄る敵を、娘を奪った男を排除しようと腕を横に薙ぎ払った。
リュートの腰辺りまで厚みのある燃える手が地面と水平になって横から向かって来る。
その攻撃を彼はジャンプして躱す。
直後、その動きを読んでいたように着地したタイミングを狙って次なる燃える手がやってきた。
時間差の薙ぎ払い攻撃。加えて、今度の手の向きは掌を地面に対し垂直に立てた向き。
さすがのリュートもこの攻撃を躱す術はなく、巨大な手は彼に直撃した。
彼は大剣の腹で直撃を避け、さらに足を伸ばして突っ張ることで攻撃を受け止める。
彼は歯を食いしばり、大剣が折れないことを願いながら力一杯腕で押し返す。
最終的に十メートルほど引きずられたが、薙ぎ払う手を完全に制止させることが出来た。
彼は腕力で緑の巨人の手を弾き返した。
僅かに動くスペースが出来る。
リュートは弾き返した手を足場にすれば、空中に飛び出した。
順手に持っていた大剣を逆手に持ち替え、思いっきり緑の巨人の腹へ目掛けて投げる。
大剣はグサッと緑の巨人の腹に深く刺さった。
そこに銃口を向けるように右手の指鉄砲に左手添えて、指先に魔力を込めた。
「力を借りるぜ、リゼ!――重雷球」
指先に大きな雷の弾丸が出来ると、それを緑の巨人に向かって発射。
緑の巨人は眼前に来るそれに巨大な手を一つを差し向け、大きな手のひらで受け止めた。
直後、雷の球は近くにあった大剣へ電気を走らせ、緑の巨人の全身にたちまち雷が走り流れる。
「ちょっと! それをあんたがやると私の立つ瀬が無いでしょ!」
リュートの行動にリゼは顔をムッとさせた。
彼女は緑の巨人の懐に走り込んでいくと、彼の大剣の柄を足場にして緑の巨人の頭上を越えた。
緑の巨人の顔面に銃口を向ける。
リゼは目が合った一瞬また引き金を引く指が強張った。
しかし、しっかり見ながら引いた。
二発の銃弾が額に直撃する。
「イア″イィィィィ!」
緑の巨人が頭のすぐ下にある短い手でもって顔面を覆う。
直後、辺り一面を叩き潰すかのように暴れ出した。
手をバンバンと地面を打ち付けたり、腕を横に振ったり。
近くにいた動くこともままならない痩せた犬は潰れ、古い民家は瞬く間に薙ぎ払われて、バキバキに折れた木材が数メートル宙を舞った。
それはまるで子供の癇癪かのようで、その暴れっぷりは周りに被害をもたらしていく。
その行動を見たリュートはすぐにリゼに声をかけた。
「リゼ! 被害を最小限に抑えるぞ!」
「わかってるわよ!」
リゼはバンバンと銃弾を撃って手を怯ませ、リュートは素手で緑の巨人の手を弾き返す。
するとその時、リュートはたまたま振り下ろされた手の真下に子供がいることに気が付いた。
彼はすぐさま向かうと、頭上で腕をクロスさせ攻撃を受け止める。
怯えた表情の子供に、彼は笑顔を見せながら言った。
「大丈夫か? 無事なら早く走って逃げな」
「う、うん、ありがとう!」
子供が端って離れていくのを確認すると、手を弾き返した。
直後、横から腕が迫って来る。
「それはもう散々食らったから腹一杯だ!」
リュートは跳躍して躱せば、空中からすぐさまリゼを探した。
彼が見つけた時、彼女は背後にいる老人を庇って緑の巨人の横薙ぎ攻撃をガードで受けたようで、思いっきり吹き飛んで民家に吹き飛んでいった。
「リゼ!」
リュートは思わず叫ぶ。
彼は着地すると、すぐさまリゼが吹き飛んだ場所に向かった。
すると、彼女は体にかすり傷を負ってるが無事な様子。
古い家屋の木が重なってクッション代わりを果たしたみたいだ。
「立てるか?」
「えぇ、ありがとう」
リュートが手を差し伸べれば、リゼは右手を伸ばす。
彼女の手は銃で塞がっているので、彼は手首を掴み引っ張り起こした。
「無事みたいで何よりだ」
「運が良かったわ。それよりも、あんたの方が無事......って完全に腕がボロボロじゃない! 大剣はどこにやったのよ!?」
「君の親父の腹」
「そういえば、そうだったわね......それにしても、あんたその腕......」
リゼはリュートの腕に巻いてある包帯がボロボロになっていることに気付いた。
さらにその下に隠された魔族の刺青にも似た何かが腕に刻まれてることにも。
彼女は思わずじっと眺める。
そんな彼女にリュートはサラッと言った。
「これか? これは俺が生まれた村でつけられたものだ。
どういう意味があるのかわからないが、魔族信徒の刺青と勘違いされないように包帯で隠してるだけさ。気分悪くさせたのなら謝る」
リゼは視線を外し、口の端を僅かに上げて返答する。
「別に、例えあんたの体に魔族信徒である刺青があったとしても、助けてくれたあんたを信じるわ。
それに仮にあんたが実は魔族信徒で私を騙そうってのなら、私は男を見る目が無かった話になるだけ」
「......ありがとう。信じてくれて」
「大したことないわよ。それに見た感じでも、クソ親父よりもあんたのその刺青の方が奇麗みたいだしね。さ、決着をつけましょう」
「あぁ、そうしよう」
リュートとリゼは緑の巨人を見る。
緑の巨人の方も落ち着きを取り戻したのか額を短い手で覆いながら、巨大な手でもって体の向きを二人のいる方に変えた。
「行くぞ、リゼ」
リュートが走り出す。
「えぇ、いつでも」
半身遅れてリゼも走り出す。
二人へ緑の巨人が再び、四本の巨大の手でもって叩き潰すように攻撃してきた。
その時、リゼはリュートに声をかけた。
「リュート、私の少ない魔力のほぼ全部を使って一時的に動きを止める。その間に攻撃して」
「わかった」
リゼはリュートより前に出ると、上空に向かって銃口を向けた。
両手の銃を左右に開くようにして、大き目の雷の弾丸を発射していく。
「
上空に飛んだ雷の球は一つ一つが杭のような形になり、さらに左右の杭に柵のように伸びた電流を流していく。
それは真下に落ちていくと、巨大な手を巻き込みながら地面に突き刺さった。
緑の巨人は手が貼り付けにされたようになり動かせないでいた。
さらに流れている電気で微ダメージを食らっているのか、顔を悲痛に歪ませる。
「リュート、今よ!」
リセの声が響いた。
リュートはサッと巨大な手を足場にしながら緑の巨人の腹部に近づく。
腹部に足を立て、柄を両手で握り大剣を引っこ抜いた。
一旦、距離を取って地面に着地すれば、すぐさま走り出す。
その大剣に雷を纏わせ、思いっきり剣を振るった。
「雷銀爪十字斬り!」
バチバチと青紫色の紫電を走らせた刃はスッと緑の巨人の腹に刺さっていく。
そのまま横に振るわれたことで腹部には大きな一文字が出来上がった。
同時に、腹部から血が噴き出し、傷口が雷で焦げる。
さらにダメ押しとばかりに両手で柄を持ったリュートの縦斬りが入った。
緑の巨人の腹には見事な十字線が出来上がった。
「アァ! イア″ァイ! ィア″イ!」
緑の巨人は巨大な手四本使ってお腹を押さえる。
しかし、指の隙間からダラリと血が溢れ出した。
どうやら再生できるダメージを超えたようだ。
リュートがその場から距離を取れば、緑の巨人は力尽きたように前のめりに倒れていく。
大きなお腹は空気が抜けた風船のようにぶよっと横に広がり、緑の巨人の顔が地面に近い所まで下りてくる。
そこへリゼが一足早く近づいた。
彼女は父親の顔をじっと見つめる。
その目は悲しそうで、寂しそうであった。
ゆっくり右手を上げ、銃口を向けた。
「終わらせるわ。お互いのためにもね」
リゼに父親は頭の下の短い腕をそっと伸ばしていく。
まるで離れていく誰かに必死に手を伸ばすことで取り戻そうとするように。
「ア......アァ、リィエ‶......アウ‶エィ.......」
リゼは息を呑んだ。
呼吸が乱れ始める。
彼女の手が小刻みに震え始める。
その手ブレであっても当たる距離に顔がある。
後は引き金を引くだけ。
だが、それが中々実行出来ずにいた。
親殺しの罪を背負うことを決めた。
だから、攻撃した。
その覚悟は嘘ではないはず。
それでも、リゼは躊躇っていた。
今から家族大好きな自分が自らの手で親を殺すんだ、と。
例えどんなクソ野郎だとしても親は親だ。
家族であった、血の繋がった人を手にかけることになる。
それがほんの僅か、リゼ自身ですら気づかないほど無意識なうちに脳裏に過ったのだ。
加えて、この姿になった父親は――まるで昔のよう。
「一人で先に行くな。俺も背負うって言ったろ」
リュートはリゼを見ることなく、左手でポンと彼女の頭の上に置く。
右手はそっと引き金をかける彼女の手に重ねる。
彼の雑な左手はまるで泣く姿を自分が見ないように、リゼに目深に帽子を被らせた。
直後、その帽子に隠れた影からスーッと涙がこぼれてきた。
「......引くぞ。覚悟はいいな?」
リュートは最終確認をした。
リゼはポタポタと涙で地面を濡らし――
「............ん」
リゼがコクリと頷けば、二人は同時に引き金を引いた。
―――バンッ
乾いた銃声が静かになったスラム街に響き渡った。
バタンと緑の巨人もといリゼの父親の顔が地面に倒れる。
その姿を確認したリゼは両手に持つ銃をその場に落とした。
「うっ......グスッ、うわああああああああぁぁぁぁ!」
感情の行き場を求めたリゼの手はゆっくりリュートの右手を登り、外套の胸元辺りを強く掴んだ。
左手も同じようにリュートを求め、しがみつき、頭を胸にくっつけ号泣する。
その声はスラム街に響き渡った。
夕陽によって二人の影が長く長く伸びていった。
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