第14話 悪食の爪のボス

 スラム街にあるとある廃れた酒場、そこでは先ほど一人の男による制圧作業が行われていた。

 それを行ったリュートの周りには総じて股間を手で押さえ内股になった男達が転がっている。

 先ほどまでの『悪食の爪』の男達の荒々しい姿は見る影もない。


 また、彼の目の前には尻もちをついたリゼの父親がいる。

 父親に至っては親に怒られる子供の如く身を縮こませていた。

 そして、口を半開きにして小刻みに震わせれば、リュートを見ていた。


 リュートはその父親の様子を見て、扉の方にいるリゼへ振り返り声をかけた。


「リゼはどうする? 俺からすれば君の父親であろうと、君を傷つけた存在には変わりないから同じようにするつもりだけど」


「ヒッ!」


 同じようにするとは転がってる男達のように股間を潰すということである。

 股間を抑えながら、ただ痛みと内側から込み上げる気持ち悪さに悶える苦しむだけ。

 父親からすればたまったものではない。


 普段のリュートと違う血が騒いだような好戦的な彼の言葉に、リゼは少し妙な気分になりつつ答えた。


「......しなくていいわ。それでリュートの手が汚れる方が嫌だもの」


 リュートは一つ息を吐く。やっぱりか、と。

 彼は立ち上がり言った。


「俺的には大した違いはないけどな」


「それにやろうとやらなかろうとこの男の行く先は牢獄よ。結果は変わらないわ」


「......リゼがそういうのなら」


 リュートは一つ深呼吸するとスイッチを切り、いつもの明るい雰囲気に戻った。

 雰囲気からも荒々しい感じから、少し柔らかい感じに変わったことにリゼもホッと息を吐く。

 あの雰囲気は色んな意味で心が騒いで仕方ない、と。


―――ガチャ


「ふぁ~、なんの騒ぎだ?」


 その時、突如としてこの部屋の入口とは反対側にあるスタッフルームの扉の奥から一人の男が現れた。

 その男は全身がトラの容姿をした獣に近い見た目の獣人。

 トラ男はあくびをしながら変わり果てた仲間の様子を見た。


「こいつぁ......」


「ボス! 助けてください! この男が仲間を!」


 父親が四つん這いで進み、トラ男の足に縋りつく。

 その様子を顔をしかめながら見下しつつ、確認を取る形でリュートに聞いた。


「うちの子分が世話になったってのは本当か?」


「リゼへの拉致と強姦未遂、それからセクハラってことで。それに襲ってきたから正当防衛さ」


 リュートの言葉にトラ男は頭を掻きながら、改めて周りを見た。


「にしちゃ、随分とやるじゃねぇの。よりにもよって男の大事な部分を。

 こう見えても俺はコイツらの親分でね。やられたなら落とし前つけねぇとな」


 ギロッと睨むトラ男にリュートも睨み返す。


「......そっちがその気なら俺も手は抜けねぇぞ」


 リュートはそう言って近くのテーブルへ歩いた。

 そこにはリゼの物らしき銃とポーチが置かれていて、それを回収すると彼女に投げ渡した。

 彼女はそれをキャッチして、すぐに視線を彼に戻す。


「リゼ、これで君も自衛出来るだろ。どうやらさっきの敵よりもめんどくさそうみたいだか」


 リュートはバチンと気合を入れるように頬を叩いた。

 彼の瞳孔が収縮し、再び雰囲気が荒々しいものへと変化していく。


「戦うことに集中したい」


 その様子の変化にリゼは再びドキッとして、両手に持つ銃とポーチをギュと抱きしめる。

 しかし、すぐに目の前の敵に集中するように頭を横に振った。

 そして、彼に返答する。


「大丈夫よ。こっちも武器さえ戻って来れば戦える。加勢も出来るわ」


「いや、この相手は俺がやる。リゼは転がってる手下が復活しないように見張っててくれ」


「わかったわ」


 戦力的に二人が同時に襲い掛かって来れば危うい、と考えていたトラ男は彼の言葉に眉をピクッと反応させた。

 なぜなら、自分相手にたった一人で十分だと言われてるようなものだからだ。

 トラ男は首に手を当て首を左右に曲げれば、長めに息を吐いた。


「あっそ。なら、後悔すんなよ!」


 トラ男は腰の剣を引き抜き、真っ直ぐリュートへ向かってきた。

 その動きは彼の想定より速く、一歩で彼の眼前へと迫って来る。

 彼に向かって剣を振り抜こうとする。

 しかし、その攻撃はリュートに防がれた。


 リュートは自ら間合いを詰めると、トラ男の振り下ろしてきた腕に自分の左腕を合わせたのだ。

 剣を振り下ろせなかなかったトラ男の胴体ががら空きになる。

 リュートはすかさずもう片方の手で腹パン。


「がっ!」


 トラ男が怯んで後退したところをリュートはすぐさま右足で下段蹴り。

 トラ男は顔を歪ませ、左手でお腹をお抑えながら、左足を合わせることで攻撃を防ぐ。


 リュートはすかさず中段蹴りをし、それすらもトラ男が左腕で防うだなら回し蹴りでもって三連続攻撃。


 トラ男は最後の回し蹴りも辛うじて右腕で防いでみせた。

「やるなぁ!」とリュートは不敵な笑みを漏らしながら、思わず呟いた。


「舐めんな」とトラ男はすぐさま剣を横に薙ぎ払う。

 リュートがしゃがんで躱せば、トラ男はそこに下段蹴りをしていく。


 しかし、その攻撃が来るのを狙っていたかのように、リュートはトラ男の軸足を足払いしようと足を床に滑らせながら振り抜いた。


 トラ男は獣人の身体能力と筋力でもって片足だけの筋力でその場で宙返りをした。

 その行動によってリュートの攻撃を躱されてしまう。

 しかし、リュートの攻撃はそこで終わりではなかった。


 リュートはしゃがんだ状態の時に、近くに落ちていたガラスの破片を手にしていた。

 それをすかさずトラ男に投げたのだ。


「っ!」


 トラ男は息を飲み、目を開いてそれに意識を向けた。

 着地狩りをする形で飛んできたそれを首を傾けて躱した。

 しかし、完全には避けきれなかったのか、シュッと僅かの頬から出血していく。


「テメェ――っ!?」


 トラ男が視線をリュートに戻そうとすれば、すぐに視線がぶつかった。

 その男は一歩右足を後ろに下げる。


「別に意識向けてちゃダメだぜ」


 トラ男の僅かな硬直に合わせて飛び出していたリュート。

 トラ男の両手首を手で掴めば、振りかぶった膝でもって顎を打ち抜いた。


「がっ!」


 トラ男の顔が強制的に上に向けさせられる。

 僅かな血が混じった唾が宙を舞った。

 思いっきり脳を揺さぶられたことでトラ男の視界が揺らぎ、意識がぼんやりしていく。

 平衡感覚を乱され、今立てているのかどうかも分からない。


 そこに追撃とばかりにリュートの胴体の蹴りが入り、トラ男は吹き飛んでいった。

 トラ男はそのまま自分が出てきたドアを突き破り、奥へと転がっていく。


 その光景を見ていたリゼの父親は目を見開き、床につけている腕は激しく震わせる。

 小刻みに動く口をワナワナとさせれば、大きく首を横に振った。

 こんなことはありえない、と。


「ふぅー、今のはまともに入ったと思うがどうだ?」


「ぼ、ボス!? 返事をしてください! ボスゥ!」


 リゼの父親が尻もち状態から四つん這いに向きを変えた。

 そして、情けない声を上げる。

 

「うるせぇな。黙ってろザコ」


 トラ男が僅かに声色を変えながら言った。


 先ほどよりもやや低く、威圧的な声。

 気配が大きくなっている? とリュートは訝しんだ。

 そんな彼の疑念に答えるように、巨大な手がガシッとスタッフルームのドアの端を掴んだ。


 力が強すぎるのか扉はミシミシと音を立てながら壊れていく。

 壁を突き破りながら現れたのは、巨大化したトラ男だった。


 大きさは二メートルを優に超え、全身が筋肉で膨れ上がり、所々血管が浮き上がっている。

 見た目はより野性味が強い。

 二足歩行ながらもより野獣に近い形に変化している。


 その姿にリゼの父親は立ち膝になって両手でガッツポーズ。

 一方で、リゼはスーッと頬に汗をかき、リュートに忠告した。


「リュート、気を付けて! その男は巨獣化してる!」


「巨獣化? なんだそれは?」


「獣人の中でも獣の血が濃い獣人族だけが使える特別な魔法みたいなものよ!

 魔法じゃないから魔力切れ起こすことも無ければ、先ほどよりも大幅に身体能力が上がってるはず!

 だけど、体力を大きく消費するから長時間は使えないわ!」


 なるほど、とリュートは大剣の柄に手を伸ばす。


「短期決戦用の獣人専用強化ってところか。

 確かにさっきからヤバい感じがヒシヒシと感じてる」


 リュートが大剣を引き抜いたと同時に、トラ男は動き出した。

「潰す!」とトラ男は巨体ながら瞬く間にリュートの目の間に立つ。

 そして、鋭く伸びた爪でもって引っ掻くように攻撃。


 息を呑みながらも、リュートは間一髪大剣でガード出来た。

 しかし、踏ん張りが出来ずに吹き飛んでしまう。

 拘束で動く彼はリゼの横を通り抜けて建物を突き抜けた。


「リュート!」


 リゼは彼の名前を叫び、焦りに冷や汗を流した。

 風穴があき、砂埃が舞うその場所に目を移せば、銃のグリップを持つ手に力が入る。

 その時、彼女の耳がピクッと反応した。

 「大丈夫だ」とリュートの声が聞こえてくる。


「こう見えても俺は頑丈なんでな。

 それにこれぐらいの吹き飛びは日常茶飯事だったさ」


「そ、そう......良かったわ」


 リゼはリュートが比較的傷も少なく現れたことにホッと安堵の息を吐いた。

 そして、彼女はすぐに思う。やはり見ているだけは嫌、と。

 彼女は彼に言った。


「リュート、ここからは私も参加するわ。あんただけに負担は背負わせない」


「ハハ、カッコつけた手前、スゲー断りたい気持ちなんだが......助かるわ」


 気恥しい気持ちを苦笑いで隠しながら、頬をかくリュート。

 そんな素直な彼にリゼは頬を緩ませた。


「ふふっ、あんたはカッコつけるよりもスベリ倒したギャグに自信を持ってる姿の方が良いわよ」


 リゼはそう言えば、トラ男へと視線を向けた。

 眉頭が下がり目つきが鋭くなる。

 彼女の意識も戦闘モードへ。


「それに私だってあんたに守れらるだけの女でいるつもりは無いもの!」


 頼もしい相棒の言葉にリュートも口角を上げた。


「んじゃ、二人で倒すとしますか。行くぜ、リゼ!」


「えぇ、任せなさい!」

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