第13話 傭兵流股間潰し

 突然現れたリュートの姿に『悪食の爪』の男達は一斉に身構える。

 扉が蹴破られた上に、仲間の一人が吹き飛んできたのだ。

 その一人であるタオルを頭に巻いた男はぐったりとした様子で床に寝転がり、起き上がる様子も見せない。


 リュートの存在に驚いたのは彼らだけではない。

 リゼの父親もまた目を見開き、口をポカーンと開けていた。

 リュートがいないことを確認して娘を嵌めたにもかかわらず、彼がここに来たからだ。


 そんな中、ただ一人リュートは悠然とリゼに近づいていった。

 その歩く姿は街中をのんびり散歩するように自然体で。

 当然、これから“お楽しみ”が始まるはずだった周りの男達からすれば、よそから来た男など気に食わない。


「誰だテメェ! 何しにきやがった!?」


 一人の男が威勢よく叫ぶ。

 目には怒りと警戒が表れていた。

 そんな男の質問にリュートは気さくに返した。


「俺か? 俺はリゼの仲間だ。よろしくな」


「ふざけんじゃねぇ!」


 男の一人が突然襲い掛かってきた。

 両手に持った剣でもってリュートに斬りかかる。

 リュートはその攻撃をひょいっと躱すと、男の股間に足を通して思いっきり蹴り上げた。


「がぁっ!?」


 男は自分のシンボルに来る急激な衝撃と鈍痛に股間を手で押さえ、股を内股にしていく。

 みるみるうち顔を歪ませ、青ざめさせた。

 内側から込み上げてくる気持ち悪さをぬぐえなかったのかその場に倒れ込んでいく。

 体がビクビクと震えている。


 その男を素通りしていったリュートはリゼに目線を合わせるようにしゃがむ。

 そして、手に持っていたリゼのキャップ帽たからものをポンと頭に乗せた。


「全く、家族がくれた大事なものを落とすなよ。

 ま、そのおかげで何かあったと気づけたんだけどな」


 リュートの優しい声と表情、大きく温かい手にリゼは目頭が熱くなる。

 助けを願った人が目の前に現れてくれた、と。

 彼女は目の前の彼を見れば、彼の顔が汗ばんでいることに気づいた。


「どうしてここに......?」


 そう聞いてみれば、リュートは「大したことじゃないさ」と言い、簡単に話してくれた。


 時は遡り、リュートがリゼに言われた通り一人で魔物の換金を行った後のこと。

 彼は彼女から借りた学生証をすぐに返しに行くか、明日返しに行くか迷っていた。

 時刻は夕刻であり、彼女も父親に用事があると言っていたので、家族の時間を邪魔しないようにと彼は明日返すことに決めた。


 しかし、気が付けば足はいつの間にか彼女の家の方角へ。

 というのも、昔から団長ガイルに“借りた恩はすぐに必ず返せ”と教えられていたのだ。

 故に、その教育の賜物かリュートの体にもしっかりと染みついていた。


 とはいえ、リュートも家族が再生していくのを邪魔する野暮な人間じゃない。

 彼は踵を返して帰ろうとしたその時、一人の小学生ほど少女が話しかけてきたのだ。


 リュートはその少女のことを知らない。

 しかし、彼女は彼のことを一方的に知っているようで、話を聞けばどうやらリゼと一緒に歩いているのを何度か見たことあるらしい。


 そんな少女はリュートに、リゼが知らない大人とどこかへ歩いていくのを見たから心配だから見に行って欲しいとお願いしてきたのだ。

 その言葉にリュートは知らない大人がリゼの父親であることに気付きながらも、同時に少女の指さす方向に疑問を感じた。


 少女が指さした方向はリゼが歩いて行った方向だろう。

 リゼとの会話では彼女は父親に「家族に会う相応しい格好をさせる」と言っていた。

 しかし、その方向はどう考えても都心部とは逆のスラム街の方。

 どう考えても彼女がその方向に行くとは考えにくい。


 リュートは自分の疑問と少女の言葉を信じ、その方向を歩ていった。

 すると案の定、その場所は治安の悪い場所で、生気のない浮浪者で溢れていた。

 加えて、とある場所で男達がケンカしてる様子で、何か一つの物を奪い合っているようであった。

 それを彼が見に行けば、見間違えようもないリゼのキャップ帽ではないか。


 リュートはリゼがその帽子を大事にしていたことを知っている。

 そんな帽子を落としたことに気付かないほどの緊急事態が起きている。

 それに気づいた彼はすぐにその帽子を回収し、小型通信機アクシルに登録した彼女の端末位置を確認しながらスラム街を走り回った。

 そして、最終的にこの場所に辿り着いた。


 リュートは話し終えると、「今解く」と拘束されているリゼの背後に回る。

 その時、周りにいる男達が一斉に声を荒げた。


「おい、いい気になってんじゃねぇぞクソ野郎。

 わかってんのか? お前は今どんな状況に置かれてるのか?」

「たった一人でこの数を相手にしようってのか? 舐めてんじゃねぇぞ!」

「そんな大剣背負って俺達がビビるとでも?

 人族如きが獣人族の身体能力に敵うはずねぇだろ!」


「あーあー、そんな一気にしゃべるな。言いたいことはわかってるからさ」


 リュートはリゼの紐を解く。

 自由になったのを確認すると「立てるか?」と手を差し出した。


 その親切な行動にリゼは思わずドキッとたのか「大丈夫よ」と赤らめた顔を帽子で隠し、一人で立ち上がっていく。

 その瞬間、彼女の体から一斉に甘い香りが広がった。


「ん? なんか甘いニオイ......?」


「っ! き、気のせいよ!」


 不思議がるリュートの一方で、リゼは必死に首を横に振って言い返す。

 その時、周りの男達もリゼの変化をニオイで感じて一斉に声を張り上げた。


「ハハハ! この女、こんな状況で発情してやがるぜ!」

「こりゃいい! たまんねぇ! 早くこの男片づけて食っちまおう!」

「いや、それよりもこの男の目の前で見せつけて犯すってのはどうだ? 最高にアガるだろ?」


「ち、ちが――」


 リゼの否定の言葉よりも先に、リュートの殺気立った声が届いた。


「ハァ? 発情してんのはテメェらの方じゃねぇか!

 汚ねぇ言葉で俺の仲間にセクハラしてんじゃねぇよ!」


 幸いリュートは発情期のことを知らないようで、リゼはホッとした息を吐く。

 そして、彼女はすぐに頬を軽く叩き気持ちを切り替える。

 今はそんな気分になってる場合じゃない、と

 目つきを鋭くさせれば、周りにいる敵を睨みつけた。


「リゼ、下がってろ。今のお前は戦えないだろ? 俺が相手する」


「......わかった」


 その言葉にリゼは返事をし、腰に巻くブレザーの裾を掴めば追加で言葉を加えた。


「気をつけてね」


「安心しろ、アイツらごときにはやられない。

 それと折角だから傭兵流の戦い方を見せてやるよ」


 自信ありげな顔をするリュートはリゼを扉の方へと下がらせる。

 武器も構えずファイティングポーズも取らず手をクイッと動かせば、ニヤッと笑って挑発した。


「ほら、来いよ。テメェらの自慢の粗チンを今後二度と勃てないようにしてやるからよ」


 リュートの瞳孔が小さくなる。

 傭兵時代の血が騒いだのか口調も変化して。


 そんな彼の行動と言葉に男達は一斉に剣を引き抜いて、「殺っちまえ!」と怒りのままに襲いかかった。

 しかし、それらの攻撃は全てリュートにひょいひょいと躱される。


 正面から突き刺し攻撃を行ってきた男に対し、リュートは最小限の動きで躱す。

 そして、すれ違いざまに膝蹴りでその男の股間を潰していく。


「がっ!」


「悪りぃな、狙いやすそうなとこにあったもんで」


 その男が股間を抑えて縮こまっていく。

 すると、リュートはその男を斧を持った男に向かって蹴り飛ばした。

 斧の男が飛んできた男を避ければ、サッと懐に近づいたリュートがすかさず股間を蹴り上げる。

「うごぁ!?」と男は悶絶して膝から崩れ落ちた。


「この野郎テメェ!」

「サッサと死にやがれ!」


 男が二人がかりで剣を振り回し、リュートに攻撃した。

 その攻撃をリュートが距離を取って躱していく。

 瞬間、別の男が「死ね!」と言って構えていた銃を撃ってきた。


 リュートは剣を持つ二人の間から銃を持つ男を捉えた。

 そして、すぐに酒瓶の置いてある丸テーブルへと手を伸ばす。

 右手に酒瓶を持ち、左手でテーブルを掴むと、テーブルの足を持って盾にして銃弾を防いだ。


「プレゼントだ」


 リュートはテーブルで自分の姿を隠すと同時に、それを蹴飛ばしていく。

 それは一人の剣の男に直撃し、衝撃で床に寝転がる。

 一方で、もう一人の剣の男がそのまま突っ込んでくる。

 その姿をリュートが確認すれば、口の中に含んだ酒をプロレスの毒霧のように吹きだした。

 彼はテーブルに姿を隠している間に一口頂いていたのだ。


 突然目潰しされたその男にリュートはすかさず股間に蹴りを入れる。

 その男が崩れていく横を通り、テーブルに押し倒されて寝転んでいる剣の男の股間を踏んづけていった。


 そのままの流れでリュートは右手に持っていた酒瓶をギュと握れば、先ほど銃で撃ってきた男に目掛けて投げる。

 それを半身になって避けたその男の死角に入るように動きつつ、近くの椅子を手にして振り回し、股間に直撃させた。


 それから他数人の男相手にも同様に執拗に股間を狙って大立ち回り。

 とにかく近くにある物を手にしては武器にして戦うリュートの戦い方は、型に捉われない傭兵の戦い方そのものと言えた。


 彼の戦い方を見てリゼは口を僅かに開け、「凄い......」と呟いた。

 自分なら絶対に勝てないであろう人数差に対し、条件を同じにして身一つで蹴散らしてる、と。

 その光景に彼女は胸に手を当てた。


 リゼがじっとリュートを見てる一方で、彼は最後の一人の男を残して戦闘を終える。

 部屋の中に寝転がるは全員が全員股間を手で押さえながら悶える男達の姿。

 それはある意味死屍累々の光景であった。


「リゼの手前、流血沙汰は避けた。だから、俺はテメェを殺すつもりは無い」


 リュートは最後の一人であるリゼの父親に言った。

 父親は腰が抜けて地面に座り込んだ状態で、脂汗をかきながらアワアワと口を震わせている。

 そこにリュートが来る以前の強気な態度はどこにもない。

 リゼの前で演じていたとされている弱者そのままの姿だ。


「だが、リゼの心を傷つけた落とし前はつけさせてもらう。

 傭兵流儀は“やったらやり返せ”だ。

 リゼの苦しみの分死よりも恐ろしい恐怖を味わってもらうぜ」


 リュートは父親の前でしゃがめば、収縮した瞳孔を見せつけて言った。

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