第10話 雇われた者として

 リゼが学院に呼ばれる理由。

 マリーシアから言われた言葉にリュートはすぐに返答することが出来なかった。

 なぜなら、学院に呼ぶ理由はリゼがすでに伝えてあるはずだからだ。

 そのことには彼女も彼に言っていた。


 ということは、リゼはリュートに嘘をついていたということになる。

 いや、それではリュートがこの家に来るという流れには決して繋がらないだろう。

 彼女は無理してまで自分の母親にリュートを会わせるようなタイプではないから。


 リュートは疑問を抱えながら姿勢を正すと、マリーシアにどこまで把握してるか聞いた。


「リゼからはどのように伺っていますか?」


「あの子からはただ学院に行くというだけ。

 でも、さすがに分かるわ。あの子が隠してることぐらい。だって、あの子の母親だからね。

 何かを思って隠そうとしていることは理解してるの。そういうことはたまにあるから。

 ただ、今回は漠然とした不安が胸の中に残ってるのよ。

 聞かなきゃ後悔するような、そんな感じのがね」


 マリーシアは目線を斜め下に向ける。

 彼女は机の上にある両手をそっと握り合わせた。

 重ね合わせた親指は小刻みに動く。


 そんな彼女の様子を見て、リュートはリゼが言わなかった内容に察しがついた。

 彼女が隠しているのは自分がいずれ死地となる場所に行くかもしれない、と。


 魔物の大群がやって来る――それは人類が考えただけで身を縮ませるほどの恐怖だ。

 いくら魔法を使える覚醒者が魔物に対抗できようと、数を組まれれば太刀打ちは難しくなる。

 一体に数人がかりの魔物がそれこ百匹でも来ようものなら、それだけで人類の敗北は決まる可能性がある。


 それほどまでに魔物との間には未だ力量差が開いている。

 わざわざ各地に散らばっている魔法と戦闘に長けた優秀な生徒を各地から集めるほどだ。

 半端な数じゃないことは確かだろう。

 それこそ人類の未来が決まるような、そんな戦いになるかもしれない。


 リゼが家族に対して正直に言えないのも納得だ。

 誰が愛してくれている親に「自分はこれから死ぬかもしれません」と言えるのだろうか。

 彼女は責任感が強い故に、余計に言葉には出せなかったのだろう。


 リュートはリゼの隠された本音に思う所があるような顔で、膝の上に拳を作る。

 俯いてしまっていた顔を上げマリーシアを見れば、彼女の不安そうな顔が目に映る。

 瞬間、彼はリゼに申し訳ないと思いながらも本当のことを伝えることに決めたようで――


「実は――」


 リュートは渇きを感じるのどをそのままに包み隠さず話し始めた。

 その内容にマリーシアは全てを受け止めるように表情一つ変えなかった。

 全てを話し終えると彼女はようやく口を開く。


「全く、あの子らしいと言えばあの子らしいわね。

 どこまでも家族のことを思って......だけど、母親としては何も告げずに子供がいなくなっていたという方が悲しいのよね」


 マリーシアは重たいため息を吐きながらも、口角が僅かに上がっていく。

 彼女はリュートに目線を向ければ、真面目な顔つきで頭を下げた。


「ありがとうございます。全ておっしゃってくれて」


 マリーシアの恭しい態度にリュートは咄嗟に両手を振る。


「いえいえ、これも学院側の義務であり、それに俺個人としての想いでもありますから。

 俺は学院側から雇われたただの傭兵の身ではありますが、これまで人類のために魔物と戦い続けてきました。

 ですから、いづれ来るであろう魔物の大襲撃へに対する迎撃作戦にも参加する予定です」


 マリーシアは自分の娘の身を案じている。

 そんな彼女の態度が、言葉がリュートの視界に団長ガイルの姿を重ね合わさせる。

 瞬間、彼の脳裏にふと想いが過る。

 もし自分がそのことを言うのなら、団長は一体どういう言葉を返すのだろう、と。

 それに団長が伝える立場なら一体どういう言葉を送るのだろう、と。


 リュートは考える。

 どうやったらマリーシアを安心させられるのかを。

 人類の未来を考えればリゼの協力は必要不可欠だ。

 しかし、無理強いするような言葉は彼女を心配している親に送りたくない。


 リュートはさらに考える。

 この場に居ないガイルの姿をイメージして。

 今、この場には団長はいない......だが、彼ならきっとこんな行動をするだろう、と。

 そして、導き出した答えことばを彼は胸に手を当てるとハッキリ言った。


「リゼとはまだ知り合って間もない間柄ではありますが、俺の力の限り彼女を守ることを誓います」


 マリーシアは大きく目を開く。

 すぐに目つきは元に戻した彼女だが、目を閉じれば頬を綻ばせた。

 彼女の耳先が赤くなりピコピコと揺れる。

 そんな高まる鼓動を誤魔化すように、彼女は柔らかい雰囲気を作り出すと茶化した。


「......もしかしなくてもポロポーズの言葉よね!?」


 マリーシアは意図的に耳を大きくピコピコ、尻尾をゆらゆらと動かした。

 さらに手で頬を触り、赤らめた表情で体を左右に揺らすことでオーバーに感情を表現。

 これでまさか娘の彼氏に本気でドキドキしてしまったとは思われないだろう。


「それは拡大解釈が過ぎます、義母様」


 その言葉にすぐさま訂正を入れるのはリュートに当然のことだった。

 そんな彼の反応にマリーシアがホッとする。

 彼女は「冗談よ」と口元を抑えて笑えば、話を戻した。


「.......ま、そういうことなら、仕方ないわね。あの子が決めたことなんでしょ?」


「そうですね。無事に作戦を終えた後の報酬金に目を輝かせてました」


「ハァ、あの子はいつの間にそんな守銭奴に......」


 マリーシアはそんな娘の成長に喜ぶべきか悲しむべきか迷った様子だ。

 肩を諫め、腕を組めば小さくため息を吐いた。

 しかし、すぐに気を取り直すと話題を変えてきた。


「そういえば、ありがとね。あの子と仲良くなってくれて」


 突然の感謝の言葉にリュートは思い当たる節が無く首を傾げる。


「急にどうされたんですか?」


「ほら、あの子男の人に対して当たりがキツいでしょ? それ、私のせいなのよ。

 今はいないけれど、私の夫が多額の借金を作ったせいでこんな貧乏な生活をすることになってね」


 苦笑いを浮かべながらマリーシアは言った。

 その言葉にリュートは依然聞いたリゼとの話の食い違いに気付く。


「あれ? 依然リゼから聞いた話では四人家族と聞いていましたが......」


「そうなの? だとすれば、それはあの子が意図的に父親という存在を抹消したんでしょうね。

 普段は気弱なくせに酒を浴びて気を大きくして、出来もしない大きな夢ばかり見て借金ばかり作って、挙句に返せないとわかれば一人家族を捨ててどこかへ消えて」


 頬杖を突いてため息を吐きながらマリーシアは言った。

 その話を聞いて「なるほど、どうりで」とリュートは得心がいった顔をする。

 また同時に、リゼがどうしてお金を稼ぐことにこだわっているのを理解した。


「それにほら、ここスラム街からそう遠くない場所にあるから可愛いあの子に下卑た視線が届いたり、噂で聞いたんだけど依頼内容に騙されて数人の男達に囲まれたりなんてこともあったらしいわ。

 特別、あの子と仲良くするような男の子もここら辺じゃ見かけなかったし......最初にあの子と会った時酷かったでしょ?」


 その言葉にリュートはうんともすんとも言えず苦笑い。

 まさか初対面の相手に金的してきましたとは言えないだろう。

 しかし、彼の表情が如実に事実を語っていたのか、マリーシアは「やっぱり」とため息を吐く。

 空気が若干重い。


 瞬間、マリーシアは暗い話はここまでと言わんばかりにパンと一回胸の前で手を叩けば、明るい声で言った。

 それはニッコニコした笑顔だった。


「でもでも、ここ最近はリゼの表情がすっごく柔らかくってね。

 どうしてだろうと思ってたんだけど、どうやらリュートちゃんのおかげみたいね」


 一人で勝手に納得するように頷くマリーシアに「俺は別に何も......」とリュートは首を横に振る。

 リュートからすれば普段のリゼは基本どこかムスッとした表情なので、どこで機嫌がいいのかあまりわかっていない。

 最近時折、ゆらゆらと揺れる尻尾は見かけるが。


 全く思い当たる節が無いといった顔をするリュートに、マリーシアは「あら~」と呟きながら、頬杖を突いた。


「ふふっ、だとすれば、リュートちゃんは天然のタラシということになるわね。

 私、あの子からよく『男を見る目がない』と言われるのだけど、もしかしたら当たってるのかもね。

 だって、リュートちゃんが魅力的に見えるもの」


 「ハ、ハハハ......」とリュートは乾いた笑みを浮かべる。

 これは口説かれているのか、はたまたからかわれているのか。

 どちらにせよコメントに困ることは確かだ。


 男所帯のようなもんだった傭兵団にも女性はいたが、その人達におおよそ恥という概念が無かったので、リュートからすればこのような如何にも女性らしい女性の対応が分からない。

 とりあえず、リゼに関しては普通に仲良くなりたいと彼も考えているようだし、魔法からしても仲良くしておいた方が得なので友達になろうと行動はしているようだが。


 そんなリュートの心を知ってか知らずかマリーシアはグイっと前のめりになった。

 机の上に乗った大きな胸がその存在感を主張する。

 リュートは一瞬目が移動しかけたが、なんとか思いとどまった。

 一方で、マリーシアは気にした様子もなく「ねぇ、知ってる? 」と話しかけてきた。


「獣人族に獣の血がある名残か一定周期に性欲が強く高まることがあるの。所謂、発情期ね」


「......」


 リュートはコメントに困ったのか苦笑い。

 ただ漠然と沈黙が正解だとは思ってそうだが。

 しかし、相手は強気な姿勢ストロングスタイルのマリーシア。

 相手がどんなに困惑した表情でもかましていくのが彼女流。


「リゼもうそろそろその周期がやってくるはずだからチャンスよ!」


 リュートは乾いた愛想笑いを続けていた。

 そして、心の中で叫ぶ。お願い早く帰ってきて! と。


 そんなお買い得商品を売り込むセールスマンのように、自分の娘をアピールしてくるマリーシアの話をしばらく聞いていると、ようやくリゼが帰ってきた。

 ドアのガチャッとする音にリュートは瞳を輝かせて視線を向ける。


 何も知らないリゼは両手を双子の妹と手を繋ぎながら、足早にキッチンの方へ戻って来た。

 軋む廊下を滑りながらキッチンを覗けば、すぐに心配の声をかけるのは母親ではなくリュートの方。


「ただいま、リュート何か変なこと言われなかった――」


「リゼー! お母さん、(リゼの)プロポーズ聞いちゃったー!」


 娘の言葉を遮るようにして頬を赤らめたマリーシアが頬に手を触れながら体をクネクネ。

 「義母様!?」とリュートは叫ぶと同時に、血の気が引いていく。


 ギギギと油を差し忘れた機械のようにリュートは首を動かしてリゼを見た。

 リゼは顎をあげ目線はまさに見下ろしていた。

 リュートは必死に首を横に振るがダメだった。

 男は女の前では無力になるのである。


「ちょっと、私がいないうちに何人の母親口説いてんのよー!」


「ちょ、待っ、誤解だーーーー‼」


 リュートは鬼のような形相のリゼに両肩をガシッと掴まれる。

 彼は問い詰められたので、すぐさま事情を説明した。

 一通りの説明を聞いてくれたリゼは納得したようにため息を吐いた。

 そして、お茶目な顔で誤魔化してる母親を一睨み。


 一方で、リュートはホッと胸をなでおろす。

 流した冷たい汗が引いていくのがわかるようで爽やかな顔をした。

 久々に生きた心地がしなかった中からのリゼの帰還による生還だ。

 

 しかし、このままでは同じことが起こる。マリーシアならしかねない。

 そう思ったようで彼は逃げるように「お邪魔しました」と玄関に向かった。

 その際、見送る形でリゼも一緒に外に出る。


 帰り道、リゼは自分の母親の行動に頭を抱えながら、一つため息を吐いて言った。


「なんというか......ごめんなさいね、私のお母さんが変な言い方したせいで」


「いいよ、別に。むしろ、元気そうでいいじゃんか」


 過ぎたことは気にしないのが傭兵団流。

 そんな教えをしっかり受け継いだリュートは明るい調子で答えた。

 彼の言葉にリゼは横目で見ながら頬を緩める。


「そう言ってくれて助かるわ。それと、私の代わりに私が学院に戻る本当の理由を言ってくれてありがとう」


 その言葉にリュートは「いや、むしろ」と首を横に振る。


「俺が勝手に言ったことを怒らないのか? 隠そうとしてたんだろ?」


 すると、今度はリゼが首を横に振る。

 彼女は視線を下に向け、ぼんやり地面を見ながら言った。


「言おうとは思ってたんだけどね......お母さんを悲しませるような気がして口に出せなかったの」


 リゼの声は小さい。

 背中も丸くなっており、あまり大きくないリゼがさらに小さな姿となってリュートの目に映る。


「リゼ!」


 瞬間、そんなリゼの目の前にリュートはサッと立った。

 彼は左手を腰に当て、拳を作った右手で張った胸を軽くたたけば宣言した。


「安心しろ、そうならない様に俺がいる。ここは年上にドーンと任せておけ」


「っ!」


 その言葉にリゼは足を止め、顔を上げて力強い目をするリュートを見た。

 地面を茜色に染める夕暮れ、その光に照らされ輝く彼の表情は少し眩し過ぎたようだ。

 彼女はドキッと胸を弾ませたようで帽子を目深に被り、顔を下に向ける。

 一方で、耳はピンと立ち、尻尾は大きく少しせわしなく左右に揺れた。

 彼女は誤魔化すように一つ咳ばらいをすると、立ち止まった足を進める。


「ま、程々に期待しておくわ」


 リゼはリュートの横に並べば、彼の肩にコツンと拳を当てた。

 そのまま彼女が先を歩いて行ってしまうので、彼はすぐに追いかけ横に並んで同じ歩幅で歩き始める。

 夕暮れが二人の影を長く伸ばした。


 それから他愛もない会話をしていたその時、リゼの影を踏むようにして一人の男が声をかけた。


「リゼ!」


 しわがれたようで弱弱しい声を精一杯出したようなそんな声にリゼの耳はピクッと反応した。

 その声に彼女は大きく目を開き、立ち止まる。

 すぐに自分の脳裏に過った疑いを晴らすように首を横に振った。


「リゼ、僕だ!」


 彼女は顔をゆっくり下に向け、両手に拳を作る。

 そして、「ハァ~」長めのため息を吐いた。

 それは彼女にとって実に聞き覚えのある声であり、思い出したくない声であったからだ。


「お願いだ、こっちを向いてくれ!」


 言葉が重ねられるたびに拳に力が入る。

 腕が小刻みに震えるほどだ。

 願いを込めるように背後へ振り向く。

 しかし、それは彼女の想像通りの人物が立っていた。


 リゼと同じような狐人族フォクシアンであり、社会の荒波に揉まれたような深いしわ、そして何日も着まわしているかのようなボロボロな服。

 どこか生気を失ったような虚ろの瞳にも見えなくない目をしたその男を、リゼは小さくなった瞳孔で見つめ、口を大きく歪めて言った。


「何の用よ、クソ親父!」

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