第9話 保護者面談

「リュート、前衛は任せるわ。周りは私がやる!」


「了解!」


 銃を持って構えるリゼの声に返事をしたリュートは、彼女の前を走り出す。

 見据える先はの三メートルもの巨大タヌキへ。

 その道中に、子分のような一メートルほどの大きさのタヌキが行く手を阻む

 だが、「邪魔しないの」とそれはリゼが銃で撃ち倒した。


 小タヌキを躱して巨大タヌキを間合いに入ったリュート。

 彼はは右手に持っている大剣を大きく振りかざした。

 しかし、その攻撃は合わせるようにして振られた巨大タヌキの尻尾を振るう。

 大剣は鉄のような硬質な尻尾でもってガンッと弾かれた。


「甘いぜ」


 リュートは口角を上げて呟く。

 彼は尻尾と打ち合った反動で体の後ろへと動いていく右手をそのままの勢いを活かし、自身の背中へと回す。

 そこで右手に持つ柄を左手に持ち替え、今度はその手で横なぎに振るった。


「ギャンッ!」


 それは巨大タヌキのわき腹を捉え、斬り裂く。

 その魔物の傷口から鮮血がぶわっと空中に舞った。

 痛みに怯むその魔物にリュートは追撃とばかりに左足で蹴りをかます。

 その魔物と彼には二メートル程の体格差があるにもかかわらず、魔物はゴロゴロと地面を転がった。


「悪いな、恨みはないけどここで仕留めさせてもらう」


 リュートはすぐさま大剣を右手に持ち替えて、地面を踏み込み走り出す。

 あっという間に巨大タヌキに接近した。


「ギャンギャン!」


 巨大タヌキは見た目に似合わず子犬のような可愛らしい鳴き声で威嚇するように吠え始めた。

 直後、その魔物は鉄のような尻尾からトゲを生やす。

 四つん這いの状態からサソリのように尻尾をそらしてそれをリュートに向かって放った。

 一つ五十センチはありそうな円錐型のトゲが雨の如く彼に飛んで来る。

 一撃でも当たれば体にたちまち大きな穴が開き、致命傷は必須だろう。


 リュートは目を動かし、どの攻撃が一番危険かすぐに判断した。

 一歩足を踏み出せば、一つの攻撃を避け、右に動いて一歩踏み出せば攻撃を弾く。

 それから、彼は繰り返し弾いたり、躱したりしながら着実に巨大タヌキに接近していった。

 すると、彼の死角を突くように後方から複数の小タヌキが一斉に取り囲んできた。

 その時、彼の背後から指示が飛んでくる。


「リュート! 上に跳んで!」


 リゼの言葉にリュートはすぐさま真上に跳躍。

 リュートが避けたことで彼の後方にいたリゼに無数のトゲが飛んで来る。

 リゼは自分の方に飛んできた針を横に跳んで躱しながら、向けた銃口から雷の弾丸を放った。


「あんたの性質利用させてもらうわ! 感電しなさい!」


 雷の弾丸は一つのトゲに直撃すると、それは電気を纏った。

 リゼは巨大タヌキの尻尾が鉄のような成分で出来ていることを見抜いていたのだ。

 それを利用して彼女はトゲに向かって弾丸を放った。


 一つのトゲが電気を纏えば、そこから別のトゲへ雷が移動する。

 次々と周りのトゲに電気が移動していけば、あっという間に飛んできているトゲ全体に広まった。

 それはトゲの間に紛れ込んできた小タヌキを巻き込み、やがて大元の巨大タヌキまで届いた。


「アギャアアァァ!」


 巨大タヌキが全身を小刻みに震わせながら、叫び声をあげる。


「ナイスだ、リゼ!」


 その隙をリュートは見逃さなかった。

 彼は柄を握る両手に力が入った。

 感電で硬直した巨大タヌキの頭上から大剣を大きく構え降ってくる。

 自重を活かすようにその魔物の首に大剣を直撃させれば、たちまち一刀両断させてみせた。


 頭を無くしてドサッと転がる巨大タヌキの死体。その近くで転がる小タヌキの数々。

 リュートは全ての戦闘が終わったことを確認し、一つ大きく息を吐きながら血を拭った大剣を地面に刺した。

 すると、同じく目標の魔物の討伐を終えたことを確認するように、武器をしまったリゼが近づいて来た。


「アイアンラクーンの討伐はこれで終わりね。あんたがいてくれたおかげで楽出来たわ」


 リゼは腰に手を当て、片方の足に体重をかけるような立ち方をすれば、隣にいるリュートにお礼を言った。


 普段よりさらに物腰柔らかいリゼの言葉。

 リュートと一緒に魔物の討伐を始めてだいぶ時間が経ったおかげか、今ではだいぶ気の置けない仲になっているようだ。


 そんなリゼの言葉にリュートは元気よく返答する。


「そりゃどうも。さ、討伐証明と売れそうな部位を剥ぎ取って帰ろうぜ」


 二人は巨大タヌキの剥ぎ取りをサクッと慣れた手つきで終わらせ、すぐさまその場を立ち去った。

 二人で作業し、一緒に帰るのも何度目か。

 前までは二人の間でロクな雑談すらなかったが、今ではリゼの方から話しかけることも普通にある。


「そういえば、あんたの戦い方ってなんか如何にも傭兵って戦い方よね。

 例えば、さっきアイアンラクーンに剣を弾かれた時あったけど、あれ普通なら体勢を立て直すために下がってもいいはずなのに、あんたはそれを利用して戦った」


 リゼは通り過ぎ様にパキッと木から枝を折り、それを右手に持った。

 そして、実際にリュートがした動きを再現するように、「こんな風に」と右手に持った枝を背中の後ろに回し、左手に持ち変える。

 その動きを見て「あ~」とリュートは頬をかきながら言った。


「ま、あれは咄嗟の思い付きみたいなもんだ。俺に戦い方の型なんてないぞ?

 そもそもならず者の集まりである俺達にまともな型を使った戦い方がある方が稀だ。

 傭兵に型を語らせんなってな」


「.......」


 脳裏に天啓のように舞い降りた言葉を指をパチンと鳴らしながら、堂々と言ってみせたリュート。

 隣の枝をポイッとするリゼからは冷ややかな視線が送られた。

 リュートとリゼの距離は......少し広がったかもしれない。


「おかしいな、今の凄く奇麗にギャグを言えたと思うんだけど」


「あんたのスベっても強気でいる姿勢は嫌いじゃないわ」


 リゼはため息を吐きながらも、すぐに口角を上げる。

 そこに以前のツン成分が強めの彼女の目つきは無い。

 そんな彼女の表情を横目で見ながら、リュートは頭の後ろに手を組んだ。


「ま、でもここ最近はリゼの手前奇麗な戦い方をしてるからな。

 言っておくが、俺は戦うとなれば使える物はなんでも使う......精神でいる。

 もしかしたら、それが傭兵流と言えるかもしれないな」


「へぇ~、ってことは私が許可すればあんたの本来の小汚い戦い方が見れるわけね」


 身を乗り出すように少し前かがみになってイタズラっぽい笑みを浮かべるリゼ。

 耳をピコピコさせ、尻尾はゆらゆら。

 違ったリュートの姿に興味があるようだ。

 対して、リュートは変な方向に興味を見せる彼女に体を軽く逸らした。


「なんでそんなニヤニヤしてんだよ。今のとこ見せる予定はないからな」


「え~、いいじゃん別に。ちょっとぐらい」


「ダメなものはダメです! お兄ちゃん、そんな子に育てた覚えはありません!」


「こっちも育てられた覚えないけど」


 そんな会話をしながらやがて闘魔民間企業部隊の施設へ。

 そこでお金を報酬金を受け取ったリゼは、相変わらずリュートに報酬金の半分を渡そうとしたところであることを思い出す。そして、表情を曇らせた。

 当然、そんな彼女の様子の変化にリュートは聞く。


「どうした?」


「あ~、その......ね? 私が学院から呼ばれて少ししたら離れるってことを家族に伝える際に、話の流れで必要だったからあんたのことを話したの。

 そしたら、お母さんが目を輝かせた様子であんたに会わせてってうるさくって」


 リゼはリュートから視線を逸らし、体をモジモジさせていつもより少し弱い声量で言った。

 どの世界でも親に異性を紹介するのは気まずいのだ。

 それも親が興味持ってるパターンならなおさら。


 頬を赤らめる彼女に「なるほど.......」とだけリュートは呟く。

 そう言った反応しか出来ないのは、リゼが恥ずかしそうな顔をしている理由をわかってないからかだ。

 加えて、例え彼の性格なら親に異性を紹介しろと言われれば普通に出来てしまうから。

 

「私も私をここまで育ててくれて、学院に通うための学費も払ってくれたお母さんのわがままは出来る限り聞いてあげたくて......」


 リゼはギュッと左手で拳を握れば、右手で帽子のつばを持ち下に降ろす。

 頭上から来るリュートの視線を遮断するように。


「よ、良かったらうち来ない?」


 リゼは恥ずかしそうに言うも、リュートの様子が気になっているのかゆっくりつばを上げてチラ見。

 目が合えばサッと頭を下げ、目深に被る。


 当然ながら、そんな彼女の恥ずかしさを隠す行動も、伏せがちとなり恥ずかしさで体温が上がって赤くなる耳、どこかに逃げたい感情を押し殺すように右足に絡みついた尻尾とバレバレである。


 そんなリゼの家族を大切に思っての行動に、リュートとすれば断る理由はない。

 それに学院長ローゼフから直々に依頼された彼は、言わばローゼフの代行役のようなものだ。

 これから学院の都合でリゼを呼ぶのになんの挨拶もしないというのは、マナーとして良くないだろう。


「わかった。そういうことならお邪魔させてもらうよ」


 リゼは左手で腰に巻く制服のブレザーをイジイジしながら、大きく息を吐く。


「......そう、わかったわ。ただし、お母さんに変な質問に安易に答えないこと! それだけは守ってね!」


「あぁ、わかった......」


 全く顔を見せる気配は無いが、リゼの剣幕はリュートを思わず怯ませるほどだった。

 彼の中でのリゼの母親という存在が苦労人から実は厳しい人ではないかと印象が変化したという。


―――リゼの家


 <獅子の箱庭>の都心部から離れた北東部辺りにある、少し古い民家が多く並ぶ住宅街の一角にリゼの家はあった。

 そこは少し歩いた通りに行けばスラム街という治安の悪い場所の近くでもある。

 故に、家も当然新しくなく、賃金が非常に安いという理由で住み続けている。


 リゼに案内されてリュートは彼女の家に辿り着いた。

 リゼが「行くわよ」と覚悟した目でドアノブを捻り、ドアを開ける。

 緊張した面持ちでリュートが家の中に入れば、彼が聞いた第一声は――


「あら~、そのカッコいい男の子がリゼが言ってた子ね。

 どうも、母のマリーシアです。マリちゃんって呼んでも大丈夫よ♪」


 ニッコリ目つきにフワッとした雰囲気を纏わせる女性のご登場であった。


 リュートは当然面食らう。

 どうやらリゼの母親マリーシアは彼が思っていたよりも明るくておっとりした狐人族フォクシアンだったようだ。


 加えて、リゼの母親にしてはとても若く見えるほどの美魔女だ。

 一見年の離れた姉妹と思われてもおかしくないほどである。

 少なからずこんなスラム街の近くで住んでいい容姿ではない。


「お母さん! そういうのいいから!」


 母親の声にリゼは体を強張らせて叫ぶ。

 初対面の人に一発目からかましていく強気な姿勢ストロングスタイルに圧倒されるリュートと、知り合いに母親の恥ずかしい行動を見られて恥ずかしいリゼ。

 両者の表情は実に対比されたような感じであった。


 リュートはマリーシアに背中を押されて案内されるままに、ギシギシと音が鳴る廊下を通り、こじんまりとしたキッチンルームへ。

 そこにある椅子に座るよう促されると、食事台を挟んでマリーシアとリゼが座った。

 その構図はさながら三者面談をするようであった。


 リュートは未だ状況が呑み込めないのか視線をリゼとマリーシアの方へ行ったり来たり。

 そんな彼を置き去りにするようにマリーシアはリゼと同じ淡い水色の瞳で彼を見て、口を開いた。


「改めまして、リゼの母のマリちゃ――」


「マリーシア、ね。お母さんもいい加減その恥ずかしい呼び名で呼ばせようとするのをやめてよ!」


 相変わらず気軽にぶちかまそうとする母親に、リゼは腕を組んだ指はトントンと動かし、眉間にしわを寄せた目つきで見る。


 母親が自分の知り合いにやたら馴れ馴れしい様子は思春期の彼女にとってとても堪えるのだ。

 加えて、母親が恥ずかしい行動をすれば余計に。

 しかし、さすが母親と言うべきなのか彼女の様子に動じる姿は無かった。


「えぇ~、仲良くなるには仇名で呼んでもらった方が距離が詰めやすいのに~」


「お母さんの場合、距離の詰め方が急なのよ」


 恥ずかしさと苛立ちが同時に表情に浮かんでいるリゼに対し、マリーシアは全く気にしてないような顔で残念がっている。


 そんな親子のやり取りはリュートからすれば反応に困る部分が多かったが、その仲の良さは団長ガイルとの昔のやり取りを思い出したのか膝上に置く手で膝をギュッと掴んだ。


「俺はリュートと言います。すでにリゼさんの方からお話を伺ってると思いますが、学院側から娘さんを預かる際に指名された者です」


 気持ちの整理がついたのかリュートは丁寧に挨拶した。

 その固い態度にマリーシアは机に両手を置き、大きな胸を主張するかのように前のめりになる。

 親子の間で唯一似なかった部分だ。


「ふふっ、大丈夫よ、そんな他人行儀な話し方じゃなくて。いつもリゼと話すような感じでいいから」


 その言葉にリュートはチラッとリゼを見た。

 彼女は必死に首を横に振りながら、手をクロスさせて拒否するようアピールしてるではないか。

 これ以上母親のペースにしてはいけないと言外から伝えているようだ。


 そんなリゼの様子に「彼女も必至だな」とリュートは苦笑いを浮かべる。

 言われた通りに「すみません、これぐらいの方が話しやすいんで」と彼は丁寧に断った。

 それに対し、マリーシアは眉が下がる。


 瞬間、マリーシアは横目でホッとした様子の娘をチラッと見る。

 何を思ったのか娘にお茶を出すように頼んだ。

 それぐらいならと了承したリゼはリュートの背後にあるキッチンでお茶を用意し始める。

 そして、目の前に出されたお茶をリュートが飲み始めたその時、マリーシアはニッコリとした様子で聞いた。


「それでリュートちゃんがリゼの彼氏でいいのよね?」


「ブフッー!」


「お母さん!?」


 リゼは母親の意味不明な質問に目を丸くして叫んだ。

 当然の反応だ、容赦なく母親が触れられて欲しくない所触れてくるのだから。

 もはやペースは完全にマリーシアのペースだ。


 楽しそうに笑うマリーシアを見ながら、お茶を吹き出しケホケホと咳をするリュートは涙目で言った。


「あ、あの、義母様? 俺が学院側から雇われただけの存在で――」


「あらやだ、義母様だって! これは認めたようなものよね!」


「お母さん、黙って!」


 母親の暴走にリゼは拳を強く握り、プルプルと体を震わせてる。

 彼女の羞恥心はマックスに達しているようだ。

 これ以上の身内の恥は見せられないとリュートを帰らそうと動きだすリゼ。

 その動きを察知し、マリーシアは先手を打った。


「リゼ、外で遊んでる娘達の迎えに行ってくれる? その間、楽しくリュートちゃんと話してるから」


「は? だったら、別にリュートが帰っても」


「行ってくれる?」


「.......」


 母は強しというのか色々言いたいことがあったリゼだが肩を落として大きく息を吐く。

 そして、ポンとリュートの肩に手を置いて「任せたわ」と背中を丸めて歩き出す。


 娘の排除に成功したマリーシアは無事にリュートと二人きりになった。

 そのことに彼は後ろ盾が無くなったような気がして冷汗が止まらない。

 なぜなら、自分では彼女の暴走を止められそうにないから。

 しかし、リゼがいなくなれば一点してリュートよりも大人の風格を醸し出すように空気が変わった。


 それは先ほどのおちゃらけた雰囲気ではなく、緊張感に包まれるような雰囲気へと。

 空気の変化はマリーシアの言動からも表れ、彼女は背筋を伸ばし、キリッとした目で彼を見つめると落ち着いたような声色で言った。


「ごめんなさいね、少しふざけすぎたわ。

 それでここからが本題なんだけれど――娘は一体何のために学院に呼び出されるのかしら?」

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