第6話 油断
森にポッカリとあいた広い空間には、一面に色々な種類の花が敷き詰められている。
森を開拓してその部分を花畑のカーペットにした光景だ見ているだけなら美しい。
しかし、ここの地中に魔物が餌をたらし、ノコノコやって来る食料を待っているというのだから恐ろしい。
リゼとリュートは花畑に入らないギリギリに立つ。
絶景の花畑を見て、恐ろしい考えが脳裏に過ぎった様子のリュートは言った。
「これ、まさか全部ハナヒゲモグラって言わないよな」
「それはさすがに無いわよ。ちゃんとレーダー画面を見なさいよ」
リゼがトントンと自身の
その指の動きにリュートはすぐさま自身の小型通信機を見た。
「あ、反応一体」
確認してみれば、自分達がいる二つの青い丸の近くに大きな赤い丸がある。
レーダーの大きさは魔物の魔力量を示していて、赤い丸が大きいほど強力な個体と推測される。
また、おおよそ魔力量の多い魔物は図体がデカく、タフいとされているが当然例外はある。
それが例外かどうかまでは流石な目視しなければ分からない。
「地表に姿が見えないってことは、図鑑にあったハナヒゲモグラの生態情報通りにやっぱり地中にいるということみたいだな」
「でしょうね。問題はそいつをどうやって出すかだけど......私がやるわ」
リゼは両太ももにつけてあるホルスターから銃を抜きながら、スタスタと花畑に足を踏み入れる。
そこはもうハナヒゲモグラの縄張り内である。
まるで警戒心がない足取りにリュートは少しソワソワした気持ちになりつつ聞いた。
「何か策があるのか?」
リゼはすぐに答えることはなかった。
彼女は時折レーダーを見る。
地中にいる以上耳はもうあまり意味ないからだ
辺りをキョロキョロ見ながら、さらに足を踏み入れる。
そんな彼女を見て、リュートは真意に気付き、声をかけた。
「リゼ、囮なら俺がやる。君は下がってな」
「私に指図しないで。それにずっと一人でやって来たのよ。これぐらいどうってことないわ」
リゼは一切振り向くことなく、少し語気を強くして言った。
その後、「それにちゃんとした理由もある」と言葉を続ける。
「私は獣人で感覚に優れてるから、地表の揺れもすぐに気づく。だから、問題ないわ」
聞く耳を持とうとしないリゼ。
リュートは思わず首の後ろを擦る。
「......わかった。そういうことなら任せる。
ただ、危険だと判断したらすぐに介入するからな」
「好きにして。そうはならないから」
リゼは花畑の中央付近へと歩いてきた。
彼女はレーダーを確認するが、やはり特に何も変化が無い。
その時、彼女は「そういえば」と目線を僅かに上に向ける。
リュートが話していたハナヒゲモグラの生態情報に関する記憶を思い出したのだ。
それは“ハナヒゲモグラはヒゲの先端を花のようにして、その疑似餌で魔物を捕食する”というもの。
つまり、この花畑のどこかに花の形をして、その下が根っこではなくヒゲになってるものがあるということだ。
しかし、その花を見つけるのは一苦労だ。
例え一本一本花を抜いていったとしても。
一人ならいっそ走り回ってもいいんだけど......、とリゼは思いながら、チラッと後方に立つリュートを見る。
彼女も彼女なりにリュートの身を案じているのだろう。
故に、彼女が考えた作戦は少し過激なものになった。
「普通に見る分ならこの花畑は残しておきたいところだけど、魔物が住み着いてるなら話は別だわ」
リゼは銃の一つを太ももにつけているホルスターにしまうと、もう一つの銃から
それを左手に持ちながら、腰のポーチから別の弾倉を取り出し銃へと装填した。
「火属性の弾倉のセットよし、と。
雷以外の属性弾を使おうとすると、いちいち入れ替えないといけないところが面倒なところよね。
なによりお金がかかる。弾丸の値段が高いのよ、本当に」
リゼはそうぼやきながら銃を右手に持つ。
銃口は真下から少し離れた場所を向き、そこにある花に向かって引き金を引いた。
発射された弾はそれ自体が炎で構成されており、普段彼女が先頭で撃つ雷の銃弾の火属性バージョンだ。
それは瞬く間に目的地へ着弾。
ボゥッと1メートルほどの範囲で火の手があがり、花が一斉に燃え始めた。
花びらから茎まで炎で包まれ、あっという間に焦げ茶色に変色する。
花畑が燃えていった光景にリゼは一度目を閉じるも、すぐに開けて腕を動かした。
腕を横にズラしながら、バンバンバンと銃弾を放つ。
その場はたちまち火の海ならぬ水たまりを作った。
―――ゴゴゴゴッ
突如として地面が揺れ始める。
意識しても気づくかどうか怪しいほどの微振動だ。
しかし、リゼは獣人の感覚でもってそれに気づき、さらに段々と大きくなっていることから近づいて来ていることを悟った。
「グギュウウウウゥゥゥゥーーー!」
リゼがその場からサッと離れるとほぼ同時に、足元から魔物が現れた。
ハナヒゲモグラだ。
口の近くからゆらゆらと揺らすヒゲの先端には疑似餌であった花がくっついている。
一部は焦げているみたいだが。
「ようやくお出ましね。さっさと仕留めてあげる」
リゼは不敵な笑みを浮かべた。
彼女は火属性の弾倉を取り出すと、左手に持っていた弾倉と入れ替える。
さらにホルスターにしまったもう一つの銃を取り出すと、すぐさま構えた。
彼女の横にリュートが並ぶ。
「手を貸すぞ」
「問題ないわ。これぐらいの魔物を仕留めるのはいつものこと。あんたはそこで見てなさい」
リュートの手助けを拒否したリゼはハナヒゲモグラに銃口を向ける。
地面から半身だけ出ているハナヒゲモグラは長いヒゲを鞭のように振るって攻撃した。
しかし、リゼはその攻撃を冷静に躱し、反撃とばかりに雷の銃弾を撃った。
その弾はヒゲに直撃すれば焼き切り、本体に直撃すれば感電のような衝撃を与えたようで、ハナヒゲモグラはビクンと体を震わせる。
だが、その魔物はただの魔物ではないのか数発ぶち込もうと反撃をしてくる。
そのことにリゼは眉をひそめ口元を歪ませた。
「コイツ、よりによって雷に耐性があるのかしら?」
「なぁ、俺が手を貸した方が早いし楽じゃないか?」
リュートは横目で頭の後ろに手を組みながら聞いた。
彼からすればすぐにでも手伝った方がハナヒゲモグラを簡単に倒せると言外に伝えているだ。
自分も楽できるし、時間は省略できるし一石二鳥であると。
その親切に聞こえる言葉は、リゼからすれば地雷であったようで彼女は早口で答えた。
「そうだけど、男は信用ならないのよ! そんなに手伝いたいなら周りの雑魚でも蹴散らしてて!」
リゼにそう言われてリュートがレーダーを確認してみれば、確かに複数の反応がこちらに向かっている。
魔物が漁夫の利を狙って動いているのだ。
魔物の生態としてはよく見られる行動で、魔物が争って傷ついているところを虎視眈々と襲いに来るのだ。
リュートは再びリゼの様子をチラッと見る。
リゼは睨みつけるようにハナヒゲモグラを見ている様子。
そんな様子に彼は「へいへい」と返事をして、言われた通りに雑魚の相手をし始めた。
先ほども言った通り危険と判断したら介入すればいいだけだからだ。
「グギュウウウ!」
銃で応戦するリゼに対し、ハナヒゲモグラは次なる攻撃の手を放った。
それはヒゲの先端についている花から放つ水色の液体。
それはまばらに放ってきたのだ。
「何? 攻撃が当たらないと思ったら飛び道具?
まさかこんなものが当たるとでも?」
余裕を見せるようにリゼはサッと回避する。
向かって来る速度はかなりあるが、人族よりも基礎身体能力が高い獣人からすれば造作もない。
地面や木に着弾した液体をリゼがチラッと確認すれば、それは着弾したそばから気化するだけで地面や木が溶けるような様子はない。
水色の水蒸気が空中に拡散しながら漂った。
それからしばらく、リゼはハナヒゲモグラに対しては優位的な立場で攻撃を与えていたが、その魔物のタフさが思った以上にあったのか魔力が減り疲労し始めた。
魔力は使えば使うほど疲労度が増していくのだ。最悪、意識を失う。
それは有酸素運動で肺活量を鍛えるのとは訳が違い、どの種族であっても疲労度は変わらない。
強いて言うなら、魔力量の度合いで疲労が来る時間に誤差が出る程度だ。
「ハァ、あんたにバカスカ撃つ魔力はないのよ」
これ以上のこの魔物との戦闘は埒が明かないわ、と思ったリゼは強力な攻撃でも仕留めることを考えた。
そして、彼女がしたのは二つの銃から放つ銃弾の融合だ。
彼女が伸ばした両手に持つ銃口をコツンとくっつけると、そこに魔力を溜める。
銃口から溢れ出た魔力は水風船のように膨らんで、それぞれの銃口で出来上がった雷の球体がぶつかりあってさらに一つ大きな雷の球体へ形を変えた。
「これで決めてあげる――重雷弾」
それをリゼが同時に二つの銃の引き金を引くことで発射。
バチバチと紫電を走らせる球体は沢山の色の花の上を駆け抜け、ハナヒゲモグラに向かって直進。
ハナヒゲモグラはヒゲで防ごうとするが、ヒゲはたちまち雷の球体の熱量に焼き千切れてしまう。
リゼが「よし、当たる!」と確信したその時、ハナヒゲモグラはシュポッと地表に出していた半身を地面に引っ込めた。
「あ! 避けやがったあのバカモグラ! 避けんじゃないわよ!」
そのことにリゼは思わずダンと右足を地面に大きく踏みつけ、大声を出す。
踏まれた花は見事にぺしゃんこになっていた。
花が可哀想である。
「いや、魔物も生きてんだから無茶言うなよ」
憤慨する様子のリゼの横で、漁夫の利を狙って近づいてきた別の魔物を捌きながら冷静にツッコんでいくリュート。
そんな彼に「うっさい!」とリゼは言い返した。
瞬間、リゼはぐらっとする感覚に襲われた。
様子がおかしいと彼女が気づいたのはその直後だ。
戦闘中にも関わらず、まるで瞼に錘でもついたように視界が狭まっていくのだから。
同時に意識も薄くなり始めたようで、足は千鳥足となり、体は体幹を喪ってぐわんぐわん揺れた。
「え、なにこれ......急に、眠く......」
リゼのついに立ってられないほどになった。
必死にバランスを保とうとするが、もはや彼女の思考では今がどちらに傾いているかわからない。
「リゼ? どうした?」
そんなリゼを見たリュートは首を傾げた。
彼はすぐさま周囲を見渡した。
すると、彼女の反応が自分が相手している魔物にも同じ影響が出ていることに気づく。
彼はすぐさま左腕で口元を覆った。
「なるほど、催眠香か。んじゃ、後は俺に任せろ」
リュートはリゼに近づけば、彼女の体が倒れないように右腕で肩を掴む。
力が抜けて崩れていく彼女の動きに合わせ、そっとしゃがんだ。
「さい......みん......」
薄れゆく意識の中、リゼはリュートの言葉が聞こえていたようで呟く。
そして、ほぼ閉じかけた目は彼を見ながら、やがてガクッと頭を下げ眠った。
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