第5話 アピールタイム

 現在、倒れた大木の近くにはそれに座る狐人族フォクシアンの少女。

 足と腕を組む彼女の目の前で胡坐をかいて座る青年の姿がある。

 まるで上下関係が決定したような構図である。

 どうやら現状リュートは下のようだ。


 リゼはリュートを見下ろすように見てはそっと目を閉じ、大きく息を吐いた。


「ハァ、そういうことなら早く言いなさいよ。危うく攻撃するところだったじゃない」


「思いっきり攻撃してたけどな。男の大事な場所を容赦なく蹴り上げてたけどな」


 リゼの理不尽な物言いにリュートは少しだけムッとしながら言った。

 リゼがこういう言葉を言ったのには少し前に起きたことを話す必要がある。


 まず、リュートは自分が理事長から正式に雇われた傭兵であることを説明した。

 しかし、その説明は一筋縄とはいかず、なんだったら彼の話すらまともに信じてくれなかった。

 そのことにはリュートも若干半泣きであった。


 同じような年齢の妹がいるからどうにかなるだろうと客観的に考えていればこれだから。

 もちろん、事前に情報を仕入れていたとはいえ、やはり実際に会ってみると大きく印象は異なることは想定していた。

 しかし、想像以上に相手の警戒心がキツかった。


 リゼが最終的に信じたのは小型通信機アクシルによる理事長の声を聞いた時であった。

 もはやそれはリュートの最終手段であり、これすらも「どこからか盗んできた音声?」的なことを言われたらお手上げだったが、さすがにそこまでの対応はなかった。

 恐らく会話がしっかりと出来たからであろう。


 それからは多少の睨むような目つきが飛んでくるものの、銃口は向けないでくれるようになった。

 口調のトゲトゲしさは満載であるが。


 リュートは謝る気もない彼女の様子に重たいため息を吐く。

 しかし、すぐに気を取り直し胸を張ると、本題を進める。


「それで、俺の話を聞いたってことは学院に戻ってくれるってことでいいんだよな?」


「えぇ、そうね。だけど、私にはまだやるべき仕事があるの。それを消化してからになるけど」


 リゼは依然腕を組みながら、やや高圧的な口調で言った。

 その反応にリュートはこれが彼女のデフォルトだと思うことにした様子で頷く。


「あぁ、それで構わない。なんなら、俺も手伝おうか?」


 リュートが親切心でそう聞いてみれば、リゼは両眉を上げた。

 未だに目付きに警戒が表れている。

 ローゼフの話を聞いても、リュート本人の信用がまだ無いせいなのか。

 それから少し目を閉じて何かを考えると、質問に答えた。


「仮にも学院長が正式に依頼したんだとすれば、あんたもそこそこやるんでしょうね。

 いいわ、理事長の顔を立ててその言葉受け取って上げる」


「そりゃどうも」


 リゼの相変わらず上から目線の物言いに、リュートは素直に従った。

 彼がイラっとしないのは傭兵の間では度々あったことだからだ。

 ならず者集団は総じて気が大きい。故に、ケンカがよく起きる。

 暴言はもはや小鳥のさえずりのように日常風景だ。

 いや、挨拶と言っても過言では無いかもしれない。

 故に、リゼの言葉はもはや優しいくらい。


 リゼが立ち上がり歩き出したので、リュートも彼女の横を歩いた。


「で、さっきまで魔物を倒してたけど、他にまだ倒すのか?」


「ハナヒゲモグラという魔物が今回のターゲット」


「ハナヒゲモグラ?」


 リュートはその言葉に思わず首を傾げる。

 彼が所属する傭兵団は主に荒野を活動拠点としている。

 たまに別の場所に行くこともあるが、日々戦闘で濃い一日を過ごしていればよっぽどの事がない限り魔物のことなどいちいち覚えていない。

 故に、そこ以外の魔物はあまり知らないのだ。

 こんな時はアクシル先生の出番である。


 リュートは通信機の画面を操作して図鑑の画面を開く。

 そこからハナヒゲモグラの情報を映像で出して読んだ。


「『ハナヒゲモグラ。モグラ科モグラ目。

 ハナヒゲモグラは普段地中に潜り、植物のようなヒゲを地表に出すことで疑似餌として寄ってきた獲物を捕食する。

 疑似餌は色んな種類の花を模しており、そこから甘い香りを周囲へ散布する。

 故に、多くの植物が一斉に自生しているところに縄張りを張ることが多い』。

 へぇ~、こりゃまた面白い魔物がいるもんだ」


「やっぱりそれも映像で見れるのね。見やすくていいわね、それ」


 リゼはリュートが持つ小型通信機の機能を見て呟く。

 耳は興味を持っているのかピンと立ち上がった。

 彼女の通信機は旧型なのでこのような機能が無いのだ。

 リュートに興味は無いが、小型通信機には興味を持つ。

 リュートからすればなんとも寂しい感情の向けられ方だろう。


「あぁ、便利だよな、これ。といっても、まだ試作品らしいけど。

 あ、そうそう、確か個人で通信するには互いの登録が必要になるんだよな?

 だったら、個々で動くともあると思うし連絡できるようにしておかないか?」


 そうリュートが言えば、リゼは彼を測るような目で見た。


「私は学院長の言葉を信じただけであって、あんた自身のことは信用してないの。

 だから、あんたが少なからず信用できる人物になれば連絡先を交換してあげてもいいわ」


 相変わらず警戒心の高いリゼ。

 そんな彼女の言葉に「そっか」とリュートは肩を落とす。


「それじゃ、あんたの実力見せてくれない?」


 リゼが自分の通信機に人差し指を当ててながら、そこに表示されてる画面をリュートに見せた。

 彼女のレーダー画面にはこちらに向かって三体の魔物が近づいて来る。

 二人の前に現れたのは赤いトゲを背中に生やしたクマだった。


「レッドスパイクベアー。二メートルを優に超える巨体と六百キロもの体重を活かして攻撃してくる。

 動きは単調だけど、分厚い外皮は斬撃系の武器の通りを悪くしている。

 さぁ、あんたのその身の丈ほどの大剣でどうにかなる相手かしら」


「まぁ、そうだな......でも、言うてクマなんだろ?」


 リュートは手をブラブラさせながら歩き出す。


「舐めてかかると痛い目――って何素手で歩いて行ってるのよ!?」


 その行動にリゼは思わず声を荒げた。

 それもそのはず、自分よりデカい魔物相手に武器も構えず向かっているからだ。

 百歩譲っても一体ならまだわかる。しかし、相手は三体だ。

 いくらなんでも無茶がすぎるというもの。

 死にたいのかと驚かれてもおかしくない。


 そんなリゼの心配をよそにリュートは「大丈夫」と背を向けたまま、軽く手を振る。

 彼はレッドスパイクベアーの前に立つと、睨み合いをするように目線を合わせた。

 不敵な笑みを浮かべて。


 瞬間、レッドスパイクベアーが咆哮し、鋭く尖った爪を振るってくる。

 その攻撃を彼は受け流すように右手で払い、さらに跳躍するとその魔物の顔面を掴んだ。


「悪いな。お前の肉は美味だって聞くからありがたく貰うぞ」


 ドガンと一発。

 リュートはレッドスパイクベアーをひっくり返すようにして頭を地面に叩きつけた。

 その一撃でその魔物の頭は粉砕してしまった。


 頭部を無くしたその魔物はバタンと倒れ、地面に僅かな振動を与える。

 叩きつけた地面は軽く凹んでいて、さらにベットリと血が広がっていた。


「嘘......素手でレッドスパイクベアーを......」


 信じられない光景を見てぽかんと口を開くリゼ。

 彼女としてもリュートに無茶ぶりした自覚があったのだろう。

 なぜなら、レッドスパイクベアーは学院の生徒でも一体に数人がかりで挑んで手を焼く程にはタフい生き物だ。


 リュートが少しでも奮闘する姿を見れば、それだけでリゼは実力があると認めようとしたのかもしれない。

 しかし、結果は瞬殺。これには驚くのも無理は無い。


「すまん、ちょっとアピールしちまった。

 確か獣人族は力量で相手を認めるとかだったはずだからと思ってな。

 ま、どうせならもう少し俺のアピールタイムを見ててくれ」


 リュートは頬を緩めて言った。

 彼は背中に背負う大剣の柄に手を触れる。

 同時に、残り二体のレッドスパイクベアーのうちの一体に急接近した。


 間合いを詰めた彼が素早く大剣を振るう。

 すると、剣は的確に斬撃の弱い部分へと吸い込まれるように動く。

 その魔物の攻撃が来るよりも早く、ザンッと魔物の頭が吹き飛んでいった。


 すぐに最後の一体がトゲを生やした箇所を向けて突進する。

 それに対し、リュートは避ける動作もせず、両手で握った大剣を頭上に掲げた。


「そらよ!」


 大剣をタイミングよく振り下ろせば、たちまちその魔物は豆腐を切るが如く切断され縦に割れていった。

 それも今度はレッドスパイクベアーの硬い甲殻を通過するようにして。


 全ての魔物を倒し終えると、彼は大剣の血を払い、リゼへと視線を向ける。

 彼の表情は終始本気ではないといった風に口元が緩んでいた。


「ざっと、こんなもんだ。どうだ? 少しは信用してもらえそうか?」


 胸を張ってリュートは言った。

 そんな彼の言葉にリゼは腕を組み、大きくため息を吐くと答えた。


「えぇ、そうね。あなたに襲われた場合、私は為すすべないかもしれないと確信したわ」


「あっれ~? むしろ、信用度下がってる?」


 予想してなかったリゼの反応にリュートは再び肩を落とした。

 そんな彼の態度をじっと見てリゼは腕を組み、そっぽむくと言った。


「ま、まぁ、あんたの信用うんぬんを抜きにしても、あんたは確かに学院長が雇った実力者であることは理解したわ」


 リゼの顔は少しだけ紅潮していた。

 言葉は少々アレだが、彼女もリュートの実力に対してはしっかり認めたのだろう。

 彼女の顔が赤いのは自分が実力を間謝っていたことに対する恥ずかしさの表れなのかもしれない。


「......少しは認めてくれたってことかな」


 リュートは気を取り直すと、リゼに目的の魔物を探そうと声をかける。

 二人で再び歩き出すと珍しく彼女の方から話しかけてきた。


「そういえば、あんた今さっきの戦闘で何か魔法使ってた?

 あんたの大剣、覚醒魔具には見えなかったんだけど」


「いや、素の力だな。俺、生まれつき体が頑丈で力が強いんだ。

 そういや、その覚醒魔具? だっけ。

 それって確か魔法を使えるようにするための道具だよな?

 リゼの持ってるその二丁拳銃もそうなのか?」


 覚醒魔具とは魔法適性を見出された生徒に支給される対魔攻撃武器である。

 人によって武器タイプは様々であり、それを使うことで人類は初めて魔法を使うことが出来る。


 しかし、魔法の威力や範囲は覚醒魔具の補助があっても微々たるものであり、そこら辺は本人の天性の資質や鍛え方によるところが大きい。

 ちなみに、覚醒魔具を使って戦う人は“覚醒者”と呼ばれる。


「えぇ、私は魔法が使えると見込まれたの。

 そして、私の戦闘スタイルに合わせてこの道具が与えられた。

 といっても、この道具で出来るのは私が作り出せる雷の魔法を銃弾に押し込めて放つぐらい。

 魔物の相性もあるから、別の属性弾を使う際には装填し直さないといけないけど」


 リゼは正面を向き、時折耳をピクっと左右に動かしながら言った。

 彼女が耳を動かすのは小型通信機に搭載されてるレーダーよりも、自分の天然探知機の方が信用しているためついつい動かしてしまうのだ。

 もっといえば、この索敵の仕方は獣人あるあるだったりする。


 同じように目視で周囲の確認をするリュートは、その話に疑問を感じたようで首を傾げながら聞いた。


「それはめんどそうだな。ん? でも、それってリゼが一人じゃなければ、その隙を狙われる必要はないよな?

 確かどの箱庭にも闘魔隊があったはずだと思うけど」


「そんな民間企業を雇うにもお金がかかるでしょ。

 管轄が違うから学生でもあっても雇うにはお金が必要なの。

 あいにく私にはそんなところに払うお金は一銭もない――ストップ、なんか甘い香りがして来たわ」


 リゼが咄嗟に横に伸ばした手でリュートは立ち止まった。

 獣人故の嗅覚に優れたリゼが先頭に立ちながら、ニオイが流れてくる方向へ歩く。


 木々の間を通り抜け茂みをかき分けながらたどり着いたそこは、視界一杯に花畑が広がっていた。

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