第4話 一人目の生徒
魔法工学学院がある<修学の箱庭>と呼ばれる防衛拠点から出発したリュートは、一番近い目的地である<獅子の箱庭>へと向かっていた。
旅をするには絶好の天候で、太陽に煌めく草原が風に揺られて右往左往。
草原の中を比較的大人しい魔物達が座って日向ぼっこしたり、ムシャムシャと草を食べたりのんびりしている。
魔物は人類にとって脅威であることは間違いないが、全てが人を襲うという訳では無い。
イノシシが家畜化されてブタとなるように、一部の魔物は人類と共存するようになった。
また、魔物とは違う以前よりこの世界に住んでいたイヌ、ネコなどの動物が魔物との交配に寄って生まれた生物もいるという。
故に、魔物との戦いは畑を荒す害獣の駆除に近いと言える。
ローゼフから貰ったバイクを軽快に走らせながら、リュートは
流れる風が彼の髪を弄ぶように髪を揺らす。
「えーっと、<獅子の箱庭>にいるとされている生徒の名前はリゼ=ロヴァーツ。年齢は十六歳。
へぇ、
半透明の映像には運転免許証のように人物写真と生徒の名前が映し出されていた。
写真から見るリゼという処女の特徴は狐の獣人である耳と金髪のツインテール、そして釣り目。
リュートは苦笑いを浮かべる。気が強そうだなぁ、と。
また、その映像には生徒情報も少し載っていて、その文面はこうであった。
『彼女は雷の魔法を使い、二丁拳銃でスタイルで戦うガンナーである。
また、彼女は獣人拳法を使えるため、近接戦闘も行える。
彼女は気が強い性格をしており、認めてない他人には基本的に口が悪くなる傾向がある。
特に男性には攻撃的な姿勢であることが多い。
加えて、獣人が力量差で相手を比べる気質なため、彼女もまた例外ではない』
「うわぁ、文面でも気が強いって言ってる......」
リュートは思わず重たいため息を吐いた。
どうやら学院からもこの評価を受けているようだ。
これほど不名誉な学院お墨付きはないだろう。
それほどまでに性格に難ありというのか。
出来る限り穏便に対応しよう、と彼は決意した。
バイクを走らせること一日と数時間、リュートは目的地の<獅子の箱庭>に辿り着いた。
バイクを押して門へと向かっていくと、そこにいた銃を持った門番に止められる。
「そこの方、IDか何か身分を証明できるものを提示してください」
その言葉にリュートは咄嗟に傭兵団「銀狼の群れ」の証である銀製のオオカミバッジを見せようとしたがすぐに思いとどまる。
なぜなら、その傭兵団はすでに壊滅してしまったと情報が広まっているからだ。
例え、その情報が全く正確なものではなかったとしても、傭兵団である程度の活動記録が途絶えればそう判断されてしまうのだ。
リュートとしては自分がいる限り終わっていないと思っているかもしれない。
しかし、現実は非情で無くなったものは忘れ去られてしまう。
物であっても人であってもその自然の流れは変わらない。
彼はバッジに視線を落としギュッと握りしめれば、失くさないようにそっと荷物にしまった。
代わりに提示したのは左腕に着けている小型通信機である。
これには予め彼の生態認証及び学院所属の傭兵であることが情報として登録されているので、それが彼の身分証明となるのだ。
彼は門の近くに設置されたパネルのような装置に小型通信機を近づけていく。
『<修学の箱庭>出身、魔法工学学院所属の傭兵リュート――認証完了』
「入っても大丈夫そうだな。なら、ようこそ<獅子の箱庭>へ」
「ありがとうございます。すみません、早速一つ聞いていいですか? 彼女を知ってますか?」
リュートは質問すると同時に小型通信機からリゼのプロフィール写真を見せた。
突然浮かび上がる映像に門番の男は体をビクッと震わせた。
「うぉ、映像が浮かび出されるのか、凄いな。
で、彼女か? 俺は見たことないな。お前はどうだ?」
門番はもう一人の方へと視線を向ければ、あくびをしていたもう一人は咄嗟にあくびを噛み殺して返事をする。
「俺すか? あ、その人なら先輩がトイレ行ってる間に、この近くのオーガズの森に向かっていったの見たっすよ」
「そうですか。ありがとうございます」
リュートは軽く頭を下げお礼を言ってバイクを押しながら街の中へ。
早速情報を手に入れると、一先ず自分が泊まる場所を探すことにした。
というのも、魔物を退治している生徒は場合によって長期間の依頼へと出てる可能性があるからだ。
そもそも学院の外に出ることを許されてるのは優秀な生徒であり、その信用を学院から得ているからだ。
いくら学院からのお呼び出しであったとしても、仕事を放棄していいことにはならない。
故に、日数がかかることを想定して泊まる宿を見つける方が得策なのだ。
「学院長からも軍資金はたんまりもらってるからな。そういうことも加味しての金額なんだろう」
リュートはバイクの荷物入れの座席の方へ視線を向けてそう呟けば、すぐに周りを見渡した。
住宅街はレンガ造りの家が多い中、中央に進んでいくほど都心部となり近代的なデザインの建物が目立つようになってきた。
スーツだったり、絵柄の入ったポスターが貼られたりと服装も張り紙もイマドキ風に近い。
しかし、リュートのように活発的に外で行動するような人は、ゴテゴテの鎧に身を包んだり、ファンタジー味溢れた魔女っ娘の姿をしたりといる。
簡単に言えば、日常生活でコスプレが一般化したようなものだ。
また、この
それは周囲のすれ違う人々の見た目が違うことだ。
イヌ、ネコ、ウサギ、クマ、リス、ウマなど色んな種族の獣人だ。
体のほとんどが動物的特徴の構成で犬が二足歩行みたいな見た目の人もいれば、逆にほとんど人族と変わらず一部に動物的特徴を宿した人もいる。所謂、ケモミミというやつだ。
そんな人達が通りを往来し、露店などを開いている。
獣人しかいないのかと思えばそうでもなさそうで、所々人族やエルフ、ドワーフの姿も見る。
助け合って魔族に対抗していた影響か、冒険者パーティらしきだったり、夫婦であったりここでは種族が違うグループやペアがいることはザラである。
一部の建物にアイドルグループのチラシが張られてるところもあった。
科学技術が発展したこの世界では、このようにボードゲームやトランプだけではなくちょっとした娯楽も溢れている。
もっとも、音楽や踊りのようなものが主流で、ゲームや漫画のような娯楽は未発展である。
獣人が多く住む<獅子の箱庭>には数える程度しか来たことないリュートは、足取りを軽くしながら途中買い食いもしながら宿屋へ。
そこでバイクと旅の荷物を置いていくと、すぐさま教えてもらったオーガズの森へと向かった。
<獅子の箱庭>の近くにあるオーガズの森は広大だ。
それ故に魔物も多く、中心にいけば行くほど凶暴な魔物が縄張りとしていて大変危険である。
また、魔物は大抵一人で討伐することは少ない。
それは魔物が群れをなしてることが多いのもそうだが、単純に一体一体が強かったりする。
魔法を使える人間は確かに魔物に対抗できるが、それは決して一人でというわけでは無い。
もちろん、一人だどうにでもなる人はいるが、それは人間でも限られた実力者か、たまたま弱い魔物としか会ってこなかったかのどちらかである。
そこにリゼは一人で向かったとされている。
「おいおい、こんな所に少女一人で行くってのは危険じゃないのか? いくら強いとはいえよ」
リュートは少しソワソワした様子だ。
襲い掛かってきた魔物を鎧袖一触といった感じで倒していきながら、視線を巡らせるがどこもそこも当然木ばかり。
先も言ったようにオーガズの森は広大で、その中からリゼを探すのは砂漠に落とした宝石を探すようなものだ。
「んじゃ、早速これを試してみますかな」
彼はサッと胸の前に左手を出す。
確かに森は迷いやすい。しかし、彼には頼れる味方がいる。
「こんな時こそコイツの出番だ! 頼んます、アクシル先輩!」
リュートは左腕の
そして、その機械に魔力を流していく。
―――ピピッ、ピピッ、ピピッ
その機械はリュートの魔力を利用すると、超音波のように魔力の輪を周囲の広げていった。
それは一定周期ごとに魔力を飛ばしていく。
少しすると、レーダー画面に複数の赤い丸と青い丸が現れた。
この画面では赤い丸は敵を表し、青い丸は味方及び一般人を示している。
「お、現れた。えーっとここから五百メートルぐらい......思ったより中に入ってるな。
それに魔物に囲まれてるようだ。万が一があったら困るし急ぐか」
リュートは少しだけ眉を寄せれば、すぐに走り出しら。
恐らくリゼであろう青い丸の周囲にいくつもの赤い丸があるからだ。
魔法工学学院の生徒が強いと聞いていてもどのくらい強いかは未知数。
彼であっても傭兵団の仲間達と協力して魔物討伐をしていたのだ。
それに彼は昔一人で無茶して死んで行った仲間達を知っている。
レーダーを見ながら方角を意識して森の中を走りだした。
ほとんど景色が変わらない森は迷いやすいと言われているが、それでも迷わないのはアクシル様のおかげである。
途中、邪魔する魔物を蹴散らしながら走ること数分、遠くから小さくバンバンと銃声が聞こえてきた。
リュートがチラッと見てみれば、レーダー画面に表示されていた赤い丸が少しずつ減っている。
何体か新規で青い丸に赤い丸が向かってるがすぐさま消えていく。
どうやら学院からのお墨付きも伊達ではないようだ。
現場に到着すれば、リュートは茂みの奥の方からそこにいた少女を見た。
リゼと思わしき少女はサルのような魔物に向かって銃口を向け、飛びかかってきた所をバンと撃ち殺していた。
サルの眉間に穴が開き、そこから血を流しながら地面に倒れていく。
リュートが小型通信機を操作して改めてリゼの生徒情報を覗いてみれば、写真にあるように金髪のツインテールである。
ただし、今は黒いキャップ帽を被ったいるようだが。
また、ノースリーブの襟がついた白いシャツに赤いネクタイ、学院のブレザーらしき上着は腰に巻いているのでリゼは彼女で間違いないだろう。
「あのー、すみませ――っ!?」
リュートは確認を終えると茂みから現れた。
その直後、彼の頬に雷の銃弾が掠めていく。
彼は驚きのあまり体をのけぞらせると同時に、両手を頭よりも高く挙げた。
スーッと流れる頬の血をそのままに震えた体でそっと後ろを振り向けば、銃弾が直撃した木には穴が開いている。
「誰?」
一気に背筋が冷える感覚に襲われたリュートはそっと声の方を見てみる。
すると、リゼが淡い水色の瞳で睨みつけながら銃口を向けていた。
一歩でも動けば撃ちかねない雰囲気。
ここは慎重に対応せねばいけない場面と言える。
「お、俺は学院から遠征に出ている生徒を呼んでくるよう依頼された傭兵のリュートだ。
君はリゼ=ロヴァーツで間違いないか?」
「......えぇ、そうよ」
リュートが丁寧に自己紹介をすれば、リゼは睨む目はそのままに向けた銃口を下ろす。
信用されたかどうかは分からないが、学院の情報を出したことで警戒心は解いてくれたのだろう。
その姿に安堵の息を吐くと、リュートはリゼへと近づいていった。
そして彼が彼女に向かい合った直後、突如として男のシンボルに強烈な衝撃が走る。
「うがぁ!?」
リゼが足を振り上げ金的したのだ。
その痛みは強靭な体を持つリュートでさえも両膝を地面につけていく。
彼は一瞬意識が飛びそうなほどの痛みを抱えた股間を両手で押さえた。
人体の急所は縦で中心に集まると言われていて、男の股間なんて急所も急所である。
決して蹴られていいところじゃない。立ってられない。
リュートの全身から一気に汗が噴き出してくる。
彼は顔を青ざめさせた。
き、気持ち悪くなってきた、と思うのはもはや真理。
そんな彼の頭にリゼは再び銃口を突きつける。
「で、本当は?」
眉間を縮め、冷たい瞳で見下ろしてくるリゼ。
どうやら慈悲はないようだ。なんなら、微塵も警戒心を解いてなかった。
「......本当です、うぉぉぉぉ」
リュートは股間を抑えて悶絶しながら声を絞り出して言った。
そして、急所の痛みにしばらく悶絶するのだ。丁寧に対応したのに.......、と。
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