第3話 傭兵の任務

 病室の外は晴天だ。

 雲一つ見えず、サンサンと輝く太陽が自分の存在感を主張している程に。

 その心地よい陽気は多くの人々に今日という日がまた穏やかな一日なることを思わせるだろう。

 しかし、一部の者にはその日差しはあまりにも暖かく、眩しすぎた。


 一時的に外を歩くことを許可されたリュートは患者服のまま外に出た。

 歩く足取りは重い。

 そして、とある場所に案内するローゼフの後ろを歩いていく。


 やがて二人が辿り着いた場所は集団墓地であった。

 そこには当然多くの人達が眠る。

 その多くはリュート達傭兵団が戦っていた凶悪な生物との戦いで散っていった人達である。

 墓石に立てかけられた剣や銃がそれを物語っている。


「いるんですか? ここに俺の家族が」


 一つ一つが整理されたその墓地を見つめ、覇気がない声色でリュートは言った。

 彼がここに来たのはリュート以外の傭兵団の仲間達がここにいると聞いたからだ。

 当然、彼自身も仲間達が生きているとは思っていなかっただろう。

 自分自身の目で死んでしまった仲間達を見たのだから。


 その言葉にローゼフが両手を後ろに組みながら、コクリと頷く。


「ここだ。ここに君の家族が眠っている。

 全員かどうかはわからないが、見つけたのは全部で八人」


「......そうですか」


 リュートは墓地の中を歩いていくと、一際雑な墓地を見つけた。

 彼はその墓地に近づいていく。

 周りのちゃんとした墓地の中で、そこだけは未だちゃんとした墓地として出来ていなかったのだ。

 急遽スペースを作り、埋めたような感じで。


 リュートはそこにある墓石にある複数の名前を見る。

 墓地の前でそっと片膝をつき、目を閉じ、頭を垂れ、両手を握った。

 両手を合わせた指先に力が入る。


 家族が安心して眠れるように祈るのだ。

 必ず妹を助け出し、皆の仇を取ると誓って。

 しばらくその姿勢を続けた。

 そして立ち上がりば、墓地を見つめながら口を開いた。


「俺の家族は全員で十六人です。つまり、この場には俺の八人分の家族の体が足りない......」


「......捜索を続けてくれるよう伝えておこう。しかし、それで見つかるかどうかは別だがな」


「それで充分です、ありがとうございます。

 見つからなかったとしても、せめて墓石には全員分の名前を入れてください」


「わかった。必ずやそうしよう」


 リュートはローゼフに向けて深く頭を下げれば、すぐに墓石に視線を戻す。

 彼の両手は拳が作られ、その手は血管が浮き出るほど強握りしめられていた。

 裏切り者であるガーディと魔族に対する怒りと憎しみの炎が心で燃えているのだ。

 その感情が彼の意図しないところで出てしまっているのだろう。


「私は君の団長とは知り合いだった」


 突然口を開いたローゼフの言葉に拳の力が緩む。

 リュートは目を丸くしてローゼフの方へ視線を向ける。


「そうなんですか?」


「出会いは偶然でたまたま行きつけのバーが一緒だったぐらいだ。

 彼は傭兵で各地を移動しているから話した回数はそれほど多くないが、店で会えば不思議と馬が合って他愛もない会話を重ねたものだ」


 リュートは自分が知らないガイルの過去を聞いた。

 瞬間、思った。

 誰かが話す親父の話......初めて聞いたかもしれない、と。


 彼は他の人から自分の父親の話を聞く機会などほとんどなかった。

 傭兵団は自慢大会がほとんどで、その話にツッコミを入れたり、小馬鹿にしたりと誰かを褒めることをあまりしないのだ。

 故に、彼他にも自分の親のことを知ってくれている人がいることに頬を緩ませる。


「そう......だったんですか」


「そして、よく君の話をしていたよ。

 親の立場を経験したわけでもないのに父親面してな。

 終始楽しそうに話していたことは覚えている」


「親父......」


 リュートは咄嗟に墓地を見つめた。

 脳裏には彼のガイルとの思い出が駆け巡っているのだろう。

 口角が上がり優しい顔つきになる。


『そういうのいいんで』


 しかし、すぐに全滅した仲間の思い出も蘇ってしまったのか、彼の口角が下がる。

 当然の感情だ、愛し愛されていた家族を殺されて怒らない人はいない。

 ギュッと拳を握ると、つま先をローゼフへと向けた。


「学院長、俺が欲しいのは宿敵ガーディと妹の場所です。ただ、優先順位は妹の方優先で。

 まぁ、妹の情報が見つかれば必然的にソイツも見つかりそうなものですけど」


「あぁ、わかった。そのように私の知り合いにかけあってみよう」


 ローゼフが頷くのを確認すると、リュートは本題について尋ねた。


「それで俺を雇ってさせたい仕事ってのは――」


「おっと、待ちたまえ」


 どこか焦っているようなリュートの態度を見て、ローゼフが手を伸ばし制止させた。

 そして、現状もっとも重要なことを彼に言った。


「まずは君の体が万全になってからだ」


―――数日後


 白を基調とした制服に赤いネクタイを身に着ける生徒達が歩く学院に、ボロく汚れた外套に身を包み、身の丈ほどの大剣を背負った赤髪の青年が歩いている。


 そんな場違いな格好をするリュートはすぐさま色んな生徒達からの注目を集め、一部は彼が傭兵だとわかったのか嫌悪感を示すような生徒もいた。

 それは傭兵という職業がお金にがめつい、汚い、臭いと負の印象をたくさん抱えてるからだ。


 また、傭兵団の気性の多くがケンカ腰スタイルなのも相まって怖がられていたりする。

 もっとも、学生達からすれば傭兵団に会う機会は全くと言っていいほど無いので、噂程度の伝わり方しかしてないが。


 リュートはそんな中を悠然と歩いていく。

 途中、「不審者が堂々と歩いている」と学院の警備員に止められることがあったが、予め受け取っていたローゼフの時計を見せることで事なきを得た。


 リュートは学院長がいるだろう巨大な扉の前に立つと、一度大きく深呼吸した。

 そして、ドアをノックしていく。

 入室許可が下りると彼はドアを開けて、大きく足を一歩踏み出して中に入った。


 すぐ正面には「待っていたよ」と大きな机の奥から声をかけるローゼフ。

 彼の隣には秘書らしき女性が立っていた。


 リュートはその女性に会釈すれば、女性は丁寧に会釈をし返していく。

 どうやら生徒達や警備員と違って嫌悪感を示すことは無いらしい。

 彼は部屋を出ていく秘書を見送った。


「さて、これから仕事の話をしたいわけだが......いくつか確認したいことがある」


 二人だけになったのを確認したローゼフは一拍置くと聞いた。


「まず君はこの世界についてどのくらい理解している?」


 その質問にリュートはすぐに答えた。


「大昔に魔族の進攻があり、それに徹底抗戦した人類だったが、魔族が持つ魔法という強力な武器によって成すすべもなく土地を侵略されていった――」


 それからリュートが話した内容なこんな感じだ。

 人類は魔族からのこれ以上の進攻を防ぐため、各地に「箱庭」と呼ばれる防衛拠点を作り、そこで魔族の攻撃を防いでいた。


 しかし、それも時間稼ぎでしかなくこのままでは滅ぶことを悟った人類は、親交が深った獣人族、エルフ、ドワーフの力を借りて魔法に対抗する術を編み出した。


 それは科学技術と呼ばれるものであり、それによって銃や手榴弾など攻撃武器から通信機と様々なものが生まれた。


 また、その科学技術が発展する中で、人類は魔法を使うための魔力が人類の体の中にもあることに気付く。


 そこからはその魔力を扱うための開発が行われ、さらに科学技術との融合で武器から生活様式まで様々なものが一変した。

 そして、それを駆使した人類は一時的に魔族の進攻を抑えることに成功したのだ。


「――だが、そんな人類の中でも魔族のように、直接魔法を使えるほどの魔力回路がしっかりしてる人間は極一部。

 そこで人類は科学技術によって見込みのある魔力回路を持つ人間に、魔法を使えるようにするための道具を与え、さらにそれを十分に行使できるように教育の場を作り上げた」


 知ったように言葉にしているリュートだが、その情報はガイルから教えてもらったことがほとんどだったりする。

 傭兵団は荒くれ者だったり、過去に色々抱えた人達がほとんどでその多くはまともに学がないことがほんどだ。

 むしろ、歴史をしっかりと知っている人の方が稀だ。


 リュートの話を聞いたローゼフは合っていると伝えるように頷いた。


「そう、それがここ――魔法工学学院だ。

 とはいえ、魔法は学院全体の三割ほどでほとんどが工学系だったり、通信やら電子機器系だったりするのだがな」


 魔力を発見による魔法の確立はそう古い話ではない。

 ここ五十年前かの話であり、魔法が使える種族であるエルフと、道具制作や建築といった作ることに長けているドワーフの協力があってこその今である。

 故に、魔法という存在に対して人類は未だ知識が足りない部分が多いため、これまで作り上げてきた科学技術に頼る部分が多いのだ。


「それで、俺はここで何をすればいいんですか?」


 リュートが改めて本題に入るようにそう聞いた。

 すると、椅子をクルッと後ろに反転させるローゼフ。


「我が学院には優秀な生徒が多いのだが、その中でも戦闘面に長けた一部の優秀な生徒に任務を与えて遠征させているんだ。その理由は君にはわかるだろ?」


 ローゼフは立ち上がれば後ろ手を組み、窓から外を見ながら言った。

 隙間が空いたブラインドからは今二人がいる箱庭の街並みが一望できる。


「魔物ですね」


 リュートはすぐさま答えた。

 魔物――それは魔族が人類と戦った時に魔法で召喚した最悪な置き土産と呼べる存在だ。

 それは普通の人間では太刀打ちできないほど凶暴で強く、高い繁殖力でもって各地に蔓延っている。


 数はそれこそ種類関係なく全体数を数えたら人類側よりも多いだろう。

 そのうち人類側で戦える人数は三割弱。

 圧倒的に不利と言える状況だ。


 魔物の被害は魔族の意思関係なく各地で報告が上がる。

 襲われるのは罪のない一般人。

 そんな魔物の被害を抑えるのは魔法工学学院からすれば当然の義務だ。

 そういう教育施設なのだから。


 故に、魔族の進攻が無い今、人類の主な敵は魔物となっている。

 リュートがいた傭兵団“銀狼の群れ”も魔物の討伐が主な収入源だった。


「そう、魔物だ。一般人には太刀打ち出来ない魔物だが、この学院にいる生徒ならその魔物に勝つことが可能だ」


 ローゼフがそう言えば、リュートは傭兵としての自分の立場を理解し言った。


「俺はその連中のもとへ応援に行けばいいんですね」


「いや、逆だ。この学院に呼び戻して欲しい」


「呼び戻す?」


 リュートは思わず首を傾げた。


 魔物が各地にいてそれを倒してくれているのなら、わざわざその戦力を減らす必要はない、と思ったからだろう。

 数の不利で貴重な戦力を失ってしまうこともあるかもしれない。

 利口な選択とは考えづらい。


 ローゼフはリュートに目線を向ける。


「こことは別の<聖霊の箱庭>で数か月後に大規模な魔物の進攻があると予知されたんだ。

 そして、それが辿る未来は二つ。その命運を分けるカギを握ってるのがその生徒達の有無なんだ」


 じっとリュートの目を見つめるローゼフ。

 彼は信じた。目に偽りは感じられない、と。


「つまり、俺の任務はその生徒達をタイムリミットまでに呼び戻すことってことですか」


「あぁ、そういうことになる。それに君の魔法的にも仲間が多ければ多いほどありがたいだろ?」


 ローゼフの言葉にリュートは目を開く。

 そして、反射的に右手の甲を隠し、ローゼフを睨んだ。

 その姿勢にローゼフは「警戒する必要はない」と言い、言葉を続けた。


「君の状態を検査する時に調べる必要があったのだ。

 故に、君が隠している両腕に巻く包帯のことも知っている。どうして隠しているのかもな」


「......学院長は親父の知り合いだもんな」


 リュートはふぅーと息を吐くと、踵を返して歩き出した。

 傭兵は仕事を任されたのならすぐに行動する人種なのだ。

 それも人類の危機となれば動かない理由は無い。

 妹のためにも帰るべき場所は残しておかないといけないわけだから。


 今すぐに出発しそうなリュートにローゼフは「待ちたまえ」と声をかけ止める。

 そして、リュートにとあるものを渡していく。


 それは腕時計のようなもので、リュートが試しに画面をタッチしてみれば、空中にホログラムのように映像が浮かび出た。

 ゲームのステータス画面のようなものでは無いが、それに近いものだと思っていい。

 その光景に彼は体をビクッとさせる。


「これは?」


「それは最新型の小型通信機アクシルの試作品だ。

 これで君が旅の途中であってもこちらの集めた情報が届けられる。

 さらに、それは地図や方位磁針、君が探す生徒の情報など様々な機能が搭載されている。

 きっと君の役に立つはずだ」


 リュートは「なるほど」と頷くものの、ふと疑問が生じる。

 ポチポチと画面をタップしながら様々な機能に目を通しつつ、疑問点をローゼフに聞いた。


「これがあるのなら各地にいる生徒も呼び集められるのでは?」


 実際、傭兵団でもスマホのような機械でやり取りが行われていた。

 通信技術が確立されている以上、わざわざリュートが生徒達がいる場所に向かって集めてくる必要が無い。


 ローゼフは首を横に振った。


「それは初めて超長距離に対応した通信機だ。

 各地の生徒にはそれ以前のものを渡している。

 それに連絡は生徒が持つ小型通信機に登録したものでないと届かないようになっている。

 我々の科学力も未だ発展途上なんだ。

 だから、生徒集めの仕事を信頼出来る君に依頼したい」


「初対面なのにそんなに信用してくれてるんですね」


「君は自分が思っているに有名人だよ」


 リュートは一通り小型通信機の機能を見終わると、ローゼフに視線を向けた。


「わかりました。それでは行ってきます」


「健闘を祈る」


 ローゼフの力強い視線を背中に浴び、リュートは学院長室を出ていった。

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