第2話 契約する理由#2

――過去の傭兵団――


 リュートは思わず目を疑った。

 “銀狼の群れ”は家族のような集団だ。

 誰かがピンチに陥れば全員が助けに行き、誰かが頭を悩ませれば全員で答えを探す。

 助け、助けられが傭兵団の中での鉄の掟と言える信頼関係の証であった。

 故に、裏切るはずがないとリュートそう思っていた。


 しかし、仲間のガーディが明らかに敵であろうフード被った謎の四人組と一緒にいる。

 ガーディの腕には抱えられたネリルの姿もある。

 どうやら昏倒している様子で、目を覚ます気配を見せない。


 それが余計にリュートの思考を乱した。

 まるでガーディがネリルを攫うために起こした裏切りのように見えているからだ。

 な、何が起こってるんだ.......!? と。

 空気がやたらひんやりと感じ、ぽかんと開いた口のそばに冷たい汗が流れる。


 彼は数秒の思考の硬直の後、一先ず近くで血を流しながら膝が崩れ置ているガイルに近づいた。

 ガイルの重たい体を抱えると、すぐに声をかける。


「団長! 大丈夫か!?」


「リュート、か......がはっ、俺のことは後でいい。それよりも妹を助けろ」


 ガイルは口から噴き出した血を気にすることなく、掠れた視界の中でリュートを見つめ言った。

 胴体に穴が開いているようで、生きているのが奇跡のような感じであった。

 しかし、その目は変わらずに力強い。


 そんなガイルの強い意志を持った願いとも言える言葉に、リュートは腕を小刻みに震わせ、抱える手に力が入る。

 膨れ上がる色々な感情を押し殺して歯を食いしばると、「はい」と一言答えた。

 リュートはガイルを寝かせて鋭い目つきで敵を見る。


「ガーディ、これはテメェのせいなのか?」


 リュートはドスの効いた声で聞いた。

 その質問にガーディはニヤッと笑う。


「お前はバカか? こんな状況を見てりゃすぐにわかるだろ?

 それともなにか、俺が操られてるとでも思ったのか?」


「テメェ......!」


 ガーディの挑発的な姿勢にリュートは怒りに口を歪ませる。

 今にも殴りたそうな顔をしているがその感情を一先ず押さえ込み、それ以上にガーディがなぜこのようなことをしたのかを聞いた、


「どうしてだ? どうしてこんなことをやった?

 俺達『銀狼の群れ』は仲間で家族だっただろうが!」


 リュートの昂った感情が声に伝わる。

 対して、ガーディは肩を諌めた。


「ハッ、仲間で家族? 思い違いも甚だしい。

 お前らは所詮この世界に住む弱者のゴミでしかない。

 そんな連中が集まって結成した傭兵団が家族だと?

 ゴミがいくら集まろうとそれはゴミくずでしかないだろ。

 まぁ、強いて言うならお前達兄妹は特別だったがな」


「どういう意味だ?」


 リュートがそう聞いてみるが、ガーディは「そんなこと答える必要が無い」と一蹴する。

 ガーディは背を向けてどこかへ歩き出そうとした。


「逃げるな!」


 リュートは瞳孔を収縮させたギラついた目で追い、すかさず走り出す。


「相手をよろしく頼むよ」


 ガイルがフードを被った四人組に指示を出せば、彼らは一斉に向かって来る。

 四人の武器はそれぞれ長剣、トゲつき鞭、双剣、フレイル型のモーニングスターであった。

 最初にしかけてきたのがモーニングスターの敵だった。

 その敵は鎖を活かして遠くから投げつけて攻撃した。


 それをリュートは右手に持った大剣で弾いた。

 瞬間、彼は思った。

 僅かに振りが遅い、と。

 彼はチラッと大剣を持つ右手を見る。


 リュートの僅かな隙を突くように双剣の敵が間合いを詰めてくる。

 双剣の敵は両腕を高速で動かしながら斬りつけてきた。

 幾重も刃がリュートの目の前を動き回り、まるで一つの生き物のようであった。


 その攻撃をリュートが紙一重で躱す。

 冷や汗をかきながら彼は思った。

 いつもより体の動きが悪い、と。

 彼は歯を食いしばった。


 双剣の敵が突然しゃがんだ。

 直後、その敵のボワッと舞い上がった外套の裾を貫くようにして長剣が飛び出してきた。


「っ!」


 その攻撃をリュートは驚異的な反射神経で捉え、大剣の腹でガードする。

 彼は少しバランスを崩しながら、数歩あとずさり。

 額にかいた汗が僅かに宙に舞った。


「おわっ!?」


 その時、敵の鞭がリュートの足に絡みつく。

 茨のトゲのようなものがついた鞭は彼の足を固定するように食い込んだ。

 鞭の敵が鞭をたぐりよせれば、そのまま体を引っ張った。

 体は地面に引きずられズザザザッーと音を立てる。


 釣り上げられた魚のようにリュートを引き寄せた鞭の敵。

 鞭の敵すぐそばには、モーニングスターの敵がいる。


 モーニングスターの敵はバッターのように柄を構えると、思いっきりフルスイング。

 遠心力加わって強烈な一撃となった鉄球がリュートの胴体に直撃した。


「がはっ!」


 リュートは口から血を吐き、トゲがついた鉄球は彼の胴体に複数の穴を開ける。

 僅かな間鉄球に張り付いていた彼の体は、すぐさま後方へと吹き飛んでいった。


 地面への着地に失敗したリュートは固い地面の上をゴロゴロと転がって行く。

 それによって体の至るところに擦り傷を増やした。

 地面に倒れ込む彼であったが、すぐに歯を食いしばってすぐさま腕を地面に立てる。


「......相変わらず頑丈な肉体だな。

 そして、超人的な反射神経に、片手で身の丈ほどの大剣を振り回す怪力。

 やはりお前は特別な生まれのようだ」


 そんな姿を半分閉じたような後ろ目でガーディは言った。

 そして、彼はリュートに背中を向け、歩き出す。


「待......てよ、逃がさねぇぞ」


 ボタボタとお腹から血を流しながらも、それを気にすることなくリュートは立ち上がった。

 しかし、彼の前には四人組のフードを被った敵が立ちはだかる。

 四人組のフードの奥から見るものを怯ませる威圧を放ち、構えた武器は死神の鎌を連想させるた。


「そして、妹である彼女もまた特別な存在。

 研究素材としてこれほどまでに貴重な相手はいないだろうな。

 本当はお前も欲しいところだ。だが、お前の力は扱いに困る。だから、消えてもらう」


 ガーディはリュートに聞こえていようといないと構わずに言った。

 二人の距離は瞬く間に離れていく。


 何年も守り続けてきた妹を目の前で連れ去られるなどリュートにとって到底容認できるものでは無い。

 そんな感情が彼に力を与えた。

 内側から力が湧き上がってくる。

 彼はギリッと歯を噛み、睨みつける。


「ネリルを返しやがれ!」


 リュートは一気に走り出す。

 すぐさまフードの四人組が行く手を阻むが、激情に力が増したリュートの動きはその四人を凌駕した。

 長剣の敵は大剣で薙ぎ払って吹き飛ばされ、双剣の敵は一度攻撃を躱した後に蹴り飛ばされる。


 鞭の敵の振るわれる鞭を躱しながら、別方向から飛んできた鉄球をトゲが刺さることも厭わず蹴り返された。

 それを鞭の敵に当て、蹴り返されて鉄球に引っ張られて死に体となったモーニングスターの敵は大剣で胴体を切断された。


 接近したリュートは、ガーディに向かって両手で握った大剣を振り下ろした。

 リュートの柄を握る手から腕にかけて、血管が浮き上がっている。


 それに対し、ガーディは冷静にリュートの方を向けば、ネリルを小脇に抱え、左手を差し出した。

 その手から放出した魔力で障壁を作りガードする。


 リュートの大剣は空中で制止してしまう。


「うおおおおぉぉぉぉ!」


 リュートは気合を入れるように叫び、両手を押し込んだ。

 額にも欠陥が浮かび上がり、口も歯が見えるほどむき出しにして。


「っ!?」


 ガーディの伸ばしていた腕は僅かに曲がり、障壁はピキッとヒビが入った。

 このままでは押し負ける、と踏んだ彼は、障壁が割れる前に大剣の力の方向をズラすことにした。

 障壁で受け止めていた大剣の向きを正面から、少し斜めに傾ける。


 直後、リュートの大剣は僅かにそれて地面を叩き、ガーディは腕を僅かにかすり傷を負うで済んだ。

 彼は咄嗟に肺に溜まった息を吐く。


「まだ......だ.......」


 追撃しようと意気込んだリュートだが、とある物を目にして言葉が失速してしまう。 

 それはガーディの斬れた袖の奥から露わになった独特な刺青だ。


 それに一瞬気を取られてしまったリュートはガーディに蹴り飛ばされてしまった。

 だが、大剣の刃を地面に刺してブレーキ代わりにして勢いを殺すことで、大きく距離を離されることを防いだ。


「お前、その刺青......魔族の」


 リュートは自分の鼓動が激しくなるのを感じた。


 人類の大敵とされている魔族。

 人類よりも巧みに魔法を操り、通常膂力も人間を上回る。

 そんな魔族の身体的特徴として独特な刺青があることが挙げられる。

 しかし、ガーディは人間だ。

 人間が魔族になれることなどない。


 間抜けな顔をするリュートにガーディは斬られた腕を見ながら答える。


「これか? 決まってるだろ。俺は魔族信者になったのさ。この刺青もその証だ」


「魔族信者だと? ってことは、この四人も......」


 リュートはその言葉に聞き覚えがあった。


 人類の中でもそういった魔族に信仰心を捧げる一部の人間がいる。所謂、悪魔信仰というものだ。

 その連中は大義は魔族にあると考え、人を騙すことも殺すこともそれを正義と捉え、悪逆非道な限りを尽くす。

 人類の悪因子の象徴であり、その連中は魔族に信仰を示している証拠に自らの体の一部に刺青を残すのだ。


 リュートの言葉にガーディは首を横に振った。


「いや、彼らは魔族だ。といっても、下っ端だがな。

 やはりお前を止めるには魔族四人でも足りなかったか。それも一人殺られてしまったしな。

 とはいえ、やはりお前よりも先に周りの連中をやっておくのは正解だったな。

 なんせ、お前一人では使もんな」


「くっ!」


 リュートは歯を食いしばれば、ひやりとした感覚が襲った。

 そんな彼の姿を見ながら、ガーディな嘲笑する。


「お前の魔法は味方を集めて初めて発揮される特別な魔法......つまり、その仲間を失ってしまえばお前は無力に等しい。

 後は恵まれた身体能力を封じれば良かったが、これだけが誤算だったな」


 ガーディの近くに三人のフードを被った敵もとい魔族が集まる。

 勝利を確信したガーディは傷ついた腕をリュートに向けた。


「これで終わりだ」


 ガーディの短く発した言葉には強烈な殺意が込められていた。

 彼の頭上に魔力で作り出された白い剣が生み出される。


 白い剣は彼が腕を振り下ろすと同時に発射され、瞬く間にリュートへ迫った。

 それがリュートの胴体を貫こうとしたその時、彼の背後から一人の男が庇うように前に出た。

 先ほど生死を彷徨っていたガイルであった。

 彼はリュートのピンチに死力を尽くして駆けつけたのだ。


「がっ!」


 直後、ガイルの胴体に白い剣が突き刺さり、背中からも数センチ飛び出した。

 そんな彼の自己犠牲のおかげで、剣先はリュートに刺さる前で止まる。

 白い剣の先からガイルの血がスーッと伝って、剣先からポトッポトッと滴り落ちる。


「団長!」


 リュートは咄嗟に叫んだ。

 目の前で育ての親が刺されたのを見て、両手があっという間に冷たく変化する。

 呼吸は浅くなり始めた、視線は釘付けになったように離れなかった。


「リュート、お前は死なせねぇ。

 お前は銀狼の群れ俺達の希望だ。

 それに......俺の大切な息子だからな」


 リュートを安心させるようにガイルは目を細め、口角を上げた。

 親代わりとして最後にできる務めだと思っているかのようだ。


「団長......いや、親父!」


 段々と目の前で体が小さくなっていくガイルの姿にリュートは肩を震わせた。

 いくら傭兵という職種がたくさんの仲間達の犠牲の上で続いているのだとしても、こんな残酷な別れ方はないだろう。

 それも特に親のように接してきた人物だ。悲しさは想像を絶する。


「そういうの結構なんで」


 ガーディの無慈悲な一言が突き刺さった。

 直後、リュートの直前で止まった白い剣の剣先は、そこからさらに複数の剣先を生んで伸びていった。


 リュートの胴体にいくつもの剣が突き刺さっていく。

  「......がはっ」と口から血を吐き出す。


 口や腹から大量の血を流すリュートを見てガイルは大きく目を見開く。

 そして、息子を守れなかった不甲斐なさに背中を丸めながら、失意の中絶命した。


 やがて白い剣がキラキラと粒子となって消えれば、リュートも後を追うように地面に倒れた。

 彼の掠れた目だけが僅かに動き、妹の方へ向く。


「先ほどのモーニングスターでの攻撃も相まってこれで体にはいくつもの穴が開いた。

 さすがのお前でもこれだけ傷つけば出血多量で死ぬだろう。

 さて、後はバレないように死体を近くの谷底へ落とせばいいだろう」


 路傍の石を見つめるような目でリュートを見つめながら、次の予定を淡々と呟くガーディ。


 リュートは薄れゆく意識の中、魔族の一人に引きずられていくと谷底へと落とされた。


*****


――現在


「――で、その後は谷底に流れていた川によって運ばれてきた死にかけの君を街の闘魔隊が見つけ、懸命な治療と君の強靭な体でもって今に至るというわけか。

 だとすれば、そのガーディという男の本当の誤算は君の生命力か」


 リュートの過去の話を聞いた彼の隣に座る男はそう話にピリオドをつけた。

 男は話を聞いている最中も姿勢を微動だにせず、瞑った目をゆっくり開けば、リュートを見つめる。


「俺は弱いです。ですが、ここで諦めるなんて到底できません」


 リュートは男の顔を見る。

 彼ははその男が病室に現れた時に言った言葉を言った。


「それで、俺に妹の手掛かりの情報をくれるってのは本当ですか――魔法工学学院の学院長ローゼフ=アーゼスターさん?」


「本当だ。いや、この言葉は正確ではない。

 正しくは君が探すのを手伝うというべきか。

 君一人が闇雲に探したところで逃げ回られるだけだろう。

 だから、私の部下を使って情報を集めてくる。

 その代わり、私が君を雇う」


 リュートの傍らに座る男――ローゼフは蓄えて丁寧に伸ばしたひげを触れながら答える。

 その言葉にリュートは首を傾げた。


「雇う?」


「あぁ、君を学院専属の傭兵として雇いたい。

 学院は今色々と人が必要でね、君のような......と言うと聞こえが悪いが、報酬さえ払えれば何でもやってくれる人は特に必要なんだ」


「俺が傭兵だからって意味ですね」


「ただの傭兵じゃない。私が信用出来る傭兵だ。

 そして、報酬として君が求めている妹君の情報を君にあげようじゃないか」

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