赤き狼は群れを作り敵を狩る~やがて最強の傭兵集団~

夜月紅輝

第1篇 親子の分かれ

第1話 契約する理由#1

 病院の一室、そこには患者服を着てベッドに座る赤髪に、手首から肘まで包帯を巻かれた両腕が特徴的な青年【リュート】がいた。

 さらに彼がいるベッドの脇には白髪で威厳のある髭を生やした茶色の瞳をした男が座っている。


「俺は弱い.......」


 リュートは顔を俯かせて言った。

 声は酷く弱弱しく、視線もぼんやりと一点を見つめるばかり。

 拳は感情がこもるように力強く握られ、口元は酷く歪んでしまっている。


「何があった?」


 背筋を伸ばし、ふとももに軽く添えただけの拳を動かすこともなく見つめていた男は言った。

 その声は低かったが人を安心させるような包容力を帯びていた。


 その言葉にリュートは顔を上げる。

 弱弱しいワインレッドの色をした瞳を男の目に向けて。

 小刻みに体を震わせると、怒りと悔しさを滲ませた声でもってポツリポツリと話始める。

 その内容は彼が所属していた傭兵団に起きた悲惨な末路であった。


******


―――一週間前の荒野


 長い月日によって削られた岩が乱立し、所々ひび割れた地面が見える荒野。

 水もなければ、食料も見当たらない過酷な環境。

 その荒れ果てた地を三台の車と、それを囲むように複数のバイクが駆け抜ける。

 車にはハッチと機関銃が搭載されていて、バイクに乗る人はそれぞれ銃や剣を背負っている。


 一見盗賊かとも思われる容姿をした人物達がほとんどだが、彼らは傭兵団と呼ばれるこの地の治安を守る集団だ。

 そして、今日も金を稼ぐために仕事をする。

 バイクを運転する一人が左手に持つスマホのような通信機を口元に近づけた。


「ターゲット確認。今からデータを送る」


 その男は視線の先にいる巨大な生物を見ながら淡々と言った。

 その情報はすぐに車に乗るごつい顔つきをしたリーダー格の男に伝わる。


「スナサソリにサンドワームか。相手はそれなりだが数がちと多いな。ま、俺達なら楽勝か」


 右手に持つスマホのような機械の画面に映し出されるデータを確認したリーダー格の男は小さく呟いた。


 表情は変わることなく、フロントガラス越しに見える巨大な魔物に視線を移した。

 リーダー各の男は通信機を口元に近づければ、すぐさま全体に指示を飛ばす。

 それはたった一言――殲滅しろ、と。


 全体は一斉に動き出した。

 まず初めにバイクを乗った複数人が先行し、銃火器でもってサンドワームへ攻撃する。

 サンドワームの大きな体に複数の鉛玉を打ち込まれて、直撃した箇所から血を噴き出させ、数体の地面に倒れていった。

 さらに車からの銃撃に何体ものサンドワームが倒れる。


 すると、地面潜っていたスナサソリが地表に現れ、巨体を掲げて前進してくる。

 それをバイクに乗った男女が銃火器で攻撃するが、それはスナサソリの硬い外皮によって防がれてしまう。


「物理はダメだ! 魔法による支援を求む!」


 その様子を見ていた一人の男が通信機を通して言った。

 その時、「了解!」と言いながら一人の赤髪の青年がバイクを走らせる。


「俺に任せとけ!」


 青年は連絡した男の横に並べば、握った拳を掲げてみせた。

 その青年――リュートはこの傭兵団の中の数少ない魔法が使える存在だ。

 身の丈以上の大剣の柄を片手で持つと、自身の魔法で能力を行使した。


「借りるぞ!――筋力強化パンプアップ


 リュートは魔法によって筋力を強化すると、そのままスナサソリに向かって直進。

 スナサソリのしっぼから放たれる毒液を、左手一本の巧みなバイク操作で回避した。


 一気に距離を詰めながら、大剣に炎を纏わせる。

 本来燃えることのない大剣が刃を赤色に輝かせ、バイクの風で火花を散らす。

 その大剣を大きく掲げれば、リュートはバイクの突進力に合わせて右手を振るった。

 それは彼の二倍以上の巨体を誇るスナサソリを豆腐を切るように一刀両断した。


「楽勝!」


「油断するな! まだ数はいる!」


 リュートのすぐ近くを走る男から声が飛ぶ。

 その男の言う通りスナサソリの数は一体だけでは無い。

 今度は徒党を組んで突っ込んでくる。


 その時、リュートの後ろから何かが通り抜けた。

 それ火球と風の槍であり、それはそのままの勢いでもってスナサソリに直進すると、一体をたちまち焼き殺し、一体に風穴を開けていった。


「サンキュー! おっちゃん達!」


 リュートはすぐさま仲間の支援だと分かり、後ろを向いて右手を掲げてお礼を言う。


「家族は助け合いだ! 気にするな!」


 仲間達からはサムズアップで返答された。

 リュートは微笑み、体を向き直すと、残りの一体を倒しにかかった。


 リュートの所属する傭兵団“銀狼の群れ”は言わゆる何でも屋だ。

 人に依頼されて金さえ払ってくれればなんでもやる。

 しかし、犯罪臭のすることには決して手を出さないことでその傭兵団は有名だった。


 それは傭兵団の中ではかなり異質な集団と言えた。

 というのも、傭兵団は基本ならず者の集まりだからだ。

 素性の分からない連中が生きるための金欲しさに仲間を作ったのがそれ。


 “銀狼の群れ”も例に漏れず色んなところから訳ありで集まった連中だ。

 孤児で生き抜くために金が必要な者だったり、仲間に裏切られ底辺まで落ちた者だったり。


 そんな彼らの場合境遇が似たようなものが多かった。

 故に、互いに響くものがあったのだろう。

 やがて一緒に苦境を乗り越えた経験も相まって、今ではまるで家族のような仲間意識が芽生えている。


 ネコミミやイヌミミがいる獣人。

 長耳が特徴のエルフ。

 小人のように小さくて男なら立派な髭を生やしているのが特徴のドワーフと種族もバラバラにも関わらずだ。

 彼らはそれほどまでに深い絆があった。

 故に、など考えたこともない。


「よっしゃ、今日はここで飲むぞー!」


「おら、全員ちゃっちゃと準備すっぞー」


 魔物の討伐を終えた後は彼らは決まって宴をする。

 それは毎回どんちゃん騒ぎで、料理では各種族ごとの伝統料理が並べられたり、すぐさま飲み比べが始まったりと疲れて寝るまでやりたい放題。

 しかし、それを誰も止めるものはいない。楽しいからだ。


 毎度ながらうるさく自慢話をするおっさん達の話声。

 それ耳を傾けながら、リュートも使い古した木製ジョッキでもってお酒を飲んでいく。

 彼はすぐ近くの焚火をぼんやりと見つめ、頬の筋肉を弛緩させた。


「兄さんはああなっちゃダメだよ」


 リュートに声をかけてきたのは妹の【ネリル】であった。

 彼と同じワインレッドの瞳に、赤色の長髪に額にバンダナを巻く彼女は、騒ぐ仲間達がいる方向を見ながら、いずれ同じ場所に居そうな兄を心配したのだ。


「大丈夫だって。おっちゃん達みたいに酒に飲まれたりはしないよ」


 そんなネリルにリュートは優しい声で言った。

 しかし、彼女はただ目を細くして深く息を吐いた。


「どうだか。男は皆同じ末路を辿るってセーリャさんも言ってたよ」


「うっ、長命種のエルフの言葉があると説得力が違うな。気をつけるよ......程ほどに」


「あっ! それ絶対明日には忘れてるやつ!」


 リュートの曖昧な言葉に、ネリルはムッとした様子で言った。

 彼女は知っているのだ先週仲間内で酔って脱衣じゃんけんしていたことを。

 故に、鋭い目つきで睨むが、リュートには通じて内容で「大丈夫、大丈夫」と言うだけ。


 やがて、ネリルはすぐに諦めたようにため息を吐いた。

 そして同時に彼女は思った。

 せっかく心配してるのにこのお兄ちゃんは......、と。

 しかし、こんな兄のために頭を悩ませてばかりはいられない。

 考えるだけ時間の無駄。


 ネリルは気を取り直すと、表情を柔らかくして色々な話をし始めた。

 そのほとんどが他愛もない内容だったが、そんな会話はしばらく続いていく。


 宴もたけなわの時、リュートのそばにリーダー格の男がやって来た。


「リュート、少しいいか?」


「団長」


 話しかけたのは“銀狼の群れ”の団長【ガイル】だ。

 白髪混じりの黒髪オールバックに、濃い青をした瞳。

 がっしりとした肉体から放たれる覇気は一目でリーダーであると知らしめるほどの迫力がある。


 リュートの近くに並べば、その屈強な肉体の差は如実に現れていた。

 単にガイルがゴリマッチョで、リュートが細マッチョなだけかもしれないが。


 強面の顔に似合わず優しい笑みを浮かべるガイルは「隣座るぞ」とリュートの横に座った。

 彼は右手に持っていた木製のジョッキに口をつける。

 グイっとジョッキを傾ければたちまち半分ほど飲み干した。


 チラッとすぐそばに座る兄妹の姿を見てガイルは目を潤ませる。

 彼はすぐに思った。

 二人とも随分とデカくなったな、と。

 すると、その言葉は口から漏れ出ていたようで、リュートが怪訝な顔を浮かべて聞き返す。


「何だ急に?」


「あぁ、聞こえてたのか。今日の戦闘の時にお前の大きな背中を見てふとそう思ったのさ。そういや、あれからもう12年か」


 ガイルは雲ひとつなく散りばめられた宝石の星空を見ながら、昔の二人の姿を思い起こした。


 リュートとネリル――彼ら兄妹は孤児であった。

 小さな村に住んでいた彼らは人類の敵と呼ばれる魔族の襲撃に遭い、村は壊滅。

 彼らは両親を失い、二人で助け合って旅をしていたところをこの傭兵団もといガイルに拾われたのだ。


 当時リュートが七歳でネリルが四歳。

 最初は二人とも警戒心が高く(特にリュートが)、打ち解けるまでに時間が掛かった。

 しかし、それはリュートからすれば妹を守るという行為の結果であったため仕方ないことであった。


 とはいえ、どんなに警戒心が高くても根はいい子であったのか、与えられた仕事はキッチリとこなしていくリュート。

 そんな彼を見た当時の傭兵団の仲間達は全員が「なんだ、ただの良い子ちゃんかよ」と思ったそうだ。


 そんな月日が流れ、今や二人は立派に成人し(*成人年齢は15歳)、リュートに至ってはこの傭兵団の中核を担っていると言っても過言では無い。


 ガイルは結婚しておらず当然子供はいないが、この兄妹のことは自分の子供のように見ていためについつい親らしい言葉をかけてしまう。


「お前は結婚しないのか? 少なからず成人してんだぞ?」


 その言葉にリュートは脳内でその言葉をイメージする。

 しかし、彼の脳内に靄がかかっているように何も見えてこない。


「結婚ねぇ......考えたこともなかったな。

 というか、俺としては恩があるこの傭兵団に骨を埋める気さ。

 それこそ、結婚して子供を作るなんざネリルがすりゃいい」


「に、兄さん!? なんでそんな事言うの!?」


 リュートが突然話題を振ってきたことにネリルは目を丸くした。

 ネリルからすれば自分もこの傭兵団に残る気満々だったのだ。

 しかし、彼からすれば違ったようで――


「そりゃ、こんな血なまぐさいところにいるのは俺だけで十分だからよ。

 それにネリルが幸せになってくれれば俺も幸せだからな」


「兄さん......」


 相変わらず自分よりも人の幸せを願う兄の姿勢にネリルは肩を諫め、そっと息を吐く。


「おいおい、こっちのことは気にすんなよ。

 俺達はどうせ死ぬまで独り身だから居場所がここであるだけで、お前は俺達よりも明らかに若いんだからどうにでもなるだろ?」


 ガイルはグイっと一口酒を飲み、そう言った。

 彼は息子同然のリュートが自分の幸せを考えてないのが不服なようだ。

 しかし、リュートはすぐさま言返す。


「悪いがこれはもう決めたことだ。

 だから、たとえ親父のような存在の団長の意見であっても変えるつもりは無い」


 ネリルはガイルに呆れたような様子で首を横に振る。

 お兄ちゃんは無駄に頑固なところあるんだから、とジェスチャーで伝えるように。


 ガイルも思わず苦笑い。

 そんな不甲斐ない息子を茶化すように彼はリュートに向けて言った。


「なんだよ、せっかくある程度の礼儀作法を教えたってのに。

 顔立ちは悪くないと思うんだけどな......中の上で」


「それ結局普通の枠組みじゃないか?」


 それから、たまたまリュートとネリルの過去を振り返ったことを皮切りに、三人は思い出話に花を咲かせた。

 そこには沢山の笑顔が溢れ、それの雰囲気に吸い寄せられるように、周りで騒いでいた連中が集まる。

 やがて思い出話は話す人が見栄と誇張を重ねた結果、自慢話大会となってしまったようだが。


 これがリュート達の一日の終わりであり、同時に日常でもあった。

 だが、悲劇とは唐突に奪いに来るから残酷と言える。

 そんな幸せな時間はある時に突然として奪われた。


 それは荒野にて魔物を倒し宴を開いたある日の夜のことだった。

 仲間であるガーディに酒の飲み比べをしようと誘われたリュート。

 突然よくお酒を飲むようになったガーディが「飲み比べをしたい」と言うので、その日気分が良かったリュートは勝負を受けることに。

 結果、酒を飲みすぎたリュートは深く眠ってしまった。


―――パチパチッ


「ん......? なんか焦げ臭いニオイがする」


 リュートは眠たげな声で呟いた。

 誰が火を焚いているのか、と。

 彼は瞼をこする。

 しかし、意識が覚醒へと近づくにつれ、異様な異臭と異様な熱さに緊急事態だと飛び起きた。


 すぐさま近くに転がっていた服と、立てかけてあった大剣を手に取り、テントから抜け出せばそこは地獄へと変わっていた。


 いくつもあったテントは全て火で燃えていて、さらにすぐそばには倒れた仲間の姿が何人もある。

 うつ伏せだったり、仰向けだったりと地面に寝転ぶ姿は様々だ。

 だが、共通して体の一部から赤黒い血が流れていることがわかる。


 信じられない光景にリュートは目を見開きせわしなく瞬きをした。

 額からは冷たい汗が流れ、視界一杯に広がる光景を脳内で処理するのに時間がかかった。


「おい、大丈夫か!? 返事をしろ!」


 理解が行動に追いつくと、すぐに近づき声をかけてみた。

 だが、応答がない。

 脈を計ってみる。脈がない。

 すでに事切れていたようだ。


「魔物の襲撃か!? いや、俺達はそんなヤワじゃない!」


 リュートは頭を横に振るう。

 すぐに他に生存者がいないか周囲を見渡した。

 その時、遠くから剣戟の音が聞こえてきた。

 抱きかかえた仲間をゆっくり寝かせるとすぐにそこに向かう。


 少しだけ移動した先に見えてきたのは、今尚倒れていく団長ガイルの姿。

 同時に、フードを深く被り外套で全身を覆った四人組。

 さらにネリルを抱える黒髪の短髪に光のない黒い瞳をしたガーディの姿があった。

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