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「あ、それね。夏樹ちゃん本人に訊こうと思ってたのよね」

 まひろがハッとした様子で、ぼんやりと画面を眺めていた夏樹に顔を向ける。

 書いている内容を見るに、一部ホラーサイトの雰囲気作りとしての大袈裟な表現以外は、人から聞いた話や書物から拾い上げた情報によって作成された記事なのだろう。全てが妄想の文字には思えない。嘘で固めて怖さを広げたいのなら、一番盛り上げたい建物内部の様子を『見れない』で済ますのは勿体無い。

 ならば『歌』の話も何処かで拾ってきた話なのだろうが、記事の内容にする程度にはまひろの心に引っ掛かるものを与えたようだ。

「森崎、歌なんて知ってたのか?」

 あんな墓地で女の子の歌声が聞こえてきたら、それは確かに怖そう……なのは少し横に置くとして、和輝はこれに一つの道を見出した。

 もしかしたら、歌の内容次第で夏樹の生きた時代が予想出来るかもしれない。

「はい! 頭の中にずっと残ってるメロディーがありまして! 井戸の中って反響して割と上手く歌える気がするんです!」

 記憶が無いのに口ずさめる程の歌。流行のもの。その時代には無かった音楽。

 これだけでも、名前のみの状態よりは絞り込む事が可能だろう。夏樹を知る手掛かりとしては有力だ。

「どんな歌なの? 最近のヤツなら俺も大抵解りそうだけど」

 瞬は開いていた研究会のサイトを閉じ、新たに検索エンジンを起動させた。

「えと……ワンフレーズだけですよ?」

「良いよ、歌ってみて」

 舞が、夏樹の方へ身体を傾ける。

 最初は気恥ずかしそうに五人の顔を見回していた夏樹だったが、囲まれた視線からはどうにも逃れられない事を察したのか、静かに目を閉じて軽く息を吸い込んだ。

「……君がさぁーいごにぃ」

 和輝の部屋に、少女の声が染みていく。

「……くれたこぉーとばぁ」

 夏樹は、一音ずつ丁寧に発した。

「僕のこぉーころにぃ」

 それは、まるで。

「残ぉってぇー、くれたぁ」

 誰かに、聞かせたいかのように。

「……これだけです」

 優しい、音色だった。

 楽器も何もない、ただのアカペラだったが。もし音を付け加えるとしたら、アコースティックギターが似合うような、とてもゆったりとしたリズムの曲。

「……聞いた事は、無いな」

 フレーズを聞き届けた優弥は、顎に手を当てて記憶を探る様に床の一点を見つめて言う。

 曲のサビの部分にも聞こえるし、AメロBメロと言われてもそんな感じには聞こえる。

 ただ、現代の曲である事は間違いないようだ。何処かの民謡だとか、その様な歌詞には思えない。

「バラードっぽくは……あるけど……」

 まひろは頬に手を当てて考えている。こちらも、記憶に該当する曲は無かった様だ。

「歌詞で検索してみる?」

 舞は、瞬の携帯を見ながら言った。瞬本人は既に検索エンジンをフル活用している様子だが、その表情は芳しくない。

「ええと……もう一回リピ良い? 歌詞だけ」

 夏樹が頷いてもう一度口を開くと同時に、和輝も頭の中で今の歌詞を再生する。

(聞いた事はない……けど、恋愛系に聞こえなくもないな……)

 君が最後に、くれた言葉。

 僕の心に、残ってくれた。

「……駄目だ! 歌詞検索でも出てこねぇや!」

「えぇ……? 真心を込めて歌ったんですがぁ……」

 諦めて検索エンジンを閉じた瞬に、夏樹はがっくりと肩を落として嘆いた。

 だが、これはつまりCD化はされていない曲だと言えるのではないか。

「まぁ……歌詞は私が勝手に付けた部分も有りますけどぉ」

「……お前の作詞かよ!」

 夏樹の言い分に、和輝は真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなってしまった。

 夏樹が手を加えた歌詞なら、検索エンジンに引っ掛かる訳がない。

「でも、メロディーは合ってます! 自信有ります!」

 では、検索素材はただの鼻歌ではないか。

 これでどうやって特定しようというのだ。難易度が高過ぎる。

 和輝の苦悩を知る事もなく、夏樹は変に疲れた表情の和輝の前で、またワンフレーズを誰に言われずとも再生し始めていた。

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