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「おーい……軽く不法侵入ですよー……」

 家主より先にリビングに到達している彼女の背に、和輝は呆れ口調で呼び掛けた。

 この四人との間柄なら別に構いはしないのだが、それはそれとして夏樹といい、どうして誰も彼も我が物顔で人の家を侵してくるのか。公共の施設とでも思われているんだろうか。

「あら、ちゃんと玄関から入ったわよ?」

 横顔だけ振り向いたまひろは悪びれもせずに言うもので、「いや、そういう問題じゃなくて」と和輝はすかさず言い返す。

「ふふ……ごめんなさい。籠飼君の件から、癖が付いちゃったのかもね」

 人の家に忍び込む事がだろうか。だったら、是非治して貰いたい。

 続々と上がり込む後続の背中を見送りながら、和輝は猫背気味な姿勢を更に丸くした。

「一人暮らしにしては広い部屋じゃないか」

 優弥が和輝のベッドに徐に腰を下ろす。

 何でそこで寛ぐんだよ、と和輝が主張する前に、その隣に舞まで座ってしまったので諦め半分で怒りの矛先を沈めた。こんな時の為にソファの一つでも買っておかなかった自分に非が有るのだ。そう思う事にしよう。

「物を置いてないから広く感じるだけだろ」

 和輝は呆れ顔のままで机の引き出しを開けると、中に詰め込んでいる小物を漁り出す。

 机を組みたてた時の予備品にいつ買ったかも忘れた空のCDロム。隅のトランプは買ったは良いが使い時を失ったままひっそりとケースの中に収まっている。

「……で、その……用事って?」

 そんな道具箱のようになった引き出しの中から絆創膏の箱を見つけ、和輝は取り出しながら問うた。

 しかし、返事が返ってこない。

 不思議に思って和輝が舞の方を向くと、ベッドに座ったままの二人、優弥と舞がギョッとした顔で向かいに在る押し入れを見つめて固まっていた。

 和輝は二人が何故そうなっているかを察した結果、予定していた時間より大幅に寝坊した時に近しいものを悟ってしまった。

 あの二人が揃って見ているという事は、多分だ。

 下手に言い訳を考えるより素直に開き直ろう。寝坊に気付いたならその瞬間に連絡を入れたら良い。気付いた時に既に一、二時間過ぎていたならまずは一旦落ち着いて珈琲でも飲もう。今更慌てたって仕方が無い。大丈夫、申し開きを考える時間の余裕は思ったより有るぞ。

「あの、さ。アタシ、霊感有るって言った……じゃん?」

 和輝は頷く。今更だ。

 舞がそんな事を言い出したのは、間違いなく『それに関係する事』の助走をつける為だ。

「そいで今日、相田君のお見舞いに行こうって話になって、さっき城戸さん達と合流したんだけど……キミの家に近付くにつれてなーんか嫌な感じが強くなってさぁ」

 押入れを凝視しながら舞は続ける。

 生返事を繰り返す和輝の頭には、常に「こんな事なら隠れさせなきゃよかった」が付き纏っていた。

「それで、お見舞いついでにまた変な事になってないか様子を見に来たんだけど……キミの家、何か呪われてるとか言われない? どうなの? 城戸さん」

「正直、俺は言われてもよく解らんかった。まだ本調子じゃないのかもな。それに、俺も瞬も和輝の家に来たのは初めてだ」

 さて、どうしたものかと和輝は悩む。

 初めて舞とまひろに会った時の事を思い出した。時間が経てば経つほど言い出し難くなる。

 そうこうしていると、ああいう奴が。

「おっ? どしたの二人とも、こん中に何かあんの? へっ……和輝も男ってことかぁ」

 ほら、突飛な行動を取って来る。まだ言い訳の一つも考えついていないのに。

 あぁ、もう一度その顔面を二、三回どつきまわしてやろうか。というか勝手に人の家の押し入れを空けようとするな。

 躊躇いの『た』の字も感じさせない素早さで、瞬が押し入れの襖を開いた。

「では、不肖ながら御堂瞬! 相田和輝君の秘密の楽園を開きたいと思います! では御開ちょー……!」

 と同時に彼が見たのは、畳まれた布団と毛布の隙間から伸びた黒い長髪。暗闇の中で爛々と瞬を見返す双眸。

「うぅおぎゃわぁああぁ!?」

 聞いた事もないような悲鳴を上げて、瞬は身体を仰け反らせた。

「……どうも!」

「なっ、なっ、ななな、なっ……!」

 瞬の口が痙攣して一音から先に進まない。

 瞬までとはいかずとも、他の三人も驚きを露わにしていた。

「……夏樹ちゃん! こんな所に居たの!」

「そう言えば、姿が見えないと思ってたんだよな……」

「って言うか……」

 最後に、舞が和輝と押し入れから這いずり出る夏樹を交互に見ながら、困惑した声音で一際大きく驚愕した。

「一緒に住んでんの!?」

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