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「待ってくれ……ちょっと待って……一から説明するからさ」
和輝は観念して、こうなってしまった約一週間前の始まりを頭の中に蘇らせた。
舞は誤解している。
好きで一緒に暮らしている訳ではない。元々はこの六人で初めてカミーラで話し合いをした日、つまり夏樹が家に来たその日の帰り道には、こうなるとは思いもしていなかったのだ。
まひろが夜道に溶けていく和輝と夏樹の姿を見たあの後、実は帰り道の途中で二人は揉めに揉めていた。
発端は夏樹の寝る場所問題だ。
夜道、電柱の明かりに照らされて真後ろにピッタリ憑いて来る夏樹の圧を感じながら、和輝は疑問に思った。
こいつ、これからどうする気なんだろう、と。
それで、思わず訊いてしまったのだ。
『お前、何処で寝るつもりなんだ? まずもって寝るのか?』
これがいけなかった。
夏樹はさも当たり前の事のように笑いながら返す。
『決まってるじゃないですか! 和輝さんちですよ!』
和輝も当然、許可を出す筈も無い。
何で勝手に来た幽霊の寝床をこっちで用意しなければいけないのだ。
家に入る入れないの口論は和輝の自宅に着くまで止む事はなく、キッパリと断って一度は締め出したものの、小一時間途切れる事なく玄関扉をノックされるわ呼び鈴も鳴らされるわで、肝試しから連日、身体は疲労困憊だというのにまともに眠れやしない。本当に精神がどうにかなるかと思ったし、今にして思えば扉を貫通出来る夏樹に対して締め出すというのは、全く意味を成していなかった。
「解るか? 一時間もずっとチャイムの音を聞かされる俺の気持ち……」
そう言った和輝の目には、哀愁が漂っている。
いつか鳴り止むだろうと自分の忍耐を信じていたが、気付けば丑三つ時手前。秒針はちっとも進んでいない。
朝まで続けられたら頭から破裂してしまいそうだ。
こうして忍耐勝負に敢え無く敗北してしまった和輝は、玄関の向こう側で半泣きになっていた夏樹を迎い入れる事となった。泣きたいのは和輝の方だというのに、周囲から見れば和輝の方に非難が集まりそうなのは未だに腑に落ちていない。
家に再び入った夏樹が最初にやった事は、自分のスペースの確保。
初めに和輝のベッドが占拠されそうになったが、それは和輝も無理矢理に押し退けた。すると今度はここでもないあっちでもないと隅々まで部屋を物色していき、最終的に落ち着いたのがベッドを買ったので使わなくなった、布団を収納している押し入れの中だった。
今では完全に彼女の個室と化している。中を覗いた事はないが、開けようとして「やだ! エッチ!」と言われてからは意地でも開けないようにしている。
日中はリビングで遊び、夜中は押し入れ。怪奇現象の類は今のところ起きていないが、たまに深夜に冷蔵庫を漁りに部屋をウロウロしているのにはまだ慣れない。
「それで、一緒に住んでるんだ」
一通り話した後、舞から得られたのは同情ではなく納得と関心の言葉だった。
「ね、どうなの? 幽霊と一緒に住むって」
「だから! 住んでる訳じゃないって! 森崎が勝手に居ついてるだけでさ!」
「居心地が良いもんで、つい……」
何故か照れながら押し入れから夏樹が出て来る。
夏樹の白いワンピースが何かに引っ掛かって、布団の上に積み上げられていた何かが崩れ落ちた。
読もうと思って探していた漫画。いつの間にか無くなっていたお菓子の箱。非常時用に買って収納していた懐中電灯、と電池式のランプ。
「……住んでるじゃん」
それらを指差しながら舞に見られて、和輝はただ唸る事しか出来なかった。
「何で秘密にしてたんだよ、和輝ぃ」
羨ましそうに瞬が見つめてくる。怖いのか羨ましいのか、どっちかにして欲しいところだが、和輝は唸った声からそのまま彼の問いに答える事にした。
「いや……隠してたんじゃねぇよ。鈴鳥さんの件が有ったから後回しにしてただけでさ」
咳払いを一つ挟んで、和輝は皆に改めて向き直る。
「本当は、鈴鳥さんの依頼があったあの日……皆に相談したくて大学に行ったんだ」
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