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「よぉ」
玄関扉を開けてみれば、強い日光よりも先に長身の影が差した。
見上げなければ目線を合わせる事も敵わず、合わせたからといって返ってくるのは気力の籠っていない両の瞳。
相変わらず年季の入った袖の長い上下服は、部屋着だとしてもこの時期には避けたい厚手。
「優弥!? 何だよお前、もう出歩いて大丈夫なのか?」
知り合いも知り合いだった事に驚いた和輝は、生返事で頭を掻いた彼を見て同時に困惑した。
ふらりと散歩に出かけるような性格じゃない事は知っている。
彼の外出先は決まって大学、バイト先、食料を買い漁る際のコンビニ。この三点だけだ。
前に聞いたところ「今の人生はこの三つだけで良い」だとか言っていたが、そんな出不精の優弥が他人の家を訪ねるという事は、つまりは何か特別な用事が有る事を意味していた。
優弥は殆ど変えない口角を三十度ほど上げると、和輝を見ながら微笑する。普段の言動も相まって、和輝にはそれが不敵な笑みに見えて仕方がなかった。
「……快気祝いにな」
「快気祝いぃ?」
ただの冗談なのか。嘘が下手過ぎるのか。
服で隠れてはいるが、倒れた際に何かで打ち付けてしまったのか、首元に青痣が残っている。
覇気が無いのは元々だが、加えて病み上がりだと思うと余計に生気が抜けているように見えた。
「どう見たって優弥の方が重症だったろ。それに、そうだとしても一人か? そんなの電話一つで済ませそうなお前が?」
「何だ、俺だって他人を心配できるくらいの心は有るぞ。だが……まぁ、ご明察だ。あれから随分鋭くなったんじゃないか? お前の懸念通り、他の用事が有って来たんだ」
優弥は笑いながら、自分の身体を半歩横にずらした。
「まぁ、俺がってより……」
「こんちはー!」
優弥が開けたスペースに、小さな顔が飛び込んで来る。
優弥は自分の胸元の高さにある、その人物の顔を逆手にした親指で差した。
「こっち、なんだがな」
「……本条さん!?」
思わず、半開きの扉を全開にして玄関から飛び出し、彼女の全体を確認する。亜麻色の髪に夏真っ盛りを体現する、優弥と対極のノースリーブシャツにショートパンツ。
この二人が同時に来訪するなんて、普段なら舞の姿が見えた時点で胸が高鳴る和輝も妙な予感で素直に喜べない。
「……何か、アタシと会う度に驚いてない?」
「あ、ごめ……」
不服そうに舞が首を傾げるので、和輝は自分でも気付かない内に頭を下げてしまった。
「じゃなくて! まさか、また何か遭ったのか?」
「あー……まぁ、そんな感じっていうか」
何故だか全く解らないが、言い辛そうに彼女は口籠る。
玄関から出て来てみれば、舞の後ろにも見慣れた人間が来ていた事が判った。
「ちーっす、和輝ちゃん! 俺も居るぜ! 元気してたぁ? 元気ハツラツぅ?」
何かウザいな。
真っ先に出て来た感想がそれだったので、和輝は太陽みたいに輝いて笑う瞬を一旦無視して舞に問う。
「皆居るってことは……神谷さんは? 今日は一緒じゃないのか?」
「や、さっきまで扉の後ろに居たんだけど」
舞が顔の向きを変える。
彼女の視線の先は、和輝の部屋の中だった。
「さっき相田君が扉全開にして出て来た時に、すれ違いでもう入ったよ?」
「……いつの間に!」
急激に振り返った和輝の下に、確かに女性物の靴。
しかもキチンと踵を屋内に向けて揃えている。そんな気配感じなかったぞ。ネコか?
「あれー? 相田さん俺の事見えてるー? もしかして俺もお化けになっちゃったかぁ?」
三人で瞬の方をじっと見て、また三人で顔を見合わせた。
言葉を交わさなくても三人には共通の意思が芽生えている。
反応するのは面倒だな、という意思が。
ただ、一貫して無視してもめげないのが御堂瞬だ。彼はこれを好機を見たのか、そそくさと三人の間を縫って部屋に近付き。
「全くしょうがねぇなぁ、あの優弥のキュートな笑顔が見えて俺は目に入らないってかぁ? 『……快気祝いにな』ってよぉ! かぁーっ! カッコつけちゃって、どこのドラマだっての! じゃあお先にお邪魔しまぁおぶぁ!?」
優弥の真似を挟みながら玄関に入った直後、ご本人にバスケットボールのように後頭部を掴まれて、そのまま壁に顔の魚拓を取らんとする勢いで押し付けられた。
「……めり込むぞ」
「ん、最近の背景は喋るらしいな。中々斬新な壁模様じゃないか、和輝」
「テメェ……覚えてろよ……来世で……!」
これが噂で聞く壁ドンか、と和輝は溜息を一つ吐き、赤くなった瞬の顔を見て取り敢えず救急箱を探す事にした。
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