六章:日向の中で彼女は笑う

P.137

「があぁぁぁぁあ!!」

 机に突っ伏して、小さな獣は咆哮した。

 大学内、東棟の三階。

 神谷まひろは、自分のデスクに置いたノートパソコンから顔を上げると、そんな彼女を見て苦笑した。

「荒れてるわねぇ、舞」

「だぁーってさぁ!!」

 二人にはお馴染みのオカルト・ミステリー相談研究会の一室で、舞は言い訳もせずに吠え続けた。

「あんな変態ヤローだったなんて!」

 結局、籠飼が所持していた女性とのツーショット写真達は、舞にバレてしまった。

 原因は瞬だ。

 あの時、弾みとはいえ写真の存在を口走ってしまった瞬に舞は執拗に問い詰めた。パーソナルスペースにも遠慮無く、超至近距離まで詰め寄られた瞬は呆気なく口を割ってしまったのだ。『まひろ、鍵! 貸して!』と物凄い剣幕で迫られたものだから、まひろもつい、弁解も何も無いまま引き出しの鍵を手渡してしまった罪は有るのだが。

 正直、隠し撮りとかなら兎も角。本人たちの合意の上で撮られた写真なのだろうから良いのでは、とまひろは思う。

 個々人の感性の差、なのだろう。

 何枚もの写真を目にした舞の目から、ハイライトが消えていく様は気の毒に思った。あの瞬間、箱と一緒に彼女の恋も砕け散ったのだ。

「ほら、そんなにむくれてると、また城戸君にからかわれるわよ」

「居ーまーせーんー! あの人、まだ休みでしょ?」

 あの事件から一週間の時が過ぎた。

 実はカミーラでの詳細を、二人はまだ知らない。

 訊こうにも、到着した頃には既に和輝、優弥、夏樹の三人共がダウンしていたからだ。

 和輝と優弥は大急ぎで病院へ運ばれるし、何が視えていたかを知る殆どが再起不能まで追い込まれていた。

 唯一、疲労感でへばっていた夏樹はずっと和輝に付き添っていた。そこに割って入って詳細を伺おうとは、とても出来なかった。

 三人の中でも一番深刻だったのが優弥だ。

 外傷は無いのに意識が無い。脳や内臓に損傷が有るかと疑われたが、それも違う。来なかった彼の保護者の代わりに様子を訊ねに行ったまひろは、ひたすら首を傾げる医者が目に焼き付いている。

「もう回復したって聞いたけど」

「え、誰から?」

 言いつつ、舞はそれが誰であるか予想した。

 サークルの責任を持ってくれている夜桐先生。若しくは瞬。和輝は同じく休学中だから省いておこう。

 まひろは席から立ち上がると、本気で眉根を寄せている舞の前まで歩み寄って自分の携帯画面を見せつけた。

「本人から」

「えぇっ!? いつの間に連絡先を……!」

 まひろは、そのまま携帯を自分の口元に当てて答える。

「相田君の携帯が不調だったりしたら困るでしょう? だから、ついでに……ね」

 ポカンと舞は口を開けると同時に、これが二歳上の女性としての差か、と目を数回瞬いた。

「……やるね、まひろ」

「ふふ……籠飼君の家に行った件から、一皮向けたのかもね。それより舞、この後予定有るの?」

 舞が座っているソファの後ろを、まひろは通り過ぎて行く。

 彼女の華奢な背中を首を半周させて追いながら、舞は何気なく答えた。

「んん? 無いけど?」

「じゃ、気分転換にお見舞いでも行きましょうよ」

 舞は首を傾げて、訝し気な目線をまひろへ送った。

 この流れでお見舞い。彼はそういう事を邪険にしそうなタイプだと思うのだが。何となく。

「お見舞いは良いけどさ……ってかもう復活してんでしょ? 入院中でもないんだし」

「あら、何言ってるのよ。もう一人居るじゃない」

 扉の前で立ち止まって、まひろは横顔の流し目から上品な笑みの口元で舞を振り返った。

 きっと本人は気にも留めていないのだろうが、一々綺麗だなぁ、と舞は彼女を見る度に思う。

 かと思えば、まひろはその『もう一人』の現在を想像するかのように、両目を閉じて悪戯っぽく口角を上げた。

「まぁ、彼には専属の看護師ちゃんが居るでしょうから、邪魔になるかもしれないけれどね」

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